七十四回目『どこまで』
ファーレント王国の城の広間。普段は稽古場として使われ、朝、昼、夜のご飯時は食堂に変わる。
「今回の戦争は、全て筋書き通りってことか。恐れ入るぜ」
「いーや、全てではない。予定通りにならなかったことはいくつもある。教えることはできんがな」
酒を片手に持ち、レイディアに悪態をつくヴォルフ。
今回の戦争は、アオリスト法国が白旗を上げて、ヴォルフを初めとしたフェニクシド騎士団の面々はファーレンブルク神王国……ではなく、まさかのミカヅキの傘下に入ることが決まった。
他でもない、ヴォルフが決断したことだ。アオリスト法国の王、カルマ王も同意。そして、宣戦布告を受けたはずの神王国とは、同盟と言う形で話が纏められた。それが意味するのは、王国とも同盟を結ぶことになる。これで二か国から、三か国同盟に変わったわけだ。
フェニクシド騎士団は、ミカヅキの下に。
アオリスト法国は実質神王国の傘下に。なんとも不思議な関係と相成った。
今回の戦争で一番驚くべき点は、“死者がいない”ことだった。軽傷、重傷など怪我はあれど、死人は出なかったのだ。
決して偶然などではなく、ちゃんとした理由がある。
アオリスト法国との戦争が起きていた場所全域に、アリアが結界を張っていた。効果は『不死』。死に値する致命傷を受けた場合、強制的に意識を奪い、仮死状態になるようにしていた。
さらに、仮の死体となった者たちの体が傷つかないように、仮死状態の者たちには、体を包み込むように結界が発動していたおかげで、仮死状態で傷を負うことは無かった。
そのような人の領域を越える結界には、もちろん膨大な魔力を要する。だが、レイディアが対策として魔力を込めた魔力結晶を持たされていたため、戦争の決着がつくまで持ちこたえることができた。
一年かけて込めてきた魔力結晶は三個。その全てを使い果たしてしまったが、レイディア曰く上出来とのこと。
そして、レイディアが言ったように他にも目的はあったにも関わらず、半分程度しか果たせなかったのが事実である。思惑は彼にしかわからないことにせよ、感情は他者にも伝わるもの。
ヴォルフは酒を飲みながらも、しっかりとそんなレイディアの不満を感じ取っていた。
「……でだ。一番気になるのはそこじゃねぇ。例の変な筒みたいなやつは何なんだよ?」
「筒?」
「俺の騎士団の連中が言ってたんだよ。お前が腕から筒みたいなのを出して、その先端から出た何かが俺の体に染み込んだってな」
レイディアはすぐに何が言いたいかを察したが、あえてわからないふりをした。銃のことを簡単に誰かに知られる訳にはいかないからだ。しかし、ならなぜ、あの時死なない結界の中でありながらヴォルフを助けるために使ったのか。
それはレイディアがあの時使った武器にある。端から見れば、何も持っていない状態で構えていたことだろう。ただし事実は違う。しっかりと持っていたのだ。
二刀の内の一刀。その名を『闇夜月』とレイディアは呼ぶ。
レイディアが考案し、神王国の鍛治師バンカーが造り上げた力作。この刀にも、ミカヅキの棍棒のようにちょっとした特殊な能力が備わっている。
『闇夜月』は形の無いもの、実体を持たないものならほぼ何でも斬ることができる。逆を言えば、形あるものは当たることすらしないのだ。一部を除いてだが。
まずは宇宙船をイメージする。次にその船体に穴が開くとしよう。さすればどうなるか。真空である宇宙に船内のものは軒並み吐き出されてしまうのだ。それと同じとまでは言えなくとも、近いことをレイディアは起こしたことになる。真空か、次元の歪みかの違いだけとも言えよう。
そして、穴がものすごく細い、極細の線のようであればどうなるか。それはヴォルフの体に刻み込まれた傷が証明してくれた。
あのように体の一部が次元の歪みに吸い込まれ、あたかも斬られたような形状になったのだ。
つまり、危険を承知で銃を使ったのは、次元を斬ってしまったが故に、結界の効果が見込めないと判断したからこその行動になる。
「夢でも見てたんだろうよ」
