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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第七章 参謀の不在
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七十二回目『世界から恐れられし者』

 戦場のフェニクシド騎士団の拠点。ここにはアオリスト法国の王、カルマ・シュトローム・アオリストが自ら赴いていた。国で黙って待っていることはできないとのこと。


「――ったく、はた面倒な」


 開戦から今まで鎖に繋がれ、傍観に徹していたレイディアが、ため息をつきながら呟く。その瞳には、倒れて動けなくなったミカヅキが映っている。

 レイディアの特有魔法を奪ったリンも、この場で彼が何かしようとした時の対抗策として傍に控えていた。


 リンはレイディアが何をしようとしているのか察し、すぐさま剣を抜いた。同時に彼の腕につけられていた鎖が砕け散る。


「させない!」


「遅ぇよ」


 次の瞬間、周りの騎士たちが目にした光景に過程が無かった。リンの剣はいつの間にか振り払われており、レイディアはそれを躱わしていた、と言う結果だけがそこにはあったのだ。


「そんな……っ」


「私が特有魔法(ランク)だけで、世界中から恐れられていると思っていたのか?」


 レイディアの殺気を含めた眼差しによって、その場にいた者たちは動けなくなる。実際は彼がちょっとした細工をしたに過ぎないが、動けなくなった当の本人たちは恐怖した。

 その隙にレイディアは脳内言語伝達魔法(テレパシー)を使って、同盟側の騎士たちに問い掛けた。


「(この程度の奴らに手こずってどうするんだ? 貴様らはいずれ、世界最強に挑むんだぞ。たるんでる奴は、ここで私が自らの手で粛清しよう)」


 アオリスト法国騎士団の魔法部隊が展開させた攻撃魔法の倍の数の火球を出現させる。それらはレイディアの振り下ろされた手に従い、同盟騎士団たちへと放たれた。


「無茶な……」


 騎士の一人が上空の無数の火球を見ながら呟く。

 大量の火球が敵味方関係無く降り注いだ。

 戦場のあちこちで火球による爆発が起こる。辛うじて空中で爆発させたものもいくつかあった。が、おかげで戦場は混乱を来す。


「味方ごと!?」


 拠点にいた誰もがそんな戦場へと視線を移す。レイディアのことを忘れて。

 しまったとリンはすぐにレイディアがいた場所に視線を戻すと、鎖を破壊し、自由の身となりながらもそこに立つ彼の姿を捉えた。


「どうして、逃げなかったの?」


「いつでも逃げれるからだ」


 堂々と宣言する言葉に、リンは嘘ではないと直感した。この世界で最も硬い鉱石で作られた鎖を、ほんの数秒で破壊したレイディアの言葉にはそれだけの説得力があったのだ。


「そもそも、私は今、どちらの味方でもない立場でこの戦争を眺めている」


「傍観者とでも言いたいの? あなたはもう、戦争に介入しているじゃない」


「……あのな、人の話は最後まで聞けと学ばなかったのか? もっと頭を使える奴だと思っていたんだが、まぁ良かろう。どちらの味方でもない、つまりは第三者」


「文字通り、介入者か」


 拠点から出てきたカルマ王が二人の会話に入った。護衛の騎士たちが突然姿を見せた王に動揺しているようだ。それもそのはず。戦場に自ら赴く時点で自殺行為だと言うのに、重ねて拠点から出るなど、殺してくれと言っているのと同じだ。

 それなりの理由があるにせよ、護衛をする者たちにとって、口にはできないが良い迷惑と言えよう。


「貴様の狙いは、やはり奴ら(・・)か」


「正しくは、狙いの一つに過ぎない」


「そうか。なぁ、貴様はいったい、どこまで見ているんだ?」


「見れるとこまで、見ているさ。私は、もう二度と……失いたくないんでな」


「そのためなら何でもすると言うことか」


 レイディアとカルマ王の会話に置いてけぼりにされるリン。急に訳もわからない話を進める二人に対して、必死に頭を働かせていた。

 少ない言葉から、重要な部分だけを抜き出して、当てはめるパズルのように情報を分析する。


 そこから導き出したのは、介入者(ヴィストルティ)をレイディアが誘き寄せようとしていること。それ以外にも目的があること。

 月並みだが、その二つは理解できた。


「さてと、私は行くぞ。アオリスト王よ、世話になった。それではな」


「貴様の目論見がうまくいけば、次は――」


 リンを始めとした周りの騎士たちは、開いた口が塞がらなくなる。


「ふっ、さぁどうだろうな。先のことなんて、私の知ったことではない」


 そう言い残して、今度こそ拠点から立ち去った。

 カルマ王は止めることはせず、むしろ追いかけようとした騎士たちを止めた。「これで良いのだ」と。


 リンは迷っていた。


 ――本当に逃がして良いのか?

