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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第八章 天帝の十二士
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八十九回目『過去との邂逅』

 人はこれを、“阿吽の呼吸”と言うのだろう。


 レイとヴァン。

 そして、ノエルとシャル。


 ある程度の距離があるにも関わらず、互いに息の合ったコンビネーションでフォローし合い見事に攻防をこなす。


 おかげでレイは鎌が次にどの位置に来るか、視線で操られているのだと断定することができた。


 ヴァンはヴァンで別のものを感じていた。


「何で基本魔法(ノーマル)しか使って来ないんだい?」


 明らかに手を抜いているシャルに対して疑問を抱く。

 無表情のまま軽やかな動きを見せつけてくる。その動きはまるで風に舞う花の種のように予測しづらい。


 だが、同時に決定的な一撃を与えられていないのも事実。ほとんど防御に徹しているようで、隙が無いわ、攻撃は当たらないわと手をやいていた。


 ヴァンに関しては手を抜くどころか、かなり本気でやっているのだからため息ものだ。


 どうも戦っている相手であるヴァンより、ノエルの方に意識は向いているようだった。


「ねぇ。おじストはどうして戦うの?」


 突然口を開いたかと思ったら、突拍子もないことを訊いてきた。


 訳のわからない珍妙な呼び方をしてくる奴に、真面目に答える義理は無い。が、ヴァンの口は意思とは関係なしに動いていた。


「おじ……そんなこと簡単だ。守りたいものがあるからだ。できることなら戦いなんてバカげたことをしたくない。だけど、世界は理想だけでは成り立たない。だから戦う。お前にだってあるだろう、何を犠牲にしても守りたいと思える何かが」


「守りたい、ね。……確かにわたしにもあった(・・・)よ」


 最後の方は声が小さくなったため、ヴァンの耳までは届かなかった。たとえ聞こえていなくとも、彼には充分すぎるほどのものが伝わっていた。


 シャルは柔らかい微笑みを浮かべたのだ。


 誰に――もちろんノエルに他ならない。

 だがヴァンは違和感に気づく。確かにノエルの方を向いていると言うのに、その瞳は更に遠くを見ている気がした。


 守りたい何かがノエルなのは間違いない。だと言うのに、ヴァンは妙に納得ができなかった。なぜ――あった(・・・)と過去形なのだろうかと。


 言葉の綾と言ってしまえばそれまでなのだが、確実に彼の中で引っかかってしまっていた。


「お前の守りたいものは……」


「違うよ。わたしに守りたいものなんて無い」


 はっきりと言い切った。表情も微笑んでいた時の面影はもうどこにも無い。


 故にヴァンは目の前の少女に問い返す。自分に投げかけたのと同じ問いを。


「――お前は、どうして戦うんだ?」


 ノエルの動きが止まった。

 絶好の隙だろうにヴァンは攻撃の手を止めた。


 ――オレは答えを聞かなければならない。


 真面目に答えてくれるかなんてわからないのに、心がそう言っていた。命令や定めではなく、彼は己が心に従ったのだ。


「……」


 シャルは何かを言うのを迷っていた。

 彼女の胸中をヴァンが知ることはできない。しかし察することはくらいは可能だ。


 彼らは今いるのは、話し合いとは無縁の場所——戦場だ。

 シャルとて馬鹿ではない。ヴァンが考えたように罠の可能性を考慮するのは当然と言える。頭では充分過ぎるほど理解していた。はずなのに、本心は違っていたのだろうか。


「わたしが戦う理由なんて」


 再び言い淀んでしまうシャル。

 この人(ヴァン)になら、真っ直ぐに自分の瞳を見てくれるこの人になら話しても良いのかもしれない。


 今まで特異な力故に畏怖されてきた少女は、誰よりも一縷の希望を望んでいた。たとえそれが、どんなに願おうと叶わないことだとしても、人として望んでしまうのだ


 言葉として外の世界に出さなくとも解決している。いや、こう言うべきか。

 出してしまったら、言ってしまったら思い出してしまう。思い出したくない、認めたくない現実が泡のように甦ってきてしまう。


 話したい、知ってほしい欲求より、彼女の中で全面的に表に出ていたのは恐怖心だった。


 何に対して?


