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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第八章 天帝の十二士
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七十七回目『予想外の初撃』

 帝国との戦争。構図としては、帝国対全世界。

 普通に考えれば、圧倒的に数が少ない帝国が不利になるのは、火を見るより明らかだ。だが、“帝国”ならば話は変わる。


 主力は天帝騎士団。世界最強の騎士団であり、その気になれば国の一つや二つを滅ぼすことは雑作もないと言われている。

 一人一人が他国の騎士団長クラスの実力の持ち主とも囁かれ、下手に突っ込めば容易く屠られる。


 だからこそ戦略を練る。そんな最強たちに勝つために、最善の手段で挑むのだ。



 此度の戦争において同盟側の作戦本部は、ファーレンブルク神王国とファーレント王国の間の森に配置された。

 Vの字の上二つが神王国と王国。その間に作戦本部。下の先端部分が帝国、と言う位置だ。レイディアはここから敵味方の動きを感知し、指示を伝える司令塔の役目を担うことになった。と言っても完全に彼一人で行うわけではなく、区画ごとにわかれた十人からの情報を処理する形となっている。


 開戦してからは常に『脳内言語伝達魔法(テレパシー)』を使い続けることになるため、並の精神力と魔力量では三十分と保つまい。だからと言って人員を変えることもあまり好ましくない。これでも保っている者たちなのだ。そこで魔力が足りなくなった場合はレイディアが補充する方向で話を終わらせた。


 味方だけで十万を越え、敵も合わせればその倍以上の人数が入り交じる戦場の情報を集約して一人で処理しつつ、更にそこから最良の策を指示する。



 一方、戦闘員となる騎士団員たちは同盟国の領土内、並びに外壁の門の前に配備されている。これはレイディアの指示で、「無闇に突っ込んでも、無意味だ」とのことだった。開戦の後、進行することになっている。


 待機する間、皆がこれから起こる恐らく歴史上最大の戦争に恐怖を抱き、それには緊張なども入り混ざっている。

 同盟の騎士団員の中には、つい先日まで一般の国民だった者たちも大勢参戦していた。「国が無くなれば、死んだも同然だ」と言ってソフィやミーシャに直接頭を下げたのだ。

 当然二人は拒んだが、国民たちは諦めることなどせず、最終的に押し負けて今に至る。ただし条件付きで。


 その内容は、指導をするアイバルテイクと、戦略を練るレイディアが足手まといになる者は容赦無く外す、と言うもの。ただ人数を増やしても、無駄死にさせてしまうかもしれないからだ。


 志願した者たちはそれに同意し、半分が外されることとなる。今残っているのは、少なからず連携が取れ、戦力になると判断された者たちと言うことだ。



 そんな時、レイディアが味方全員に『脳内言語伝達魔法』で軽い調子で話しかけた。


「(ファーレンブルク神王国、並びにファーレント王国の者たちよ、私はエクシオル騎士団参謀、レイディア・オーディンだ。まもなく開戦となるだろう。未だかつて無い最大規模の戦争だ。だが、そんなもの気にする必要など無かろう。いつだって我々は戦い、勝利してきたが故に今、こうして生きている)」


 同盟国の味方である皆が静かに聞こえる声に集中していた。一人として意見などせずに、耳を傾けているのだ。


「(道半ばで失ったものは多い。だからこそ、我々は生き続けれなければならないのではないか! 勝利を誓った友のために、必ず帰ると約束した愛する者のために、守ると誓った大切なもののために――再びこの地に戻るのだ!)」


 言ってしまえば、レイディアが口にしていることは当然のことに他ならない。だがこの状況下で、あえてそんな当たり前とも言えることを伝えることで、恐怖に負けかける仲間たちを鼓舞しようとしているのだ。


 その甲斐があったのか、下を向いていた者たちが「よし」や「まだまだ」などと口々に言い、それぞれが前を向き始めた。


「(故に我々はどうするべきか、迫りくる脅威に下を向き、畏怖している時か――否! 前を向き、立ち上がり、武器を取れ! 貴様らは何を成すべきか……聞かずともわかるな。 覚悟は良いか!)」


