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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第六章 武道大会開催
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五十七回目『そんなものじゃない』

「――オレは元奴隷なんだ」


 試合が終わってから「話がある」と呼び出され着いていった先で語られたのは、僕が口を開けて驚くほどの事実だった。


 開いた口が塞がらない僕と違って、語った本人は平然としている。


 奴隷――人間としての権利や自由が認められず、道具のように主の所有物として使われる人間。

 三大国では、奴隷売買を禁止している。昔はあったらしいが、非人道的として撤廃したらしい。だが、裏社会では今もまだ奴隷売買が行われている。それに小国では首輪を着けた人も普通に見かけ、虐げられているのが日常なところもあった。


 歴史を調べていた時に、少しだけ目にしたことがある。その言葉を聞くだけで苛立ちで冷静でいられなくなる。けど、話を聞く身としては、そう言うわけにはいかないので深呼吸をして落ち着かせた。


「ふぅー。そうだったんだ。でも、どうしてそれを僕に話したの?」


 同情なんてしたところでかえって迷惑なだけだ。人によって違うと思うけど、僕は気になったことを質問することにした。純粋に疑問に感じたことと、これが僕なりにできる唯一の配慮だと思ったから。


「悪いな、気を遣わせてしまったか。気にすることはねぇさ。オレは……いや、オレたちはレイディアに救われたんだ」


「レイディアに救われた?」


 苦笑するダイキの話を馬鹿の一つ覚えのように復唱してしまう。でも、レイディアと元奴隷のダイキにどんな関係があるのか。


「あんただって聞いてると思うんだがな、まあいいや。レイディアが各国から集めた奴隷たちが、人並みの生活ができるようにって村を作ってくれたんだ」


 レイディアならやりかねない。


 それにしても奴隷たちのための村だなんて、どうやって作ったのかが気になる。実際の村作りなんてどうするか知らないし、奴隷の実態も詳しくは知らない。でも、国である以上、ある程度の国民への説明が必要になるはず。


「あ――」


 久しぶりに来た、流れ込んでくる知識。



 ――言い出したのはレイディアで、ソフィ様が賛同する形で実行に移したわけか。


 世界中で売買されている奴隷たちをレイディアが買い集めて、ソフィ様の転移魔法で村まで移動させる。


 驚くべき提案にはレイディアなりの理由があるはずだけど、感情や考えの部分までは僕の特有魔法ではわからない。無意味なことをするような人じゃないし。


 とにもかくにも、口で説明するより簡単じゃなかったらしい。まずは、村を作る場所の確保や、住む家やその他もろもろを作るための資材確保。次に奴隷商の居場所。彼らは国の上層部に見つからないために、隠れて商売をしていることもあり、見つけるだけでも一苦労だ。

 加えて奴隷によっては値が張ることもある。が、レイディアがかなりの大金にも関わらず、どこからともなく用意してきたとのこと。方法までは”レイディアに関する知識”に分類されるようで、知ることは残念ながらできなかった。


 次々と問題が上がっては解決しを繰り返して、今ではレイディアが管理していると言うわけだ。

 国民に対しては『レイディアの村』と呼ばれているが、ほんの一部の人しか入ることはおろか、干渉することも禁じている。「不快な思いをさせて申し訳ない」と発表の場にて、あのレイディアが頭を下げたらしいのだから、よほど慎重かつ大切にしているのがわかる。

 そんな事情もあり、村のことは外部に漏れないようにとされている。でも、村の外に出ていれば干渉、つまりは話しても大丈夫のようだ。ダイキが僕と話せるのはそのおかげ。


 ん? 外部にってことは僕もじゃ……。



 今もまだ不定期に奴隷を村に迎え入れている。時々いつも以上に眠たそうにしていた理由の一つらしく、いったいどれだけのことをやれば気が済むんだと言いたい。



 レイディア・オーディンのことを知れば知るほど、近くなるどころか遠くなっていく。一個理解できたとしたら、十個はわからないことが出てくる。

 疑問に思ってしまう、どうしてそこまで頑張るのかと。もしかしたら本人に“頑張っている”なんて考えは無いのかもしれない。


 歴史上の偉大な人物は、ただひたすらに上なら上をただ一点を目指した。

 理由は人物によって様々だ。野望、願望、償いなど数え始めたらキリがない。レイディアのその部分を知れば、もっと近づくことができるのだろうか?


