五十五回目『認めない!』
それは稽古が終わる数日前まで遡る。
「――君は、“戦う”こととは、武器をぶつけることだと決めつけていませんか?」
きっかけはビャクヤさんに、稽古中に言われた言葉だった。言われた直後は良く意味がわからず、間抜けにもきょとんとした。
「攻めるばかりじゃなくて、守ることも必要、と言うことですか?」
とりあえず思い付いたことを言ってみる。が、ビャクヤさんは静かに首を横に降った。
「それも一つの答えでしょう。ですが、今のあなたに必要なのはもっと別のことです。あなたの特有魔法、創造の力は物を造り出す魔法。構造を知ることができれば、生命以外ならこの世界の物に限られるが、ほぼなんでも造ることができる、で間違っていませんか?」
「はい、その通りです。付け加えさせていただくならば、物の大小も俺の自由です。種類、大きさによって魔力の消費量は変化します」
ビャクヤさんの質問に、できるだけ詳しく説明で返した。『創造の力』の後に続けて、始めに発現した方の『知識を征す者』についても訊かれた。
訊き終えると、うんうんと何度か頷いて考え事をし始める。何となく嫌な予感がしたのは気のせいじゃないと思う。
ビャクヤさんはいつも優しい微笑みを浮かべた人で、表情は基本的に変わることが無い。はずなのに、時々違う気がするんだ。
雰囲気なのか何なのかわからないけど、背中がゾワッとする感覚があるんだ。
まるで表情の変わらないバージョンのレイディアみたいな……。師匠譲りなのかな、なんて考えてしまったことは秘密にしておこう。
「彼がやろうとしたことは間違っていないようだ。私が引き継げと言うことですね」
一人で納得している様子だけど、いったい何を考えているのか全く検討がつかない。いや、たぶん今後の稽古内容なのは間違いないはず、でもどんなものになるかはさっぱりだ。
「では、追加の質問です。ミカヅキさん、あなたは“未来”を知りたいと思いますか?」
人差し指をピンと立てながら訊いてきた。
首をかしげながら考える。
また難しいことを訊いてくるなぁ。確かに素直に答えるなら、間違いなく知りたい。
「知りたいと思いますが、知るべきではないと考えます」
「あなたは真面目ですね。過去にも一人、同じことを言った者がいましたよ。――では、戦いの中で、相手の行動の先を知ることができるなら、それをあなたは必要としますか?」
一瞬だけ懐かしむような表情をした後に、今までとはうって変わって真剣なものになった。
これが本当に訊きたかったことなんだ。
戦いの中での先読みってことか。
武芸の達人のほとんどは、相手の行動を予測しながら戦うと言う。でも、それとは違う。予測なんて不安定なものじゃなくて、確実に知れるとしたら、攻防のどちらにも応用できる。
だとしても、俺は達人でも玄人でもない。
ずぶの素人では無いにしろ、まだまだひよっこには違いない。
ここまで来て、あることを思い出した。
それは以前行った、レイディアと組んで、レイとヴァンさんと戦ったときのことだ。
確かあの時、少しだけヴァンさんが、行動を頭で理解していた。このあとどう動くか、どう攻撃してくるのか。
「……あ」
「答えを導きだしたようですね」
思わず考えることに集中してしまって、返答することを忘れていた。
ビャクヤさん、すみません。
「ですが、迷っているようですね。本当に自分にできるかどうか」
「恥ずかしながら……」
「確かに恥ずべきことかもしれません。でもと怖がったり、どうせと拒んでいては、先に進むことなんて決してできません」
言葉が矢のごとく胸に突き刺さるようだった。
今まで何とかしようとして、成し遂げられたことなんて少ない。だから、俺にできることなんて無いといつの間にか決めつけていた。
「忘れていませんか? あなたが欲したのは、力でも無ければ名誉でも無い。自分が置かれている状況を打破するための“知識”では無かったのですか?」
なぜそれを知っているのかと驚いたが、確かに俺が欲したのはつまらない力じゃない、素晴らしい名誉なんかでもない。
目を閉じて今までのことを思い返す。
両親を事故で失った時は、何もわからなかった。
祖父母を失った時は、何もできなかった。
オヤジを失った時は、恐怖に襲われ、結局体が動かなかった。
でも、今度こそ守って見せる。
みんなに誓って、絶対に守るんだ。
暗闇に包まれる中で、一つの小さな光が見えた。
光は太陽のように温かく、とても安心させた。
「――そうです。変えたいと思った。理不尽で残酷な世界を、この手で、変えたいって思ったんです」
導かれるように自然に、ゆっくりと瞼を開ける。
瞳に刻まれるは、星のごとく黄色く輝く五芒星の紋章。
――これは常に相手の動きを知るもの。その域は少し先の未来にまで及ぶ。
強い魔法に違いない。けど、相手の動きが追い付けないほど速ければ意味がない。
それもビャクヤさんは承知の上だ。
微笑みながらいつものように、「構えてください」と言った。
ーーーーーーー
ミカヅキの瞳に刻まれた黄色い五芒星。
これが現れた途端、ミカヅキの動きが格段に良くなっていく。次々と攻撃を仕掛けるも、ことごとく防がれる。
「これが、これこそが……!」
――認めない。認めてなるものか!
