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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第七章 参謀の不在

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七十六回目『まだまだ先になるよ』

 何だかんだ言って時間はあっという間に過ぎて、開戦までいよいよあと一週間。帝国は宣言通り本当に何もしてこなかったことを、みんなは意外だと言っていた。

 レイディアは「そんなわけが無いだろうよ」とため息をついていたけど、今のところ目立ったことは無いみたいだ。


 目を閉じて、猶予期間の一年間、そしてこの世界に来てからのことを思い出す。

 色々あった……本当に。


 レイディアが僕の修行してくれることになって、正直かなりハードな内容だったけど、今となっては良い稽古してもらえたと振り返れる。


 まずは基礎から、次に応用。そして僕にしかできないことを探し出すこと。これに関してはビャクヤさんにも手伝ってもらったな。


 まさかあのレイディアに師匠がいるなんて思いもしなかったけど、と思わず笑ってしまう。

 本来稽古をつけてくれるはずのレイディアがいない時に、僕のことを鍛えてくれた。


 結局、この一年の間で、一度も攻撃を当てることはできなかったんだけどね……。ほんと悔しい、なんと言うか心残りみたいな。さすがはレイディアのお師匠さん。


 でも、「いつでも待っているよ」って言ってくれたから、この戦争が終わったらまた挑戦しようと考えている。今度こそってね。



 それから武道大会もあったっけ。景品に関しては、レイディアが本気で嫌がってたな。見てるこっちは面白かったけど。


 レイディアほどじゃないにしても、そりゃあ僕だって少しは抵抗があった。だけど、ミーシャが楽しそうにしているのが、僕を抑えた何より要因だと思う。


 最初に見た寝顔の次は、照れた表情。そして悲しそうな表情……。あんな顔はもうしてほしくない。始まりはそれだけだったんだな。

 今では他にも“理由”ができた。そう――僕が戦う理由だ。


 戦うと決めた以上、避けては通れないことだってある。

 この世界では命を奪うのが当然のことになっていることもそうだ。でも、だからこそ僕は、誰も殺さずに戦い抜きたい。


 人殺しになりたくないだけかもしれない。自分の手を汚したくないだけかもしれない。


 そんな自分勝手な理由かもしれないのに、レイディアは「ならば、やって見せろ」と背中を押してくれた。完全に試されてるのはわかりきってる。


 ――なら、やって見せようじゃないか。未だかつて、誰も成し得なかったようなことを、しでかしてやろうじゃないか。それぐらいはしなくちゃ、この世界に呼ばれた意味が無いってもんだ。



 武道大会では、レイとも戦ったっけ。本当に動きが速くてどうやって勝つんだと思考を巡らしたのを覚えてる。


 だけど、あの試合のおかげで、光属性の剣や他の武器を造ることができるようになった。

 大怪我してミーシャに怒られたり、レイディアにはアホだって言われたりもしたなぁ。案外あれが一番、ダメージが大きかったような……。


 あ、ダイキと初めて会ったのも武道大会でだった。あれからは仲良くなって、一緒にレイディアやビャクヤさんに稽古をつけてもらったっけ。


 ビャクヤさんの前では、ダイキは終始借りてきた猫状態だったけど……。


 そして、決勝戦でレイディアと戦った。全力で戦って、奥の手まで出したのに、結局敵わなかった。ほんと、強すぎるよ。

 少し先の未来を知ってる僕の攻撃をしっかりと防いだり、簡単に受け流したりするんだもん。あれは太刀打ちできっこないって思ってしまう。


 今ならなんとかできる自信があるけど、あれでもレイディアは本気じゃなかったんだよね。特有魔法(ランク)もあの一回しか使ってないっぽいし。


 確かにあの魔法は、おいそれと使える代物じゃない。半年前の会議で知った時は、しばらく信じられなかったもんな……。

 レイディアだからこそ、使いこなせるって感じがする。相当な負荷もあるらしいし、あんなにひた隠しにしていた理由が僕でもわかった。



 ――徹底的に稽古して鍛えた一年間。まぁ、途中で休息はありはしたと言えど、みっちりと詰まったスケジュールだった。

 なのにこうして思い返してみて気づいたことがある。


 何回……諦めかけただろうか。その度、何度手を引いてもらったことか。


 ――僕は幸せ者なんだ、って。


 もとの世界ではただ平凡に暮らして、大人になって、死んでいくんだと漠然としていた。生きる意味について深く考えたことは無かった。


 なんで?

 どうして?

