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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第七章 参謀の不在
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七十一回目『暗闇の中で』

 法国の騎士団団長、ヴォルフガング・S・ベルセルクと相対する。

 短めの金髪をオールバックにした、巨漢の男。


 棍棒使いのミカヅキに対し、槍使いのヴォルフ。奇妙な組み合わせとなる。ヴォルフは魔法を一切使わずにミカヅキを圧倒した。

 劣勢となるも、『先を知る眼(ワン・オーダー)』で先を知ることでなんとか食らいつく。が、それでも実力は圧倒的にヴォルフが上。身体能力も、『強化(ブースト)』を使って、ようやく動きについていける程度が差があった。

 見た目に似合わず俊敏な動きを見せるヴォルフ。


 ヴォルフは実力の差を理解しながらも、抗うミカヅキに昔の自分を重ねていた。越えられない壁と直面し、絶望を思い知らされた若かれしあの時のことを。


 ヴォルフは誰にも手出しはさせずに、ミカヅキと一対一の勝負を望んだ。邪魔した者は味方であろうと殺すと宣言した。


「お前は俺と戦うのに値する相手だ」


 ミカヅキのバカと思えるほど真っ直ぐな瞳に、惹かれていく自分に気づいた。ヴォルフが笑みを浮かべ、ミカヅキはそれを視界の隅に捉え、まだ余裕なのかと苦汁を噛み締める。だが実際は、彼がミカヅキのことを気に入ったが故の笑み。



 ――次第に戦況が変わり始める。なんと数で圧倒していたアオリスト法国の騎士団が()され始めたのだ。

 理由はまさかのミカヅキだった。同盟側が彼の諦めない勇姿を見て、まだまだ行けると活気づいたからである。


 ただ必死に前を見て突き進むその姿は、戦場の全体に多大な影響を与えた。本人に自覚は微塵も無い。しかしそれ故に心に訴えかけるものがあるのだろう。



 そして、ヴォルフも敏感にそれを感じ取り、「遊びは終わりだ」とここに来て初めて魔法を使う。しかし満を持してと言うより、渋々使わざるを得ないとその表情は語っていた。


「これを使うのは久しぶりだ。貴様を認めて使ってやろう」


 ミカヅキは妙な感覚に襲われていた。

 周りの騎士たちの動きが、剣が交わる音が、地面から舞い上がる土や石が遅くなっていく。

 自分の呼吸すら、脈打つ鼓動すら、ゆっくりになっていくのがわかった。


 ――これは、なに?


 まるで世界で動いているのは自分だけのような錯覚すら感じる。だが確実にそれは起きている。世界に自分だけが取り残されたような、不思議で訳がわからない感覚。


 そして、理解する。一瞬を何十倍、何百倍にも感じていると。


「――神威。これが俺の唯一使える魔法だ」


 全てがゆっくりと遅くなった世界で、遅くない存在。それこそがヴォルフだった。ミカヅキは自分の腹に槍が迫るのを見た。

 防ごうと体を動かそうとするも、鉛の如く重く動かない。唯一目だけがヴォルフと同じ速さで動いていた。


 どうにかしなければ、槍は用意に体を貫くだろう。子どもでもわかる絶体絶命のこの状況。それでもミカヅキは諦めてなど、いなかった。


 ――動くは目だけじゃない。考えることはできる。なら、僕はまだ戦える。

 どんな時でも冷静に物事を、状況を把握して、最善たる打開策を導き出せ。


 絶望はもう、オヤジが目の前で殺された時にしたじゃないか。今はそんな時じゃない。

 僕の前に立ちはだかる壁を……壊す!