 そんなものは決まっている。現実を、現実として認めることになるからだ。


「おじストには関係無いじゃない。聞いたところで何の意味も無いわ」


「さてな。昔のオレだったら二つ返事で、そうだな意味は無い、って答えていたんだろうなぁ」


 参った、困ったとでも言いたいのか、やれやれと両手を広げながら笑った。


 シャルは嫌悪感にも似た感情を抱きながらも、自分では気付いていない内に次の言葉を待っていた。


「でもな、今のオレならこう答える。聞いてみなくちゃわかんない、ってな」


「どうしてよ……っ」


 否定するつもりで口を動かしたはずが、飛び出したのは純粋に抱いた疑問。自分の言葉に驚き、咄嗟に口を手で塞いだところで時既に遅し。

 彼女の疑問は、思いは、言葉は音として外に出ていってしまったのだから。


 かくいうヴァンを予想外の返しにほんの一瞬だけ呆気に取られたが、我に返ると不思議なことに笑いが込み上げてきた。


 難しいことじゃない。彼の感情を言葉にするのであれば——ただ、嬉しかったのだ。


 シャルが、目の前の少女が、まだ子どもなのに戦場に立つことを選んだ者が、可能性を否定しなかったことが嬉しくてたまらなかった。


「と、すまない。どうしてわかんないか、だったな。オレは幼い頃、酔っぱらった見ず知らずの男に家族を目の前で殺された。両親と二人の弟をだ」


 ヴァンは軽く俯き気味になり地面を見た。だがその目は地面なんて見ていない。彼が見ているものは今ではなく、過ぎ去って記憶となってしまった光景だった。


「幸いなのか、生き残ったのはオレだけじゃなかった。末っ子の妹が一人だけオレと一緒に隠れて無事だった。泣き声を抑えさせなきゃいけないわ、ついでに暴れてくれるわで随分と苦労したよ」


 レイが未だにノエルと戦っているのを横目で捉えながら、心の中ですまんと謝罪しつつ話を続ける。

 何でこの話を今日初めて会った少女にしているのか、と思うとため息が出そうだ。などと冗談交じりに考えながら、視線を自分の話を聞くその少女へ移した。


「オレは誓った。唯一生き残った家族を――妹を絶対に守ろう。だけど……果たせなかった。オレが食べ物を取りに寝床を出ている間に、盗賊か奴隷商に拐われたのか、はたまた何か他に原因があるのか、突然妹は姿を消した」


