七十三回目『それなら』
ヴォルフが決闘を申し出、レイディアはそれを受け入れた。
「んー、なら、この石が落ちたら開始で良いか?」
「ああ、それで良いさ」
レイディアは辺りを見回して、近くにあった手のひらサイズの石を拾って提案する。ヴォルフは細工などを疑ったが、それでも倒すと逆に意気込んだ。
石が宙を舞う。しかし、二人とも空中の石を見上げることはせず、互いに睨み合っていた。槍を構えるヴォルフ。対して、武器を何も持っていない状態で居合いの構えのレイディア。
「最初から……本気で行く!」
「……」
ヴォルフの意気込みはレイディアにも聞こえていたが、ただゆっくりと瞼を下ろすだけで、大して反応を見せなかった。
石が地面に衝突する。即ち、決闘開始だ。
「神、い……?」
ヴォルフは始めから本気で行くと宣言した。だからこそ、『神威』を発動させようとした。が、石が落ちたと同時にレイディアがいなくなった。まるで最初からいなかったように、文字通り突然消えたのだ。
直後に背後に人の気配を感じる。
すると、風船の空気が抜けるように体の力が入らなくなっていく。何をされたのかもわからず、何もできなくなっていくのは、苛立ちと恐怖を感じさせるには充分だった。
「――貴様の特有魔法は、私でもちと厄介でな。……悪いな」
レイディアがそう言い終わると、狙いを済ましたようにヴォルフの背中、肩、胸にかけて大きな斬り傷が口を開けた。血が噴水の如く吹き出し、ヴォルフは初めて感じるほどのとてつもない痛みを感じながら意識が薄れていく。
何が起きたのか全く理解できないまま、ヴォルフの意識は途切れた。
レイディアは倒れたヴォルフを一瞥する。それと同時に彼の左手から腕にかけて無数の小さな光の粒に包まれた。
光の粒は次第に集束していき、やがてある形を成す。それはこの世界には本来あるはずのないもの。レイディアがバンカーに頼んで作ってもらったリボルバー式の拳銃だった。
そのまま銃を左手で掴み、銃口をヴォルフに向けた。そして、銃はバンッと音を立てて弾丸を放つ。銃口から放たれた弾丸は、ヴォルフの体にめり込むかと思いきや、当たった先端から溶けていき、最終的に彼の体に染み込んで消え去った。
完全に弾丸が染み込むと、あんなに大きな傷口がみるみるうちに閉じていき、十秒もすれば塞がってしまった。それを確認すると、レイディアの銃は光の粒となり、腕に吸い込まれるようにして消えた。
「さてと、ミカヅキの様子でも……おや?」
後ろを振り返ると、武器を握りしめ、レイディアを睨み付けるフェニクシド騎士団員たち。ため息をついて、味方に手を出すなと命じながらレイディアも構える。
決闘によって決められたものを放棄するなど、この世界では重罪に等しい。何より、ヴォルフ自身が望むまい。だが、それらを理解しながらも、武器を取ったと言うことは、ヴォルフがいかに信頼されているかの現れであろう。
レイディアもそんな思いを理解したからこそ、与えることにしたのだ。込み上げる雪辱を晴らす機会を。
「来るが良い! この私自らが相手をしてやろう!」
フェニクシド騎士団員たちに向かって、猛々しく叫ぶように宣言する。それに応えるかの如く、彼らは走り出した。大地が震えるほどの数の人数が、一斉にレイディアに迫る。だと言うのに、レイディアは楽しそうに笑っていた。
「行くぞお!!!」
「おおお!!!」
「うおおお!!!」
武器を持たないレイディアに対して、容赦なく剣を振り下ろす一人の騎士団員。情けなど与えたら逆に殺られてしまうと警戒しているからだ。
そして、フェニクシド騎士団、いや、アオリスト法国勢の最高責任者となるカルマ王は止めることはせず、逆に「やりたいようにやれ」と命じた。
「このお!」
レイディアは足元に落ちているナイフを足を器用に使って拾うと、振り下ろされる剣に正面からぶつける。騎士の意識がそれに集中したと判断するとナイフを放し、がら空きな横腹に蹴りを入れた。
見事に命中し、騎士は「かはっ」と肺に溜まっていたであろう空気を外へと吐き出しながら吹っ飛んだ。その際に手放した剣をレイディアは掴み、背後からの迫る騎士の首の手前で止めた。
「それで良い。死に急ぐ必要など、私には無い」