 各所から「おおおぉぉぉぉ!!!」と、レイディアの言葉に答えるように声が上がった。



 ――そんな周りの活気に気圧される者が約一名。王国側に配置しているミカヅキだ。


「すごい……みんなあんなに静かだったのに」


「確かにかなりの手練れだよ、あいつは」


 同じ配置になり、偶然ミカヅキの隣にいたレイが素直に称賛する。


「言葉自体はありきたりでわかりきっていることなのに、それをあえて堂々と言葉にすることでわからせた(・・・・・)んだ」


「わからせた?」


「ああ。人は焦ったり、緊張したりすると冷静な判断ができなくなる。ミカヅキだって経験があるだろ」


 レイの問いかけにミカヅキは「うん」と頷きを返す。すると彼はニカッと笑って話を続けた。


「そんな時に“落ち着け”と言っても逆効果になる場合が多い。特に戦場では、ちょっとした油断が命取りだからな。だからあえて難しいことを言わずに、簡単なことや別のことを言って気を紛らわしながら本題に入る」


 ミカヅキはレイディアの言葉を思い返していた。だが残念ながらよくわからなかった。とにかく、うまい方法を使って盛り上げた程度の認識だ。


「うーん、よくわからない……」


「はははっ、普通はそんなもんだよ。だが、これは全員に効果があるわけじゃない。中には、逆効果になる者もいるだろう。レイディアのことだから、理解しているはずだ。それでも周りはやる気になっているなら……」


「自分もこのままじゃいけない、って思うはず」


 閃いてこれだと思ったことを口にしてみる。レイはその通りと言わんばかりの満足げな表情を返した。


「わかってきたじゃないか。まぁ、人である以上、これほど盛り上げても無理な者はいる。だからあまり長くはしなかったんだ」


「無理強いはしないってことだね。でも、みんな一度は戦うって決めたんだ。遅くなっても、一緒に戦ってくれるよ」


 迷い無く言ってのけたミカヅキに、レイはポカンとした表情を浮かべた。


 仲間を信じているんだな、と感心したのだ。こうもはっきりと言える者はそうはいまい。それこそ心の底から信用していなければ。


 疑うことをせず、仲間であれば信じぬく。悪くはないが良くもない。裏切られる可能性はゼロではないからだ。だが、仲間になる全員を疑っていては埒があかない。

 ミカヅキの場合は無自覚であろうが、彼のそれはレイに一つの決意を胸に抱かせることとなる。


 ――俺が代わりに疑う。俺がミカヅキの盾になろう。


 心に誓い、真面目な奴を笑ってやろう、そんなことを考えた時――それは始まった。


 圧倒的な重圧感。何者も寄せ付けない気迫。強者のみが纏うことを許されたオーラとでも言おうか。



 アインガルドス帝国皇帝による、世界に向けての真の宣戦布告が成された。それは一年前と同じく上空から届けれる。


「(聞くが良い、世界の民たちよ。我はアインガルドス帝国皇帝、レイヴン・ジークフリート・アインガルドスである。……時は来た。今こそ、我らの力を貴様らに享受しよう。世界よ、抗え、足掻け――我は貴様らがどう死ぬのかを楽しみにしている。フフフッ、フハハハハハハッ、さぁ、戦争の始まりだ!!!)」


 声が途絶えた直後に、魔力感知が得意ではない者ですらはっきりとわかるほどの強大な魔力をある方向から感じた。


「帝国の方だ」


 レイが呟く。しかし彼でも、このとてつもない魔力の正体まではわからなかった。



 仕方あるまい。正体を見抜いた者は、同盟側ではたったの四人だけ。

 王国城にてミーシャの護衛に当たるミルダ・カルネイド。神王国外壁の門に配置されたエクシオル騎士団団長、アイバルテイク・マクトレイユ。神王国城にて、戦況を見守るソフィ・エルティア・ファーレンブルク。そして――エクシオル騎士団参謀、レイディア・オーディンらのみである。


