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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第六章 武道大会開催
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五十九回目『戦場』

 まさに一瞬の攻防と言うべきか。

 ミカヅキは動きが見えた訳ではないが、何が起きたのかは想像できた。


 観客たちも、「見えたか?」などの問答を至るところで繰り広げている。


 ミカヅキもわかるほどの隙がレイディアに生じ、そこをアルフォンスがついた。天才と称される彼が動いたのだから、正真正銘、隙が生まれていたことに違いはない。

 だが、結果から言えばアルフォンスの攻撃は防がれ、反撃を受けたのだ。そして、膝をついたのはアルフォンスだった。


「やるようになったな」


 レイディアは素直に称賛した。――手から血を流しながら。

 アルフォンスの一撃を片手で受け止め、余った方の片手で反撃したと言う荒業をして見せた。さすがのレイディアとて、アルフォンスの最後の一撃は無傷で防ぐことはできなかったのだ。


 その結果、あのレイディアに“傷を負わせる”ことができた。彼に傷を与えた人物は数える程度しかいない。その一人に、新たに加わったのだ。


 観客にはアルフォンスが姿を現したと思ったら、突然膝をついたのだから、まさに理解が追い付かなかったことだろう。


「悔しいけど……ボクの負けだよ」


 レイディアを見上げながら自らの敗北を宣言した。


「なかなか危なかった。よくここまで腕を上げたものだ」


「おにぃにはまだまだ追い付けないよ。どれだけ遠いんだか……」


「私は簡単には負けられんよ。何者であろうと、私は負けるつもりはないさ」


 レイディアは手を差しのべ、アルフォンスもその手を掴んで立ち上がる。それは自然とお互いを認め、握手をする構図となった。


 こうしてレイディアの初戦は見事に勝利で終わった。




 ーーーーーーー




 ミカヅキは二人の戦いに終始目を離せなかった。

 動きの速さもそうだが、秒単位で変わっていく戦況を二人とも正確に理解し、さらには利用してすらいた。


 特にミカヅキが目を疑ったのは、レイディアの雷の剣を受け流して隙へと繋げたことだ。

 あれはあの攻防の中で、結界に入ったわずかのヒビを見逃していなかったことを意味する。防ぐだけではなく、次への機転を考え、利用できるものをしっかりと見定めていたからできることだと。


 加えて自分の位置を簡単に知られないように、身代わりも用意していたことにも驚いた。


 目を閉じてイメージする。あの状況を。そして考える。僕ならどうしたかと。あの状況をどうやって崩すことができたかを。


 あくまで今回の試合のイメージでだが、今のミカヅキならあの段階までは行けた。が、最後のレイディアの反撃だけどうしてもわからない。わからないは防げないを意味する。


 何が起きたかを結果から予想しても、実際は見えなかった(・・・・・・)ものを断言はできない。

 視力や角度の問題じゃなく、単純に速かったのだ。捉えることができなかったが正しい表現だ。


 文字通り一瞬で、過程ではなく結果だけがそこにはあった。


「――いつまで考え込んでんだ?」


 誰かに声をかけられて気づく。試合が終わり、辺りには観客はおらずたった一人自分だけになっていたことに。


「あ、すみません。気になることが……って、レイディア!?」


 顔を上げると、そこには考え込む原因となった人物が自分を見下ろしていた。張本人に話しかけられるとは思ってなかった。


 ――でも、ちょうど良い。


「レイディア、一つ訊きた――」


「そうか、ベストタイミングと言うやつか。熱心なことで何より、それでは行くぞ」


 何処に行くのか、とクエスチョンマークを浮かべていると、かくもあっさりと目的地を教えてくれた。


「前線だ」


 ミカヅキはため息をつく。レイディアはこういう人だ、と半ば諦めの意味を込めて……。




 ーーーーーーー




 現在地、ファーレンブルク神王国の国境の町ウェンドック……から少し離れた荒野。

 ここは神王国領の外になる。


「何もこんな時に行かなくても!」


 言われた直後はあれだったけど、よくよく考えてみるとおかしくないか。なんでいきなり前線に行くことになったんだ?

 ここまで着いてきて今更な気がしたが、言わずにはいられなかった。


「何を言ってるんだ。こんな時だからこそ行くんだよ」


 レイディアに連れられて来たのは、小国同士の戦闘が始まろうとしている場所。目で見える距離に、敵らしき姿がずらっと並んでいた。

 いきなり帝国と戦うのは難しいから、ここで慣らしておけとのこと。


 いやいやいやいや。慣れは必要だと思うけど、いきなり前線に出す指揮官があるか!


