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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第八章 天帝の十二士
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七十九回目『知っているかい?』

「ねぇ、レイ」


「ん、どうした?」


 僕とレイは天帝の十二士(オリュンポスナイト)の一人を意外とあっさりと倒して、別の敵がいるとおぼしき場所に向かっていた。

 確かに倒した。なのに、妙に腑に落ちないと言うか、納得ができない自分がいた。

 だから前方を走るレイに声をかけたのだ。


「天帝の十二士って、騎士団長並の強さを持ってるんだよね?」


「ああ、そう言われてる」


「なら、さっきのエインって人もそれくらいの実力の持ち主になる。でも明らかにそれほどの強さではなかった」


 そこまで言うと、レイは足を止めて僕の方に振り返った。

 僕もつられて走るのをやめた。


「罠かもしれない、そう言うことか」


「うん。このままもう一人の敵がいる場所に言ったら駄目な気がするんだ」


「だが、お前の目で未来を見た(・・)んだろ? だとしたら確実な情報じゃないか」


 見た?

 ほんの少しの違いだけど、僕は引っ掛かった。まるで聞き逃してはならないのだと誰かが教えてくれたかのように。


 僕の『先を知る眼(ワン・オーダー)』は、未来を見るわけじゃない。未来を知る(・・)ことができるんだ。それはレイだって知っているはず。


 ……まさか。


「レイ、一つ確認させて」


「なんだ、急に改まって。お前のことだ、何か考えがあるんだろ。良いぞ」


「初めて会った時に、レイが僕のことをなんて呼んだか覚えてる?」


「ん、そりゃあ――」


 言葉の途中で俊敏な動きで腰に携えてある剣を抜き、僕に斬りかかってきた。なんとか棍棒で防いで見せる。


 やっぱり、やっぱりこの人はレイじゃない!


「あなたはっ、あなたは誰ですか!」


「何をおかしなことを……。さっき名乗ったでしょう」


 鍔迫り合いの状況下で、レイの姿で余裕の表情を浮かべる誰か。


 さっき名乗った?

 何度か剣と攻防を繰り返しながら、この戦争が始まってから名乗られたのはただ一人だと言う結論にたどり着く。


 そんなことが、でもさっき倒したはずじゃ……!


「反鏡者エイン。あなたはレイが倒したはず……いや、違う」


 目の前のレイ本人と間違うほどの姿。なのに、エインだと認めた。そして特有魔法(ランク)は鏡を操れるもの。


 そこから導き出せるのは――虚像。鏡に写された偽者。


 でも、目の前のレイは紛れもない本人にしか見えない。僕の知識に嘘は無い。だからエイン(相手)の特有魔法は間違いなく鏡を操る魔法。


 こうやってただ目で見るだけなら騙せるかもしれない。だとしても僕の『先を知る眼』でも……わからない。もう少しで答えが出そうなのに、いったいどうやって!?


「おやおや、戦闘中に考え事とは、いけませんねぇ。それとも余裕なのかな?」


「ぐぬぬ……」


 やりにくい。レイじゃないとわかっていても、体が勝手に手加減してしまう。


 ん?

 待てよ。

 レイの偽者がここにいるなら、本物のレイはどこにいるんだ?


「だから考え事は……その瞳は、星かな。何をする気かは知らないけど、無駄なことはやめた方が良いよ」


「無駄かどうかは、やってみなくちゃわからない!」


 って言ったけど、このままじゃ埒が明かないし、考えることが多すぎて頭がパンクしそう。

 それにこの感じ、この人はやっぱり……。


 棍棒を大きく振り払って、後ろに身を引いて距離を取る。真意を確かめるために。


「どうして、本気で戦わないんですか?」


「それは君とて同じだろう、ミカヅキ・ハヤミくん」


 エインは武器を下ろしながら返答してきた。

 悔しいけど言うとおりだ。僕は本気で戦っていない。


「なぜか、と問うのは無粋かな。なかなか面白いことを考えているみたいだね」


 まさか、この人は気づいているのか?

 僕が誰も殺さないことを。

 感づかれるような節は思い返せば幾つかある。しかしそこから結論を出すなんて早すぎないか。頭の中で推測、予測をするならわかる。

 だと言うのに、この人は僕を惑わすつもりか何なのかわからないけど、話の議題に出してきた。


 ここは……乗ってみよう。それで実害があるわけじゃないんだから。


「いったい何のことやら?」


「ふ、ふふふ、これはこれは。いや、失礼。君を見ていると、どうもからかいたくなってしまってね。まぁでも、君の世迷言のような夢よりは随分ましだと思うがね」


「未来に絶対は無いでしょう」


「そうだ、どの通り。未来に絶対は無い。だからこそ人は、その不確定な未来に夢を抱く。まさしく、今の君のように」


 そこまで言うと、話を止めて地面に視線を落とした。若干俯き気味になったせいで目元が隠れて、表情がわからない。


 そして次の瞬間、エインの周りに長方形の姿見のような鏡が生成される。鏡はひとりでに動いて、エインを鏡の中に入れた。

 現実的に考えればありえない光景には、さすがにもう慣れた。が、だからと言って驚かないわけじゃない。だって、鏡の中に人が入るなんて初めて見るのだから。


 鏡はその場で一回転して見せ、鏡の中の人物の姿は既にレイのものではなかった。

 レイが気絶させたはずのエインの姿に戻っていたのだ。


 偽りの姿を纏う感じなのか?