素っ気なく答えると、逃げるようにその場を後にする。ヴォルフもこれ以上の詮索はしなかった。代わりにミカヅキを見つけると、酒を片手に笑顔で近寄る。
「逃げられちまったぜ。なぁミカヅキ。楽しんでるか?」
「ヴォルフ、お酒の臭いが凄いよ……。楽しいのはもちろんだよ。僕は賑やかなのは好きだから。レイディアはあまり好きじゃないらしいけど」
酒臭いヴォルフの問いに少し体を引きぎみに苦笑を返す。ミカヅキが言ったように、本当に賑やかで皆が楽しそうだった。命を懸けて戦った者たち同士だとは思えないほどに。
「ねぇ、ヴォルフ。僕が訊くのもおかしいと思うけど、どうして僕たちと一緒に戦うことにしたの?」
「あ? そりゃあ決まってるだろ。言ってなかった? 俺はお前が気に入ったんだよ。オーディンは嫌いだけどな。お前は俺らの王に似てるんだよ。雰囲気、オーラ、とかそんなやつがよ」
キョトンとした表情を浮かべたあとにもとの笑顔に戻り、なぜか得意気に答える。レイディアの名の部分は不満を隠していなかった。
ミカヅキもそんなに嫌いなんだと苦笑することにした。深く突っ込んでも話をややこしくさせると考えたからだ。
「そこまで言われると、ちょっと恥ずかしいよ」
口ではそう言いつつも、まんざらでも無い様子だ。つい先程、アオリスト法国の王と話をしたばかりで、ミカヅキは好印象を持った。知識としては事前に『知識を征す者』で知っていたものの、やはり直接会って話すと違ったものが見えてくる。ことわざの“百聞は一見にしかず”を改めて実感していた。
昔の人ってすごい言葉を残してるよな、と。
「僕は何かをしたつもりはないんだけど。ただ、必死に戦っただけで」
「バカなことをいうんじゃねえよ。そこが良いんじゃねえか。何の意味もなく戦場に立てる奴はいねえ。それにお前の目は真っ直ぐだった。久しぶりにんな目を見させてもらったぜ」
「よく分からないよ……。僕はそう言う部分には疎いけど、ありがとう。褒められると嬉しいよ」
それからミカヅキはヴォルフや、フェニクシド騎士団たちとの会話を楽しんだ。
ーーーーーーー
宴会も終わり、みんながそれぞれの寝床につく頃、僕はとある場所を訪れていた。
王国の城の城壁の一ヶ所。ここが王国内で一番星が綺麗に見える場所として知られている。
「そろそろ来ると思ってたよ、ミカヅキ」
後ろを振り向くことなく、僕に声をかけるレイディア。忍び寄るように音を立ててないのに、どうやって気づいたのかが知りたいものだ。たぶん、気配だと思うけど。
「じゃあ、もしかして、僕がここに来た理由も知ってるの?」
「知ってる、と言うより予想はついてるってのが正しいな。短い間に、随分と頭が回るようになったもんだ」
「レイディアの“宿題”のおかげだよ。まだ全部できてないけど」
思わず苦笑いをしてしまう。まさかあんなにたくさんだなんて。
半ば軟禁状態のあの一週間を、ただ休むだけで過ごすなんて嫌だったから、レイディアにお願いして戦略のことを教わろうとしたんだけど。「まずこれを解け」と宿題と称して千個の戦略についての問題を出された。
でも、問題を出してくれるとも思ってなかったから、正直本当に驚いた。おかげで先日の会議で自分の意見を言うことができたんだ。
今回はそのお礼を言いに来たわけじゃない。感謝はしてるけど、お礼は全部の宿題を終わらせてからと決めている。
訊きたいのは、戦争の時に見た夢のことと、目を覚ました時にレイディアが言った、「どっちだ?」の言葉の真意について。それと、もう一つ。
ちなみに、夢のことに関しては僕の『知識を征す者』では知ることができなかった。
そんな部分も含めて、言わなくてももうわかってるみたいだけど。何度も思うけど、やっぱり本当に不思議な人だ。
「んー、まずはお主の意見を先に聞くことにしよう。夢と私の謎の問いともう一つ重要なこと、についてな」
「えっ……僕の意見と言っても、その、なんだろう」
レイディアは振り返りながら提案してきた。
急にこっちに来るなんて考えてなかったから、どぎまぎしてしまう。こう言う時は深呼吸だ、深呼吸。
三回ほど深呼吸して落ち着かせてから、自分の意見を述べた。