 どうだろうか。今はまだ、わからない方が良いとさえ思えてくる。だって、まだ僕は自分のことで精一杯で、誰かを支えることなんてできなくて、支えられてばかりなんだ。


 レイのおかげで、ミーシャの支えになってることを知れたけど、まだ足りないんだ。それくらいは僕にだってわかる。


「――キ。――ヅキ、おい、ミカヅキ!」


「な、やに!?」


 突然大きな声で呼ばれて、驚いて変な返事をしてしまう。どうやら考え事に没頭して、呼ばれていることに気づかなかったと見る。


「気にするなって言ったそばからこれだ。レイディアが言ってたことがわかったよ」


「え、なんて言ってたの……?」


「思考大好き少年だって。確かにぴったりだ」


 ニヤッといたずらをした子どものような無邪気な表情になった。それがまだ自分より年下なんだと改めて理解させる。

 あと、レイディアの僕への印象はなんとなくわかったよ。


「ねぇ、訊きたいことがあるんだけど……」


「なんだ? オレの答えられる範囲で頼むぜ」


「そんな難しいことじゃない。あー、いや、人によっては難しいかもしれないけど。あんなに強いってことは、ダイキも帝国と戦うの?」


 僕よりも年下の、まだ中学生くらいの子どもまでも戦おうとしているのか、気になって仕方がなかった。

 自分が迷ってばかりいるから、後押しになる何かが欲しかっただけかもしれない。それを抜きにしても知りたかった。――戦う理由を。


 困ったように頭を掻きながら仕方なさそうに答えてくれた。


「そんなことかよ。身構えるから、もっと難解かと思ってたのに。答えはイエスだ。そもそもな、オレが戦いたくないとか戦争に巻き込まれたくないとか考えていても、奴らにとっちゃそんな都合なんて関係ない。仲間でなければ全ては敵。敵は殺すか道具として利用する、それだけなんだよ」


「そんなのって――」


「残酷とでも言いたいのか? やっぱりあんたはあまあまのお子さまだなぁ……。オレはあんたがいた、異世界ってのがどんな場所なのかなんて全く知らない。まぁ、そんなあまあまな考えが出きるほど“平和”だってのはわかる。でもな、残酷だろうが非道だろうが、これがこの世界の常識なんだ」


 何も言い返せなかった。僕の世界にだって戦争はあったし、外国では未だに続いているところもある。なのにどこか遠い場所のことなんだって考えないようにしてた。そもそも考えることなんてしてなかった。


 空に浮かぶ雲のように、山にある森のように、それが当然なんだって決めつけていた。

 ここにいる僕は関係ない。何かをする必要なんか無いんだって。


 できることがあったかもしれない。何かを変えることができたかもしれない。

 そう理解しながらも、自分のことで必死になって、もっと広い場所のことまで……。――言い訳ならいくらでも出てくる。

 平和な時間は終わったんだ。


「あんたは食べ物が無くて飢え死にしそうになったことはあるか? 意味もなく暴力を振るわれたことは? 仲間だと思っていたやつに裏切られる悔しさが、あんたにわかるか? そいつだって仕方がなかったんだ、生きるために、大切なものを守るためにやったこと。わかるからこそ余計に腹が立つなんて経験、あんたはしたことがあるのか?」


 いてもたってもいられず、思わずダイキから目をそらした。一つたりとも頷くことができなかった。

 生きるために必要なものが不足したことなんて無い僕には、幼い頃から奴隷として生きてきた人の気持ちなんて、想像することすらおこがましいと感じた。


「なら、目の前で大切なものを、何もできずに奪われたことは?」


 唯一、頷けること。何もできなかった。砂のようにこぼれ落ちていった大切な家族。

 だからと言って胸を張って頷きはしない。できるわけがない。あの時の光景が、離れること無いあの瞬間が甦り、自然と拳に力が入る。


 ダイキは僕のその様子に気づいていたけど、考えがあるのか話を続けた。


「希望なんて持つだけ無駄だと、夢なんて抱くだけ損だと思っていたオレたちを、暗くて最低な場所から引っ張り出してくれたのが――レイディアなんだ。……そりゃあ、最初はもちろん信用してなかった」


 表情から伝わってくるレイディアに対しての信頼に、見てるこっちまで恥ずかしくなる。


「抗ったり、差し出された手を振り払ってばっかりだった。時には物を投げつけたりして怪我させたり、村から逃げたりもした。なのに、そんな仕打ちを受けたのに、あの人はオレたちを絶対に見限ることは無かったんだ。血を流しながら、嫌な夢でも見たのか? なんて微笑みかけてくれた」


