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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第六章 武道大会開催
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六十一回目『痛い』

 収束した魔力が暴発し、それは爆発となった。

 爆発によって発生した煙がミカヅキの姿を隠すことでどんな状態がわからない。


「――できた」


 ヴァスティとの戦いでは自分の意思じゃない、怒りに身を任せて無意識だった。

 だが、今回は紛れもない自分の意思。


 レイが確かに耳にしたのは、聞き間違いをしないほどに馴染みのある声。


「耐えたのか……!?」


 彼は終わったと思った。あの数の剣を全方向から受け、防ぐ手段は無いと。――それこそ同じ光の速さでなければ……。ここまで考えてようやく真実に至る。


 ――まさか、本当に創造したと言うのか。俺の剣でさえ、できると言うのか!


 光の剣を創造した(・・・・)

 それが、それこそが、ミカヅキが行ったこと。


 煙は風によって散り、次第に薄れていった。

 そして皆がミカヅキの姿を捉え始める。同時に目にしたその姿に驚愕した。


「……ボロボロじゃないか」


 レイが口にした通り、ミカヅキは全身の至るところから血を流し、足もどこかおぼつかない様子だ。特に右腕のダメージは相当なもののようでぶらりと垂れ下がり動く気配が無い。

 いや、レイの心境を代弁するならば、逆にこの程度で済んで良かったなと言うべきなのだろう。


 辛うじて棍棒に寄りかかる形で立ってはいるものの、つつけば倒れてしまうのではと思えるほど弱々しく見えた。


 光の剣が当たる直前にミカヅキが光の剣を創造し、ぶつけてほとんどは相殺したものの、数が残念ながら及ばなかった。消しきれなかった残りの光の剣でこの有り様なのである。


「はあ、はあ、はあ……」


 呼吸が荒い。自分でわかってはいても、体が言うことを聞いてくれない。勝敗は決したと言っても良いだろう。だが、ミカヅキはまだ諦めていなかった。


 全身血だらけになろうと、どれだけボロボロだろうと、勝機が薄かろうと、決して諦めていない。


「次で終わらせる。せめてもの情けだ、直接やってやろう」


 ミカヅキも同感だった。次の一撃に全てを込める。今の彼に勝機があるとすれば、そこにしか無いと判断した。


 こんな状況下にも関わらず、いやこんな状況下だからこそ、ミカヅキは目を閉じて深呼吸した。


 そして、目を開いた。黄色い五芒星が輝く瞳が世界を見据える。


「光よ、紡げ――閃光」


 ――光速の一閃。レイの一番の速度を持つ一撃。

 満身創痍のミカヅキに躱わせるものでは無い。


 レイがミカヅキの位置に移動した瞬間、その目に捉えたのはミカヅキの姿――ではなく、斬りかかろうとしている自分の姿。すぐにそれが鏡だと理解する。レイが移動することが見えていたからこそ、創造できたもの。

 この後ろにミカヅキがいる。最後の足掻きと判断し、鏡に構わずに剣を振るい、横一文字の一閃。


 それがレイにとって最悪の選択となる。

 自分の置かれた状況を理解するのに、時間は要さなかった。


「――これは!」


 鏡はただの布石。本命はレイの周りに展開された無数の光の剣。それが何を意味するかなど聞くまでもない。

 文字通り全方位。隙間を逃げることなど不可能。なら斬り落とすまでと判断した、まさにその時。


 バチバチと何か弾けるような音が耳に届いた。


「行っけえぇぇぇ!」


 それはオヤジを殺した者の魔法。だが、心がどうとか、プライドがどうとかではない。

 ただ、ミカヅキは覚悟を決めたのだ。


 ――何に変えても、大切な人(ミーシャ)を守る。そのために、誰よりも強くなるんだ!


