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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第六章 武道大会開催
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五十六回目『一回戦終了』

 ——これは、攻撃が先読みされている?


 ダイキは、ミカヅキの瞳が光った時から感じていた違和感の正体に感づき始めた。ただの攻撃ではなく、フェイントすら防いで見せてくれる。

 歴戦の猛者が見せる予測かと思ったが、そんな類いのものじゃない。

 ——明らかに、“見えている”のだ。


「だが、それがどうした?」


 未来が見えていようと何だろうと、防げないようにすれば問題はない。半ば無謀とも言える強行手段に移るには相応の理由がある。

 魔力と体力の限界だ。

 それはお互い様のようで、ミカヅキも顔色が良くはない上に、額に汗を浮かべている。このまま無作為に続ければ限界が来て仲良く引き分けだ。そんなことを受け入れて良いはずが無い。


「ミカヅキ、一つ提案がある」


 そう言ってダイキは距離を取った。ミカヅキは追うことはしない。攻撃が見えているても、体にかかる負担は変わらない。後か先かの違いだ。

 休めるときに休んでおく。冷静さを欠いていない証拠だ。同時に負けるつもりもない意思表示にもなっている。


「なんだ、提案って」


「お互い、体力の限界は近い。次で最後にしないか?」


 ニヤッと口角をあげながら妥当な案を提示してきた。

 少し悩むも、相手に限界を悟られている時点で不利なのは理解する。他に突破口が無いか考えた上で判断した。


「良いよっ。その提案、乗った!」


「そう言うと思ったぜ」


 満足そうな笑みを浮かべて武器を構える。それに倣ってミカヅキも構えた。


 誰かの息を呑む音が聞こえるほどの沈黙が会場を包む。


 ザッと音を立てて地面を蹴り、舞台の中心へと跳ぶ。お互いの武器が交わり、音が放たれる刹那。ダイキは驚愕した。

 ミカヅキは見事なまでに華麗に、彼の武器だけではなく体ごとひらりと身を躱わして背後についた。しかし突進の勢いが消えるはずもない。そのはずだった。


「おおぉぉぉぉりゃあぁぁぁぁあ!」


 ダンッと音を立て力強く地面を蹴り、無理やり勢いを打ち消して方向転換を果たした。次にやることはただ一つ。


「――ははっ、無茶するぜ」


 呟くも束の間。背中からホームランな一撃を食らって地面を転がった。


 ミカヅキの初戦は見事、彼の勝利で幕を閉じた。




 ーーーーーーー




 ミカヅキが勝利したのと時同じくして、レイディアは城下町の路地裏に来て足を止めていた。


「気づいているのに声をかけないなんて、相変わらず人が悪い」


「おや、いたのか。それよりフードなんか被って、貴様は何しに来たんだ?」


 背後からした声に驚くことも振り返りもせずに、平然とした様子で返事する。彼は確かに背後の者の存在にとっくの前に気づいていた。気づいていながら、あえて何もせずにここまで来たのだ。


 後ろを見ずにフードを被っているのかを当てた理由は、声がほんの僅かにこもっているように聞こえたからである。ちなみに声からして、怪しいフードは男性のようだ。


「そんなこと、教えると思っているのか? あんたのことだ、どうせわかっているんだろう?」


 さしもフード男も、レイディアの指摘に驚くどころか笑って見せる。

 レイディアはため息をついて、面倒くさそうな表情になった。他の者なら作戦などと考えられるが、フード男には相変わらず背中を向けていることから、本当に本心の表情だと思われる。


「ああ、知ってるとも。私は大抵のことは知っているさ。例えば、お主がなぜ、ここ(・・)にいるか、とかな」


「……だからオレはあんたが嫌いだ。そうやって何でも知りながら、オレたちに全てを教えることは決してない。ほとんどを自分の腹にしまいこんで、傍観者気取りで何もしない! あんたが教えてさえいてくれれば、あいつは死なずに済んだんだ」


「笑わせるなよ。貴様はそうやって真実から逃げてきた。だからこの場にいるのだろう。故に教えてやる」


 先ほどとは違い、真面目な表情で振り向いて宣言した。


「貴様は、今のあいつより弱い。貴様がいくら力を手に入れようと、あいつには勝てんさ。……話はここまでだ、即刻立ち去れ。ここに貴様の居場所など無い」


 さすがに怒りを抑えきれなかったのか、どこからともなく槍を取り出して斬りかかる。路地の狭さにも対応できるように、比較的短い槍を選んでいた。

 しかし相手は騎士王ともほぼ互角に渡り合えるレイディア。相手が悪いとはまさにこの事。


「――衝波」


 言葉が聞こえたその刹那、フード男の体はくの字で後ろに吹き飛ばされていた。

 攻撃が当たるより速く距離を詰め、腹に衝撃波を放ったのだ。レイディアは追撃することなく、壁にめり込んで無様なフード男を冷めた目で見つめていた。


「ぐぅ、がふぁっ……。なめやがって……」


「確かに加減はした。だが、貴様をなめているからではない。私が“全力”を出したら、すぐに死んでしまうからだ。まぁ他にも理由はあるが、今言ってもわからんだろう。仕方ない、少しだけ見せてやるよ、私の“全力”を――」


 フード男は目の前に立つ者が何者なのか思い知らされる。

 空気が重い。いや、正確には重いわけではなく、感じているだけに過ぎない。彼らの周りの空気中のマナが震え、上に行く力ではなく下に行く力のみを感じているからこそ、重さとして認識してしまっているのだ。


