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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第八章 天帝の十二士
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八十回目『誰もが抱えるもの』

 同盟作戦本部。これはミカヅキがエインを倒す直前の話。

 レイディアは下唇を噛んでいた。


「前線部隊が、天帝騎士団本隊と接敵。交戦を開始しました」


「よし、キリッシュの部隊を前衛とし、ベイリン、アフロイの部隊に援護をさせろ。アイバルテイク団長は?」


 ついに本格的に始まりを見せた戦争。前線では十万単位の人が争っている。

 まだレイディアの手の上の出来事だ。このまま何も予想外なことが無ければ、勝利することは可能。だとしても、現実とはそこまで甘くはないと彼は知っている。


「アイバルテイク団長は天帝の十二士(オリュンポスナイト)の天帝の守り手と接敵。すぐさま交戦を開始し、拮抗状態とのこと」


「我らの団長と拮抗とは、敵を褒めるべきか」


 笑いながら冗談を言い、皆の緊張を丁度良い具合にほぐす。


 だが、当の本人は表面上で笑顔を作りつつも、内面は怒りにも似た感情を滾らせていた。


 ――早すぎる。全ての物事が、私の予想より早く進んでいる。これは考えを改める必要があるようだ。


 レイディアに重くのし掛かるのは、勝利しなければならないプレッシャーや期待に応えたいと言う思いなど幾つかある。

 だが一番重いのは、自身の指示一つで多くの命が失われてしまう可能性が存在することだ。


 覚悟していなかった訳じゃない。それでもその場に立った者のみにしかわからないものがあると言うわけだ。


 だからと言って彼は立ち止まることはない。たとえ、最後の一人になろうと戦い続けるだろう。


 それほどの決意を、彼はもう済ましていた。

 故に彼は笑顔を見せる。


 そうやって、レイディアが気を引き締め直した時、聞き覚えのある声が頭の中に届けられた。



 ――ミカヅキだ。内容は聞かなくてもわかっている。

 このタイミングに連絡してきたとなると、敵を“今度こそ”倒したようだ。


 レイディアの中では倒せるか五分五分だったが、勝ったことに素直に喜んでいた。相手が誰なのかは魔力で既に知っており、どんな性格なのかも大体把握していたからこその喜びである。


