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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第七章 参謀の不在
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六十八回目『人殺し』

 同盟国の代表者たちが、アイバルテイクの呼び掛けによって会議を行っている頃。


 アオリスト法国の地下牢。そこにレイディアは鎖に繋がれていた。


「はあー。この鎖、案外邪魔だな」


 大したことではないと思っていたが、今は考えを改めていた。

 なぜなら、鎖が地味に邪魔で寝られないからだ。人間の三大欲求に忠実な彼は、ちゃんと寝なければ体力も気力も保たない。


「やることが無くて暇だから、少し寝ようと思ったらこれだ。ねむてー、だりー、ひまだー」


 怠け者の申し子のように、ぐたりの項垂れていた。この自堕落な人物と、あの冷静で辛辣な参謀が一緒とはカルティア・フォン・ヴィレンツェ信じ難い。それでも現実とは皮肉なものだ。


 抜け出すことは用意だ。たかが特有魔法(ランク)を封じられただけで諦めるほど素直な人物ではない。

 彼以外ならこんな思考はできないだろうが。


 ――城の仕組み、人員の配置は既に把握し終えた。人の移動の多さから、開戦の準備をしているところだろう。いや、この感じは最終調整だな。

 私を捕らえる前から準備は進めていた、と言うのが正しいか。


 ふっ、と鼻で笑う。作戦が甘すぎる。私が捕らわれる前提で物事を進めていたわけだ。失敗した場合はどうしたのかと気になったが、今となっては試しようが無い。


「まぁ、知ってる(・・・・)けどな」


 誰もいない牢屋でもドヤ顔を疲労するレイディア。そんな時、近寄ってくる足音が聞こえた。


 やって来たのは鎧に身を包んだ騎士だった。レイディアの率直な感想は、動きにくそうだな、である。確かに鎧は身を守るには適しているが、動くこと関しては微妙なところだ。


 そのため、レイディアは鎧を身につける者たちに対して、よくやるなぁ、などの感想を抱いていた。彼は鎧を嫌っているわけではないが、使おうとは思ったことは無い。


「出ろ。王がお呼びだ」


「断る。なぜこの私が、貴様らの王の命令に従わねばならんのだ? 私は今忙しいのだ。この環境化でどうすれば寝ることができるのかを思案しているのだよ!」


「き、貴様ぁ……!」


 鎧騎士がアオリスト法国王の命を受け、レイディアを連れに来たらしい。が、彼がそんな命令に素直に従うはずもなく断ったあげく、鎧騎士を挑発して見せる。


「――何をしている!」


 鎧騎士が剣を抜いた時だった。牢屋に女性の声が響いた。しかし不快には感じず、むしろ心地良いとさえ思える。そんな綺麗な声だった。


「こ、これはメルシー様。も、申し訳ありません……」


 怯えたように声と身を小さくし、鎧騎士は慌てて剣を収めた。


 そしてレイディアの視界に声の主の姿を見せる。

 メルシーと呼ばれた女性は、赤を基調とした貴族のそれを思わせる服装に身を包んでいた。髪も同じように赤色で、時折金色も混じっているのが見える。瞳は深い赤の右目と、対照的な青の左目の世にも珍しいオッドアイだった。


 体から滲み出る雰囲気は、鋭さと気高さを持ち合わせ、彼女がただ者ではないことを物語っていた。

 なにより、鎧騎士が足音を盛大に立てていたのに対し、彼女は声を出すまで音一つしなかった。だからこそ鎧騎士が突然の現れた彼女に驚愕していたと言うわけだ。


 物音一つしない背後から、急に声をかけられれば誰だって同じ反応をするだろう。


「メルシー・フィン・アオリスト。次期女王陛下がこんな薄汚いところへわざわざ足を運ぶとは、何ようですかな?」


「へぇ、あたしのことを知ってるんだ」


「そりゃあ、周辺諸国の内情は把握しているとも」


 皮肉気味に尋ねるレイディアの問いを華麗に無視するメルシー。レイディアは、この反応に面白いと笑みを浮かべる。


「め、メルシー様。なぜこのような場所に……」


 今度は鎧騎士が恐る恐る尋ねた。彼とてそれが気になったのだろう。

 確かに騎士団員ならまだわかるが、王族である彼女がここにいるのは不自然と思うのは当然だ。


 そして、ようやくメルシーは問いに返答した。


「レイディア・オーディン。あんたはあたしの――」


「弟、メルト・フィン・アオリストの仇だ、とでも?」


 せっかく口を開いたと言うのに、レイディアはあっさりとメルシーの話を遮った。言わなくてもわかっていると。


「そうだ! 弟のメルトは、このアオリスト法国でも指折りの実力者だった。そこら辺の雑魚に殺られるような奴じゃない。だから死の知らせを聞いたときは耳を疑った。だが、連れ帰られたメルトを見た時、実感させられた……」


 怒りを抑えながらも、少し漏らしつつレイディアに不安定な感情をぶつけた。


 レイディアはそんなメルシーを、眉一つ動かさずに黙って見ていた。そして、恐らくは一番言ってはならないことを口にする。


「それで、貴様はどうすると言うのだね? 敵であり仇である私を、ここで殺すか?」


「できるならすぐにそうしている! だが今は、父様に止められているから、それはできないわ」


 レイディアは同じくらいの年齢であろうメルシーを、まるで子どもを見るような眼差しを向ける。殺してやると断言されたようなこの状況下で、彼は先日のミーシャの姿を思い出していた。