 ――発動、知るは我が行く先(プロテクト・オーダー)


『知るは我が行く先』を発動。瞳の五芒星が逆さまになる。

 知識を征し、体の傷の知識を一時的に無かったことにする。だが、あくまで回復ではなく、一時的の処置。そのため時間の経過、または魔法の効果が切れた時点で傷も復活する。

 魔法発動中にも傷を負っていた場合、復活した傷と合わさり、致命傷となる危険性がある。


 レイディアとの試合で危険性は痛いほど理解した。

 だがミカヅキの今求めるのはそれじゃない。この魔法のもう一つの効果。


「僕は――」


『先を知る眼』以上の未来を知り、攻撃ならば自動的にそれを防ぐもの。これならば間に合うと判断した。


 案の定、予測は的中して体も目や思考と同じ速度で動き、槍を棍棒で叩きつけて横へずらした。それにより体に当たらずに脇腹のすぐ横を通過する槍。


 ここでミカヅキは気づく。ヴォルフがいないことに。目を動かして周りを見ても姿は見当たらない。その間にも槍は進んでいく。


 ふと、後ろに何かの気配を感じる。その時には既に、槍はミカヅキの体を通り過ぎていた。


 すぐさま後ろを振り向くと、槍は目前にあった。頭を少し横にずらすのが精一杯だった。

 しかしそれで充分のようで、右の頬を掠めるも再び通過していく。が、今回はこれで終わりでは無かった。


 目が見るは槍を持つ手。そしてその手の持ち主――ヴォルフだ。


「良い反応だ」


 そんな言葉が聞こえたその刹那、ミカヅキは腹にとてつもない衝撃を感じた。まるで爆発でも起きたかのような大きな衝撃だった。


「ばふぁっ」


 それがヴォルフの拳だと理解した時には、ミカヅキの体は紙吹雪の如く宙を舞っていた。

 内臓に損傷を受けたのか、口から血が吐き出される。空と地面を交互に見えた。直後、全身が痛みを主張し始める。


 どうやら地面を転がったらしい。当然ミカヅキには止める術は無く、身体中のあちこちを打ち付けた。


 ぼやける視界。薄れ行く意識。全身からこれでもかと言うほど脳に伝わる痛み。


 ――からだが、うご、かない……?


 言葉を発することも、指を動かすことさえできない。

 食らったのはたった一撃。世界は相変わらずゆっくりだ。


「まだ生きてんのか。……しぶとい奴だ」


 仰向けに寝転んだ状態でぼやける視界の端、そこにヴォルフは立っていた。一番最初に浮かんだのは“狼みたいだ”と言う印象。

 ミカヅキが思ったように、ヴォルフは狼男と言える姿に変わっていた。瞳は血の如く赤くなり、猫よりも鋭かった。

 そんなヴォルフが、満身創痍のミカヅキを見下ろしていたのだ。


 呼吸をすることすら激痛で辛い状態。ミカヅキの敗北は決まった。だと言うのに、


「その目。お前、まだ諦めてないのか?」


「はーっ、あたり、まえだっ……ぐっう、かはっ」


 ――込み上げてきた血が喉に詰まって苦しい。息を吸うことができない。全部、ぼやけて見える。音が遠くなっていく。

 これは、まずいな……。視界が狭く……意識が……あれ、痛いはず、なのに……。


 瞼がゆっくりと閉じていく。それは薄れ行く意識と共に、ミカヅキの世界を暗闇へと誘う。


「ミカヅキ・ハヤミ。その名を、覚えておこう」


 ヴォルフはミカヅキに背を向けて、他の敵を相手にすべく戦場を駆ていった。




 ーーーーーーー




 黒一色の、何も見えない場所。目を開けているのか閉じているのかわからなくなるような、そんな場所。


「ここは、いったい……」


 来たことも無い場所に僕はいた。立っている、と言うより浮いているみたいだ。足はある。手もある。体も頭もある。

 音も聞こえない。本当に何も無い。僕以外は何も無い暗闇の世界。

 寒くもなく、暑くもない。ここは酷く孤独に感じる。体を動かしても何も触ることはできない。何より、何も感じない。手を動かした時に生じる風も、手に伝わるはずの空気抵抗も何も。


「僕は確か……」


 記憶を呼び起こして思い出す。意識を失う前のことを。


 そうだ、いきなり周りがゆっくりになったと思ったら、ヴォルフさんの槍を躱わして、その代わりに腹に攻撃を食らったんだ。

 それから転がって、身体中が痛くて、だんだんその痛みも消えていって、それから……。


「――死んだ、のか?」


 ああ、僕は死んだんだ。

 そう納得すると、全身から力が抜けた。この暗闇の中で何かをしようとした自分が馬鹿馬鹿しく思えたから。

 何をしたって無駄に決まってるじゃないか。何も感じるはずが無いじゃないか。だって、だって……死んでるんだもんな。


 何をしてるんだろう?