 ミカヅキにとって、今回の相手は良い教訓になったと言えよう。

 それもレイディアが企んでいたことの一つに他ならない。


 彼がどこまで先を見据えているのか、彼自身にしかわからないのだから。


 そして、その企みの中に、もし“仲間の死”も含まれているのだとしたら、行く末に何が待っているのだろうか。これは彼自身とて、知り得ないことなのかもしれない。



 ミカヅキにはレイのもとへ行くように指示を出し、倒した相手――エインの回収はヴァンこと、エクシオル騎士団副団長ヴァンドレットが率いる少数部隊に任せることにした。


「急げよ、ミカヅキ」


 これ以上、できるだけ犠牲者を増やさないためにも、信頼できる者たちに頼んだのだ。




 ーーーーーーー




 そして、度々話題に上がっていたレイは、鏡に吸い込まれて見知らぬ場所に転移させられていた。


 しかし、当の本人にとってどこなのかはあまり重要では無かった。なぜなら目の前に倒すべき敵がいたからだ。


 天帝の十二士の一人。人形使い――ブラッツ・ボーデンス。

 緑色の短めの髪に、ピンクと紫のどちらとも取れる瞳の男性。



 結界の中に閉じ込められて、外に出ることも連絡することもできない。仲間を人質に取られ、下手に動くことも叶わない。


「俺様の特有魔法は、人を人形のように操る魔法。サイコーに楽しいだろ?」


「この野郎っ……!」


 吐き捨てるように言っても、それ以上のことが仇となるからこそのせめてもの抵抗。


 ブラッツはレイをすぐには操ることはせず、ましてや殺すこともしなかった。ゆっくりと、なぶるように少しずつ傷を増やしていった。

 しかもレイの仲間を使ってである。


 極悪非道とはまさにことだ。


 レイは選択を迫られていた。このまま抵抗せずに負けを認め、最低野郎の人形になるか、仲間を見捨てて敵を倒すか。


 一つ。また一つと体の傷は増えていく。もう少しで立っていられなくなる頃合いだろう。


 レイは操られる六人の仲間たちの名前を頭の中で呼ぶ。


 そして、


「すまない。俺のことは、許さなくて良いからな」


 全員の名を呼び終えると、そう呟き剣を抜き去った。


「くは、お前は仲間を殺すのかい? ふーん、殺すんだー。自分の仲間を救えないなんて、最低な団長だなぁ?」


「ああ、俺はこいつらを救うことすらできないダメな団長かもしれない」


 笑いすらこぼれてしまう。

 勝ちを確信しているブラッツは、レイは自嘲したと思い込んだ。


「そうだ、俺は団長だ。ガルシア・グランディールを父に持ち、前王よりガルシア騎士団団長としての立場を授けられた者」


 いったい何を言っているのかと眉を潜めるブラッツ。


「お前が何をしようと、俺に勝つことは不可能なんだよ」


「残念だったな、そうとも限らないぜ」


 言うが先か、レイは六人の仲間たちを光で包み込んだ。それはまるで繭のようにも見える。


 ブラッツはすぐにわかった。六人に魔法が届かなくなっている。

 時間をかけてしまったのがまずかったのだ。追い詰められたのは自分の方なのか。


「黙って斬られてた理由はこれか」


「その通りだ。この魔法は時間がかかる上に、バレないようにするには更にってことだ。だが、これでようやく、遠慮無くお前を倒せる」


「それはどうかなー?」


 首をぐてっと横に倒しながら不敵な笑みを浮かべるブラッツ。


 レイは冷静に考え、まずは距離を取って攻撃をすることにした。


 周りに光の剣が生成されていき、それらは光の速さでまっすぐブラッツに向かって飛んでいく。


 それらは凄まじい速度でぶつかり次々と爆発を起こした。


 結界内に土煙が立ち込める。目では何も見えないが、レイは光の範囲魔法で相手の位置がわかる――はずだった。


「……いない。いや、そこか!」


 ヒュンと空気を震わせながら剣が振り払われる。

 しかし斬ったのは土煙と虚空だけで、物体は斬っていなかった。


 レイはこのまま大人しく結界の中にいては不利だと判断し、結界を壊すことを選んだ。


「惜しいー。でもな、お前は俺には絶対に勝てない。なぜなら――」


 背後に気配を感じ、振り向くもそこには誰もいない。それどころか土煙すら反応していなかった。


 これはまずいとレイは直感し、すぐに行動に出る。


 だが、遅かった。


 パチンッと指を鳴らす音が聞こえた瞬間、レイの全身から血が噴水のように噴き出した。


「なん……っだと……」


「だから言った。お前は俺に勝つことはできない、絶対にな」


 姿を見せるブラッツ。これが意味するのは、目視で確認できるほどの距離にいると言うこと。


 レイは思考を巡らせる。何が自分の身に降りかかったのかを見抜くために。

 だが全身から血が噴き出し、身体中に酸素が無くなっていく状態。猶予はほんの数秒。


 しかし、思った以上の勢いで意識は暗闇へと誘われていく。


「……まだ、終わり、じゃ……ない!」


 最後の力を振り絞り、光の剣を自分の体の真横に一本だけ生成し、今できる全速ブラッツにぶつけた。今度は見定めるために爆発しないようにしていた。


 そして、レイはその目で見たものは、光の剣がブラッツの体に当たった先端部分から砕け散る光景だった。


「……弾い、た?」


「悪あがきにしては、上出来と言うべきだ。――レイ・グランディール、お前が最後に抱く感情は……何なんだ?」


 そんなブラッツの称賛を耳にしながら、レイの意識は失われてバタンッと地面に倒れた。


「自分はやられても、仲間は守る、か」


 チラリと横目で、主が倒れても光を失わない繭を見ながら呟いた。



 ――敵の仲間を操り、同士討ちをさせて苦しむ姿を見るのが大好きな男だった。

 だからこそ彼は単独行動を望み、味方を自分に近寄らせない。


 それは彼が誰よりも――味方が殺られるとこを嫌っているからだ。なのに敵に同士討ちをさせると言う、常人には理解しがたい倫理観をしている。