 目の当たりにしても、結局どんな原理か理解できないか。でも、だいたいは掴めてきたよ。


 そもそもここで解く必要があったのかとも思う。そのままなら、僕たちの仲間を混乱させることもできたはずなのに。


「どうして変身を解いたのか聞きたそうだね。理由は簡単、する必要が無くなったからだよ。ボクの目的は、君と話すことなんだもの」


 鏡からゆっくりと出てきながらそんなことを口にした。


 僕と話すことがって、からかっているのか。

 この人と話していると、まるで——まるでレイディアと話しているかのような感覚がする。こちらの何もかも、既に知っていられているような、そんな不気味な感覚に。


「さて、ただの立ち話もなんだし、そろそろ再開しようか」


 言うが先か、一気に距離を詰め、その間に抜いていた剣を僕の心臓めがけて突き刺してきた。

 棍棒を真横からぶつけることで剣の軌道をずらす。


 速いっ。

 さっきまでとは動きが格段に違う。


「話と言っても、かしこまる必要は無い。気楽にしよう」


 言葉と行動がまるで一致していない。

 剣は迷わず、僕の命を刈り取ろうと何度も迫りくる。


 でも、攻撃を防ぐこと事態は難しくは無かった。集中していればの話だけど……。


「君は何のために戦うのか。そんな問いなど何度もしたことだろう。だがしかし、対象が君自身ではなく、君が戦う相手。つまり敵は何のために戦うのか、考えたことはあるかな?」


 敵が何のために戦うのか。


 考えたことはある。僕がミーシャを守るために戦うように、敵にも守りたい何かがあるかもしれないって。


「その顔は、あるみたいだね。なら理解しているはずだ。君がもし勝利してしまったら、その時点で君の“誰も殺さない”と言う幻想は打ち砕かれるのではないかね?」


 これを鋭い攻撃をしてきながら言ってくるものだから、反応が少し遅れてしまう。先を知っているからこそ辛うじての状態なのだ。

 このままじゃ、僕の体力が先に尽きてしまう。


 だからといって、この人の問いから逃げることもしたくない。

 これは、僕が超えるべき壁だと思うから。ここで背中を向けるわけにはいかないんだ。

 じゃなきゃ、今まで僕のこんなわがままに付き合ってくれたみんなに……顔向けできなくなるもの。


 それだけは駄目だ。


 そう決意した時、自分の口角が上がっていることに気づいた。


「それでも僕は——諦めない。僕のために、ううん違う。それもあるけど、何より僕を信じてくれる仲間のために僕はこの夢を貫く。敵であっても、殺す必要は無い」


「殺さなければ、君の大切な死ぬとしても、同じことが言えるの?」


「守って見せる。何度だって、僕は戦う」


 攻撃の手が緩められて、お互いに距離を取る。

 僕の答えが気にいらなかったのか、エインはどこかつまらなそうな顔に見えた。が、直後に「ふっ」と笑みをこぼす。


「まっすぐで迷いの無い瞳。良い瞳をしているよ、君は。そんな戯言が罷り通る世界なら、ボクは……」


 聞こえるか聞こえないかの間の声で呟いた。

 僕に言うのではなく、自分に言い聞かせているようだった。


「あなたとはこれ以上、戦いたくない。僕はあなたの過去を知っている。それでもわかないことは、あなたがここにたっていることだ。立ち入っちゃならないことかもしれないけど、あなたは戦うべきじゃない!」


 途端鋭い眼光が向けられた。心臓を射抜かれたと錯覚してしまうほど強烈な眼差しだった。


「君の特有魔法か。随分と悪趣味なものだ。—―話はここまでだ。君とのお話は久しぶりボクを楽しませてくれた。もう少し早く君と出会えていたら、そんな選択もできたかもね」


