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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第八章 天帝の十二士
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八十六回目『悪くない』

 かつて共に同じ夢を叶えようとした二人。


 だが今は、すれ違い、歪み合って、挙げ句殺し合っている。


 誰がこんなことを望んだのだろう。


 誰がこんなことを願ったのだろう。


 誰がこんなことを認めるのだろう。


 ――俺だ。ヴォルフは迷わず結論を出す。自分の咎を否定することなどしない。もう逃げないと決めたから。


 レイディアから敵が誰か聞いた時に、一番に俺が相手をすると宣言した。彼は何か言いたそうな顔をしたが、意外と呆気なく承諾された。

 色々察したり、知っていたりして文句やら何やら言われるかと思っていたが、要らぬ心配だったようだ。


 ただ部屋を出る際に一言だけ投げ掛けてきた。


「――“自分”に負けるな」


 全てお見通しだった。

 まさにレイディアの言葉通り。今戦っているのケイは、いわば自分自身なんだ。



 正面に立つもう一人の自分を見据える。今度こそ、止めてみせる。

 あの時は何も考えることができなかった。大切な人を失うことがあんなにも辛いことだなんて知らなかったから。


 心のどこかで思っていた。このままで良いと、三人一緒に過ごせればそれだけで良いのだと。そんな甘い考えをしていたから動けなかった。


 ――目の前で大切な人が……好きな人が……あぁ、俺は何をしているのだろう?


 失って初めて、どれだけ自分の中で大きな存在であったかを知った。だからこそあの時、ヴォルフは特有魔法(ランク)を発現させたのだ。


 自分の無力さを思い知らされた。抗おうとすること事態が間違いなのではなんて考えてしまうほど、何もできなかった。


 未だに特有魔法と呼ばれるものが、どういう条件で発現するのかはよくわかっていない。赤子の時に発現する者もいれば、発現しないまま人生を終える者だっている。


 だが一つだけ、ほんの些細な共通点があった。


 そのほとんどが、感情が最高まで昂った時だと言うのだ。


 人間が日常的に使っている部分など、結局十分の一程度に過ぎない。ならば使われていない部分を、もし、使えたとしたら?

 感情の最高潮とも言える昂りにより、リミッターが解除されたのだとしたら……?