 僕はこんなに不幸なんだと、世界を恨んだって何も変わらないとわかっていたから、あの世界では“生きている”実感が無かった。何より……生きたいと思えなかった。


 早くに両親を亡くして、お世話になった祖父母にも恩返しできずに、ただ“生かされたから”生きようとしていただけなんだ。


 でも、今は違うよ。違うってはっきり言えるよ。

 母さん、父さん、おばあちゃん、おじいちゃん。


 ――僕を育ててくれて……ありがとう。


 ようやく生きたいと心の底から思えるようになった。遅すぎるって言われるかもしれないけどね。でもこれが僕なんだから、納得してほしいな。


 僕がそっちに行ったら、いっぱい話をするから覚悟しておいて。


 目を開いて、星が流れる空に言ってやる。聞こえているかどうかなんてわからない。真実は違っていようと、僕が強く願えば届くはずだ。

 だってこの世界には、思いが力を成せることが証明されている――魔法がある世界なんだから。


「とりあえず、この戦争で僕たちは絶対に勝つ。そしてここに生きて帰る。だから、話をするのはまだまだ先になるから、それも覚悟しておいてね。僕は楽しみはあとに取っておく派らしいもん」


 言ってから、確かにショートケーキのいちごは最後に食べてるなと気づく。

 今すごい間抜けな顔をしてただろうな。辺りを見渡して人がいないことを確認する。


 ミーシャがまだ部屋に来てなくて良かった。今日は王国の執務を帝国との戦争に先んじて終わらせるから遅くなるらしい。


「そう言えば……」


 執務をきっかけに思い出した。

 とある事情で牢屋に入っていたレイディアが三ヶ月前に解放されてから、すぐに作戦の内容確認を始めたことを。

 同盟両国のトップ、並びに騎士団長、副団長、参謀も含めての大きな作戦会議が一週間に一度は開かれた。


 何も牢屋から出た当日にやらなくてもと良いのではと思ったけど、事実上ではいつ攻めくるかわからない現状では遅すぎると言えるかもしれないと考えを改めた。


 作戦会議には僕も参加することになり、意見を何回も求められて四苦八苦したものだよ。正直もうやりたくない。思い出すだけでもため息が出てしまう。



 レイディアから戦術だけじゃなくて、戦略も教わった甲斐があったと断言できる。わかりやすく、なおかつ実用的な作戦立案。

 最初は難しかったけど、ある程度を理解すれば簡単とは言えなくとも、今では結構できるようになった気がする。


 そして今回の戦争で、僕は重要な鍵を握るっている。何たって帝国側の作戦を僕の特有魔法ランクで知らなくちゃいけないからだ。


 実際、今になっても知ることはできない。靄がかかったように、はっきりと知ることができないのだ。みんなは焦ることはないって言ってくれた。



 それともう一つ。これも僕の特有魔法ならではの方法。

 進軍してきた敵騎士団に、牽制として『剣王大剣』を落とすことになっている。

 本当にこれはあくまで牽制で、殺傷は一切しない。武道会でのレイディアとの試合の時と同じ。当たる直前に消滅するように調整する。


 でも現実的に考えて、帝国がどんな方法で進行、または攻撃してくるかは予想がつかない。だから作戦は変わるものだとレイディアにも教わった。

 変わり行く戦場に柔軟に対応してこそだぜ、ってヴォルフも言ってたし。僕がどうするかは相手次第ってこと。



 本当に始まるんだ。

 この世界で、歴史上最大の戦争が。もしこの光景を神様が見ているのだとしたら、どう思っているのだろうか。

 人間はやはり愚かだ、なんて呆れられてしまっているのだろうか。


 そもそもこの世界の神様は三大神だ。今やどこにいるかもわからない三大国の象徴の神々。


 一つの国だけだったら、こんな争いは生まれなかったんじゃないか。

 ……ううん、そうじゃないかもしれないな。あえて三つにする理由があったのかもしれない、そう考えるべきなんだ。うん、何かの意図があったに違いない。


「いつか、そんな神様の理由も知ることができるかな……」


 僕の呟きは星が瞬く綺麗な夜空に消えていく。

 瞼が重い。ミーシャを待たなくちゃいけないけど、少しだけ寝るだけなら……。体はふらふらとベッドに吸い込まれるようにして倒れ込む。

 そして、夢の世界へ行くのに時間はかからなかった。



 ――そのまま翌朝目が覚め、隣にミーシャが静かな寝息を僕の耳に届けていて、ものすごく焦ったのは言うまでもない。



 起きて朝食を済ましてから、ミーシャと一つの約束を交わした。


「一年間考えてわかったことがあるんだ。僕が辿り着いた答えが……。だから、この戦いが終わったら聞いてほしい。約束だよ」


 いつ以来だろう。

 指切りげんまん嘘ついたら針千本飲ます、って言ったのは。


 ミーシャは笑いながら、


「ちゃんと守るから、ミカヅキもちゃんと守ってね。針千本なんて、飲むのも飲ませるのも嫌だもん」


 と返された。僕も同じように笑いながら同意した。


 必ずここに帰ってくるんだ。

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