 だから勝つ。何が何でも勝って見せる。まだ、負けてないんだから。


 ミカヅキの手から放たれたのは、雷を纏った槍。剣に意識を割いていたレイに、正面から迫る。

 辛うじて弾き返すが、その後ろに追随したものはさすがに防ぎきれなかった。


 ミカヅキの棍棒だった。

 剣は振り切った。戻そうにも、間に合わない。――レイはこの時、不思議と笑みがこぼれた。


「――やられたぜ」


 ――激しい攻防の中、ついに決着がついた。


 ボロボロになりながらも、策を講したミカヅキの勝利となった。

 レイディアに言われた、次の行動への隙を減らすことを意識し、それが功を成した。


「ははははっ、お前にはやられたよ、ミカヅキ」


 負けたのはレイの方なのに、眩しいほどの清々しい笑顔を見せた。が、当のミカヅキは文字通り全身傷だらけ。右腕は血だらけで糸が切れた人形のようにぶら下がり、左手から左腕にかけては雷の槍を使った影響で火傷状態。

 誰が見てもわかるほどの重症である。加えて、許容以上の魔力を行使した影響で内部もボロボロと言う、極めて危険な状態にあった。


 敗北した者より、勝利した者の方が重症と言う、何とも不思議な光景で準決勝第一試合は終わった。




 ーーーーーーー




 王国の医務室。丸一日、目を覚まさなかったこともあって、いろんな人がお見舞いに来ていた。偶然にも、そのタイミングで僕は目を覚まし、今に至ると言うわけだ。


「みかづ――」


「アホか、貴様は」


 僕を見下しながらレイディアが開口一番に言った言葉だ。ミーシャが僕の名前を呼ぶのを遮ってまで、言ったことは罵りに他ならない。けど、何も言い返せません。


 無茶したのは僕自身も理解してるから、そう言われて当然だよね。


「みか――」


「でもよく勝てたもんだ、俺だって勝てなかったのによ」


「いや、貴様はまだまだなんだよ。だが、確かに勝利したこと“だけ”は認めてやろう。勝利したこと“だけ”はな。それ以外は愚かにも程がある」


 ヴァンの自虐に、ストレートにツッコミを入れるレイディア。せめてなんかフォローとかしても良かったんじゃない?

 証拠に、後ろで悔しがってるよ。しかも拳を握りしめて、今にも殴りかかりそうなんだけど。


「み――」


「とにかくだ。これからは今回みたいな無茶な戦いはできるだけするな。あまりやり過ぎると――死ぬぞ」


 無表情で言われたら実感わかないんだけど……。と苦笑を返しつつ、内心は重く捉えていた。

 知ってるよ。許容以上の魔力を行使すること、己の寿命を削ることと同じだってことぐらい。


 本来使うべきじゃないものを使った代償は、それなりに大きいのだ。言うなれば、関節を曲がらない方向に曲げているのと同じ。負担は相当なものになる。


「まぁ、貴様に自殺願望があるのならば話は別だが……。生きたいと思うなら、貴様だけでなく、貴様の周りの者のためにも考えるこったな」


 そう言い残してレイディアは部屋を出ていった。みんなも各々の思いを言ってから部屋を出る。

 一人を除いては。


「――もう何よっ、みんなして私の話を遮るんだから!」


「そうだね、見事に重なってたね」


 頬を膨らましてご機嫌斜めなミーシャを見て、どっと肩の力が抜けた気がした。別段緊張していた訳じゃない、けど、気を休めてはいなかったんだと思う。


 それはこの世界に順応してきているんだろう。嬉しいことなんだ、嬉しいことのはずなのに、寂しさも感じていた。

 理由は簡単。この世界に慣れれば慣れるほど、僕の知っている“日常”から離れていってるからだ。

 もとの世界に未練なんて無いはずなのに、胸にポッカリ穴が開いたような、なんとも言えない感覚が僕の中にあった。


 だから今、紡ごうとしている言葉は紛れもない僕の本心なんだろう。


「ねぇ、ミーシャ。僕は――」


 呼ばれたミーシャは「なに?」ときょとんとした表情を僕に向ける。


 ――良いのか? 本当にその先を言って良いのか?