武器を放して両手を上に上げたのを確認すると、真面目な表情でそう伝えた。しかし、両の手のひらの間に氷柱のような形の氷が生成されていく。
「残念だったな。俺にとって、あんたは命を懸ける価値がある敵なんだよ!」
「――そうか。なら、眠れ」
レイディアが指をくいと上げると、騎士の地面が突如爆発した。丁度人一人が入るくらいの円形状の爆発だった。
この騎士の命を懸けた行動が、レイディアに火をつけることとなる。
三人同時に斬りかかる騎士たちが動きを止めた。次の瞬間、全員の腹が割れ、そこから血が溢れだす。同時に口からも血が外へと漏れ出た。
「無礼だったな。悪かったよ。もう……要所するまい」
剣を投げ捨て右の手を握り拳をつくる。
「宿れ、拳神――魔神拳」
声に呼応して、レイディアの拳の上に覆い被さるように、一回り大きな赤い拳が現れる。そしてその拳を地面に叩きつけた。
「グランド・インパクト」
レイディアを中心に地面が尖るように盛り上がっていく。
「これが貴様らの全力かよ! この程度で、私に届くわけねえだろうが!」
――アイバルテイクは暴れるレイディアの姿を見ながら呆れた表情を浮かべる。どっちが悪なんだか。
味方である同盟騎士たちも、そんな光景を胸を撫で下ろしながら見ていた。敵じゃなくて良かった、と。
高笑いしながら、敵なのに親切に叱咤もして見せ、次々と襲い来る騎士を倒していくその様は、まさしく一騎当千が具現化した上に人の姿になったかのようだ。
レイディアの空にも届く笑い声が静まる頃には、勝敗は既に決していた。もちろん、レイディアの勝利と言う結果で。
しかし、当の本人の表情は、勝利者のものにしては不満が詰まったような見た目である。いったい何が不服だと言うのか。
「……ヴィストルティの連中はどうしたよ。何で出てこないんだよ」
五分ほど一人で不満を呟き続けたあと、今度こそミカヅキのもとへと歩いていった。と言っても、平面では程遠い凸凹した地面に寝そべる一人の少年を探すのには時間を要した。ざっと二分ほど。レイディアにとっては使いすぎらしい。
まだ意識を取り戻していないミカヅキに、レイディアは近くに落ちていた剣の刃ではない平たい部分をぺちぺちと頬に当てて呼び掛ける。
「起きろ阿保。いつまで寝ている気だ、さっさと起きやがれ」
「……ん。んん……うぅ……ん!?」
意識を取り戻し、目を開いたミカヅキが見たものは、文字通り眼前にある剣。それが頬に当てられている感触。もう一度意識を失いそうになりながらも、剣の持ち主がレイディアであることを視界の隅で確認して少し安心した。すぐにそんな自分に疑問を持ってしまうのは当然なのだろう。
「ようやく起きたか。まぁいい。で、貴様はどっちだ?」
「な、何がどっちなの……?」
「いや、それならいい」
かくして目覚めたミカヅキは、周りの惨状……もとい光景を見つつ、レイディアの状況説明を聞いた。そしてレイディアはおもむろにミカヅキに「とりあえず、着いてこい」と言って一人で足を進める。ミカヅキも突然の行動に戸惑いつつも従うことにした。
――レイディアが足を止めた場所、そこには、
「ヴォルフさん!?」
「おい。何その仲間がやられてましたよ反応。まるで私が悪者じゃないか」
「いや、その、僕は……」
血を流して倒れるヴォルフを前に、言葉を失っていた。何かを言おうと必死に言葉を紡ごうとするミカヅキ。そんな心配を最大限に表に出した顔をする彼に、レイディアは安心しろと笑顔で頭を撫でた。
「知ってるよ。今回の戦争は、“殺さず”を貫くってやつに皆も同意したんだろ。貴様らだけでは、叶えることは難しいと判断したから、既に対策はしてある。随分と時間と力を使ってしまったがな……。その見返りはあるだろうよ」
レイディアの言っていることが、ほとんど理解できずに首を傾げるミカヅキ。この時ミカヅキはふと思った。実際にこんなに血を見ても、考えていたほど驚きはしなかったな、と。
レイディアに連れられていた幾つかの戦場でも、似たようなことがあった。だが、同じように嫌悪感はあれど、予想を越えるものは無かったのだ。それに引っ掛かりを覚えつつも、気にしないことにした。
「対策って、どんなの?」
「後でわかる。それより、お主はヴォルフに訊きたいことがあるんじゃないか?」
「え、何で知ってるの!? でも、これじゃ訊こうにも……」
