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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第八章 天帝の十二士
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九十三回目『再生神』

 天帝の十二士(オリュンポスナイト)の一人、ブラッツとの戦いで大怪我を負い、意識を失ってったミカヅキ。


 気が付くと水の中にいた。どうやら沈んでいっているらしい。だとしたらここは海かな、などとぼんやりと考える。


 すると、遠くから声がした。自分を呼ぶ声が。

 どこかで聞いたことがある声。でも思い出せない。誰だっけ?

 忘れちゃいけないはずなのに、どうしても記憶が呼び起こされない。


「……き。……みか……け……て」


 次第に声の主が近くなったのか、内容がはっきりとしてきた。身体は動かなくとも、意識を向けることはできた。


 何を伝えようとしているのか。誰が――。

 言葉を理解した時、全てが甦った。


「――助けて、ミカヅキ!」


 目をパッと開き夢から覚めたミカヅキ。夢のはずなのに、妙な胸騒ぎがした。


 先ほどまでの水の感覚は嘘のように、柔らかいシーツの感触に身を委ねている。景色には見覚えがある、と言うより不本意だが何度も来たことがあった。ここは海ではなく城の医務室だ。

 マグリア(おばちゃん)の一撃は、一年経った今でも容易に思い出せる。


 なんて悠長に考えるも頭から離れない、はっきりと聞こえたミーシャの声。――助けて、と。


 状況を訊くべく起き上がったが、妙なことに部屋にはミカヅキ以外誰もいない。明らかにおかしい。怪我人、主に重傷の場合はここで治療することになっているのだ。


 怪我をした人がいないとしても、マグリアを含め治療する人がいないのはあり得ない。


脳内言語伝達魔法(テレパシー)は……使えない。とりあえずミーシャのところへ」


 ミカヅキはミーシャが開戦して以降は、玉座か自室にいると聞いている。どっちから行くか迷うかと思いきや、意外と結論はすんなりと出た。


「玉座だ!」


 急いで向かうべくベッドから降りた途端、ドォン、と上の方から爆発にも似た轟音が響いた。


 一刻の猶予も無いようだ。服装を正してからベッドの脇に置いてあった棍棒を手にし、一度だけ深呼吸。


 準備万端。「よし!」と気合いを入れてミカヅキは医務室を後にした。



 ――同刻、作戦本部へと向かうレイディアは、空気中の魔力(マナ)の状態から王国の状況を理解した。


「始まったか。(待たせたな、貴様の出番だ)」


 呟いた後に脳内言語伝達魔法である人物に指示を出す。返事が聞き「(頼む)」と告げて会話を終わらせる。


 そして足を止め、頭だけを若干後ろに向けた。


「やはり避けられんか……」


 一人が近づいていることを察知していたのだ。その人物が誰なのかも。できることなら戦いたくないと思いつつ、それが叶わないものだと呟いた。




 ーーーーーーー




 破壊された玉座の扉を前に立ち止まる。奥からは激しい物音がしている。この先で何かが起こっているのは間違いない。そこにミーシャがいることも。


 一気に空気を吸い、吐き出して「よしっ!」と意を決して歩みを進めた。


「あ……これは、何なんだ?」


 予想はしていた。だけど、現実は予想なんて簡単に越えてきた。


 そこは以前見た玉座だとは思えない場所に成り果てていた。

 天井はもう無い。オープンテラスのように風が吹き抜け、僕の髪を涼しげに揺らした。


 周囲には天井だった瓦礫が散らばり、そこかしこに赤いものが付着していた。


 血だ。


 誰かに確認するまでもない。まず考えるべきは誰のものなのかだ。


 視界の隅に人影を捉えると、誰なのかすぐにわかった。


「ミルダさん!?」


 壁に横たわるミルダさんに駆け寄り、大丈夫なのかと確認する。

 素人の僕でもわかる。お腹の傷は明らかな重傷だ。早く手当てしないと助からない。


 治療できる人を呼びに行く余裕は、と考えていたら、僕の手が温かいものに包まれた。ミルダさんの手だ。

 まだ生きているのだと肌で感じたからか、目頭が熱くなるのを感じた。次の瞬間、視界が右にぐいっと移動する。一緒に乾いた音が聞こえた。


「――何をしているのですか!」


 何を、そんなのミルダさんのことを心配しているんじゃないですか!

