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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第六章 武道大会開催
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五十一回目『良きライバル』

「光よ、我に宿れ。纏え――輝光士(シャイニング)


 レイが体から放たれる光に包まれる。まばゆさにヴァンだけではなく、観客も目元を隠した。


「やってやろうじゃん――黒影(シャドウ)


 目を手で覆いながらも、自分の魔法を発動させる。

 声に呼応してヴァンの足下の影から、煙のように黒い影が立ち上ぼり彼の全身を包み込んだ。


 光が収まり、観客がようやく二人の姿を視認する。

 そこには対照的な二つの人影があった。


 一人は白く光を帯びた、鎧のようなものを纏っている。

 そしてもう一人は、黒く輝いているようにも見える、同じく鎧のようなものを纏っていた。


「かっけえぇぇぇぇ!」


 テンションが上がった少年の声が会場全体に届いた。

 その声を皮切りに他の観客たちの熱も再び上がっていった。


「すげぇっ、あれは魔法で作った鎧か?」


「まさに対照的な二人の姿に、会場も盛り上がりを見せています! それにしても、少年が言ったけど、やっぱかっけぇ! これからもっとすごいのを見せてくれることでしょう!」


 実況も観客同様テンションが上がっている。

 この状況では無理もない。怒濤の剣劇を繰り広げたかと思いきや、魔法の連発から、格好いい魔法の鎧まで。

 観客からすれば、まさにサービス精神旺盛と言えるだろう。


「あ、ちなみに、観客席と舞台の間には結界が張ってあり、しっかりと皆さんをお守りするので、そのままどんどんもりあがってくださいねぇ! ですが、ちゃんと休憩や水分補給もお忘れなく! 大事な決着を倒れて見逃すなんてことのないようにですよ!」


