六十二回目『繋がる真実』
準決勝第一試合の翌日。準決勝以降は一日に一回の試合になっている。戦いが苛烈になり、重症を負う危険があったためである。
もちろん、今までも重傷者が出る可能性は無かったわけではない。だが、レイディアの「大丈夫だろうよ」の一言で終わってしまい、結局準決勝までは参加者は連戦を強いられた。
――神王国、闘技場。今までより格段に広くなり、戦法も変わってくる。ちなみに、昨日のミカヅキとレイの試合もここで行えば良かったとレイディアはあとあと後悔した。本人たちには言っていないが……。
この武道会の会場選択と準備は彼が引き受けていたので、試合を行う者たちの実力に合わせて会場を選んでいた。
そして、今回はこの場所となったのである。それに見合うほどの観客動員数である。
「――我らが団長と戦えるなんて、光栄なことですな」
「戯言を。にしても、えらく楽しそうじゃないか」
「もちろん。団長と手合わせなんて、立場上、そう簡単にできないから。楽しまなくては損と言うもの」
笑顔なのに、バチバチと火花を起こして睨み合う二人。完全に表面だけなのがわかるのはなんとも恐ろしい限りだ。
準決勝第二試合。
レイディア対アイバルテイクの戦い。
さすがに団長と参謀と言う実力者の二人のために、会場も特別仕様となっていた。
観客席は後ろよりとなり、舞台との間には騎士団員が防御結界を維持するために50人以上も配置されている。
その中には、騎士ではないが結界を張れるため呼ばれたアリアの姿が見受けられた。
「おおーっ、笑顔で向かい合う二人! 同じ騎士団の団長と参謀と言う異色の組み合わせ。ここまで特有魔法を使うことなく、難なく勝利してきたが、これは……これは予想ができないぞぉー!」
実況のマトリのテンションは最高潮。観客も同じようにテンションが上がっていたが、面白い光景となっていた。
王国の国民は元気に声を出して盛り上がっているのに対して、神王国の国民は静まって息を呑んでことの成り行きを見守っている。
なんとも不思議な状態だ。
――そんな中、ガルシア騎士団長のレイも足を運んでいた。同じ団長の立場であるアイバルテイクの戦いを見るためだ。
彼も異様な光景を目の当たりにして、何事かと眉を潜めていた。
「お、来てたんだな」
「怪我はもういいのか?」
「当然。もうバッチリよ」
見計らったようにタイミングよくエクシオル騎士団の副団長であるヴァンが声をかけた。レイはヴァンならこの光景の理由を知っているのでは、と丁度考えたところだった。
「アイバルテイク団長の戦いは見るべきだからな。……それより、この状況の説明をしてほしい」
「この状況……ああ、そんなの見たらわかるだろ。二人はまだ睨み合ってんだよ。顔は笑ってんのに、完全に心は笑ってないな、あれは」
何かを話すアイバルテイクとレイディアを見ながら説明した。
「そっちじゃなくて……国民の方だよ。何で盛り上がりにこんなに差があるのかだ」
うんうんと何度か頷いてから、ノリツッコミのようなものをして見せるレイ。対してヴァンは笑いながら簡潔に教えてくれた。
「盛り上がれないから」
「どういうことだよ」
誰でも同じレイと同じ反応をするだろう。なぜならここには楽しみに来ているはずなのに、盛り上がれないとは意味がわからないからだ。つまりは楽しめないじゃないかとレイは言いたい。
「あ、そうか。他国は知らないのか、あの二人が戦ったらヤバイってことを。そのあとの方が有名だからなぁ」
「ヤバイ?」
疑問符を頭の上に浮かべながら首を傾げるレイ。ヴァンはそんな彼に苦笑を返しながら続きを話す。
「あの二人が戦ったのは過去に一回だけ。唯一、レイディアが団長にキレた時だけだ。あんときはほんと、国が壊れるかと思ったぜ……」
「国が……壊れる、だと」
全部話すと長くなるからと、ヴァンは要点だけを簡単に説明した。
ーーーーーーー
――遡ること約一年程前。レイディアがエクシオル騎士団に入団してからしばらく経った頃。
もともとレイディアは、エクシオル騎士団に入団するまで、神王国の端にある村に住んでいた。が、村は何者かの襲撃を受けて――壊滅した。村人も彼以外は全員帰らぬ人となった。