 守ると誓って、必死に稽古して、必死に戦って、足掻いて、強くなるために必死に努力して、その結果、死んでるじゃないか。


 まだ帝国と戦争したわけじゃない。たかが小国との戦争じゃないか!


 なのに僕は、こんなところで……何を……しているんだ?


 でも、仕方ないじゃないか。僕だって何もせずに負けたわけじゃない。全力で戦ったんだ。『知るは我が行く先(プロテクト・オーダー)』を使ってまで、勝てなかったんだ。


 他に方法があったのかな。別の戦い方をしてたら、死ななくて済んだのかな。


「ミーシャ、何て言うかな。どんな顔をするかな……」


 僕が死んだって聞いて、ミーシャは泣いてくれるのかな。

 もう、いいや。考えたってしょうがない。だって、どうしようも無いんだから。


「(――もう諦めるのか?)」


 突然、聞いたことの無い声が聞こえた。いや、違う。頭の中に直接響いてるような感じ。低めの声、男の人の声みたいだ。


「……誰?」


「(諦めるのか? たかが一度殺られた程度で、貴様は諦めるのか?)」


 僕の質問には答えないのに、僕には答えさせようとするなんて勝手だよ。


「しょうがないじゃないか。僕はもう死んだんだ。死んだら何もできないよ」


「(ならば、誓いを放棄すると?)」


「やれるならやってるよ! でも、僕にこれ以上何をしろって言うんだ? 僕は、死んだあとに何かする方法なんて知らない。思い付くこともない。僕にはこうして、暗闇に身を委ねることしか……できないよ」


 自分で言ってて嫌になる。何回こうやって諦めようとしてきたか。何回、周りの人たちに助けられてきたか。何回、落ち込んだ時に励まされてきたか。


 でもここには誰もいない。僕以外に、この声の主しかいない。この声だって本物かどうかわからない。絶望のあまり、僕が聞こえてるように錯覚しているだけかもしれない。


 もうやりきったんだ、僕は。死んだのが良い証拠じゃないか。結局僕は、最後には負けるんだ。


 ううん、違うな……負けたんだ。


 最初から無茶な話だよ。戦争なんて教科書でしか知らない僕が、どうにかしようだなんてことが間違ってたんだ。


「(ならば、もう、どうでも良いと?)」


「……ああ、もう、いいよ。どうだって――」


 ――本当に?


 今になって、ミーシャの泣き顔を思い出した。

 僕がこの世界で最初に目が覚めて、寝たふりをして、ミルダさんが来て、怒られて、ミーシャのお父さんの話をして、それで……。


 ――何をしてるんだろう?


「(問おう。全てが、どうでも良いと?)」


 本当はそう思ってるのかもしれない。心のどこかで、そう思ってるのは確かなんだ。でも……全部じゃない。

 どうにかしたいって思ってもいるんだ。じゃなきゃ、こんな声、無視すればいいもん。なのに問いに答えてるんだもんね。


「どうでもよくない。少なくとも、今は僕はそう思える」


 ミーシャに会わなければ、ミルダさんに脅されなければ、レイに話しかけられなかったら、オヤジが師匠になってくれなかったら……僕は思えなかったよ。


 この世界に来なければ、思えなかったよ。


「――ありがとう」


 声はもう聞こえることが無かった。不思議と何をすべきかわかっていた。既に知っていたのかもしれない。知らないふりを、していただけで。


「戻ろう。僕のいるべき場所へ」


 上を見上げると、さっきまでは無かった一点の光があった。

 その光へと手を伸ばす。必死に、精一杯、できる限りを尽くして、限界を越えろと強く思いながら――。

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