「なぁ少年。貴様は何のために戦うことを決めたんだ? 大切なものを守るためだろう? ならば迷うことなど許されないんだ。迷い、それは同時に大切なものを失うことを意味する。まぁ、その程度の覚悟なら回れ右で帰っても構わん。誰も止めはせんさ」


 わざと煽るように言われているのがわかった。だからこそ余計に腹が立った。そうさせている自分にだ。

 レイディアがそんな細かいことを気にするような性格じゃないのは、今まで接してきて何となく予想がつく。


「すぅー、ふぅー」


 心を鎮めるために深呼吸を何度もやった。


 ――ここは戦場だ。殺らなきゃ殺られるんだ。


 そう考えるとやはりまだ手が震える。当たり前じゃないか、僕はついこの間まではただの学生だったんだ。

 怖くなるのは仕方ないじゃないか、足がすくむなんて当然じゃないか。


 思考がまとまらず、同じ事をぐるぐるとさせていると、肩にポンと手を置かれた。


「力みすぎだ。ったく、貴様は集中すれば凄いのに、そうじゃなければ全くだな。だが気負うことはない。ほとんどが初陣では同じようになる。そして、自身の本領を発揮できないまま死んでしまう」


 あっけらかんとした表情でそんなこと言われても、逆に力が入るんだけど!


「死ぬ時は誰だって死ぬんだよ。この私ですら、いつ死ぬかなんて……。死は平等だ、なんて言い得て妙だ。でも間違っているとは思えない。何者にも終わりは来る。我々人に寿命があるように、この世界にだって、いつかは終わりが来るだろう」


 両手を左右に広げ、僕と向き合うように体の向きを変えた。


「なら我々にできることは何か。“今”と言う時を与えられているのならば、我々は何をするべきだろうか。それこそ人の数だけ導き出せるものがあるはずだ。まぁつまりだ、言いたいことは変わらない。己の選択は、己自身にしかできないってことだ」


 変わらない。それが僕が一番最初に抱いた感想だ。

 レイディアはどこまで行ってもレイディアなのだと。今まで何度も思ってきた。当然、これからも思うだろう。その度に僕は救われている気がするから。


 今は帝王の気まぐれで戦争はまだ(・・)起きていない。今の帝国が本気を出せば、世界全体が戦場になる。オヤジみたいにたくさんの人が殺されてしまう。

 それだけは嫌だ。僕と同じ思いをする人を、少しでも減らすために決めたはずだ。


「僕は戦う、戦かってやる。でも、僕は……僕には、誰かの命を奪うことはできない。甘いかもしれないけど、これだけは譲れないんだ!」


 迷いを払拭するかの如く、レイディアの目をまっすぐ見ながら言った。

 レイディアも視線をずらすこと無く、僕の熱意を真正面から受け止める。ついでゆっくりと息を吸った。

 何か怒鳴られるかと少し身構えてしまう。


「知ってたけど、やはりはた面倒な。やればいい、やれるものならやって見せろ。貴様の覚悟を証明して見せろ!」


 ――直後、小国の争いは始まり、乱入者として僕たちは戦場に降り立った。


 数は両国合わせて三千人ほど。レイディアにとっては気にするまでも無いだろうが、僕に余裕などあるはずがない。


 次々と振り下ろされる剣を受け止めたり受け流したりして反撃する……できるときは。まるで単純作業のように繰り返される行程を、数えられないほど繰り返す。

 時には弓矢や火の球やその他もろもろが飛んできたりもした。


 ほぼほぼ防ぐので手一杯の僕と違って、レイディアの進行は止まらない。攻撃を軽くいなし、反撃する。最低限の動きで華麗に動くその姿はまるで、舞いを舞っているかのような、どこか美しくも思えた。これが蝶のように舞い、蜂のように刺すってことなんだろう。


 敵の攻撃は受けず、自らの攻撃を当て即座に終わらせる。だが、今回の戦いは牽制に過ぎないため、決して殺すことはしない。良くも悪くも僕には都合が良かった。

 思わず目を奪われてしまうが、今はそんな時ではない。


「まずは貴様からだぁ――ばふぁっ!」


 と僕の方に多くやって来るのは、単純に弱そうに見えるからだそうだ。相手より先に黒く大きい拳を造り、そのまま正面からぶつけた。

 アイバルテイクさんの『魔神拳』を参考にしたもの。



 こんなにたくさんの人数を相手にするのは初めてだけど、焦らずに落ち着いて対応することを重視した。そのおかげなのか、小さな傷はあれど致命傷は受けていない。


 でも、相手の動きの“先が見えている”のが、一番大きいのは確かだ。


 じゃなきゃ、こんな一度に複数の方向から来る攻撃なんて、悔しいけど今の僕じゃ防ぎきれない。

 それに全部が全部自分だけで防いでいるわけでも無かった。

 空中でさっきから何度も爆発音が聞こえていた。僕は何もしていないのにだ。つまりは、レイディアが遠距離から攻撃を代わりに対処してくれていた。


「――っ」


 再び見える先の攻撃。三方向からほぼ同時。


 まずは正面から斬りかかる。棍棒のリーチを活かして突きを腹に食らわす。


 次に後ろから剣の先端をこちらに向けて突進してきた。すぐに振り向いて棍棒で剣の軌道をずらして、横腹に蹴りをお見舞いする。――武器になるものは何でも使う。これはオヤジから教わった大切なことだ。