 やっと、再び会うことができたのに。このまま、何も伝えないまま行かせて良いのか?

 何のために強くなった? 何のためにここまで来た?

 どうしてもう一度……会いたいって思ったの?


 自然と手に力が入る。


 ――私はな、ただできることを成す。それだけしか、私にはできないから。


 それを聞いたのは一年前のこと。出会いは偶然。奴隷を集めていると、怪しいことを言う男、それが第一印象だった。


「――行きたいか?」


 カルマ王の言葉に、口から心臓が飛び出るかと言うほど驚いた。リンの願いを見事に見透かしていたのだ。


「行きたければ、止めはせん。民が望むことを止める資格など、王には無いからな」


 リンに微笑みかけるが、返ってきたのは首を縦ではなく、静かに横に振る仕草だった。

 その表情は悲しみが満ちているのは誰にでもわかる。だが、それだけではない。強い決意に満ちたものでもあるのだ。

 そんなリンに対して、「そうか」と少し残念そうな表情を見せて身を翻し、フェニクシド騎士団の参謀がいる方へ歩いていった。その後ろを慌ててついていく騎士団員たち。


 転びそうになるのを見て、リンは苦笑を浮かべる。


 そして、その直後、フェニクシド騎士団員全員にカルマ王自らが命令を下した。


「――立ち塞がる敵を、全力で叩き潰せ」


 命令にフェニクシド騎士団員たちは、「おおー!」と言う空気を震わすほどの声で応えた。ある者は剣を空へと掲げ、ある者は斬りつけながら叫び、各々のやり方で自分たちを鼓舞していた。

 当然の如く、フェニクシド騎士団が覇気を取り戻し、戦況も優勢になっていく。


 しかし、それは簡単に覆された。


 戦場の中心に突如巨大な爆発が起こる。土ぼこりを舞い上げ、周囲に爆風と爆音を伝え、そのあとに一人の高笑いが戦場に立つ者たちの耳に届けられた。


「ふふふ、ふはははははははははは、けほっけほっ、はぁ! どうだ!」


 高笑いの主は他でもない、レイディアである。爆発が起きた場所の中心に顔と服を土まみれにしながら立っていた。

 戦場のいた誰もがなんとも言えない状況に言葉を失い、攻防を行うことすら止まっている。


 たった一人がこうもあっさりと、万に値する人数の視線を釘付けにさせることができるだろうか。


「おいおーい、どうしたー、手が止まっているぞー」


 と言う呑気な挑発に両勢力は奇しくも正気を取り戻し、再び戦いを開始した。当然、レイディアにも騎士たちは向かっていくもので、斬りかかっていく。

 対してレイディアは見たところ丸腰で武器を持っていない様子。しかし、敵は丸腰だろうと関係無く剣をレイディアに近づける。


「うおぉお!」


「はあぁぁ!」


「てえぇい!」


 まずは三人同時に斬りかかった。剣が目前に迫ると言うのに、レイディアは欠伸をしてから目を閉じる。


「よし、特別に稽古をつけてやろう。まずは初歩の初歩だ」


 軽快に舌を回しながら、最初に迫る正面の剣を真横から殴り付けて叩き割る。


「なに!?」


「剣は横からの攻撃に弱い」


 素早く身を翻し、右後ろから迫る剣を避けて、持ち手の顔を掴んだ。そのまま最後の一人に掴んだ騎士を投げつける。咄嗟に剣を放して受け止めるも、後ろに倒れ込んでしまう。


 落ちた剣を拾い、先端を突きつけながらもう一言。


「武器は簡単に手放すな。以上、特別講座でしたー」


 飛んできた火球を剣で易々と斬りながら笑っていた。目を閉じたままで。


 背中を向けるレイディアに、最初に斬りかかった騎士が後ろに不意打ちをしようと、隠し持っていたナイフで刺そうとした。が、意図も簡単に躱わされ、腕を掴まれて投げ飛ばされる。