 ここまで直接的に重さとして感じるのは、簡単にできる所業ではない。それこそ普段のレイディアなら少しだけ感じる程度だろう。


 フード男はここであることに気づく。


 ――体が動かない。


 体に感じる重さもあるが、もう一つ決定的な理由がある。

 ――恐怖だ。数歩進めば斬れる距離にいるのに、地平線まで行くほどの体力と気力でも足りないと思えるほど。近いのに、遠く感じると言う妙な感覚に襲われていた。


 体がピクリとも動かないのに、思考だけが異常に働いていた。まるで体を動かす機能が、全てそちらに回されているかの如く。フード男の頭は、本能的にこの状況から“逃げる”方法を探していたのだ。

 だが、いくつか考えを出したとしても、たどり着くのは全て同じ。


 ――死ぬ。


 レイディアがゆっくりと彼に歩み寄る。一歩、また一歩と。異常なまでの静寂に響く、ただ一つの音として耳に届けられた。


 ただの足音にすぎないのに、それが終わりへのカウントダウンのようにさえ感じる。――すでに勝敗は決していた。

 だからこそレイディアはこう告げた。恐怖に負けた者に用はない。


「――出直してこい。今の貴様など、斬る価値も無い」


 へたりこんだままのフード男をよそに、背中を向けて立ち去った。

 無言の敗北宣言をされたフード男。拳を握りしめ血が滲む。悔しさや苛立ちを込めて壁を殴るも、気分が晴れることは当然無い。むしろ負の感情が増すだけだ。


 認めたくなくとも、敗北したことに変わりない。本来なら殺されていても文句は言えないだろう。


「恐怖したか。まだ強くなれる証拠だな」


 単純に罵倒したわけではなく、彼なりの考えがあってのことだった。基本的には言われて落ち込んでしまうが、そこから立ち上がらなければ、とのことだ。


 ――路地裏から出ると、レイディアの魔力に反応したであろう何人かが様子を伺ってきた。

 こうなるのも当然か、とため息をつきながら状況の説明をした。もちろん本当のことではない。


「いやー、迷惑をかけたな。ちょっと私の嫌いなのがいたんでな、少し力み過ぎちまって……すまんな」


「路地裏は出るだろうな」


「レイディアさんは相変わらず、ゴ――」


 その名を彼の前で口にすることは許されない。口にするのであれば、命を差し出す覚悟を持て。と言われるほど、例の黒光りする奴が彼は大嫌いなのだ。

 微笑みながら刀を首に突きつけるのだから、本気で嫌いなのが皆も察した。


「貴様ぁ、良い度胸ではないか?」


「す、すみません」


「わかればよろしい」


 刀を鞘にしまいながら満足げな表情を見せる。すぐに大きなため息をついたが。


「――何してるの?」


「やば」


 凍りつく殺気のようなものを感じ、この場を立ち去ろうとしたが時すでに遅し。優しい女の子の声が耳に届いた。レイディアが今だけは聞きたくなかった声だ。


「国民に刃を向けるなんて、どういうことなのか訊きたいのだけど?」


「ふ、ふはははははっ、素晴らしい理由があるの――」


 彫刻の如く動きを止めた。正確には水色の長い髪の女の子の仕業に他ならない。


「お怪我はありませんか?」


「は、はい、この通り無事です」


 突然のことに困惑しているのに、そんな素振りは見せられないと本能が語っていた。神王国で一位二位を争うレベルのレイディアをいとも簡単に静めた方に、誰も逆らおうなどとは考えない。

 当然、神王国民は女の子、もとい姫であるソフィに絶大な信頼をおいているからで()ある。


「では、わたしたちはこれで失礼します。そう言えば、レイディアが壊した場所は、早めに彼に直させるのでお構い無く」


 ピクリとも動かないレイディアを魔力で浮かせ、その場を後にしたソフィ。


 自分たちは何もされてないのに、思わず呼吸するのを忘れてしまうほど緊張した者もいた。


「すげぇ。こんな近くで見たの初めてだ」


「それよ。遠くからでもそうだったけど、やっぱ近くで見ると段違いで綺麗だなぁ」


 女性すらも魅了してしまうほどの容姿。それもソフィが国民から慕われる理由の一つだ。もちろん他にもたくさんあるらしい。




 ーーーーーーー




「――これは」


 試合が終わった途端に感じた強力な魔力。ダイキはすぐさま誰のものか察した。


 観客席の民たちも、神王国民勢は正体がわかっているようで、試合が終わったと言うのに元気そうだ。


「ミカヅキ、これがレイディア・オーディンの力の片鱗だ。ここだから肌にピリピリする程度で終わってるが、そばにいたら体なんて動かせねぇだろうよ」


 握手を交わしながらダイキがミカヅキに説明した。本当にレイディアのことが大好きなのだろう。必要以上のべた褒めだ。


 この世界に来たばかりではできなかった魔力感知。今なら容易くやってのけるが、改めて自分の周りのとてつもなさに気づいた。


「負けてられないな」


「当たり前よ。いつか越えて見せるさ」


 一度剣を交えば仲間、などと言うわけではないが、二人は試合前とは見違えて仲良くなっていた。


 客席に結末を見届けたアリアは苦笑してから会場を出ていった。


 ――これで一回戦が全て終了した。明日からは二回戦が始まる。

 ついに先ほど猛威を見せかけたレイディアが参戦する。一回戦を突破した者たちがいるわけだ。つまりはなかなかの手練れと当たることだってあり得る。


 ミカヅキもこの試合で新たな魔法を会得し、新たな戦い方ができるようになった。

 一回戦をなんとか突破した彼が、二回戦を越えることはできるのか。

 今後の戦いに、彼自身も胸が高鳴っていた。だが、会場から出てすぐにダイキに呼び止められる。何やら話しておきたいことがあるらしい。

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