五十四回目『譲れないこと』
ミカヅキと相対するは、彼より少し背の低い、黒に赤みがかった色の短髪の少年。
手には扱いが難しいとされる、柄の上下に刃を持つ珍しい武器の両剣を持っていた。
一見、刃が付いた棍棒のようだが、使用難易度は桁違いで騎士団員ですらほとんど使いたがらない。
そんな武器を、彼よりまだ年下に見える少年が持っているのだから、会場の注目を集めるのもごく自然なことだ。
「今日の注目の試合は、期待の新生、ミカヅキ・ハヤミ! 対するお相手は、あの参謀と同じラストネームの、ダイキ・オーディンだぁ! これはなんとも面白い組み合わせで、これは楽しみでなりません!」
舞台上に相手と向い合わせの位置に立ちながら、マトリによる自分たちの紹介を聞いていた。
――え、同じ名字……まさか!
と想像を膨らますミカヅキ。そう考えてしまうは当然だろうが、残念ながら真実は違う。
彼は、レイディアが管理している、とある村の住人で血縁関係ではない。
レイディアが各国から集めてきた――元奴隷だ。
「あんたがミカヅキ・ハヤミか?」
ダイキは切っ先をミカヅキに突きつけながら、紹介されたと言うのに確かめるように問いかける。
ミカヅキはその眼差しに、ただならぬ覚悟や決意のようなものを感じ取った。さすがに内容まではわからないが、とりあえず怯まずに堂々と答えることにする。
「そうだ。僕が、ミカヅキ・ハヤミだ」
「……なら、オレはあんたを全力でぶっ倒す」
返答を聞いたダイキは、突きつけた両剣をゆっくりと下ろしながら宣言した。
ミカヅキからすれば、意味もわからずなぜか嫌われていることだけが伝わっていた。そんなことで勝ちを譲るほど、今の彼は甘くはない。
「僕も、全力で君を倒すよ」
だからこそ彼も言い返す。勝つのは自分だと。
互いに相手の火をつけ合ったところで、タイミング良く始まりの合図が鳴った。
「強化、全強化、超強化!」
先に仕掛けたのはダイキ。基本魔法の『強化』を発動させる。
ーーーーーーー
――その光景を、レイディアは客席でため息を突きながら見守っていた。ちなみに今日の彼はなんの変装もしていないため、客席では彼を中心にドーナツ状の空間が空いていた。
仕方がないことなのだ。彼は確かに神王国に守り、成果をあげているのだが、逆にそれが畏怖される要因となっている。
当の本人は何も気にしていない。こう言うのは“慣れている”らしい。
今日は姫様のような身分の高い方が隣にいるわけではないので、わざわざ面倒な変装をする必要が無いと判断した。
そんな彼の隣には先日とは別の少女。燃え盛る炎を連想させる真紅の短めの髪を左右で結んでいる。ルビーかと見間違えるほどの、綺麗な真紅の大きな瞳。幼さを残しつつも、芯の強さを感じさせる整った顔立ちだった。
「あんなに重ねちゃって……。ダイキ、大丈夫かな?」
「んー、あいつの今の体力じゃ、2分だろうな。それまでに決着がつかなければ、ダイキの不利になるのは間違いない」
レイディアはあえて、時間が来れば負けるとは断言しなかった。当然だ。彼は勝負が最後までわからないことくらい百も承知なのだ。
少女も意図を理解していた。でも不服なのか、頬をぷくーっと膨らませて、口を尖らせてふーと溜めた息を吐く。
「おやおや、ダイキが負けるのを悔しがるとは、もしやアリアは――」
「なんですって?」
冗談を言ったつもりなんだが、首に小刀を殺気全開で突きつけられたらさすがに笑うしかなかった。
「いえ、何でもないですー。あはははは……」
両手を上げて降伏宣言。
実際はこの程度、彼なら余裕で対処できる。が、正当な理由が無ければ身内には手を出さないのが彼の流儀である。
「あれは私でも5分程度が限界なんだ。故にあいつがただの馬鹿じゃないのは証明されている。でもまさか、一回戦から速攻使うとは思わなかったよ。しかも初っぱなから」
ダイキがなぜそんな無茶をするのかは、レイディアはわかっていた。人ならではの単純なものだ。
――嫉妬。
ミカヅキに対しての嫉妬に間違いはないと確信していた。私の教えを受け、なおかつ私の師匠でもあるビャクヤさんにも教わったんだ。