ミカヅキの迷いに不思議そうな顔をする。すぐにそう言うことかと納得し、ヴォルフに声をかけた。
「もう意識は戻ってるはずだ。それとも、もう一度斬れば目を覚ますか?」
「……ちっ、お見通しってわけか。やっぱ、お前は嫌いだ」
「よく言われるよ。そんなことはどうでもいい。貴様と話したいってやつを連れてきた。話してやれ」
ヴォルフは面倒くさそうに起き上がり、レイディアの視線に促されてミカヅキの方を向いた。起き上がりと言っても、座ったままミカヅキらを見上げる状態になる。すると、彼は敵だと言うのにミカヅキの無事な姿を確認すると安心したように微笑んだ。
「こいつの話は本当だったんだな。こんなに早く治るような、浅い傷じゃなかった。オーディンの話は聞かんが、お前の話なら聞いてやろう」
ミカヅキは次々と起こる予想外の出来事に少し混乱しているようだが、何度か深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
「ヴォルフさ――」
「だぁかぁらぁ、ヴォルフで良いっての。堅いのは嫌いなんだ」
意識を取り戻したばかりのはずなのに、元気に気迫を飛ばしてくるヴォルフに圧倒されそうになるミカヅキ。いや、圧倒されていたか。
「わ、わかった。ヴォルフ、訊きたいことなんだけど……ダジャレって知ってる?」
「だ、だじゃれ、か?」
まさかの質問にされた側のヴォルフは首を傾げ、レイディアは盛大にずっこける。漫才か何かでもしているのかとツッコミたくなる光景だ。
「――うぉいっ、そうじゃなくて! そうじゃねぇだろ!」
「ど、どうしたの、レイディア。急に大声出して」
「それが貴様の素なのか? じゃなくてだな、もっと他にあるだろうが。他でもない、ヴォルフだからこそ、訊きたいと思ったことが!」
そこまで言われてようやくハッとなるミカヅキ。レイディアは顔に手を携えていた。ミカヅキは、盛大なため息の音が聞こえたことは、忘れることにしようと心に決める。
ヴォルフに向き直り、今度こそ訊きたいことを尋ねた。
「ヴォルフ。どうしてヴォルフは戦うの?」
そんな誰もが抱くような疑問に対して、ヴォルフは柔らかい表情を崩した。
「どうして戦うか、ねぇ。簡単に言えば、どうしてこんな戦争をするかってことだろ? そりゃもちろん、戦うために決まってるだろうが。ここなら王族も貴族も平民も関係無え、自由なんだよ」
「戦うために、戦うってこと?」
ミカヅキの問いに頭を掻き、周りを見渡す。
「んー、ちげえな。俺は“自由が好き”なんだ。だから、強いて言うなら、その自由を得るために戦ってる、だな。戦う理由ってのは、一人一人あるはずだ。生きるためにってのもその一つだろ。だが逆に、死のうと思って戦う奴だっている。俺にとっては、そうやって戦う奴らは、自由なんだって思う」
そして、ミカヅキを見上げながら言った。
「だってよ、生き物にとって、一番恐れるはずの“死”を間近に感じるなんて、誰にでもできることじゃねぇ。ただ無意味に死を選ばずに、理由をつけて死のうとするやつなんて、筋金入りのバカだろ。でもな、そう言う命を懸けるようなバカは、何よりも自由を捨てたすげぇ奴なんだよ」
ミカヅキは半分ほど理解できなかったが、ヴォルフが伝えたい重要なことはわかった。
「ヴォルフが戦う理由って、自由を求めて自由に死ぬことを選んだ人が、格好良かったからなんだ」
整理するのと確認を両方兼ねたミカヅキの発言に、レイディアは素直に感心していた。
問いに対してのヴォルフの答えは、一言で言えば“憧れ”だろう。だが、そんな寂しい一言だけではなく、しっかりと“言葉”にしたのだ。
単純なことではあるが、簡単なことではない。それを無意識なのか意識してなのかはわからないが、やってのけたのは評価に値するわけだ。
「よくわかったな。砕いて言うと、そう言うことだ」
そして、レイディア同様、何を隠そう答えたヴォルフ自身も驚いていた。当の本人とて、こんなにあっさりと伝わるとは思ってなかったのだから。
そこでミカヅキはあることを思い付く。誰もが驚くような、考えたとしても、実行しようとしないような、そんなあり得ないことを。
「――それなら、僕たちと一緒に、帝国と戦ってよ」
と。
ヴォルフをまさかの帝国との戦争に勧誘したのだ。