 ヴァンがどんなに探しても妹は見つからなかった。世界中を探し回った。――そんな折、一人の青年と出会った。彼の名は、レイディア・オーディン。




 ーーーーーーー




 最初の印象は、良い歳してるだろうに言葉がつたない変な奴だった。最近言葉を話し始めたみたいに本当に下手くそだったのを覚えている。


 そいつは騎士団に入ると言い、一緒にどうだと声をかけてきた。一度は断ったが、手合わせをして勝ったら引き下がると申し出られ、仕方なく受けることにした。

 妹を探すために世界中を渡り歩いたんだ。半端な奴に負けるはずがない。そうやってたかを括っていた。


 調子に乗っていたと言うことなのか、結果はヴァンの見事なまでの完敗だ。


 地面にお尻をつけていたヴァンにレイディアは手を差し伸べ、こう言った。


「――私も協力する」


 驚いた。妹の話しなんてしていなかったのだ。なのにまるで知っているかのように目に迷いは皆無だった。


 そして初めて誰かに妹のことを話した。

 全然見つからないと肩を落とし落ち込むヴァンに、レイディアの返答の第一声は「アホだな」と辛辣なもの。


「だが心意気は良い。諦めるのは簡単に、しかもいつでもできる。逆に諦めないことは難しい上に、常にのし掛かってくる。身内であればなおさらだろう。私はお断りだな」


 レイディアは笑いながら締めにこう付け加えた。


「理論や理屈ではない。貴様はその思想で生きていくのか。……大変だと思ったら私に声をかけてくれ。貴様が諦めた様を、笑いながら手を貸すから」


 仄かな怒りを感じつつ、目の下をピクピクと震わすヴァン。怒りつつ同時に感謝していた。


 諦めるつもりは皆無だ。だとしても、もしかしたらの保険があると知っているだけで幾分かは心が安らぐ。


 ヴァンの胸中を知ってか否か、レイディアは拳を前に突き出した。彼も拳を突き出して、お互いの拳を軽くぶつけた。


 これが、二人が友となった瞬間だ。




 ーーーーーーー




 話しながら口角が上がってしまっていたことに気づいて誤魔化すために軽く咳き込んだ。


「オレは今だって諦めていない。ずっと妹を探し続けている。どこにいたって必ず見つけるんだ!」


 笑顔で自分の願いを言い放つヴァンを、シャルは歪む視界の中で捉えていた。


 彼女の様子がおかしくなったことにヴァンは何となくだが感じとる。

 次第に症状は悪化していく。頭を両手で押さえながら、ふらふらと足元が覚束ない。


 そして、ヴァンは自分の目を疑う光景を目の当たりにする。


「うぅ……っ、くっ……あぁああ!」


 シャルの夜空のように黒い髪が、光の明滅のように別の色へと変化しては戻るを繰り返した。その色とは――ヴァンと同じ紅茶のような淡い茶色だった。


「まさか、そんな……お前は!?」


 彼女の影が明らかに通常では考えられない動きをした。まるでその様は、影を操ろうとするも暴走してしまった状態と言える。


 首をゆっくりと横に何度か振り、ヴァンは一つの結論に至った。


「――アリシア、なのか……?」


 確認せずにはいられなかった。名を呼ぶのを耐えることはできなかった。

 やっと、やっと見つけた。今まで霞がかっていた記憶がはっきりとしていく。


 アリシア――それはヴァンの妹の名前だった。



 ——ヴァンがシャルの正体に驚愕していた頃、レイはノエルと何度も剣を交わし、彼女に対して幾つかの疑問を抱いていた。違和感と言っても良いだろう。中でも一際目立つのが一つ。

 それは——、


「なぁ、ノエルだったか。どうして瞬きをしないんだ?」


 ほぼ一対一の勝負になってからようやく気付けたことだったが、ずっと目を開けているのだ。眠っているのではなく、起きているのだから当然だろう。レイも最初はそう考えて気にも留めなかった。

 だが、誰であろうと普通なら起きていようと一瞬だけ目を閉じることがある。言わずもがな、眼が乾かないようにするための“瞬き”をする時だ。


 なのにノエルは十分に満たないとしても、近い時間は経過している邂逅から今まで一度も目を閉じていないのだ。


 これは明らかにおかしい。変だ。

 何もせずにじっとしているのならばまだわかる。しかしノエルは戦っているのだから当然じっとなんてしていない。つまり眼が乾く早さは簡単に動かない時の数倍になる。


 まるで瞬きが必要無いみたいじゃないか。果たしてありえるのだろうか。

 矛盾点を見つけながらもレイはこじつけのような結論に至る。真実がどうであろうと、今の彼はそう考え、納得することにした。




 ーーーーーーー




 ファーレント王国城下。

 そこに一人の侵入者が王国内に入り込んでいた。


 フードを被り、顔を隠していると言う誰が見ても怪しい格好だろうに、道行く人は誰一人として違和感を抱いていないのか自然に通りすぎていく。

 まるでそこには誰もいないのではないかと感じさせてしまうほどに。


 城の大扉の前に到着すると、高く聳える城を見上げる。おかげでフードは取れ謎の顔が露となる。顔つきからして男で、まだ年若く見えた。恐らく二十代前半、青年と言ったところか。


 すると突然両手をバッと勢い良く左右に広げて宣言した。


「俺が王国を――滅ぼしてやる」


 彼の名は――ミツキ。天帝の十二士(オリュンポスナイト)の一人である。


 これから彼がやろうとしているのは、王国の未来を左右することだ。

 果たして何をしでかそうと考えているのか、答えは彼自身と、神のみぞ知るであろう。


 そして、彼が宣言したのは狙ってか否か、ミカヅキが城に運ばれて治療を開始したのと全く同じタイミングだった。

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