 こんな状態のミルダさんを僕が放っておけるわけがないじゃないですか!


 頭には反論が次々と思い浮かんで、叫んでやろうとミルダさんの顔を見た途端、全てが紙吹雪のように吹き飛んだ。


「目を背けてはいけません。あなたが私に言ったことは嘘だったのですか? 違うはずです。あなたは、あなたのやるべきと思ったことをやれば良いのです。ミーシャ様(あの子)もそれを望んでいます」


 部屋に入って初めに目にしたもの。聞こえているはずの音。

 全部に見て見ぬ振りを、聞こえない振りをしていた。そんなことあり得ないって現実に蓋をして、誤魔化したかった。違うんだって否定したかった。


 でも、それじゃ駄目なんだ。何の解決にもなってない。

 何よりそんなの望んでいるはずがない。じゃなきゃ僕は目を冷まさなかった。僕は聞き取れなかった。――僕を呼ぶ声を。


「ミーシャ!!」


 だから僕も呼び返す。大切な人の名前を、心の底から叫ぶように呼んだ。


 もう目を背けたりしない。正面から向かい合うと宣言するように現実(ミーシャ)と向き合った。


 その身体は重力なんて無視して宙に浮き、背後に身体より一回り大きい魔方陣を展開させ、周りに四色の球体を四つ浮遊させていた。

 赤、青、緑、茶色。ただのカラフルな球体じゃない、それぞれが属性の塊なんだ。


 火、水、風、地属性。つまり四大属性、世界の構成に必要な四大元素とも呼ぶべきものが、ミーシャの周りに球体として形をなしている。


 ミーシャが使える魔法は、物体浮遊などの本当に初歩的で基礎的な基本魔法(ノーマル)程度。属性がある魔法なんて逆立ちしても使えるはずがない。


 何が起きているのかがわからないけど、ミーシャが危ないことはわかる。なのに打開策が全く思い付かない。そもそも原因がわからないんじゃ、どうしようもないじゃないか。


 などと必死に考えているのがお気に召さなかったのか、球体から勢い良く小さな球が射出される。属性を持つ大きな弾丸と言うんだろうか。


 悠長に分析している場合じゃないと、棍棒を飛んできた珠に当てると塵のように霧散した。

 魔力による攻撃だからこの棍棒で打ち消せるんだ。


「ミーシャッ、僕だ、ミカヅキだよ!」


 何度も呼んでみても、届いていないのか返事は攻撃として返ってくる。眉一つ動かさずに、反応を示してくれない。


 でもこの程度じゃ、天井を壊すことなんてできない。もしかして手加減されてるのか?


 まだミーシャの意識が残ってるかもしれない。かといって確かめる方法なんて、近づくことすら……いや、そうだ。近づけば良いんだ。


 あの魔方陣を破壊すれば、ミーシャを元に戻せる可能性がある。


 やっと糸口が見えたと思ったのも束の間、ミーシャに変化が生じた。


 赤色、火属性の球体がミーシャの前に移動すると、全身を包み込むように広がって気づくと天使のような姿になっていた。

 赤く燃え盛る翼を背に、炎を纏った天使。


 抱いた感想はただ一言。


 ――綺麗だ。


 言葉を失い、感嘆の息を漏らすことしかできなくなってしまうほど美しかった。


 心の中でその言葉が呟かれたのと同時に、ボンッと破裂音は僕の耳に確かに届く。

 ミーシャが一瞬で眼前に迫り、その手には炎で形成された大剣が握られていた。


「っ!」


 息を呑むのが後になったけど、おかげで何とか防ぐことはできた。

 棍棒に触れた炎の大剣は真っ二つになる。が、そっちに意識が行った隙を狙ってお腹の前に青の球体が配置された。


 まずい!