 ようやく目を開けたレイディアが見たものは、周りに浮くカラフルな球。全てが火球と同じように魔法で作られたもの。今度は火属性だけではなく、他の属性でも作られたことで、カラフルに見えるのだ。


「綺麗だなぁ」


 と言った瞬間、それらはレイディアに向かって放たれる。初撃をミスした騎士たちはいつの間にか姿を消していた。恐らくは移動魔法だろうと予測する。つまりは攻撃を受けるのはレイディアだけなのだ。


 飛んでくるのは属性の球だけではないようだ。ナイフや矢や手裏剣のようなものまで、多彩なものがレイディアに迫っていた。


 攻撃を放った者たちが心を一つにして願う。――当たれ、と。


「もしかして、総攻撃? 随分と人気者になったようで」


 そして、フェニクシド騎士団員は魔法攻撃だけにすれば良かったと後悔する。


 先ほど拾った剣で属性の球を斬りつつ、剣で間に合いそうにない分は、飛んでくる武器を駆使して防いだ。


「ったく、多いな。もう少し手加減しても良いだろうに……おや?」


 レイディアは、自身の方に弾丸の如く真っ直ぐ飛んでくる槍を視界に入れた。「はやっ」とぼそりと呟き、さりげなくナイフなどを投げつけてみるも、軽く弾き飛ばされて軌道をずらすことすら叶わなかった。

 速度も他の武器とは桁違いで、レイディアのもとにたどり着くのにさほど時間はかからなかった。迷うこと無く、風に惑わされること無く、真っ直ぐ心臓に向かってくる槍に剣を振り落としてみる。


「あ、駄目だ」


 当たった瞬間にそう言い、手首を使って剣を斜めにずらして、槍の軌道を無理やりずらした。軌道がずれた槍はそのままレイディアを通過する。その直後に剣は砕けた。

 レイディアが「駄目だ」と言ったのは、このまま受けていては押し負けると予測したからである。見事に的中し、剣は最低限の役目を果たして散った。


「今の槍……ヴォルフか」


 通過した槍を横目で追おうとしつつも途中でやめて、正面に顔を向けると、そこにはレイディアが名を口にした男が立っていた。

 苦笑するレイディアと相反して、ヴォルフの表情は怒りに満ち溢れている。彼は思う。――何でいきなり怒ってんだよ。

 まだ何もしてないのに、を付け足して。


 レイディアが登場した時に起きた爆発により、フェニクシド騎士団の四分の一が戦闘不能になった。さらに、遠距離、投擲武器や遠距離、中距離魔法部隊の魔力をほとんど使わせたのも彼である。

 そこまでされて、団長のヴォルフが怒らない方がおかしいと言えよう。


「良くもまぁ、のこのこと戦場に出やがって。今さら何をしようってんだ!」


「いやぁ、さすがに我が弟子がぼこぼこにされてしまっては、師匠として黙っておられんのでな」


 怒りを露にするヴォルフ。余裕綽々と言わんばかりに、どこかの仙人のような口調で返事をする。

 ヴォルフの眉が凄まじい勢いでピクついている。

 ――ありゃ面白いな、どうなってんだ? とレイディアの好奇心が擽られるほど動いていた。


「弟子だと? まさかっ、あのミカヅキか」


「何をそんなに驚くのか知らんが、予想的中だ」


 何故かレイディアがドヤ顔を披露する。この場合はドヤ顔をするべきなのはヴォルフの方だろうが、堅物がやるわけがないとして代わりにレイディアがしてやったのだ。


 ちなみにこの会話の間に、槍がレイディアを後ろから誘うとしたが、簡単に避けて槍は彼に当たること無くヴォルフの手に戻ると言う出来事があった。


 完全な死角の背後からの攻撃を当たり前のように避けるレイディアに、ヴォルフは背中に目でもついているのかと思った。あながちこいつならあり得るとも。

 一般的に考えればそんなことはあり得まい。だが相手はレイディア・オーディン。何をしでかしてくるかなど誰にも予想はできない、奇想天外が人の姿になった奴だとヴォルフは認識していた。


 睨み合う二人同様、戦場の両勢力の手も止まっている。二人が戦い始めれば、こちらも同じように始まることだろう。それ故に、緊張感が戦場全体に張り詰め、敵味方双方が固唾を飲んで構えたまま。

