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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第八章 天帝の十二士
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八十三回目『残るは』

 ブラッツ・ボーデンスは自ら死を選んだ。


 止めようとするミカヅキを、レイは阻んで戦争がどんなものか現実を見せつけた。やろうとしていることが、どれだけ難しく、悩ましいものだと言うことを、改めて実感させたのだ。



 遺体は二人で埋めようとしたが、重傷のおかげで動くことはままならず、レイディアに指示されて駆けつけた医療班に仕方なく協力してもらった。命をかけて戦った敵へと、せめてもの敬意と言うものだろう。


 レイが庇って光の繭に入っていた騎士たちは、全員軽傷ですぐにでも戦線に復帰できるとのこと。


 結果的にミカヅキは、名高い天帝の十二士(オリュンポスナイト)を単独では無いとは言え、二人も倒したことになる。これには共に戦ったレイも驚くほどだ。


 だが、当の本人はそんな騎士団長すら驚く功績を上げたとは思えない、浮かない顔をしていた。


「――気にしているのか?」


「えっ、あ、いや……。うん、気にしてると思う。仲間が殺されるのは何度も見たけど、敵が死ぬのを見るのは、たぶん今回が始めてなんだ」


「生きて償うことではなく、死んで償うことを選んだ。ある意味、逃げたとも言える。て言うより、あれは完全に勝ち逃げだろ。恐らく戦うことを選択されていたら、俺たちは負けていたはずだ。相性もあるが、実力ではあちらが上だった」