 僕は多重人格者じゃない。でも、僕とは違う何かがそう問いかける。


 言うべきじゃない。すぐに答えは出た。でも答えは出ても、どうしても納得できなかった。

 だってそうじゃないか。僕が望んだわけじゃない。僕が欲したのは知識だ。あんな最低な人たちをどうにかできるほどの知識だ。

 だけど与えられたのは知識だけじゃなかった。欲を言えば僕の本当に求めた知識(もの)ですらない。


 ――傲慢だ。僕は傲慢で、レイディアの言うとおり愚か者だ。結局は誰かに頼ってばかりなんだ。あの葬式の時だって、真正面からぶつかることを避けて、僕は逃げたんだ。


「僕は――この世界に来て良かったのかな?」


 言ってしまった。すぐに言うべきじゃなかったと後悔が津波の如く押し寄せた。


 ミーシャは驚いて声も出せないようだ。

 ――やってしまった。失望させてしまったかもしれない。何を聞いているんだ……。


「そんなこと私がわかるわけないじゃない。でも、でもね、これだけは言える。私はミカヅキに会えて――嬉しかったよ」


 言葉と共に風が吹いた。いや、実際は室内だから風なんて吹くはずが無いのはわかってる。でもそう言い表すのが一番近いんだ。


 僕の悩みを吹き飛ばす風。ミーシャはそんな言葉を僕に言ってくれた。


「でも僕は弱いし、何もできないし、無茶ばかりするし――」


 ペシッ。渇いた音が聞こえた。僕の視界が右にずれる。

 ――痛い。頬なんかより、そうさせてしまったミーシャへの罪悪感で心が痛い、苦しい。

 そんな僕をよそに、ミーシャは子どもをあゆす母親のような優しく、そして包み込むような微笑みを浮かべ、赤くなる僕の頬に手をそっと寄せた。


「弱くちゃダメって誰が決めたの? ミカヅキが何もできないって、誰が決めたの? 確かに無茶ばかりするけど、けど……っ。ミカヅキは、少しずつだけどちゃんと強くなってる。レイに勝てたのが何よりの証拠じゃない。だから焦らなくて良いの、わかった?」


 途中で落ち着くためだろう、深呼吸してから話を続け、最後に人差し指を立てた手を揺らしながら確認してきた。


 込み上げる。止めどなく溢れだした。止める暇なんてどこにも無い。いや……そもそも止める気なんて無いのかもしれない。


「うん、うん……、ごめん……、ありがとう」


 ミーシャに抱き締められながら、僕は声を上げて――泣いた。


 また助けられたな……。




 ーーーーーーー





「レイ、貴様。最後の一撃……殺す気だったろ?」


 一瞬だけ驚いて、すぐに頬を掻きながらばつが悪そうに苦笑した。


「さすがにバレてたか。……ああ、あれだけは殺すつもりで斬った。本人は気づいてないし、結果は見ての通りだが」


 レイディアは諭すわけでもなく、怒るわけでもなく、ただ「そうか」の一言だけ返した。


「昔の俺に似てるんだよ。何に対してもまっすぐで、挫けたり立ち上がったりするのが早い忙しい奴。そんなバカみたいに自分だけで生きてると思ってる奴は嫌いだ。でも、ミカヅキは俺とは違って、ちゃんと周りに支えられてるんだって理解してる。だからこそ、自分も何かしないとって足掻いてる」


 ぎゅっと握りしめた拳を見つめるが、その目は拳を見てはいない。

 レイディアは聞かずとも彼が何を言わんとしているのかわかっている。が、それでも次の言葉を静かに待った。


「本当にすごいって思ったんだ。だけど、同時に悔しいとも思った。話を聞けば、あいつがもといた世界は平和なところだって言うじゃないか。そんな奴に俺は負けたのかって……。今思えば、認めたくないとか、気を紛らわしたいとか、そんな大人げない理由だったんだ、笑えてくるよ」


「ふっ、似た者同士が。お主らはまったくアホだな。自分より能力が勝る者に嫉妬するなんて誰にでもあること、むしろあるべきだと私は思う。それで己自身と向き合えるじゃないか。まぁそれが難しくとも、少なくとも己の力量は見えていることを意味しているんだ。ならば次に何をするべきか……」


 言いながら身を翻し、立ち去ろうとする。レイは呆然としていたが、はっとしてレイディアを呼び止めた。


「なら……なら俺は、間違ってなかったのか……?」


「知らん。そんなもの、これからのお主がどうするかで変わる。答えを焦るな、騎士団長。らしくねぇ顔を見せるな。己の立場を忘れたか?」


 今度こそレイディアは立ち去った。

 レイは衝撃を受けていた。愚かだと思った行動を、否定も肯定もされなかったと言うのに、不思議と救われた気がしたからだ。


「俺はミカヅキが――眩しかったんだ」


 これだけは間違いない。と胸に秘めながら、レイディアとは逆の方へと足を進めた。


 ――そして、レイディアは誰に言うわけでもなく、ため息混じりに独りでに呟く。


「無意識なんだろうな。はた面倒な心意気だよ、お主らは――死に場所を探してるなんて、愚か者どもだ」


 本人たちは気づいていない、心の奥底に秘められて、本来ならば他者が気づくはずが無い部分。彼の目は、それを見逃してはいなかった。

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