 話を聞くだけで情景が浮かんでくる。奴隷だったダイキたちの辛さなんて想像できないけど、そんな状況で真正面から対等に接してくれる人がいたら、信じたいと思えるはずだ。


 視界が歪んだ。

 目から溢れたそれは当たり前のように頬に筋を作った。


「だから少しずつだけど、オレたちの方からも歩み寄ってみたんだ。そしたらレイディアと来たら、子どものように喜んだんだ。本当に嬉しそうに、微笑みながら――ありがとう、って言われてオレたちは恥じも忘れて大泣きしたよ。……ちょうど、今のあんたみたいにな」


 ぐすんと鼻をすする。恥ずかしながら、涙腺が緩んでしまった。拭いても拭いても止まらない。

 何であんたが泣いてんだよ、とダイキは少し引きぎみで苦笑していた。


「だって、何か、話を聴いてたら勝手に出てきたんだよぉ……」


 あとで思い出したら恥ずかしくなるなと頭の隅で思いながら、顔を上げて前を見据える。すると、その時の光景が目の前に広がっていた。


 ――あぁ、なんて温かいんだろう。泣いているのに、悲しみより嬉しさを感じる。


「ミカヅキ、あんた、瞳が……!」


 自分では気づいていなかったが、左目だけ星が浮かび上がり、青白く淡い光を放っていたらしい。

 今見える光景と関係していると思うけど、こんな魔法は覚えていない。……勝手に発動したってこと? 感情が昂ったのに呼応して、知らない魔法が呼び覚まされたわけか。


 ――戸惑うダイキに今見えている光景を説明すると、目を見開いて驚愕した。まさに話に出た時のもので間違いないと言ったのだ。


「あんたの特有魔法(ランク)は、知識を得るだけのやつで、情景を見るものじゃないんだろ?」


「うん。僕もこんなのは初めてだよ」


 二人で困惑してても仕方ない。なので二人で相談した結果、わかりそうな人に訊くのが一番となり、適任者に会いに行った。




 ーーーーーーー




 そう、忙しくても話を聞いてくれそうな博識な人に。

 現在地、神王国城の客間。


「で、私のもとに来たと……馬鹿だな」


「良いんじゃない? 訳がわからず困惑している時に、わざわざ会いに来るなんて信頼されてる証拠でしょ?」


 盛大にため息と悪態を同時につくレイディアに、優しい微笑みを浮かべながら僕たちのフォローをしてくれるソフィ様。


 正直、こんなことになるとは思ってませんでした。まさかソフィ様まで同席してくださるなんて、なんだか緊張してしまう。

 うまく説明できないけど、謎めいた大人の魅力を感じさせつつも、どことなく幼い子どものような愛らしさを持つ……みたいな。


 ダイキも僕と同じように固くなっているようだ。軽い気持ちで来たのに、まさか自分の国の姫様をこんな間近で見れるだなんて考えてなかったんだろうな。僕もだけど……。

 ただでさえ、ソフィ様は国民からカリスマ的な人気、支持を得ているんだ。こうなるのも頷ける。

 だから勝てる見込みが薄くても、景品を求めて国民が参加したんだろう。


「まぁいい。聞いた話から推測できるのは、お主らが考えたようにミカヅキの特有魔法、『|知識を征す者《ノーブル・オーダー》』の効果だろう。少し先の“未来を見る”ことが引き金になり、ダイキの話による感極まった状態が発動を促したと考えるのが妥当だろう」


「そんなことが、気持ちが魔法を新しい魔法を発動させることなんてあるの?」


 いやなんで、まるでゴミを見るような目で見るの? 気になったから訊いただけなのに、そんな顔しなくたって良いじゃないか。


「レイディアの言いたいことはわかるけど、ミカヅキさんは“魔法”と言うものがどういうものか完全に理解できてないと思う。良い機会だし、説明して上げても良いでしょ?」


 多少の不満は表情から察したが、レイディアとてソフィ様の言葉には逆らうことは無かった。ものすごく不満そうだけど。


「なら問おう。ミカヅキ、ダイキ。お主らは、魔法とはどんなものだと思っている?」


「神秘的なとか、超常的な力」


「便利なもの」


 僕が先で、続けてダイキがふわっとした印象を答える。ふっと鼻で笑われた。

 正解では無いにしろ、不正解でも無いと思うんだけど、どうして呆れた表情を僕たちに向けるのか……。


「ミカヅキ、いかにもなことを言ってくれたな。ダイキの言う通り便利なものかもしれないが、使うことが(・・・・・)できれば(・・・・)の話だ。その点では剣や槍と同じだ。てかダイキ、貴様……まぁいい」