 ヴォルフはまさにこの理論通りとなる。正しければの話だが。



 だが、どんな強力な力より、と考えてしまうのが人間と言う生き物なのだろう。


 ヴォルフとて例外では無かった。

 しかし今は違う。


 魔法の才能が無かった彼が唯一使える魔法。


 ――『神威』。


 これが彼の特有魔法であり、彼が唯一使える魔法。

 使いこなせる頃には、あの日から三年の月日が流れていた。その間、誰も近寄らないと言われている森の中で過ごした。


 何度か森の主らしき魔物と戦ったが、一度も勝つことはできなかった。不思議なことに負けても殺されることは無かった。

 それに何度も挑むことで、『神威』の長所と短所が際立ち、使いこなせるようになるまでの時間を大幅に短縮できた。


 使い方を誤れば即死に等しいダメージを負う。つまり瀕死は免れないのだ。


「俺様は誰にも譲ることなんてしねぇ。俺様が叶えるからだ」


 ケイはヴォルフに怒っていた。

 なぜ三人で叶えると約束した夢を、何処の馬の骨とも知らない奴に託したのか、と。


 今までも刃を交えたことはあった。だが、殺すつもりは無かった。別の道を進んでいても、辿り着く場所は同じだと信じていたから。

 しかし今は、違う。道は違えた。


 もう辿り着く場所は違う。


 ――殺そう。


 ケイは決意した。夢も約束も何もかもから逃げるような臆病者は、自分が始末する。他の誰にも譲らない。


 ヴォルフは彼にとって憧れだった。

 自分とフィーネをいつも引っ張ってくれて、色んなことを教えてくれた。笑い方、怒り方、泣き方、色んなことを……。


 いつかはヴォルフのようになりたいと。隣に立って、一緒にフィーネを守るのだと。

 そう、思っていたんだ。願っていたんだ。三人でずっと一緒にいられることを誰よりも強く、望んでいたんだ。


「これ以上、てめぇと話すことなんて無え。一瞬で殺してやるよ」


「やはり、こうするしか無いのか……」


 ケイの雰囲気が一気に荒々しさを持つものへと変わる。魔力を高めているのだ。


 お互いに相手を見据え、槍を構える。


 深呼吸をして、ヴォルフも覚悟を決めた。決して諦めたわけではない。やり方を変えるだけだ。


 今の彼らに言葉による会話など不要。互いの思いを、覚悟の全てを槍に乗せて相手にぶつける。


「俺様が行くは覇道なり、俺様をその目に焼き付けろ――覇者狼(マグナルプス)!」


「我は獣であり、彼の者に届きし者、我が顕現せしは世界なり――神威」


 ケイが大きく脈打つように動いたと思いきや、黒い液体にも似た何かが全身を包み、消える頃にはその姿は別のものへと変わっていた。


 人はこの姿を見たら最初に何を連想するだろうか。訊くまでもないはずだ。


 まさに――狼男。


 鋭い目付きと獣じみた瞳。全身を黒い毛で覆い、赤い(たてがみ)が印象的な人狼とも称される姿。それが今のケイである。



 対するヴォルフは全身に痣のようなものが浮かび上がっていた。と言っても、ほとんどは服で隠れてしまって見ることが叶わない。

 そして極めつけは、よく見なければ気づけないが、瞳にあった。


 白い六芒星の紋様がそこにはしっかりと刻まれていた。だが両の瞳にではない。理由は定かではないが、何故か左だけだった。



 ケイはヴォルフの詠唱が終わり、周囲に何らかの変化が生じたことを見抜く。


 動きが遅いのだ。しかもそれは時間が経つにつれて更に遅くなっていく。


 そして気づく。自らも周りと同じように動きが遅いことに。


「これが……」


 これこそがヴォルフに与えられた特有魔法。


 全ての概念の中心を、強制的に任意の場所に移動する魔法。


 例えば一つの円があるとしよう。それを回転させるとし、円と言う概念の中で、動かない部分が一ヶ所だけ存在する。それが――円の中心だ。


 ヴォルフはその不動とも言える中心を、自在に操れるのだ。

 彼が主に使用するのは、時間軸、空間軸の中心になること。


 そうすれば、世界の時間、空間は彼を基準(中心)として回り始める。つまり見方を変えるだけで、世界の時間の流れは変わり、空間を掌握することも可能。


 しかし逆を言えば、中心点であるが故に自由に動けないことを意味する。


 円が移動した場合、中心点は移動しないか――否。


 コントロールを誤れば、中心と周囲の狭間の概念に消し飛ばされてしまう。


 故に、ヴォルフがこれを使うのは、命を懸けてでも戦うと決めた相手のみだ。



 迷いが全て吹っ切れたわけではない。だからと言ってこのままでは時間がただ経過していくだけ。

 自分ができる全力をぶつけ、勝利する。


 それこそがヴォルフが選んだ道。負けても文句は言えない。そもそも言うつもりなんて無い。この世界では敗者が悪になる。どんな善なる行いをしていたとしても、負けてしまえば全てが終わりなのだ。


 そして、ケイも同じ考えだった。故に特有魔法を、ヴォルフの前で初めて使うのだ。


「天帝騎士団、天帝の十二士が一人、赤の槍者――ケイ・コーゼフ」


「フェニクシド騎士団団長――ヴォルガング・セタンダ・ベルセルク」


 幼い頃に三人で決めた、戦う前に必ずやる挨拶。


 あの頃はただ名前だけだった。でも今は違う。肩書きや役割が引っ付いている。

 担う責任が、背負うべき命が、果たすべき使命が、そこには含まれている。


「「いざ――参る!」」


 僅かな土煙を上げ、二人の姿が消える。と次の瞬間、金属同士のぶつかる甲高い音が空気を震わした。


 周囲に誰もいない。文字通り二人きりの戦いだ。


 何度、お互いの槍を交えたことだろう。ヴォルフの特有魔法の影響を、ケイは何故か受けていない。いや、原因はわかりきっている。

 彼の特有魔法以外にあり得ない。だがヴォルフは彼の特有魔法がどういうものなのかは全く知らない。本当に初見なのだ。


「こんなもんかよ!」


「ぐっ……」


 姿が狼男のようになったのに加え、身体能力も桁違いに上がっている。


強化(ブースト)』を使ったミカヅキをも圧倒していたヴォルフだったが、皮肉にも今は彼自身が追い詰められる立場だ。


 ヴォルフも『神威』によって身体能力は上がっているはずなのだが、ケイのはそれを軽く上回っている。彼の体のあちこちに傷が増えているのが何よりの証拠だ。


「何で……何でそんなに弱くなっちまったんだよ。てめぇはいつも俺様より前に出ていただろうが! あの時だって、てめぇは特有魔法を発現させた。なのに今は違う、あの頃の影は消え去って丸くなっちまった。そんなてめぇは認めねぇ、認められねぇんだ!」