 額から頬を伝い、地面へと落ちる汗。風が吹く音。五感で感じる全てに、何か異変を感じれば、すぐに動けるように。

 しかし、敵味方関係なく、構える者たち全員が理解していた。――長くは保たないと。


「私にはもったいないと言いたそうだな? 顔見りゃわかるわ。まったく、失礼な野郎だ」


「当たり前だろ。あんな逸材を、貴様のような半端者に任せておけん」


「ってことは、つまり……殺してないのか」


「瀕死には変わりないがな。早く治療しないと、本当に死ぬぞ?」


 レイディアはミカヅキの方へと視線を移す。倒れるミカヅキを捉え、周囲の地面が赤く染まっているのも見えた。更に目を凝らすと、ミカヅキの口には吐血した血が付着している。

 見るからに重傷だ。だが、そんな状態のミカヅキを見ても、さほど表情を動かすこと無く、無心で川の流れでも見るかの如く、無表情だった。


 しかし、レイディアは既にやるべきことを終わらせていた。


 つまりは、もう然るべき処置は終わっているのだ。

 心配だったからではない。処置の効果を確認するために、視線を移したに過ぎない。


 ヴォルフも何か感じ取ったようで、ミカヅキの方に風でも切るような勢いで振り返る。


「いつの間に……いや、あの爆発の時だな」


「そう言うこと。それに付け加えると、我々は既に勝利している」


 爆発はレイディアに注意を引き付けるためだけに行ったことではない。それ以外にも、ミカヅキの治療、戦況の混乱、そしてもう一つ。


 ニヤりとレイディアは口角を上げる。その顔はまさに悪役と言えよう。そのまま左手を胸の高さまで上げて、わざとヴォルフに見せつけ、ある言葉を口ずさみながら指を鳴らした。


「――チェックメイト」


 パチン、と言う決して大きくない音が周囲の空気を震わし、人々の耳に伝わる。それが引き金となり、真実(・・)が姿を見せ始めた。


「嘘、だろ……?」


「そんな……」


 フェニクシド騎士団員たちが各々の絶望を言葉へと変換する。変わり行く光景を見て、武器を落とす者、力無く膝をつく者、笑い出す者、様々だった。


 ――カルマ王たちを含め、フェニクシド騎士団員たちが見ていたものは、全てが偽りであったのだ。

 レイディアが仕掛けた最大の罠。これこそが勝利宣言をした理由。


 歪み、崩れ行く景色の中から真実はその姿を当然の如く見せつける。目の前にいたはずの同盟騎士たちは消え去り、少し距離を置いた場所で、武器を構える面々。傷は無い、回復を済ませているのだ。


 地上では、回復し終わり、いつでも全力で戦える騎士たち。上空では、数えることを途中で諦めてしまうほどの数の攻撃魔法。


 対してフェニクシド騎士団員たちの疲弊は、開戦してから約20分の現在、休む暇がほとんど無かったとなれば、容易に想像できよう。


 彼らが感じるは、絶望と――容赦ない敗北だった。


「幻覚などではない……幻術かあ!」


 怒りを全開にヴォルフは、空を仰ぎ見るレイディアに吼えた。


「ご名答。フェニクシド騎士団員たちの配置は、拠点から見て大体は把握していた。しかし、隙が全くいらないわけじゃない。ならばどうしたものか、ってな具合だ。私が戦場に身を置いた時点で、勝利は確定したんだよ」


 ヴォルフはここであることを思い出した。それは玉座の間での出来事。彼がレイディアに槍を突き刺した時のことだ。


 あの時に感じた感覚。それが何なのか、今ならはっきりと断言できる。――絶対的な力の差。抗うことなど無意味と化す、そんな圧倒的な差が恐怖を通り越して、無心を生み出していたのだ。



 レイディア・オーディン。天帝騎士団に一人で抗い、勝利を勝ち取った者。周辺諸国との戦争に軽々とあしらう者の実力。これが全てなのか、それとも――。


 ヴォルフが槍を強く握る。そして宣言した。


「決闘だ、レイディア・オーディン」


「……良いだろう」


 どれだけ差があろうと、譲れないものがある。例え結果が見えていようと、覆さなければならない時がある。

 ヴォルフガング・S・ベルセルクと言う男にとって、今がその時なのである。


 そんなヴォルフの申し出を、レイディアは受け入れた。


 彼らにとっての敗北は、この戦争の敗北を意味する。双方の指揮をするカルマ王、並びにアイバルテイクは味方に待機を命じた。

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