 掌の上に、プロジェクターのように小さい武器を出したり消したりして、何か言いたげな表情をため息をつきながらすぐに崩す。と言うか、どれだけため息をつくんだ……。これじゃ幸せが逃げ放題じゃないか。


「ミカヅキは知識は持っていても、知恵は持っていないみたいだな。ともかく、魔法なんてものは神秘的でも、ましてや超常的なものではない。——純粋にして単なる力だ」


 わけもわからずポカンとしてしまう。急に馬鹿にされたと思ったら、魔法はただの力だなんて言われたら誰だってこうなるよ。僕は目の前で、他ならない魔法でオヤジを殺されたんだぞ。レイディアが言うように、剣や槍と同じならオヤジは死ななかったはずだ。


 憤慨しそうになるのを抑え、歯を食いしばった。


 そんな僕の心境を見越してか、レイディアの視線が僕の目に定まった。

 一番近いのは、恐らく金縛り。射竦められるとはこういうことなんだ。いつもとは文字通り、目に見えて違う雰囲気。長くは無い僕の人生でここまでの恐怖は感じたことが……一度だけある。


「何を怖がる。私はお主らの質問に捕捉を加えているだけなのだが? 怒ると思ったら怖がるとは、私も案外嫌われたものだな」


「今更気づいたの?」


 空気が凍り付いた。レイディアもまさかの発言に、驚愕のあまり固まっている。ソフィ様は何食わぬ顔でそんなレイディアを見つめていた。


「ったく、いい性格してるぜ。……話がずれたな。ともかく火を起こすなら木があればできる。水なんて地面から湧いて出る。風なんて外に出れば感じられる。それと魔法の何が違うのか——っとすまない、少し席を外す」


 そう言って立ち上がり、頭の横に片手を当てて何やら呟いきながら部屋を出た。恐らく脳内言語伝達魔法(テレパシー)だろう。遠くの人とも話ができる電話みたいな魔法。


「レイディアは相変わらず不器用なんだから。あの人が言いたいのは、魔法はあなたが思うほど素晴らしいものじゃないと言うこと。回復魔法は傷を癒すことができるけど、最終的に治すのその人の体」


 そこで一度話を止めて、一呼吸置いてから続けた。


「そして、魔法では死者を蘇らせることはできない。理由はわかってないんだけど……。そうね、例えば、弓矢で一人倒せれば、魔法は百人を倒せる。この意味が分かる、ミカヅキくん?」


「正直、よくわかりません。僕の世界では、この世界ほど戦争が身近ではなかったので、今でも時々信じられなくなることがあります。でも、目が覚めて、ミーシャ……姫の顔を見て夢じゃないんだって改めて気づくんです。そんな僕には、この世界の常識はあまりわかりません。だから僕は、使いようによってはその逆も可能なんだって思います」


 よく言う偽善なのかもしれないけど、そんなことを気にしてたら、大切な人を守ることなんてできないもの。

 僕の返答に少し考え込むような素振りを見せ、ほっとした表情でダイキに視線を移した。


「あなたが彼に教えた理由がわかったわ」


 この言葉でダイキが僕に村の話をしてくれたのは、気まぐれでないことを察せた。どんな理由か気になるんだけど、ここで訊くのも場違いな気がするのでまた今度にしよう。


「よかった、オレの目は間違ってなかったみたいで安心しました」


 ダイキって敬語使えたの!? と心の中でツッコんでみたが、そう言えば話の最初らへんは固くなってたことを思い出す。


 この後も魔法について改めて詳しく教えてもらえた。

 しばらくして、「今日はここまで」とレイディアは戻らないままお開きとなった。いったい、何があったのだろうか。連絡を受けた時、気のせいかと思うほど一瞬だったけど、すごく機嫌が悪そうな表情をしたように見えたのが気になる。


「やっぱり気になる!」


 胸に引っかかる感覚のせいにして、レイディアを探すことにした。

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