「夢については、ただの夢じゃない気がする。正夢、みたいな感じ。レイディアの“どっちだ”のことは全くわからない。最後の一つは……って、これはちゃんと訊かせてほしいんだけど」
「まぁ、今のお主ではそれくらいよの。確かにあの夢はただの夢じゃない。しかし正夢でもない。私の問いの真意もそこに繋がるんだよ。だが、まだ話すべき時ではないと私は思うんでな。気になるのは承知しているが、時が来れば自ずとわかることだとしか今は言えん」
悩ましいと言った感じで、困ったように苦笑するレイディア。
珍しく本当に迷っているみたいだ。真実はどうあれ、僕にはそう見えた。
「あー、それと最後の一つ。――この戦争を引き起こした理由についてだっけか」
僕は純粋に疑問に思う。――どうしてこんなに僕の言いたいことがわかるのか。そして、それの答えらしきものを知っているのか。
本人に訊いてもはぐらかされるのはわかりきっている。だからこそ、自分で考えなくちゃいけないんだけど……。当然、簡単にわかるはずもなく、結局いつも行き詰まってしまうのだ。
「細かく言うといくつかある。まぁ、簡単に言うと必要だと判断したからだ。ちゃんとお主の望み、誰も殺さないってのも守っただろ?」
「うん。本当に感謝してる、ありがとう。でもどうして――」
最後までは言わせてくれなかった。途中でレイディアが話始めたからだ。何となくだけど、あえてそうやって途切らせた気がした。
「パラレルワールドの話はしたことあったっけ?」
「え、たしか図書館で一回だけ聞いた気がする」
「そうか。なら、そこを少し掘り下げて説明しよう。それがお主が抱いている疑問への答えに繋がるからな」
今度は途中で僕が横やりを入れようとしたけど、抵抗空しく途切れることは無かった。むしろ僕が気圧されてしまっていた。
「パラレルワールド。訳すと平行世界。さて、それはどんなものでしょう?」
いきなりクイズをぶつけてくるレイディア。復習、と言う意味なのだろう。受けてたとうではないか。
「平行世界は……えっと」
腕を組んで考える人のポーズをする。
平行世界。たしか……もしもの世界、今の自分とは違った選択をした世界、だったはず。それは僕だけじゃくて、僕以外の人にも等しい……?
「だよね!」
俯いていた顔を上げて、自信満々に言ってみた。すると返ってきたのはゴミを見るような冷たい目。
「いきなり、だよね! と言われてもな。私はテレパシー能力者じゃないぞ」
「なんとなく、レイディアならわかってくれるかなーって……あはは」
「パラレルワールド、今は平行世界と言おう。それは可能性の世界と言われることもある。可能性とは文字通り無限に等しいほど存在する。そんな数の選択肢から導かれる未来を、良きものにするためにはどれを選ぶべきか……なんて話が逸れたな。言えば一度は考えたことがあるようなことが現実になっているかもしれない世界、そんな風に考えると簡単だろう」
少し脱線しながらも分かりやすく説明してくれた。いつもより表情がいきいきして見えるのは気のせいじゃないと思う。本当に楽しそうにしているその姿は、聞いている僕の心も弾ませた。
「もしかしたら、私がお主の特有魔法、『創造の力』を発現させた世界もあるかもな」
言いながらどういう魔法か、一本の剣を造り出した。さすがに突然のことに驚いてしまい変な声が出てしまう。
「ええっ、どどど、どうして!?」
「別に驚くことではあるまい。これくらいなら私とてできる」
あくまで当たり前だと言わんばかりに、悠然とした態度で語るレイディア。僕はこの悔しいような、嬉しいような、よくわからない気持ちの捌け口を探した。見つからなかったけど。
そんな僕など気にせず、レイディアは剣の形状をまるで粘土のように変化させて、棍棒や槍、弓や盾に変幻自在に姿形を変えた。
「良い反応をしてくれるよ、まったく。まぁ、話を戻すと、そんな無限に等しい可能性の世界――平行世界がどんなものか知ることができたら、人はどうなるんだろうな?」
「それは、自分の隠された可能性を、あるいは今の自分より上手なやり方を知ってしまえるとってこと?」
一瞬だけ関心したのか、表情が真面目なものに変わったと思った時には、いつもの表情に戻っていた。