「――良いやつだな」


 観客へのちゃんとした気配りに対して評価を口にするヴァン。

 冗談を言いながら周りを見れるのは、まだ余裕がある証拠だ。


「さすがと言うべきだろうな。さて行くぞ、ヴァン!」


「いつでも来いっ、レイ!」


 望んでいた返事に微笑んだのも束の間。突然レイの姿が消える。


 バチンッと電気でも弾けたような音が聞こえた途端、レイの姿を皆が確認できた。


 一瞬。ほんの一秒にも満たないその間に、ヴァンの背後に移動し、光の魔法で造り出した剣を彼に振り下ろしていた。

 それを背中越しに剣で受け止める。


「よく反応できたな」


「そりゃもちろん、オレは副団長だからな。団長の背中を任せられる男だぜ?」


 冗談めかしに笑いながら言う。彼の言う通り、それなりの実力がなければ副団長になどなれるはずがない。

 いつもは冗談ばかり言っている彼でも、“実力者”であることは証明されていた。


「ならますます負けられないな!」


 背中越しに光の剣を生成、そして瞬時に移動し、剣をそのままヴァンに放つ。


「何度も通用するかっての」


 剣を片手持ちに変え、自由になった手を上に振り上げる。彼の影が導かれるように地面から上がり、黒い影の壁が出来上がった。

 光の剣は影の中に消える。


 だが、レイが仕掛けたのはこれだけではない。

 ヴァンがハッとなって上空を見上げたのとほぼ同時。


「降り注げ――」


 言葉の通り、頭上に展開された無数の光の剣がヴァンに向かって放たれた。

 地面にぶつかり剣と同じ数の爆発が起きる。辺りは舞い上がった土煙に覆われ、どうなったのか状況がわからない。

 レイは空中に浮いており、足に何やら光を纏っているようだ。それが浮くための魔法なのだろう。


 しかし、光の剣を放たれたヴァンの姿が確認できない。

 終わりか、それとも……。


「――!」


 煙の中から黒い何かが伸び、レイに向かって迫る。なかなかの速さにも関わらず、簡単に剣で弾き飛ばした。


「さすがだな……。さてと、今度はこっちの番だ」


 煙がドーム状に吹き飛ばされ、ようやくヴァンの姿を皆が視認できるようになった。


 驚いたことに彼は無傷に見える。あの凄まじい攻撃を受けて全くダメージを受けていない……と思われた。


 ポタ……。

 赤い液が地面へと落ちる。それは力なく項垂れる左腕から滴り落ちた。彼の左腕は、主を失った操り人形を思い出させた。


「おおっとぉっ、かなりの致命傷だぁ! これはヴァン選手の方が不利になったか!? このまま一気に決着が着いてしまうのかぁ!」


 会場は相変わらずだが、次第に固唾をのんで見守るようにする者たちが出てきていた。

 これは圧倒されているのもあるがそれだけではない。二人に対しての敬意の表れでもあると言えよう。

 なぜなら彼らの目は真っ直ぐなのだ。まるで幼い子どものように、事の行く末を見守ろうとしているのだ。


「不意を突いたと思ったのに、反応して見せるなんて」


 称賛を送りながらも悔しいのか、表情は言葉とは違って苦笑していた。

 そして再び攻防が始まった。


「危なかったぜ。もう少し遅れてたらヤバかったぜ!」


 影がヴァンを中心に円形に広がり、完全に舞台の地面を覆いつくした。


影の世界(シャドウ・グランド)。降りたら終わりだぜ、レイ。まぁ、オレが引きずり降ろすけどな!」


 影から無数の影が放たれる。数は今までの比ではない。

 さすがに無数の黒い影が伸びる様は気持ち悪さも感じさせた。言うなれば黒くて大きいいそぎんちゃくだ。ならばクマノミはレイだろうか。


 ヴァンはこの時、レイがどうするか察していた。

 そう、この場合、今のレイ・グランディールならば……、


「我、光となりて駆け抜ける――光牙連閃!」


「そう来ると思ってたぜ!」


 真っ直ぐ自分の方にぶつかってくると。

 それ即ち対策はもうしてあることを意味していた。


 向かってくる影を次々と斬り裂き、少しずつヴァンに迫る。少しずつとは言え、数秒単位の世界だが。

 なにせレイは光を操る魔法士(ランカー)。速度は光と同じである。


「これで終わりだっ――光覇一閃!」


 光の剣がヴァンを両断した。と思ったのも束の間。ヴァンの体が次第に色を変え、最終的に影と同じ黒になる。

 レイは気づく。


 ――偽物。なら本物はどこだ!


 周囲に気を向けたのと妙な感覚に襲われたのは同時だった。

 全身から力が抜け、立てなくなって膝をつく。

 それだけじゃない。魔力がうまく操れない。つまりは魔法が発動できない。

 会場も彼に何が起きたかわかっていないようだ。それもそのはず。斬りかかったはずの彼が、なぜか自分が斬られたかの如く膝をついたのだから。


 気配を感じて、そちらをすぐさま振り向く。


 影の鎧の代わりに、黒いオーラを纏ったヴァンがそこに立っていた。分身ではない、間違いなく本人だとレイは確信する。が、攻撃しようにも、力が入らなければ魔法も使えない。

 まさに万事休す。


「影斬り。肉体ではなく、魔力を斬った。人の体ってのは、無意識の内に魔力を常に消費している。それをいきなり断ち切れば、動かなくなるのは当然だろ?」


 この世界では、人は常に魔力を消費している。全身に酸素を循環するかの如く、魔力は常に体を動かすエネルギーとして使われているのだ。


 そのため、魔力を持たない者は、周りより強化もなにもしていない通常の肉体能力すら劣ってしまう。基本的には。


 さらに消費している自覚など本人には無い。言われて初めて気づく程度なのだ。

 だが、確実に作用していることに間違いない。ヴァンの言う通り、慣れてない者が対応するのは至難である。


 レイが置かれている状況は、魔力を持たない者とほぼ同じと言って間違いはない。つまり、肉体を斬られた方が幾分かましだったのかもしれないなどと考えてしまう。


「うっ……こ、のっ……」


 このような状況下でも、決して屈することはしない。諦めはしない。

 歯を食い縛り、全身に力を入れ、魔力を全身に巡らすイメージを。


 しかし、今の相手はみすみす見逃す訳がない。

 地面に膝をついている。それはヴァンに影に触れていることを意味する。だからと言って油断はしない。

 一定の距離を保った状態で影を操り、レイの体を呑み込もうとする。


「くそ……っ」


 徐々にレイの下半身から影に呑まれていく。上半身を越え、ついに首を越えた。


 ――ここまでなのか?

 みんなに心配かけてまで距離を置いて、身寄りの無い優しい人たちの手を借りてまで必死に強くなろうとしてきたのに、全て無意味だったと言うのか?


「――お前は何のために戦う? なぜ強さを求めるのだ?」


 騎士団に入ったばかりの頃に師匠(オヤジ)に言われたことだ。

 その時の俺は「民を守るためです」と答えた。嘘……ではない。そんな思いもあったのは確かだ。だが本当は……。


 同じ事をぐるぐると考える。答えがでるかなんてわからない。でも考えてしまう。


 なのにオヤジはそんな見栄を張った俺にこう言った。


「良いじゃないか。なら、迷うな。何があろうと、お前が正しいと思った道を胸を張って真っ直ぐ進めば良い。例えそれがもし、正しくないとされようと、やれるとこまで全力でやりきれ。そうじゃないと、何も得ることなんてできはせん。わしは、お前がちゃんと進めると信じておる。なんせわしの弟子なんだから」