意地、とでも言うのだろうか。自分の中に込み上がる謎の不快感がダイキを襲う。
レイディアとの最初の出会いは最悪だった。だが今では、一番信頼している唯一の人物だ。
ダイキが安直な訳じゃない。ずっと歯向かってばかりだったが、レイディアは変わらずに誠意を示し続け、ようやく勝ち取ったのが今の信頼。
皮肉なことに、それが今回のミカヅキに対しての感情の引き金となってしまっていた。
しかし、ただ感情に任せるだけのダイキではない。彼とて、紛れもないレイディアの教えを受けているのだから。
「良いだろう」
そう言ってここに来てダイキが距離を取った。
ミカヅキは追うことはなく、代わりに視線でしっかりと捉えている。
――距離を取った。また何か仕掛ける気か?
突然の後退にミカヅキも“次”を警戒せざるを得ない。
だが事実は次のためなどではなかった。
ミカヅキが身構えている最中、ダイキは深呼吸をしたのだ。
レイディアに言われたことが頭に浮かんだ気がした。いつものように言われてることなのに、なんで今まで忘れていたのかと笑ってしまう。
――感情が昂った時ほど落ち着け。でなければ誰にも勝てん。冷静になるんだ、ダイキ。
おかげで落ち着きを取り戻して、決して睨み付けるのではない。相手にまっすぐ見ることができた。
「オレはいつも突っ走ってしまう。だから落ち着けって言われるんだよな」
初めてダイキが笑った。
身構えているミカヅキも、さすがにこれには手の力が緩んでしまう。
素人でもわかってしまう隙だらけの今が攻撃の絶好のチャンスだ。なのに、彼は動かなかった。
なぜならば、相変わらず試合中なのに、先ほどまで怒濤の攻撃をしてきた相手が、安心した表情を自分に見せているのだから。
戦場では甘いと言われるに違いない。だが、ここにいる全ての者が理解していた。
ここは“戦場ではない”のだと。
強ばっていたミカヅキの表情も彼につられて和らいだ。
「ミカヅキ!」
「なにかな?」
突然名前を呼ばれて驚いたが、構えを解きはしない。
ダイキも同様だ。
だがミカヅキは、彼に今までとは違うものを確かに感じていた。
「やっぱりオレは、あんたを認めることはできねぇ」
「う、うん……」
そうなんだ、と微妙な表情を浮かべてしまう。が、ダイキの次の言葉ですぐに別のものに変わることとなる。
「でも――あんたの誓いだけは認めてやるよ!」
「うん!」
涙が出そうになるのを必死に堪える。まさか嫌われていると思っていた相手からこんなことを言われるなんて、と今度はミカヅキの感情が昂ってしまった。
少年漫画のような展開に、観客たちはおいてけぼりにされていたが、
「良いぞーお前ら! 最高だぜ!」
「仲が良いのは良いことだ! あとは決着をつけるだけだぞ!」
何人かがこの状況に感化されて声を張り上げる。
これが狼煙となり、観客に再び火がついた。
「あの人の言うとおり、僕たちは決着をつけなくちゃいけない」
「言ったはずだ。オレはあんたを叩き潰してやるって。勝つのは――オレだ!」
お互いに相手を見据え、武器を持つ手に力が入る。
距離を詰めるため、地面を蹴ったのは見事に同時だった。