その後、駆けつけたアイバルテイク率いる騎士団にレイディアは助けられた。
半年程過ぎた頃に、レイディアは襲撃者の足取りを掴んだ。そして復讐すると神王国を出ていこうとする。
そんな怒りを隠すことなく露にする彼の前に立ちはだかったのは、他でもないアイバルテイクだった。「今の貴様では何にも勝てん」と、レイディアに引き返すように命令した。
それでもレイディアは引き下がらず、「なら今ここで、目の前の貴様に勝ってやるよ!」と言い放って殴りかかるも、返り討ちにあって突き飛ばされる。
この数日前に、彼は頭の回転の早さ、立案する作戦の内容、臨機応変に対応する能力、多々諸々の実力もあってエクシオル騎士団の参謀に任命されていた。アイバルテイクが直々に指名したのだ。
助けられた恩義や、得てきた信頼、それら全てを捨てて彼は行こうとしたのだから、止められて当然だろう。
なのにレイディアが諦めることは無かった。故にアイバルテイクも実力を持って対処することにしたのだ。
最後にはレイディアの覚悟にアイバルテイクが折れて、必ず戻ってくることを条件に行くことを認めた。
幸い、怪我人は出たが死者は出なかった。そこは二人とも最低限意識していたらしい。国民からすれば、被害自体出さないでほしいと思ったはずだが……。
「――とまぁ、聞くだけには良い話にもなり得るが、問題は被害の方なんだよ」
「いや、そこまでで良い」
聞かなくても大体の予想はつく。先程のヴァンの「国が壊れるかと……」の発言、相対したアイバルテイクとレイディアの実力。
凄まじいものだと誰でも簡単に解ける問題だ。
「で、こっからが重要でな。復讐が終わったのか、帰って来たレイディアは、それこそ昨日のミカヅキみたいにボロボロの血まみれ――じゃなかった。全くの無傷だったんだよ」
何を今更と、レイはあいつなら考えられると納得したが、すぐに引っ掛かるものを見つけた。ことが起きたのが今から約一年前の部分だ。
同じ時期に起こった出来事がもう一つある。神王国だけにとどまらず、世界中に衝撃を与えた出来事が。
――天帝騎士団の敗北。
ある一人の男が、天帝騎士団に襲撃し、撤退させたと言う驚くべき事実が世界中を巡ったことがあった。
この男の正体が“レイディア・オーディン”であることはもう既に各国にも知られている。
まさかと一度は否定するも、すぐに間違いないと真実に至る。
ようやくヴァンが何を言いたいかを理解した。
「――無傷、だと?」
天帝騎士団と戦って勝利しただけではなく、無傷で帰って来たと言うのだ。レイディア曰く、「あっちが勝手に撤退しただけ」とのこと。
それでも腕の一本や二本は無くなってもおかしくない。ヴァスティと実際に戦ったレイだからこそ、そう考えてしまうのではない。文字通り誰もが同じ事を考える。もしくはこれより酷い状態をイメージするものもいるだろう。むしろそちらの方が多いとも言える。
ともかく、あり得ないことが起きていた。
「……ああ。オレたちもあとあと知ったんだよ。レイディアが何に復讐したのかを、な。信じられなかった。報告してきた奴の頭がおかしくなったとか、オレの耳が悪くなったのかって必死になって否定した。けどな、真実だったんだ」
話には続きがあった。これだけでもお腹がいっぱいだとレイは表情で示していたが、ヴァンは「まぁ聞いてくれ」と笑った。
「あいつが帰って来てまず最初にやったのが謝罪だった。団長とソフィ様に頭を下げ、その足で被害を受けた国民全員に謝罪したらしい。そして、その翌日のことだった。被害を受けた住宅、建物がほとんど元通りになってたんだよ」
「はぁ?」
もう何がなんだかわからなかった。本当に耳を疑いたくなる話ばかりだ。
レイは大きなため息をついた。そうでもして気を紛らわさないと頭がパンクしそうなのだ。
それを見てヴァンは腹を抱えて爆笑した。
「ハハハッ、そりゃそうなるのも当然だ。オレだって同じだったもの。あいつはどうやったのかを誰にも、全く話さなかった。それからあいつは、この国のために全力で戦った。いや、今も戦ってるんだ。オレたちの知らないところでな」