 思うが先か、青の球体から凄まじい勢いで放たれた大量の水によって、僕の身体は簡単に壁に叩きつけられた。


「がばっ……ぶ、ふぉっ!」


 壁にたどり着いても水の勢いが止まることは知らず、このままじゃ窒息してしまう。


「ば……あーぶ(アーク)!」


 身体の正面に身の丈以上の大きさの盾を造り出して水から逃れることに成功した。

 無事に抜け出した……胸を撫で下ろす暇もないみたいだ。


 下から来る。


 急いで身体を横に転がした一秒後には、さっきいた場所の床が刺のように形を変えていた。……危うく串刺しになるところだった。自分でも気づかない内に『先を知る眼(ワン・オーダー)』を発動させていたようだ。


 攻撃の手は緩まるどころか激しさを増していく。


 何度も、何度も名前を呼んだ――。


「ミーシャ、もうやめるんだ!」


 四つの属性による攻撃。どこから来るかは何となくわかる。だけど規模が大きすぎる。


 棍棒で無力化しようにも、範囲が広すぎて防ぎきれない。時間が経つつれて、身体に火傷や傷はの数は増える一方だ。


 ましてやミルダさんと、もう一人の見たこと無い男の人を庇いながらだと、どうしても自分に意識を向けるのが疎かになった。


 ミルダさんがせっかく背中を押してくれて、意気込めたって言うのにこれじゃ形無しだ。


 僕は誓ったはずだ。ミーシャを“必ず守る”って。

 なのにこの様なのか!

 この世界に何度も落ち込んだ。挫折した。諦めようとした。それでもみんながいてくれたからここまでやってこれたんだ。


 信じてくれたんだ。僕を。無力な僕を、無力なんかじゃないって。


 信じてもらえたからには、その期待には応えなくちゃ駄目だろ!

 よろめいている暇なんて無いだろ!

 守りたい大切な人を――ちゃんと守って見せろ!


 棍棒を握る手に力を入れる。


「そうだ。泣いてほしくなくて、悲しい顔をしてほしくなくて、だから誓ったんだ。たかだか暴走(・・)程度で、破られてたまるか!」


 え?

 今、何を言った?


 自分が言った言葉に疑問を抱いた。――暴走。ミーシャが暴走しているなんてどうして知っているんだ?

 いや、僕の頭が勝手に決めつけたことじゃないか。気にする必要なんて無い。そう、気にする必要なんて無いんだ。無いはずなのに、引っ掛かってしまった。


知識を征す者(ノーブル・オーダー)』が発動したとも考えたけど、そもそも三大神の末裔であるミーシャには通用しない。

 ならどうして僕は――、


「封印されていたミーシャの中の再生神の力が暴走している。その暴走を止めるには、気を失わせなければならない。だが、その力によって加護を受けているミーシャを気絶させる方法は一つのみ」


 僕じゃない別の誰かが僕の口を動かして、どうすれば良いのかを教えてくれる。

 誰かなんて関係ない。怪しいけど、今は少しでも可能性がある方法を試すしか無いんだ。


「僕の棍棒で加護を無力化した状態しかない」


 動かされる前に先取りすると正解なのかもう勝手に動かなかった。

 おかげでやるべきことは決まった。


 傷つけたくない、辛い思いをさせたくない。だから戦わないなんて、そんなの僕自身のことだった。本当にミーシャのことを考えるなら、傷つけないために、辛い思いをさせないために戦わなくちゃいけなかったんだ。