どうせ、よく考えることができるようになったな、とか思ってるんでしょー。
自分で考えておきながら不服に思い、頬を膨らませてちょっとだけどんな反応が返ってくるか試してみた。いたずら心とでも言おうか。
「あのな、そう言うのは女子がやってこそ許されるものでな、野郎がやっても気持ち悪いだけだぞ。お主の言ったことに付け足すならば、可能性の行く末――未来を変えることができる、かもしれないってこと」
「酷いよ……。んー、そんな簡単に未来を変えることができるの?」
あまり深くツッコまずに、次の話題へと流した。
「簡単、と言いきることはできない。例えば、可能性が人の生死に関わるものなら、その者の人生を変えることに等しい。他者の身勝手で、人生を左右するなんて、許されることでは無かろう?」
僕はゆっくりと頷いた。
確かにそうだ。もし僕が助けたいと思っても、本人が受け入れていたら、拒まなかったら邪魔者になる。――それでも、と僕は思ってしまう。
僕がそうしたいってだけの押し付け……つまり“エゴ”になるのかもしれない。けど、そうだとしても、僕は困っている人がいたら、苦しんでいる人がいたら、“助けたい”って思うのが当たり前じゃないか、と。
悩む僕に、レイディアは質問を投げ掛けてきた。それは究極の選択。選びたくないのに、選ばなければならない無情なもの。
「受け入れられない、って顔だな。そうなるのも当然だろうよ。では、問おう。貴様は、ミーシャと見知らぬ赤の他人のどちらを選ぶ? どちらかしか助けられないのなら、守れないのなら、貴様はどうする?」
来るかもしれないと頭を過ったことだ。できることなら訊かないでほしいと強く願ったことだ。
硬いものを噛み千切るかの如く歯を食い縛る。必死に何か潰すかの如く手を握りしめる。
どちらも……なんて答えを望んでないことはわかりきっている。どちらかを選ばなくてはならない。
そんな時、とある言葉を思い出した。
――誰に何を言われようと、何をされようと、選ぶのは己自身だ。
他の誰でもない。レイディアに言われた言葉。迷った時にかけてくれた言葉。そして――僕の背中を押す言葉。
だから僕は選ぶ。
「僕は――どちらかじゃない、両方を助け、守り抜く。誰もが無理だと諦めても、僕だけは決して諦めない。理想、戯言、寝言、夢、偽善……どんなに言われても僕は信じる。そして、選び続ける。だって、だって僕は――」
目を閉じるとそこにいる。僕を支えくれる人たちが、僕に色んなことを教えてくれた人たちが、いつだって僕の背中を押してくれるから。
目を開けて、真っ直ぐとレイディアの目を見て迷わず宣言した。――僕の信念を。
「もう一人じゃないから」
レイディアは何も言わずに、しばらく僕の目を見返していた。でも、時間的にはだいたい一分くらい。そしてゆっくりと、本当にゆっくりと深呼吸をしてから、ようやく言葉を紡いだ。
「……そうか。やはりお主はそうでなくてはな。で、質問の答えはこの私の問いから導き出すんだ。正解か否かは、いつか答えてやるよ」
「“いつか”なんだ……」
それではな、と言い残してレイディアはどこかへ歩いていった。
星空の下、一人残される僕……じゃなくて、部屋に戻らなきゃ。ミーシャにこんな時間まで何してたのかって怒られるもんね。
悪いことをしたわけではないから、正直に話せば良いんだけど。やっぱり、はぐらかされた気がする。などと思いながら、空を見上げた。
無数に瞬く星。日本より凄く星が綺麗に、はっきりと見える。でも確か、日本でも星がこんな風に見える場所があったはず。星の町、みたいに呼ばれてた場所が……。どこだっけ?
考えるポーズをしてみても、当然答えは出ることはなく、しばらく考えてから部屋へと戻った。
そう言えば一つ、レイディアに関して気になることがあった。見たときは笑いを堪えるのに必死で、訊くことができずに話が終わってしまったけど。
――あの真っ赤に腫れ上がった頬っぺたは、たぶん、ソフィ様なんだろうな。本人は至って気にしてない感じだったにしても、あれは相当痛いと思うよ。