 ガハハと特徴的な笑いで話を締め括ったのを覚えている。いや、思い出した。


 ――そうだよな、オヤジ。だから今の俺は今度こそこう答えるぜ。


 影が完全にレイを呑み込んだ。


「おおーっ、これはレイ選手リタイアかぁー! これは審判に――」


「その必要はねぇ!」


 実況の言葉を遮ったのは他でもないヴァンだ。彼にはなにかわかっているようだ。

 突然のヴァンの大声に会場が静まる。


 視線が影に呑み込まれたレイに集中した。なにやらうにょうにょと気持ち悪く蠢く影。


 そして、


「それがお前の道か……」


 ヴァンが微笑みながら一人言のように呟く。

 影から光が漏れ始める。その箇所は次第に数を増やしていく。

 そしてついに、今度は影が光に呑み込まれた。


「俺は――父さんが守ろうとしたものを、守るために戦うんだ」


「いきなりすぎて、わけわかんねぇよ……」


 悪態つきながらも喜んでいる様子のヴァン。

 対して光が収まり、レイの今の状態が露となった。


 体のそこら中に傷がいつの間にか出来上がり、少しふらついているようにも見える。


 影に呑み込まれていた時に負わされたものだった。抜け出すのに時間がかかったのが仇となった。が、それでもヴァンには見えていた。

 諦めなんて全く感じさせない、その真っ直ぐな瞳を。


「なぁレイ。提案なんだが、次が最後にしようぜ。全力全開の、一撃でよ」


「ああ、喜んで承諾させてもらうよ」


 両者共に魔力はもうほとんど残っていない。見事にボロボロの体で、仲良く同じ方法で決着をつけることにした。


「「これが(オレ)の――最強の一撃だ!」」


「紡がれし光よ、今ここに集いて、我が敵を討ち滅ぼせ――」


「我が影は全てを呑み込み、我が物とせん――」


 二人の周りの魔力濃度が高まり、空気が揺れて風が舞い起こる。

 そんな二人を気楽に眺めていた人物が一人いたが、この状況下になってようやく表情に焦りが見えた。


「――馬鹿野郎! 観客を皆殺しにする気か!?」


 他でもない、その人物とはレイディア・オーディンだ。悲しくも彼の叫びは二人の耳には届かない。

 これほど魔力の衝突なら、この会場が軽く吹き飛ぶ。こういう時のために来ておいて正解だったと彼は思う。


「我らを守りし壁よ、我が命に従い、今ここに現出せよ――」


 魔力を高める舞台上の二人同様、だが、発動させたのはレイディアが一番最初だった。


果てにあるは我が世界アストラル・フィールド!」


 基本魔法(ノーマル)の結界魔法の最高強度を誇る結界――果てにあるは我が世界アストラル・フィールド

 通常、騎士団員でも一般的な大きさは自分を囲む程度のものしか展開できない。

 だが彼は今、観客を守るためにもとから張られている結界の上に、一人ではなし得ないはずの大きさの結界を最速で展開させた。


「光覇天翔!」


影はここに在りブラック・ディストラクション!」


 より苛烈になる舞台上ではなく、観客席でまさかの奮闘をする者がいるなど露知らず、二人は最強の魔法()をぶつけた。

 結界の中が光の白と影の黒の二色に染まる。


 激しい魔法同士の衝突により、爆音と衝撃が結界を越え、風となって観客たちへと伝わった。


 爆発による煙で、数分前と同じように舞台の二人の様子がわからない。


「これは最後に相応しい凄まじい衝撃です! ヤバイ! 思わず吹き飛ばされるかと思いましたぁ! さてぇ、気になる勝者はどっちかぁー! 早く煙よ散れぇー!」


 テンション最高潮の実況のマトリ。いや、それは彼女に限った話ではない。

 煙が散るのを今か今かと待ちわびるのはここにいる全員の共通したものだ。


 そして、ついに人影が見えた。

 数にして二つ。


「……」


「……」


 煙の隙間から二人はお互いの姿を確認した。ふっと笑顔を交わす。

 直後、観客席から見て一つの人影が倒れた。


 どちらかが倒れた。


「どっちだぁぁぁぁぁあ!?」


 煙が散っていき、マトリの実況席から勝者をはっきりと確認することができた。


「勝者――」


 煙が晴れるのと、マトリが宣言するのは同時だった。


「レイ・グランディィィール!!!」


 うおぉぉぉ! と空気を震わす観客たちの声が雷の如く会場に轟く。

 そんな中、ふぅ、と一息つきながら椅子に背中を預ける者がいた。もう言うまでもないだろう。


「ったく……面倒ごとをさせんなっての」


「そう言いながら、どこか嬉しそうよ?」


 いたずらな笑みを浮かべる少女。レイディアは明らかな嫌そうな表情をして見せた。


「まぁ、なかなか良い勝負だったからな。これからますます面白くなりそうだって思ったんだよ」


「ふーん」


 再び含みのある笑みを浮かべる少女。そっぽを向くレイディア。


「さぁ、そんなことよりもう行くぞ。お主は一応こんなところにいれんのだからな」


「そうね。あなたには感謝してるわ、レイディア」


 レイディアに手を引かれて会場を後にする少女の正体は、ファーレンブルク神王国王女、ソフィ・エルティア・ファーレンブルクその人である。


 普段の姿でこんな人が大勢いるところに来たら、とんでもない騒ぎになって試合どころでは無くなるため、レイディアが色々と細工したのだ。


 ――とにもかくにも、こうしてヴァンドレット・クルーガー対レイ・グランディールの試合の決着は、レイ・グランディールの勝利で幕を下ろした。

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