五十三回目『問われる覚悟』
――ミカヅキ。お前は、敵を“殺す”ことができるのか?
試合前日。
ヒュンヒュンと音を鳴らしながら、棍棒を振り回している。無作為にじゃなく、どの方向から攻撃されても対応できるように動きを考えながらだ。
武道大会で次々と勝敗が決まっていく中、俺の番は明日に控えていた。
――棍棒は剣より多様性がある。だが、その分、使いこなすには時間を要する。
色んな人から教えてもらったことを思い返す。
「創造の力」
数本の剣を造り出し、自分の中心として囲うように展開させる。
棍棒を使うのに必要な距離を取る。これが今の俺の間合い。擬似的に可視化することで、改めて頭で理解させた。
ビャクヤさんとの稽古でわかったことは幾つかあるけど、一番はやっぱり俺の魔力量だ。
はっきり言って、俺の魔力量じゃ『創造の力』を最大限活かすことは難しい。簡単に言えば強力な特有魔法に対して、魔力量が圧倒的に足りない。
分かりやすく数値で表すと、一般的な騎士団員が30とする。
団長、副団長クラスにもなると倍の100を越えることもある。
ビャクヤさん曰く、同盟の二か国の中ではレイディアがダントツらしい。
またレイディアの逸話が増えたと思って苦笑したのを覚えている。
数値は300以上。ビャクヤさんも「あれほどとなると、最早人間なのかと疑いますよ」と微笑んでいた。
今もまだ上がり続けているのだから、味方で良かったと胸を撫で下ろした。
そう。魔力量の限度は本来、生まれた時に決まっていると言われている。でも、少しずつだが増やすことはできるらしい。並の努力じゃ足りないとビャクヤさんに断言された。
レイディアもそれで増やし続けているとのこと。
「はぁぁぁ……」
ため息をついて棍棒を地面に置くようにして立てる。
そもそも魔力量とは、その人が体に持つ潜在的なものを差すのだが、空気中のマナを変換できる能力値とも言える。
自分の体内を循環する際に、通る魔力が多ければ多いほど負担も比例して大きくなる。
つまりは体が壊れてしまうわけだ。
これが俺がヴァスティとの戦いで陥った状態。魔力欠乏症などと呼ばれる。
どうしてそんなことになったのか、ほとんど覚えてないんだけど……。
夜空に煌めく星を見上げながら思った。
「自主連とは相変わらずだな」
すると背中に聞き覚えのある声が。
「レイ。まぁね、なんか眠れなく、て……えぇ!」
返事をしながら振り返り、姿を目に捉えた瞬間、俺はとてつもない衝撃を受けた。
「そんなに驚くことか。たかが髪を切っただけじゃないか」
レイの銀色の光を反射するほど綺麗な長い髪が……短くなっていた。さすがに開いた口が塞がらない。
これはショートくらいだろうか。あんなに伸ばしてたのに、ここに来て何で切ったんだ?
「何でって言いたそうだな。まぁ、一種のけじめってやつだ。俺はライバルのヴァンに勝った。まだ一回だけだけどな。だから、たとえ一回でも勝った以上は、示さなければならないものがあるんだよ」
長髪だったが、俺も男だからよ。と笑いながら理由を教えてくれる。
何か言おうかとも思ったけど、すぐに思い直す。俺が邪魔していいものじゃないと。
「そう言えば姫さんはどうした? もう寝たのか?」
いつも一緒だもんな、と話題を変え、俺の部屋を見上げながら尋ねてきた。
「先に寝たよ」
レイと同じように上を見上げ、すやすやと可愛らしく寝息をたてるミーシャを思い浮かべる。
「最近忙しそうだもんな」
確かにその通りだ。
復興が予定以上の早さで終わっていても、積み上げられた問題は他にもたくさんある。
心配をかけまいとしているんだろうけど、俺の前ではいつもの笑顔を見せてくれる。でも、寝る時にはさすがに疲れが出るのか、すぐに眠りにつく。
ミルダさんがいるとは言え、王としての責務を毎日続けているんだ。
近くにいるはずなのに、時々とても遠くにいるように感じることがあった。何もできないから、力になることができないから悔しいんだ。
「ねぇ、レイ。俺にできることはあるのかな……?」
ふと、頭に浮かんだことを俯きながら問いかける。
「ある、と言うか、飽きずに毎日してやってるだろ。まさか、気づいてないのか?」
はぁ、とため息を突きながら片手を自分の顔に添える。
え? と返すことしかできなかった。
毎日? 毎日って何?
俺が毎日してること……稽古?
「なっ、なにもしてないよ!」
布団の中で丸まるミーシャの寝顔を思い出し、慌てて否定した。
だって、何もしてないもん。いかがわしいことなんて何もしてないもん!