憧れている人を取られたような感覚なのだろう、と。
同時に考えていたことがある。
この試合は、二人にとって色んな良い試合になるはずだ。
「男って単純ね」
さすがは乙女と言うべきか。男の考えなんて簡単にわかってしまうらしい。
腕を組んで、二人を見下ろしていた。
レイディアはアリアのこの姿を見て毎回思うことがある。
――似合うんだよな。
横目で見ながらバレないように心の中だけで呟く。
「だが、ダイキにとっては良い薬になるだろうよ」
ミカヅキにとってもな、と小さく続けて微笑んだ。
「お互いに足らないものがある者同士。さて、見るべきものをちゃんと見るのかねぇ」
薄気味悪く口角をあげ、目を細めながら一人言のごとく呟いた。
ダイキの戦い方に違和感を覚えながらも、指摘することは無かった。レイディアは違和感を感じた数秒後には原因に察しがつく。
――なるほど、口だけか。合点がいった。面白い戦い方ができるようになったじゃんか。
一人で真実に気づいて、一人で納得していた。
「大丈夫よ。ダイキならきっと。あのミカヅキって子にも勝つに決まってる」
そうだと良いな、と相変わらずの否定も肯定もしない返事をする。
レイディアは目の前で繰り広げられる試合や、隣でダイキを心配するアリアのこととは別のことで頭がいっぱいになりかけていた。
会場の外から感じる、妙な魔力。両国の民たちの魔力は全部記憶している。正確には魔力の“波長”と呼ばれるものだが。
伊達に謎の夜の徘徊者として噂になっていない。
そのどれとも違うものを感じていた。
幾つか予測はつく。が、これだけは断言できる。
――敵だ。
僅かだが殺気を放っているのに気づいた。もう一つ、明確な理由がある。それこそが、謎とされている彼の特有魔法の正体に迫るもの。
ため息をついて、放っておく訳にもいかない立場。故に試合鑑賞はアリアに託して、レイディアは席を外した。
ーーーーーーー
ここまで防戦一方のミカヅキだが、もちろん、ただやられていた訳じゃない。
敵の間合いや動きを覚えていた。ビャクヤから教わった“相手を知る”と言う基本的な戦い方だ。
まずはこれからと言われて、結局この一つだけで終わった気がする。いや、実際は他にもたくさん教わったことがあるけど……なんて考えてる場合じゃない。
「……?」
「守ってばかりで、さっきの威勢はどうした? あんたは口だけかよ!」
やっぱり、おかしい。最初の強化以外の魔法を使っていない。
攻撃を受け流したり、受け止めたりしながら感じたもの答えはそれだ。
一気に終わらせるつもりなら、強化の二つ目以降や特有魔法なりを使った方が早いはずなのに、攻撃に殺気は無い。確かに強化を使ってるから、一撃一撃は重いけどし速いけど、反応できない訳じゃない。
――レイディアやビャクヤさんはもっと速かった。
でも……、長くは続けられそうにない。
「うっ……」
右腕に鈍い痛みを感じた。まるで鈍器で殴られたみたいな。
体が悲鳴を上げ始めているんだ。
……さすがに受けすぎた。距離を取って体制を立て直そうにも、攻撃が止まない。
なら、今度はこっちの番だ。
「展開せよ、創造の力――剣の舞」
――ミカヅキの頭上に数本の剣が造り出される。それは彼をうまく避けて地面に降り注いだ。
さすがに頭から剣を浴びるわけにもいかず、ダイキは剣を自らの両剣で弾き飛ばす。
これで終わりではない。
ミカヅキが手を前に翳すと剣が自ら動きだし、ダイキに向かって飛んでいった。そして、ダイキが弾いても弾いても斬りかかる。
これこそがミカヅキの剣による自動追撃――『剣の舞』だ。
黙って見ているだけではなく、今の内に更に剣を増やす。
「なめんじゃねぇ!!!」
休むまもなく斬りかかる剣を掻い潜り、ミカヅキへと怒りを露にした表情で迫るダイキ。
強化を使っているからこその荒療治。だが、限界は近い。汗はにじみ出て、身体中の血管が若干浮かび上がっている。
「なめてなんかいない。言ったはずだよ、“全力で君を倒す”って。だから……」
迫るダイキに自分から特攻した。無数の剣は空中で動きを止めている。