実際に小国への対応は、副団長であるヴァンも詳しくは知らされていない。知っているのは、王であるソフィ、団長のアイバルテイク、そしてレイディアとその他数名程度。
戦闘においてはレイディアが一任されている。
「やっぱ、遠いな」
「ああ。同じ時期に入団した奴とは思えないよ」
意外にもヴァンとレイディアは同期の騎士団員である。レイの発言に同意したが、ヴァンも副団長の地位になるまでの早さは普通ではかんがえられないほどだ。大物が近くにいるせいで本人は自覚していないが、これも紛うことなき事実である。
「ならなぜ、国民は試合を見に来たんだ?」
「好奇心と、強いて言うなら知りに来たんだろうな。自分たちを守る騎士たちの実力を。……ん、これも好奇心に入るな」
笑ってごまかすヴァンを、そういうことかと納得して頷くレイ。この二人の間には、もう切れることはない絆が存在していた。
良き友、良きライバルとして――。
ーーーーーーー
ヴァンによるレイディアの過去暴露からほどなくして、試合開始の合図が鳴った。
会話を止めて、試合を行う二人に視線を移した。
その瞬間、会場全体に風が吹いた。同時に破裂音のようなものが響き、気づいたときにはレイディアが投げられた玉の如く、くるくると転がっていた。
音の正体はレイディアとアイバルテイクの拳のぶつかりによるものだった。互いに武器は使わず、拳で殴りあったのだ。結果、レイディアは押し負けて地面を転がったのだ。
「ごほっ、ごほっ。ったく、土が口に入った」
中央から端まで転がったにも関わらず、呑気なことを言いながらひょこっと立ち上がる。
二人の拳がぶつかった拍子に衝撃波が発生し、それが地面を抉っていた。その土を運悪く口の中にいれてしまったのだ。
アイバルテイクはその場から動かず、ただ拳を構えて前に突き出す。手から放たれたのは衝撃波。目に見えずとも、音を立てながら地面を抉る様で、誰もがそこにあるものを理解した。
「はっ、その程度でやられっかよ」
鼻で笑いながら同じように構え、同じように拳を突き出した。
二つの衝撃波がぶつかり、凄まじい音と突風を観客に浴びせて消滅した。
そこからはほとんどこれの繰り返しとなる。が、威力は増していく一方だ。
「ふはははははははっ、この程度かよぉっ、団長!!」
「そんなわけが無いだろ!!」
良く見るとレイディアが押されているようで、次々と攻撃を繰り出すもアイバルテイクはそれ以上の威力で反撃していた。
並の騎士団員なら粉々になっているであろう反撃を、しっかりと受け止めるか受け流している。見事と言えるが、いつものレイディアなら躱わして済ましていると考えれば、彼が今どんな状況かは予想ができる。
余裕ではないのだ。
「やはり、きついな」
「波ぁっ!」
腹を狙って放たれた衝撃波を左手でガードしつつ後ろに後退りした。
アイバルテイクもここに来てなぜか後ろに下がり、レイディアに宣言した。
「さて、そろそろ本番としよう」
「――良いだろう」
同時に構えると、二人それぞれを中心に風が発生した。起きているのは、彼らが魔力を高めたいることに他ならない。それが“風が起こる”と言う形で可視化しているに過ぎなかった。
凄まじい魔力は空気中のマナを震わせ、ゴゴゴと音を鳴らすほどだ。
ただ魔力を高めているだけだと言うのに、それだけで空気は震え、会場に緊張が走る。この後どうなるか、と。
「「宿れ、拳神――魔神拳」」
二人が同時に言い放つは一言一句違わぬ言葉。
同じ魔法を互いに発動させた。
が、形状は違うものとなる。アイバルテイクが黒い魔神のような拳が現出させたのに対して、レイディアのそれは血にまみれたかのような刺々しい赤い拳だった。
「それが、今の貴様なのか」
「ふっ。そうらしい。色々と背負っているからな、こうなるのも仕方ない」
レイディアは苦笑した。この時の表情を見た者の中で、ヴァンだけが唯一、悲しそうだと言う感想を抱いた。
そして、お互いの魔神拳を構え、相手を見据える。
「――私は、何者にも負けることはない」
誰にも聞こえないほどの小声で、レイディアは呟いた。