「ああ、確かに俺はあの頃とは違う。だってよ、俺はあの時――死んだ(・・・)のだから」


 ケイが息を呑んだのをヴォルフは見逃さなかった。

 衝撃を受けるのは当然だ、知らないはずだから。


「何を、言って……!?」


「俺は確かに、あの時――フィーネが死んだのを目の当たりにした時、『神威』を発現させた。だが、あまりにも強すぎる力は俺の体の限界を簡単に越え、砕け散った」


 明らかにケイの攻撃が鈍くなっていく。そこを突けばヴォルフは勝利することができると知りながら、あえてケイに合わせて自分も攻撃の手を緩めた。


「それが本当だとしたら、てめぇは何なんだよ!」


「『神威』は、任意の場所を世界の中心点とする魔法だ。森羅万象すら歪める可能性がある。ならば、死を一時的に無かったことにできるんじゃないかって考えた……と俺は思っている」


「訳のわかんねぇことを――」


「『神威』が俺の命を救ったんだ。まあ、肉体はほぼ死んでるようなもんだから、生きた屍、とでも言うんだろ」


 世界の中心。故に、世界の法則すら曲げかねない代物。


 特有魔法が術者を助けたなど、世迷い言なのかもしれない。誰もが魔法自体が意思を持つとは考えまい。


 しかし、ヴォルフは実際に今、ケイと死闘を繰り広げている。


 それが何よりの答えなのかもしれない。



 ――目の前でフィーネを傷つけられ、弄ばれたことへの怒りを爆発させ、『神威』を発現させた影響で肉体は砕け散るも、強制的に元の状態に戻された。


 あの時、ケイが見た血の海の中には、ヴォルフのものも混ざっていたのだ。


「何のために、てめぇはそこまで……」


 本当は訊かなくてもわかっている。答えなど、初めから知っている。


 だが訊かなければならない。他の誰でもない、ヴォルフの言葉として訊きたかったのだ。


 ヴォルフはそんなケイの胸中を察してか、ふっと笑みをこぼした。


「――俺“たち”の夢のためだ」


 ケイが望んだ答えを耳にしたのは、お互いの槍が相手の心臓を貫いた時だった。


「ぐ……がはっ。俺様たちは、やっぱ、フィーネが……いない、とな……」


「ああ、ほんと……お前の言う通りだ。俺とお前とフィーネ、“三人”じゃないと……な」


 ヴォルフとケイの二人の喧嘩を止めたのは、いつもフィーネだった。一度たりとも二人だけでは仲直りをしたことがない。

 お互いに意地はったり、恥ずかしかったりと色々思い悩んで言葉にして伝えることも、行動として表すこともできなかった。


 単純に不器用なのだ。だが今、ようやく――。


 二人同時に膝をつく。そしてまるで狙ったように同じタイミングで槍を引き抜き、その場にばたりと倒れた。


 倒れたことにより、二人並んで澄んだ青い空を仰ぎ見れた。

 空は心の奥底のたくさんの思い出を呼び起こした。


 目を閉じずとも見えてくる懐かしき日々。


 次第に全身から力が抜けていくのがわかった。瞼すらも重く感じる。


「初めて、だな……。俺様たちだけで、仲直りなんて」


「いつも、フィーネが止めてくれてた……もんな」


 視界がぼやける。空に浮かぶ雲の形がはっきりとわからない。大まかな輪郭しか見えない。


「こういうのも、悪くねぇ……。悔しいが、俺様の――」


「いや、まだだ。俺たちは……俺たちの夢は、まだ終わってない。見届けてから、聞かせてもらうさ」


 ケイの言葉を遮って、微笑みながら言ってやった。


 ――俺たちの夢は、希望はまだ()えていない。


「はっ……笑わせるぜ。でも……ありがとな、ヴォルフ」


「ああ……俺こそ、お前に感謝するよ……ケイ」


「こういうのも……悪く……ねぇ……」


 木葉が一枚宙を舞っている。


 ケイの体が狼男のような状態から本来の人の姿に戻った。


 木葉がもう一枚、追いかけるように宙を舞う。


 ヴォルフの全身の痣は無くなり、瞳の六芒星はスッと明かりを消した。


 二枚の木葉は、一足先に地面に舞い落ちた一枚の木葉にふわり寄り添った。

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