 一番最初に動いたのはレイディアだった。全体に対して『脳内言語伝達魔法』を使い、迅速に指示を出した。


「(全員、衝撃に備えろ!)」


 それはおよそ五十人ほどの熟練魔法使いが集まってようやく魔法陣を形成できる大魔法――『デストロイ・グランドバスター』と呼ばれるもの。

 威力は強いものの、人数や魔力量の関係で滅多に使われることの無い主に殲滅に用いられる大魔法であり、禁術として扱われているため使うことは許されない。


 だが、帝国はそんなもの物ともせず使おうとしているのだ。



 そして、帝王の宣戦布告から数秒の後。帝国から三方向に『デストロイ・グランドバスター』は放たれる。内二つは同盟両国に。もう一つはレイディアたちのいる作戦本部の方向に眩い閃光を届けた。


 そして数秒後、さらに五つの大きな魔力反応を感知。


「これはっ……我々同盟国側とは逆方向です!」


「ふざけやがって」


 攻撃の意図をレイディアは誰よりも早く理解した。

 そうこれは、“自分達以外も守るのか”と煽っているのだ。確かに他の周辺国がこの攻撃で無くなれば、戦争後のいざこざを少なくできる。故に、何もしない――それが国の未来に取っては有益と言えよう。


 彼は知っている。帝国に進行しているのが自分たちだけではないことを。全世界から一つにならずとも、各々が一つの強大な敵に立ち向かおうとしているのだ。


 そして――帝国の攻撃がそれらに向けられて放たれようとしていることも、レイディアは知っていた。

 何もしなければ、いずれ敵となる可能性がある者たちを、簡単に減らすことができる。


 百も承知。今後のことを考えれば、それこそ頭を働かせる必要も無い。


「やはり私は……甘いな。展開せよ」


 しかし、わかりきっている、目の前に転がる利益より、彼は人として何をすべきかで判断した。何故なら、レイディア自身が味方に向けて言ったことなのだから。


 あとから追加された魔力反応の先に『果てにあるは我が世界アストラル・フィールド』を展開させる。進行している他国の騎士たちを守るように。


 展開が完了して数秒の後、残り全てが放たれる。

 ――国を一撃で消し去るほどの閃光は数分後には治まった。


「ぐっ……かはっ……」


 レイディアは吐血しながら膝を地面につける。彼のおかげで死傷者は出なかったが、彼自身のダメージは決して見過ごせるものではなかった。


 予想外の事態に作戦本部に動揺が走る。が、レイディアは叫ぶように渇を入れた。


「狼狽えるなっ! 我々が慌ててどうする!? 我々は誰よりも冷静で無ければならないっ。最初の牽制が終わった以上、敵が来る。各所に警戒しろと伝えろ!」


 彼のおかげでなんとか正気を取り戻し、自分たちの役割に再び専念し始める。


 そんな中、レイディアは口元を手で押さえながらもう一度吐血する。


「はあ……はあ……ぶはっあ……この程度……!」


 背中越しに聞こえるレイディアの辛そうな声に、心配しながらも今すべきことに集中する。彼が自身の介護など望んでいないことなど百も承知だからだ。

 お世話になり、この状況下でも背中を押してくれる恩人に、周りにいる者たちは背中を向けることが最善だと判断した。


 それは不思議な光景だ。内心は駆け寄りたい気持ちでいっぱいになりながらも、作業に専念しているのだから。



 ――そしてレイディアの予想通り帝国は動く。転移魔法によって、同盟両国の領土内に侵入。数は数名程度と少ないと言える。


 だが、その者たちがただ者ではないことは簡単に予想できた。



 ――後に帝国戦争と呼ばれる世界を巻き込むほどの大きな戦いの始まりである。

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