 レイは苦笑いしながら、今回の結果についてミカヅキに話した。


 彼の言う通り、戦況はレイたちの方が不利だった。いかにミカヅキの棍棒が効果的だと言っても、当てれなければ意味が無い。


 ブラッツは本気で彼らを殺す気だとしたら、今こうして優雅に会話をしているのは自分たちでは無かったと言いたいのだ。


「俺たちは勝ったんじゃない、負けなかっただけなんだ。それを勝利とは、俺は思えない」


「“死ぬ”ってどんな感じなんだろう。あの人は、どれほどの決意で、死ぬことを選んだんだろう……」


「そんな考え込むことでもないぜ。それは本人にしかわからないことだからな。だが、いずれミカヅキにだってわかる時が来るかもな」


 開戦から既に一時間が経過していた。そんな中、重傷のミカヅキは一旦城まで運んで治療することになった。


 本人は大丈夫と言い張ったが、レイに「命令だ」と言われて渋々従うことにした。不満が見事に表情となって表れていた。

 それを見てレイは楽しそうに笑う。



 レイはミカヅキよりも比較的ましだったので、応急処置で済まされてすぐに戦線復帰した。


 こうして、ミカヅキは治療の間だけだが、一旦戦線から離脱することとなる。

 心に靄を抱えたまま……。




 ーーーーーーー




 レイが次の敵のもとへ向かい、ミカヅキが城に帰還していた頃、作戦本部では……。


「倒せたのか。意外に順調だな」


 二人の結果に喜びつつも、不安を感じるレイディア。逆に順調すぎなのではないかと言う考えが思い浮かんでいたのだ。


「――ご命令通り、連れてきました」


「ありがとう」


 今後のことを思案していると、騎士団員の一人が、ある人物を連れて入ってきた。


 その人物はゆっくりと顔を上げ、レイディアと目を合わせた。


「あなたが……レイディア・オーディン」


「そうだ、反鏡者エインよ。……今はそう名乗っているのだろう?」


「ボクが何者か既に知っているのか。さすがは瞬速の参謀だね。ならボクの目的も知っているのかな?」


 レイディアはここで視線をあえてずらした。知らないわけじゃない、もちろん揺さぶりのためだ。


 この戦争の同盟側の要である作戦本部まで連れてくるには、それなりの理由が無ければならない。ここで暴れられてしまったら敗北に近づいてしまうからだ。


 なおかつ敵に場所を知らせるのも、自分の首を締めるのと同じこと。


「貴様の過去は知っている。だがそれだけでは根拠が無い。なぜ貴様は――帝国を裏切るのだ?」


「嫌いだからだよ。ボクは()の皇帝は気に入らない。それに彼のことを気に入ったんだ」


 周りにいた他の者からすれば、口から出たでまかせように思えただろう。だがレイディアだけは違った。

 その言葉をまるで待っていたかのように笑みを浮かべた。


「今度は貴様が証明する番だ。今度こそ“守って見せろ”」


「ふっ、言われなくても」


 レイディアはエインの拘束を解くように指示し、晴れて自由の身となった。


「だが、まだ表に出る必要は無い。貴様が助力すべきてはない、あやつの“選択”の時だ。それが終わるまで待機していてくれ」


「嫌だけど従うよ、参謀さん」


 口約束と言えばそうだが、本人たちはお互いを裏切ることは無いだろう。少なくとも、この戦争が終わるまでは。


 今は手を取り合おうと、後に刃を向けているかもしれないと言うことだ。

 敵の敵は味方とは、まさにこのことだろう。


「一つ聞き忘れていたよ、参謀さんよ。あんたはなぜ戦ってるんだい?」


「愚問だ。もちろん、自分のためだ」


「……そう」


 普段と変わらない素っ気ない態度で答える。が、エインは何か感じ取ったようで、それ以上突っ込むことは無く、指示通りに配置につくために作戦本部を後にした。




 ーーーーーーー




 ファーレンブルク神王国の外門では、アイバルテイク対天帝の守り手――ロベルの戦いが繰り広げられていた。


 エクシオル騎士団長――アイバルテイク・マクトレイユ。

 対するは、天帝の十二士、天帝の守り手――ロベル・リーツィエ。



 エクシオル騎士団屈指の攻撃力を持つアイバルテイクの前に立ちはだかるのは、天帝騎士団で一、二位を争うほどの防御力を誇るロベル。


 使っているものは違うが、まさに矛と盾の戦いだった。


 お互いの攻撃と防御がぶつかる度に、人が軽く吹き飛んでしまいそうな衝撃と突風、更には破裂音が辺りに散らばる。



 アイバルテイクと行動を共にしていた騎士団は、敵の援軍が来た時のために距離を取って待機していた。


 結界を張っていても、音などは特に簡単に貫通して、戦いの激しさを彼らに伝えた。


「あんなの俺らが入れる次元じゃない」


「でも、団長もヤバいけど、防いでいる相手もかなりの実力者じゃないか?」


「言われてみれば……」


 と一人の的を得た発言に従うように、戦う二人へと視線を移す。


 彼の発言はまさにその通りで、アイバルテイクは通常なら剣を使って戦う。剣を使った状態は手加減している状態なのは、エクシオル騎士団員なら誰もが知っている常識だ。


 しかし今のアイバルテイクは、剣を抜くことをせずに、敵が現れるや否やすぐに拳をぶつけた。残念ながら防がれてしまったが……。


 これが意味するのは――。


「これほどとは……」


「魔神と呼ばれるあなたと戦えるなんて、光栄の至りですよ」


 これまでの攻防でお互いの実力は理解した。

 ロベルが使う特有魔法(ランク)は、『守護者(ガーディアン)』と呼ばれる防御特化の魔法。だが、防御特化と言ってもやはり使いようによっては攻撃に転ずることはできる。


 実際はそうだが、アイバルテイクとの攻防で攻撃にはまだ一度も転じていない。つまりは防御に専念しなければ突破されてしまうのだ。

 かと言って、アイバルテイクがその防御を突破できるか否かはまた話が違ってくる。なぜなら、彼はまだロベルに傷一つすら与えていなかった。


 レイディアから事前に聞かされてはいたが、いささか予想以上だったのは言うまでもない。


 更に注目すべきは、ロベルの『守護者』は一方向ではなく、全方向の防御が可能。

 さすがにここまで防御に徹し、攻撃を仕掛けてこないことにアイバルテイクは違和感を感じ始めた。


 その違和感の正体を確認するため、攻撃の手を緩めるどころか更に激しさを増しながらも、レイディアに『脳内言語伝達魔法(テレパシー)』で連絡した。


「(レイディア、どうやら敵も同じことを考えているようだぞ)」


「(団長を相手にできるのが、その者しかいないからね。ちなみに、まだ相手も本気を出してないし、奥の手も出してない。団長のお好きなようにすれば良いさ。どう転ぼうと、私の作戦には支障が出ないからさ)」


「じゃあ、好きにするとしよう。宿れ拳神――魔神拳!」


 その表情は年齢に似合わず、制限されていたものから解放された無邪気な子どものようだった。


 ちなみに“同じ考え”とは“時間稼ぎ”のことを言っている。レイディアの作戦では、ロベルが非常に厄介な存在であったため、アイバルテイクが時間稼ぎをすることになっていたのだ。


 そして、嬉々として魔神を宿す団長を見て、物陰に隠れるようにひっそりとしている味方が思ったことはただ二つ。


「楽しそうだ」


「うん、ほんと、楽しそうだよ」


 ――でも、俺たちヤバくね?