 悲しそうな、それでいて決意に満ちた表情で剣を鞘に収める。

 僕はこの表情に見覚えがある。同じだったオヤジの最後の――。


 だからエインが何をするつもりなのかは簡単に予想できた。


「ハヤミくん。君は戦場に立つには優しすぎる。その優しさは君自身を殺す。それでもと言うなら、ボクが君の前に立ちはだかろう」


 両手を広げるエインの左右に次々と鏡が生成されていく。


 本気だ。もうさっきまでと違う。

 本気で僕を殺すつもりなんだ。

 認めたくないけど、殺気を感じるから。


「ボクの親友と同じ事を願うなら、証明してみてよ。まずはボクを止めて、不可能なんかじゃないんだって。見せてもらうよ、君の覚悟を」


 迷っている場合じゃない。

 その隙に僕は今度こそ殺される。


 そんな相手に僕は勝たなくちゃいけない。殺さずに倒すんだ。


「さぁ、始めようか」


「来い!」


 エインが手を振り上げると、左右に展開された三十枚以上はある鏡が光と共に何かを放つ。

 僕はほぼ一瞬で目前まで迫るそれを棍棒で叩き折る。


「これは!?」


「君の団長くんから頂いたものだよ。使い勝手がよくてね、便利で助かってるんだ」


 さっきのは紛れもない、レイの『光の剣(シャイニング・ソード)』。


 鏡で吸収した魔法を、複製することができるんだ。これは下手に『創造の力(アーク)』で攻撃しようものなら、返り討ちにあってしまう。


 なんてことを考えている間にも、光の剣以外の魔法も飛んでくる。それらに共通するのは魔法であること。

 だから棍棒と僕が造り出した光の剣で防ぐことはできる。でも防いでいるだけじゃ勝つことはできない。


 どこかに勝機はないか。


 ……あるじゃないか、僕だからこそできる勝利への道が。


 一か八かやるしかない。


創造せよ(アーク)、大剣よ、敵を斬り裂け」


 エインの四方に僕の体の倍以上の大きさの大剣を造り出して放つ。

 あなたは僕が殺さないことを知っている。


 ならこの攻撃にどう対処するか。防ぐのか、それとも何もしないのか。

 どちらを選ぼうと次の手は既に打っている。


 でも、エインが僕の予想通りの人なら……、


「やっぱり、鏡で吸収しようとする」


 だからその鏡を、正面からの大剣に集中させている間に、真横から別の剣を造り出してぶつけることで破壊する。

 エインと僕の造る早さはほんの少し、コンマ数秒の差で僕の方が早い。


 鏡が割れた瞬間に隙ができる。二秒、いや一秒かな。

 棍棒をエインめがけて投げつけ、隙の時間を伸ばす。


 そんな瞬きをしている内に過ぎ去ってしまう、一瞬と呼ばれるような時間で僕はエインとの距離を詰める。


 そして――


「はああぁぁぁぁああ!!!」


「ぐぅっ、だはあっ!!!」


 エインの眼前に迫る棍棒を左手で掴んで、右の手で拳を作って思い切り腹を殴った。


 一気に距離を詰めた分の勢いも乗り、気を失わせるには充分な威力になっている。

 腹に強烈な一撃をくらったエインの体は、僕の振り上げられる拳に従って軽く宙を舞い、バスンッと音を立てて地面に落ちた。



 エインが完全に気絶しているかを確かめて、『知るは我が行く先(プロテクト・オーダー)』を解いた。


 疲労感と筋肉痛のような痛みが一気に全身を襲う。『強化(ブースト)』と同時に使うことで、驚異的な身体能力向上を行える組み合わせ。

 終わったあとの反動が大きいから正直に言えば使いたくはなかったけど、負けるより遥かに良いはずだ。


 周りを警戒しつつ、少しでも疲れを癒すために近くに木の根本に腰かけた。


 まずは報告しないと。

 まだ繋がらないのかな?


「レイディア、ミカヅキだけど聞こえる?」


「(ああ、聞こえるぞ。貴様が連絡してきたってことは、今度こそ倒したようだな)」


 レイディアのその言葉は、僕に敵を倒したのだと実感させてくれた。


「うん、なんとか勝つことができたよ」


「(弱気だな。まだ始まったばかりなんだ。へばっている場合じゃない、と言いたいが、ひとまずはこう言うべきか……よくやった)」


 目頭が熱くなるのを感じた。レイディアの言うように、まだ始まったばかりなのに、この調子じゃ途中退場しちゃうね……。


 深呼吸をして心を落ち着かせた。


「(それに先ほどはすまなかった。敵に操られた者たちを送ってしまったようだ。操っていた者とは、今レイが戦っている。なかなか苦戦しているようでな、手伝いに行ってやってくれ。場所は南南西に八百メートル辺りだ)」


 言われて味方が殺し合いをした光景を思い出す。

 これからあんなことが至るところで起こるんだ。それを少しでも減らすためにも、今はレイのところに急がなきゃ。


 立ち上がってレイのいる南南東へ向かおうとした……けど。


「レイディア。南南西って、どっち?」


 ため息のあとの暫しの沈黙のあとに、右とだけ呆れた声で教えられた。


「(前線でも天帝騎士団との戦いは始まった。これから、より大きなものになるだろう。心して戦え。そこの敵は私が何とかしておくから、方向音痴よ早く行きたまえ)」


「うっ……。言われなくても」


 そう精一杯の反抗をしつつも、最後にお礼を言って、レイのもとへと急いだ。

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