 ミーシャを守るために僕は――ミーシャと戦う。


 たぶんこの後ミルダさんに怒られるんだろうなぁ、と苦笑しながらミーシャを見据える。


「今、助けるから」


 無数の剣を周囲に造り出し、そのままミーシャに向けて飛ばす。もちろん簡単に防がれる。それは折り込み済みだ。

 剣、槍、斧、盾を次々と造り出しては飛ばしてを繰り返した。


 数が数なだけに防御に徹するミーシャ。僕の狙い通りだ。

 業を煮やしたのか、範囲攻撃で一気に僕が造り出した武器を破壊、消滅させた。


「まだまだ!」


 造り出した壁を前後左右上下に配置。僕の手が握られるのと同時にミーシャを中心に壁は一つになる……わけもなく、あっさりと炎で溶かされる。


 石造りの壁を溶かすなんて、あの炎、かなりの高温だ……。


 稼げた時間は三秒。対して、与えられた時間は六秒。


 詠唱は終わった。そのための時間稼ぎだったから、我ながら上出来だ。


武装刃(ウェスティア)』と呼ばれる基本魔法の一つで、禁術とされている。かつて武器に力を宿す時に使われた魔法。

 例えば何の変哲も無い剣に、魔法を使わずに炎を纏えるようにしたりすることができる。

 魔力が少ない人や無い人でも簡単に強力な武器を手に入れられると危険視され、四百年前から禁術になっている。


 文献すらほとんど残っていない魔法だったけど、僕には必要無かった。そして、禁術になった理由はもう一つある。

 無理やり力を武器に押し込めると言っても過言ではないため、力を宿した武器は全て力が暴走したらしい。例外は一つも存在しない。



 ――僕はそれを逆にしたのだ。術者から武器へではなく、武器から術者へ。


 魔力無効化の力を僕は自分の身体に宿した。正直言って自殺行為だろう。何せ例外が無いことをやってしまったんだから。


強化(ブースト)知るは我が行く先(プロテクト・オーダー)


 一気に方を付ける。

 棍棒を手から放して、足に力を入れて地面をしっかりと踏みしめて思い切り蹴った。


 眼前に迫るは紅蓮の炎の柱。正面に盾を斜めに配置し、炎の軌道をずらした上に足下にも盾を用意して逆方向へと飛び退く。


 更に盾を造り出してそれらを足場として追撃を加える。


 一回、二回……五回目で左腕が弾けて、八回目で右の脇腹から血が吹き出した。歯を食い縛り悶絶しそうになりながら、痛みに耐えながら繰り返した。


 簡単に近づけると考えたのが甘かった。無効化できる魔力の遥かに上の量で攻撃してきたのだ。さすがに予想外だよ。


 ――十五回目、これが最後だと思った。意識も薄れてかけて、身体のあちこちの感覚が無い。動かそうと脳から指令が行っても、聞いてくれる部分はまもなく底をつく。


「やっ、と……触れられた」


 振り上げられようとした左手を掴んだ途端、世界から音が消えた――いや違う。流れ出る血が、宙を舞う塵が遅い(・・)。とても遅い。止まっているのと同じくらい、時間がゆっくり流れているような感覚だった。

 その感覚はヴォルフさんと戦った時に感じたものにとてもよく似ていた。


 いつの間にか薄れかけの意識も不思議とはっきりしている。


「……これは?」


 自然と口から出た疑問に誰かわからない声が答えた。

 囁かれるように心を落ち着かせる優しい女の人の声。どうやらそれは耳に届けられたものじゃなくて、頭の中に直接語りかけられているようだ。


「(――ここは人間がいる場所とは異なる領域。あなたのおかげで、わたくしは表に出ることができました。感謝いたします)」


 突然の出来事に疑問符を頭の上に浮かべる。恐らく僕はキョトンとした顔をしていることだろう。


 全く状況が理解できない。手足も動かなければ、瞬きすら叶わない。異なる領域だからなんだ、と半ば強引に納得してみた。


「あなたはいったい、誰なんですか?」


 素朴な疑問。でもとても気になることを訊いてみた。


「(わたくしは――アルミリア。今では再生神と呼ばれています)」


「アルミリア……綺麗な名前ですね。……え、何て言いました?」


 僕の顔は微笑みから唖然としたものへと変わったはずだ。


 決して聞こえていなかったわけじゃない。むしろ聞こえていたと断言できるけど、確認のためにもう一度聞きたかった。


「(ふふ。再生神アルミリアです)」


「……もしかしてミーシャの中に“いた”と言うことですか?」


「(正しくは“いる”です。ですが、いずれはあなたの仰る通りになるでしょう)」


「目覚めた以上、人と共に生き、人と共に死ぬ、ですか」


 気づいたら口をついて出てしまっていた。

 怒られたりするかと思ったけど、意外にも返ってきたのはクスリと小さく可愛らしい笑い声。


「(あなたがこの領域の中にいる理由がはっきりしました。あなたは……いえ、知るべき時に知るのでしょうね。()が教えていないのが何よりの証拠です)」


 まだ訊きたいことはたくさんあるけど、どうやら時間切れみたいだ。周囲の全ての動きがほんの少しずつ正常に戻っていく。


「(ここまでのようです。あなたとお話しできて良かった。ミーシャ(この子)のことを頼みますね)」


 言い終わると同時に視界が閃光に包まれて、僕の意識はそこで途切れる。でもいつもとは違って、穏やかな気持ちだった。

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