 こんな歪んだ人物になったのにはそれ相応の理由がある。



 何を隠そう。ブラッツ・ボーデンスは騎士王マリアンに救い出された――元奴隷なのだ。




 ーーーーーーー




 話は今から、五年前に遡る。


 彼の主だった貴族は、買い漁った奴隷たちに、屋敷の地下の闘技場で殺し合いをさせていた。


 魔法があるこの世界で、魔法を使わずに己が体だけで戦わせると言う何とも惨たらしいものだった。魔法を使えば即座に殺される。


 死と隣り合わせの環境でブラッツは生きるために戦い続けた。過酷な日々は彼の感情を奪い、勝利を貪るように欲するだけの獣に変化させていった。



 ――そんな最悪な日々を三年続き、無敗の獣と呼ばれるようになった頃に、彼はある人物と出会う。


 何度目かすらわからないほどの殺し合いを繰り返し、感情すら失ったとされたブラッツの心を動かす一人の人物。


「今日は面白い試合になりそうですな」


「ええ。どちらが勝手もおかしくない。ぜひ楽しませてほしいよ」


 この頃には主の貴族以外も闘技場に足を運び、自慢の奴隷たちを戦わせる一種の競技のようになっていた。もちろんメインは勝ち負けによる賭け事だ。


 手と足は鎖で繋がれ、最低限歩いて移動するくらいしかできないように調節されている。これは試合が始まれば外れるようになっており、試合中に唯一使える武器とも言えた。


 しかし、ブラッツは使われたことは何度もあるが、使ったことは一度も無かった。


 完全にその身だけで相手の命を奪って来たのである。


 柵が上がり闘技場の中心に着いた頃合いに、前方の柵が上がり対戦相手の姿を彼に見せた。


 ブラッツの瞳が、数年ぶりに輝きを取り戻した瞬間だった。


 色褪せた白銀の長い髪、林檎のような赤い瞳の――女の子がそこにいた。歳はブラッツより少し年下だろうか。

 正直この腐りきった場所じゃ、見た目で年齢は判断できないことを彼は知っていた。


 だが驚くべきはそこではない。

 三年間戦い続けてきて、殺し続けてきて、相手が女なのはこれが初めてだったのだ。


 蘇ってきた感情は彼に戸惑いを与えた。


 相手の女の子が闘技場の中心、つまりブラッツの目の前にとぼとぼとやって来る。

 近くで見てようやくわかった。


 痩せこけた手足。体のそこら中にある引っ掻き傷や、噛みつかれた痕や、青くなった打撲箇所。数え始めたらキリがなかった。


 ――戦えるはずがない。


 彼の心が一言呟く。


 だが彼の状態など関係なく、試合開始の合図が鳴った。


「ああ……ううう」


 首をゆっくりと左右に振りながら後ろへ一歩ずつ下がるブラッツ。

 文字通り獣の如く唸り声しか出してこなかった影響で、言葉と言うものの出し方がわからなくなっていた。


 でも心は叫んでいる。

 目の前のこの子を――殺したくない、と。


 この子が生き残るのならば、自分は殺されても良いとさえ思っていた。


 なのに試合が始まり、鎖が解かれたにも関わらず、女の子が向かってくる様子は無い。それどころか、初めの場所から動くことすらしていなかった。


 目が合うと無表情から柔らかい微笑みに変わり、ブラッツに優しく話しかけた。


「……優しくて、綺麗な瞳。あなた私と同じなのね」


 傍観している貴族たちは、女の子がいったい何を言っているのか理解できなかった。


 しかし、ブラッツだけは違った。彼女の言わんとしたことがわかったのだ。

 それ故に、溢れ出るものを止めることができなかった。


 ブラッツの目からは止めどなく涙が流れた。


 ――誰も殺したくない。

 自由になりたい。

 人として……生きたい。


 地位や名誉でも金銀財宝でもない。お互いに、ただ人として普通の生活がしたいだけ。


 二人だけにしかわからない、叶わないと知っていながらも望んでしまう儚き願い。



 ブラッツは覚悟を決める。

 ほんの数日だけだろう。それでも、少しでも長くこの子が生き残れるなら――死のう。


 彼が抱いたものは、人なら誰しもが一度はその胸に秘めたことがあるだろう。



 地獄とも言えるこの場所で、ブラッツは出会った一人の名も知らぬ女の子を、人生で初めて好きになったのだ。

 守りたい。生きてほしい。幸せになってほしい。できることなら自分が……。


「――あなたに会えてよかった」


 だがそんな彼の願いは、誰にも届かない。


「生きて――」


 ブラッツ・ボーデンスはこの時見た女の子の表情を忘れたことはない。


 彼女は禁止させれている魔法を使おうとし、ブラッツの目の前で胸を炎に貫かれた。


「ああ……うあ……ああああああああ!!!!」


 彼の中で何かが砕け散り、込み上げる感情を目に見える全てのものにぶつけた。



 ――次に彼が正気を取り戻したときには、死体がいくつも転がり、辺り一面真っ赤な血で覆われていた。


 まず最初に行ったのは、女の子を探すことだった。

 しかし見つけるのに時間はかからなかった。なぜなら、自分の腕の中に彼女はいたのだ。

 心臓に大きな穴を開けていると言うのに、とても痛かっただろうに……その表情は穏やかで、見ている彼自身にすら安らぎを与えるほどだった。



 人生で初めて好きになった人を、もう二度と動くことの無いか細い体を抱きながら、恥など関係なく声を上げて彼は泣いた。


 そして、彼女の最後の言葉を口ずさむ。


「俺は――」


 言った途端、女の子の体が光に包まれたかと思ったら、それはブラッツの体に染み込んで一体となった。


「ああ、そうだね。ずっと一緒だよ」


 まるでそこに誰かがいるように自分の体を優しく抱きしめながら彼は気を失った。


 騒ぎを聞き、駆けつけたマリアンに見つけられ保護されたのは、血にまみれてから四日後のことである。

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