ミカヅキが今はいらないと判断したのだ。
「あんたみたいなやつに、オレは負けられねぇんだよ!」
「どうして!」
馬鹿正直に真正面から尋ねる。
レイディアがいたら笑っていたことだろう。
さすがのダイキも聞き返されるのは予想外だったらしく、攻撃に隙が生じる。その隙をミカヅキは見逃さない。
が、間一髪防御し、棍棒と両剣が音を立てて激しくぶつかった。
「あんたはランクを持ってる。一つだけじゃない、二つもだ! レイディアが評価しているから、どんな奴かと思っていたが、こんな腑抜けた奴だとはな!」
何度も、まるで自分の気持ちの如く両剣を振り回す。
ミカヅキも必死に防御に徹する。予想はしていたが、やはり一筋縄じゃいかない。
剣で追撃しようにも、操ろうとした隙に攻められてしまえば終わる。
「オレは、あんたみたいな守られてばっかりの奴は嫌いなんだよ!」
「確かに僕は迷ってばかり。いつも準備が足りないかもしれない、力が及ばないかもしれない。覚悟もあるのかどうかわからない……」
ここまで聞いてダイキは攻撃をやめた。
「だからあんたは嫌いなんだよ。結局、口だけじゃ――」
「でもっ、僕はこの世界に来て、みんなと出会ってようやく気づけたんだ。いつまでもしり込みをしていたら、一生何かを成し遂げることなんてできないって」
――決めたんだ。誓ったんだ。僕は――ミーシャを守るって。何があっても、絶対に守るんだって。
「僕にはまだ、自分の誓いを果たせるほど強くない。けど、嘘はつきたくないんだ」
深く息を吸う。
棍棒を握る手に力を入れる。
「誰に何を言われようと、何をされようと、最後に決めるのは、己自身なんだ。だから僕は自分の道を突き進む。そのために強くなるんだ! 誰よりも、強くなるんだ!」
「はっ、バカじゃねぇか? あんたみたいな奴が、誰よりも強くなるなんてできるはずねぇ。ここでそんな夢、叩き潰してやるよ」
空気が変わった。
それはまるで、水面に浮かぶ波紋のように、静かに、だが確実に変化した。
「遊びは終わりだ。来い――強化・改!」
『強化・改』――『強化』の改良版。効果は『超強化』並の能力向上させつつ、負担も軽減されている。
|基本魔法でありながら、彼しか使えない珍しい類いの魔法。
ダイキがレイディアの協力の下、自分で編み出したオリジナルの魔法である。
お披露目はこれが初めてで、彼とレイディア以外は知らない。
「これはっ」
ミカヅキも敏感に察知して、距離を取ろうとしたがすぐに詰められ攻撃される。
今のダイキの攻撃は完全に防ぎきれず、体のあちこちに傷が出来上がっていく。
彼は防御しながら打開策を考えていた。
――このままじゃ押しきられる。考えろ。考えるんだ。僕ならやれる。じゃないと、僕だけが駄目じゃなくなってしまう。僕に戦い方を教えてくれた人にだって、失礼になるじゃないか。
だから考えろ、ミカヅキ・ハヤミ。
この状況を打開する道を……。
「――焦ってどうするんだ」
紛れもなく自分の口から出た言葉。
勝手に出たとも言って良いその言葉のおかげで、ミカヅキは落ち着きを取り戻す。
その一言に影響を受けたのは、どうやら彼だけではないらしい。ダイキも表情を歪めた。
「すぅー」
深呼吸とまではいかなくとも、軽くだが決して浅くはない呼吸をした。
――見るのではなく、知るんだ。知ることができたなら、二歩先に進むんだ。それができれば、まともに戦えるさ。
目を閉じて意識を集中させる。この間にも攻撃が止むことはない。
だが驚くことに、目を閉じながらもダイキの攻撃を防御していた。と言うより、目を開けていた時よりも動きが良くなっているようだ。
そして、ミカヅキの口がおもむろに動く。
「我は知識を得る者、我は知識を征す者。故に我は知ろう――未来知識」
開かれた瞳には、黄色く輝く五芒星が刻まれていた。
それは、彼が努力をしてきた証。彼が勝ち取ったさである。
ダイキは感じた。
ミカヅキが目を開いた途端、まるで武道の達人同士による究極の一瞬の如く、時間の流れが遅くなったような感覚を。