 口から出る言葉とは裏腹に、命の危機を感じる。それだけだった。


 アイバルテイクの両の拳が、魔神の拳のような黒く大きなものへと変化した。正確には、変化と言うより、自分の拳の上に纏うようなイメージだ。


 その姿は強烈で禍々しくもあり、見ているだけで腰が引けてしまいそうなほど。


 だが、ロベルは全く物怖じせず、アイバルテイクを見据えていた。そして彼は唐突に不可解なことを口にする。


「あなたほどの人が、どうしてあんな男の言いなりになるんですか……」


「あんな男……レイディアのことか?」


 酷い言われようから人物を特定するアイバルテイクは、さすがとでも言うのだろうか。迷いなく自分の騎士団の参謀の名前を出した。


 “レイディア”の名が出た途端、ロベルの表情が変わったことを、アイバルテイクは見逃さなかった。

 落ち着きた雰囲気が一転。その表情は苦渋と怒りに満ちたものへと変化していく。


「あの男は……あの男だけは許せない。優しき騎士を、罪無き民を、無惨にも皆殺しにしたレイディア・オーディンだけは!」


「あの国の生き残りか……。ならば貴様は復讐のためにここに立っていると言うのか?」


「っ、それは違う! そんなの、あの男と同じになってしまう。それでは死んでいった皆は救われない」


「ほお、それを理解していながら、胸中を晒した意味が解せないな」


 アイバルテイクは呆れたと言わんばかりの表情を見せつけるようにロベルに向けた。

 この僅かな手合わせの間で、少しは見込みのある奴だと思っていたからこそ、残念がる気持ちがどうしてもあった。


 アイバルテイクはこの戦争が終わった後のことすら視野に入れて戦闘を行っている。

 現在自分たちが行っている戦争は、歴史上始めての世界戦争。だからこそ世界に与える影響は大きい。なればこそ、これからを担う若者を見定めるのが年長者の役目と言えよう。


 彼もまた、己が成すべきと思ったことを成そうとしているのだ。


 故に敵をただの敵として見ていなかった。


「僕はあなたの答えを訊きたい。なぜあの男の味方でいるのかと。なぜ背中を任せられるのか」


「愚問だな。そんなことを問うまでも無かろう。自分の考えを覆してほしいのか? であれば今すぐ戦場を立ち去れ。そのような愚か者のために時間を費やすなど、腹立たしいにも程がある」


 日常会話と何ら変わらない音量と喋りの調子。

 だが、そこにはわかる者にはわかる、はっきりとした怒りの感情が込められていた。


『魔神拳』を目の当たりにしても動じなかったロベルも、これにはさすがに一歩後ろに下がらざるを得なかった。


「貴様がどのような願いを持っていようと、まずは目の前の敵を倒すことに専念しろ。それが戦場に立つ者としての責務だ。話は終わりだ、構えろ!」


 彼は何もロベルが駄目だと判断してこのような発言をしたわけではない。むしろその逆である。


 突然の叱咤に若干の畏怖を感じつつ、自分が今まで抱いてきた思いに迷いを生じさせながら、それでもと目を逸らそうとはしない。

 言葉にするのは簡単だが、実際に行うとなるの話は別だ。

 相当な信念や心の強さ、勇気が無ければできまい。


 アイバルテイクはロベルの敵でありながらも、倒す気にはなれなかった。


 ――受け入れ難い現実と言う名の事実を突きつけられ、逃げようとしても影はいつまでも追いかけてくる。

 もうこれ以上辛い思いをしたくない、嫌だ、自由になりたい。


 誰もが人生で一度はぶつかる壁。越えられないと思ってしまうような聳え立つもの。


 まるで……昔の自分を見ているようだ。

 アイバルテイクは心の中で呟いた。


 アイバルテイクは彼の意見をあえて否定せず、受け流すような返答をした。

 それが彼の考えを混乱させてしまうことに繋がると知っておきながら、言葉を選んだのだ。


 ただの復讐者になるか否か。

 その選択の分かれ目が、今だと判断したから。


 倒すのは答えを聞いてからでも遅くはない。


 アイバルテイクもまた、レイディアに言わせれば、甘いのかもしれない。




 ーーーーーーー




 アイバルテイクとの会話を終えたレイディアに、一人が振り返って一抹の不安を投げ掛けた。


「本当に良いんですか? 団長を自由にしちゃって……」


「はっきり言って良くないな。かなりまずいさ、ははははっ」


 レイディアの予想だにしていなかった発言に、作戦本部全員の手が一瞬だけだが止まってしまう。当の本人は至って気にした様子は無く、いつものやうに笑っていた。


「なぁに、こちらの予想を越えてくるのであれば、こちらの予想外のことを望む方が良かろう。フォローは我々がせねばならんが、気を引き締めていこうか!」


「「はい!!」」


 レイディアは不意に口角を上げた。

 皆は彼の意気込みが笑みとなって表に出たのだと判断した。が、事実は残念ながら違う。

 何もできない無力な自分自身を……嘲笑っていたのだ。



 ある人物がファーレント王国の城に歩みを進めている。しかし、その事実をレイディアは誰にも伝えることはしなかった。



 それは、何もできない自分自身に向けられたもの。

 辛い思いをさせてしまう、ある者への申し訳なさ。そんな彼のみぞ知る思いの表れだったのだ。


 そして、誰にも聞こえないような小声で呟くのだった。


「どうやらあやつも動き出したようだな。さぁ、お主はどちらを選択するのだ――ミカヅキ」


 ここにはいないもう一人の転移者の名を呼ぶ。

 まるで、その身に何かが迫ることを知っているかのように、レイディアの瞳は遠くを見ていた。

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