 最後は中距離程度からの魔法攻撃。正確には一方向ではなく、複数の方向からの波状攻撃だ。魔法が発動する順番を覚え、同じ順番で『創造の力(アーク)』で造り出した剣を放った。


 うまく発動して放たれる瞬間に着弾、着剣して爆発を起こす。破片が術者に当たらないように、爆発と同時に消滅させた。



 ここに来て敵の何人かが後退りし始める。


 ――そのまま退いてくれ。


 密かにそんなことを考える。別にレイディアにバレても大丈夫だろうけど、何となく知られない方が良いと思った。

 理屈じゃなくて、感覚的にと言うやつだ。


 そんな僕の願いが通じたのか、両国とも撤退を始めた。


 レイディアはそれを見ると、こちらも撤退の合図をする。これが本来の戦場なら追撃するところだけど、今回は主の目的が別だからその必要は無い。



 かくして、僕の初陣のような戦場体験は、偶然にも軽症で終わりを告げた。




 ーーーーーーー




 すっかり夕焼けが見える頃、僕たちは戦場から帰宅中。


「レイディア、さっきはありがとう。戦場で僕をずっとフォローしてくれて……」


「自分より弱き者を守るのが騎士だからな。なんてそんなことは気にする必要ない。やって当然のことをしただけだからな。貴様とていずれはこちら側に立てる。少なくともその素質(・・)はある」


 表情が一瞬だけ曇る。どうしたのか気になったけど、すぐに話題は別のものに変わった。


「まぁ、ようやくましな動きができるようになってきたことは褒めてやるよ。だが、まだ一つ一つの動きに無駄が多い。代表的なのは蹴りだな」


「そ、そんなに無駄だらけかな……?」


 とりあえず首を傾げてみる。本当に考えてみるも、思い当たる節が無い。蹴りの威力? 角度? 考えれば考えるほどわからなくなってくる。


 左右にこくりこくりと首を傾げる僕を見て、レイディアはふっと鼻で笑って教えてくれた。


「自分の体を使うようになったのは良い。が、使おうとするあまり、次の行動へのラグが大きい。簡単に言うと、動きが遅いから隙を自分で生んでるんだ。今回は相手が本格的な騎士では無かったことが救いだったが、うちの騎士団員なら二十二、いや二十三回は殺してる」


 思い出すように視線をずらしながら衝撃的な事実を口にする。


 笑えない。顔がひきつるのが自分でもわかった。

 実際は軽症で済んだけど、単純に運が良かっただけ。いいや、そうじゃない。そんな運が良いと思える戦場をレイディアは敢えて選んだんだ。戦場に慣れさせることと、今の僕の実力を教えるために。


 と言うか、あの戦いの中、僕の動きまでちゃんと見てたってこと?

 どんな目をしてるんだ……。


「いかに速く動けるか、次に移せるか。次はそこを重点的にやってみれば良いんじゃないか。まぁ、わからないことがあったら訊きに来れば良いさ。教えないかもだがな」


「う、うん。まずは自分で考えて試してみるよ」


 最後の一言に苦笑した。すぐに頼るんじゃなくて、まずは自分なりに考えてから、訊きに来いと言うことだろう。あとは他の人に訊くことも必要の意味も込められているはず。


 単純に面倒だからと言う気もしなくはないけど、考えないことにしよう。



 ――それから帰った僕たちを待っていたのは二つの人影。ソフィ様とミーシャだった。

 なぜか背中に冷や汗が流れる。その予感は的中し、レイディアが「やばっ」と身を翻したと思ったら、ソフィ様に名を呼ばれて硬直した。


「――どこに行くの?」


 顔はいつもの優しい微笑みなのに、目だけが確実に笑ってない。レイディアのおまけに僕まで動けなくなってしまう。


 ソフィ様のこともそうだけど、ミーシャは顔すら笑ってない。何とも目を合わせたら終わりな気がした。


 ――この後二人でものすごく怒られました。戦場に自ら行くなんて何を考えているのか、と。特に今回の原因であるレイディアは僕より責められて、参ったなと言わんばかりに苦笑していたのが印象に残っている。

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