 ――同じだ。


 目の前の女性と、あの少女はあまりにも似ている点が多い。だが、ミーシャの方が幼いと言うのに、メルシーよりよっぽど王に相応しいと結論付けた。


 即ち、今のメルシーは王に向いていないと判断したことになる。


「噂ではもう少しまともな人物のはずだったが……まぁ、実際はこんなものよな」


「……!」


「ひっ」


 先ほどまでの気高さはどこへやら、殺気を全開にレイディアを睨む。鎧騎士は恐怖のあまりだらしない声を出した。


「あんたみたいな人殺し(・・・)にはわからないでしょうね。大切な人を失うことが……どう言うことなのか」


 その表情は怒りと悲しみを交えた、不思議とも言えるものだった。酷く言われたレイディアはため息をつく。


 瞼を下ろして少し間を空け、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。


「人殺し、か。正しい、間違ってはいない。私にどんな理念や思想があろうと、行っていることはただの人殺しだ。――ならば問おう。私を人殺しと言いながら、何故貴様は私と同じ、人殺し(・・・)になりたがるんだ?」


 全てを呑み込む黒色の瞳が、メルシーを捉えて離さない。

 レイディアは自身の行いがどれほど非道かなど重々理解している。


 メルシーが言った、大切な人を失う辛さも、彼は知っている。だがそれでも、彼は迷うことなく、躊躇うことなく人を殺す。

 騎士の誇り、強者の戯れ、そんな大層なものじゃない。彼は簡単に言うならば不器用なのだ。


 ――殺す。命を奪う。私は他のやり方を知らない。もう試そうとも思わない。だって、もう遅いから。私は殺しすぎた。後戻りなど誰が許そうか。何より私が認めないさ。


 ……なぁ、そうだろ。


 だからミカヅキの決意を聞いて、手助けしてやりたいって思ったんだ。世界中から恐れられ、仲間の絶対的とも言える信頼を獲得した私ですら成し得なかったことを、あやつはやると宣言したんだ。

 他でもない……この私にだ。ならば、私のやるべきことは決まったも同然。


 こうしてレイディアはミカヅキの誓いの行く末を見届けることを選んだ。


「――答えられないか。それで構わん。今の問いに、自分は人殺しではないなどと戯れ言を言うかと期待していたんだが……。どうやら、少しは認めるべきらしいな」


 否定するのは簡単だ。だがそれは答えから逃げていることに等しい。レイディアは、正直メルシーはすぐに否定すると思っていた。だと言うのに、結果は見ての通り、予想を裏切ってくれた。


 メルシーは拳を握りしめて悔しがりながらも、頭を使って必死に考えていた。どうしたら目の前の男に勝てる(・・・)のかと。


「さて、話は終わりだ。私を王のもとへ連れていかねばならんのだろう。早く案内してくれ」


「偉そうに指図しないで。あんたはあたしたちに捕まってるんだから」


 と言いつつも身を翻してレイディアを連れていった。鎧騎士は彼の後ろから共に王のもとへと向かう。

 この時、鎧騎士とメルシーは、たった数分の出来事のはずなのに、何時間も会話をしていたような感覚を抱いていた。



 ――そして、レイディアは思考する。


 世界が変わり始めている。今までとは違う何かが、起こり出しているんだ。それが人類にどのような影響を与えるかは、私ですらわからない。だが確実に、その時は近づいている。



 妙な違和感。感覚の問題だと言われればそれで終わりかもしれない。が、レイディアはそんな感覚、いや直感を重視していた。




 ーーーーーーー




 レイディアはよく普通なら知らないはずのことを知っていたりする。どういう理屈かはひた隠しにしており、真実はソフィですら知らない。


 ただ、これこそがレイディアの特有魔法(ランク)だと言う者もいる。そうだと裏付けるものは無いが、本人が否定も肯定もしないことが、大きなヒントのように感じられた。


 もしそんな考えが本当ならば、彼の特有魔法を得たリンと呼ばれふ少女はどのように使うのか。

 もしや、レイディアはそれすらも知っているのか。


 場所は法国の城壁の上。そこにヴィストルティのリーダー、ハクアは立っていた。どうやら誰も彼がここにいることに気づいていないらしい。


「あいつが捕まるなんて……。あいつも特有魔法を失えばただの人ってことだな」


「アルマはもう少し人を見る目を身に付けねばな。奴はわざと敵に捕まったんだよ。奴がその気になれば、特有魔法を使わなくても一国を敵に回しても対処しよう」


 彼の隣に立つアルマと呼ばれた藍色の髪の少年がレイディアをバカにするも、ハクアはそれを訂正した。

 ハクアの発言に少年、もといアルマは驚きを見せる。


「なら捕まったのは法国の潜入するため?」


「いや、恐らく戦争を起こすのが目的だろう。なぜかはわからんが間違いない。――さぁ、我々は果たすべきことを果たすぞ」


 ハクアは口ではそう言ったが、内心理由は予想がついていた。

 騎士団の参謀と言う垣根を越えて、国に貢献している存在がいない状況下で、どれほど動きができるかを試すつもりなのだ、と。


 彼の推測は的中しており、レイディアは逃げようと思えばいつでもできるのである。


 いつどのようなことが起きても対応できるように。

 その予行演習として、このような無茶なことを企んだのだ。死者が出るであろう戦争を引き起こそうなどと、彼は本当に国のことを思っているのかと不安に思う者もいなくはなかった。


 だが、国民のほとんどがレイディア・オーディンと言う人物を知り、なおかつ信用もしているのも道理である。


 この選択がどのような結果をもたらすのか、レイディアは知っているのであろうか。


 そして、ハクアたちは自分たちの果たすべきことを終わらすために、法国の城へと潜入した。



 ――各々の策略が交錯する中、ミカヅキは自室のベッドに寝転び、数日中に巻き起こるであろう戦争に対して、何とも言えぬ気持ちにうちひしがれていた。

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