「何でそんなに慌ててんだ……。何を考えてるかはわからないが、仕方ないから教えてやるよ、鈍感少年。姫さんが何で毎日のようにお前の部屋に行くかを考えたことはないのか?」
「あ……」
そこまで言われてようやくレイの言いたいことがわかった。
途端に恥ずかしくなって顔が熱くなっていく。耳まで真っ赤になっているに違いない。
「焦らなくて良いんだ。今はまだな。お前がそばにいるだけで、姫さんは安心するんだよ」
“焦らなくていい”か。
あっという間に月日が流れて、帝国との全面戦争がすぐ来るんだって。俺は焦って、何一つ見えてなかった。
焦って何かをするんじゃなくて、まだできなくても良いのかもしれない。
「遅いんだよ、ミカヅキは。王と言っても姫さんはまだ子どもなんだ。でも民であり、部下である俺たちの前では“王”として接しなければならない。そんな中で、ミカヅキの前でだけ、本来の姫さんでいられるんだ」
だから頼られた時は、是が非でも叶えろ。真剣な表情で俺に説明してくれた。
自然と拳に力が入る。これからもっと強くなって、いつか必ずミーシャに相応しい男になってみせる。
そんな俺を見て、レイは満足そうに微笑んだかと思いきや、再び真面目なものに戻ってあることを訊いてきた。
「なぁミカヅキ。一つだけ、聞いておかなきゃならないことがある。お前は……お前は、人を殺せるのか? 敵を……殺すことができるか?」
言われた時は驚いたけど、猶予が終われば帝国と戦争になる。いずれは避けて通れない道を、レイは今のうちに確かめておきたいのだろう。
「俺は……」
すぐに答えることができなかった。言葉が出なかったわけじゃなくて、決めることができなかったんだ。
「迷うのは無理もない。姫さんのように、お前もまだ子どもだ。覚悟はしきれてないだろ」
返事を渋っていると、レイは更に話を続けた。
もう子どもじゃない。否定したかった。でもできなかった。覚悟ができてないのは紛れもない事実なんだ。
歯を食いしばる。自分の不甲斐なさに腹が立つ。
ミーシャを守る。それは敵と戦うことを意味する。そして、戦う以上、どちらかが死ぬ可能性だってあるんだ。
俺は、自分が殺されそうになったら、相手を殺せるのか?
もし、ミーシャが――。
「ごめん。俺にはまだ、その答えは出せない……」
悔しくなって俯くと、レイは頭に手を乗せて撫で回した。
わけがわからないまま、頭を揺らされながら顔をあげると、
「謝らなくていい。良いんだよそれで」
予想に反して笑顔がそこにはあった。
「良いのかな、戦争が始まるのに、こんな悠長で」
「良いんだよ。俺だって最初は同じだった。逆に安心したんだよ、すぐに答えがでなくて」
レイの目は俺じゃくて、どこか遠くを見ているように感じた。
「殺すこと。つまりは命を奪うってのは、人が一番やってはならないことだ。だが俺たちは、王国、民、仲間、そして大切な人を守るために、いずれは選択に迫られる。手を汚すか、守ることを放棄するか」
一言一言が染み込むように聞こえていた。レイがそのことについて、どれだけ重要視しているのかがしっかりと伝わってきたのだ。
俺は相づちをうつことも忘れ、黙って話を聴いていた。
「俺たちの手はもう汚れている。でも、お前の手はまだ汚れていない、綺麗なままだ。それに思うんだよ。ミカヅキなら、もう一つの選択ができるんじゃないかって」
「もう一つの、選択……」
別にそうしようと思ったわけじゃなくて、気づいたら口ずさんでいた。
「それこそが、ミカヅキ・ハヤミがこの世界に来た理由なんじゃないかって。まぁ、もしかしたら想像もできないような大事な使命が待っているのかもしれないが、俺はそう信じている」
強ばっていた表情を崩し、優しく微笑みかけてくる。つられてこちらも微笑んでしまう。
でも、込み上げてきたものはそれだけじゃなかった。
「おいおい、何を泣いてるんだよ。当たり前だろ。俺はこの王国の騎士団長。そしてミカヅキはこの王国の姫さんに信じられてんだ。俺が信じなくてどうするよ?」
ありがたくないことに、最後の追い討ちをかけてくれた。
おかげで抑えようとしていたものが思い切り外に飛び出した。
目から止めどなく流れ始める涙。
悲しいなんてありえない。嬉しかった。俺みたいな人をここまで信じてくれることが、本当に嬉しかったんだ。
レイは快く胸を貸してくれた。この夜、男なんてことを忘れるくらいに大泣きした……。
ありがとう、レイ。
ーーーーーーー
試合当日。
舞台への通路の途中で立ち止まっていた。
まだ昨日のことが頭から離れていない。あんなに泣いたのはもしかしたら初めてかも……。
そう言えば、とレイが最後に言い残したことを思い出して思わず笑みがこぼれる。
――ミカヅキにはやっぱり、『俺』は似合わないぞ。
いつかは言われていただろうけど、泣き止んだ時に言うことじゃないと断言したい。けど、言われたことで思い返すことができた。
自分のことを『俺』と言ってたのは少しでも強くなるためだ。まずは形からと考えたんだけどな……。でも、今ならわかる。
自分らしく、強くなればいいんだって。レイのおかげで気づけたよ。
――僕は、僕で良いんだ。
悩みが全部消えたわけじゃないけど、今は何となく晴れ晴れとした気持ちだ。
「勝つぞ!」
意気込みを言葉に出して、今度こそ迷わずに舞台へと足を進めた。




