五十回目『光対影』
「どうしたことかぁっ。合図は鳴ったのに、二人とも動こうとはしない! あ、ちなみに私は解説のマトリ・コレアストンです。よろしくお願いしまーす。あ、それと、私が解説する試合が、その日の注目度が一番高い試合ですので、参考にー」
茶色の髪を短く整えた、慧眼の少女が元気に解説ならぬ実況を始めた。
マトリの声につられて、会場の熱気も盛り上がる。
そんな中、二人は静かにお互いを見据えていた。
「ではでは、 お二人の紹介を――」
――レイ・グランディール。
ファーレント王国、ガルシア騎士団団長。
特有魔法、『輝光士』の使い手。光を操る魔法である。
「性格は頼りがいがあり、悩み相談にも乗ってくれる良き団長。時折テンションがどこか変な方向を向いてしまうのがたまに傷。続いてはお相手の――」
――ヴァンドレット・クルーガー。
ファーレンブルク神王国、エクシオル騎士団副団長。
特有魔法、『黒影』の使い手。影を操る魔法である。
「影は七属性の中の闇に属する魔法です。つまり、二人は光と闇の対照的な特有魔法の使い手と言うことです! これはもう、ヤバい! 盛り上がること間違いなし!」
会場の誰もが思った。
――最も盛り上がってるのはマトリじゃね?
そんなテンション上げ上げな実況に対して、二人は自分たちの紹介に苦笑していた。
「そう言えば、聞いたか。レイディアはシードらしいぞ」
「一試合目はパスってわけか。運が良いのか悪いのか。少なくとも、オレはあいつと戦いたくは無いね」
話を変えるべく仕方なくだが、先に口を開いたのはレイの方だった。ヴァンは笑いながら冗談で返す。
そのまま自然な動きで二人は剣を抜き、眼前に構えながら話を続けた。
「俺は……決着をつけたいって思ってる。今の自分の実力が、どこまで通用するかが知りたいんだ」
「そうか。良いじゃないの。だが、その前にオレを倒してから、もう一度言うんだな」
「そうさせてもらう。ヴァンには感謝してる。お前がいなければ、あの場で稽古に集中することなんてできなかっただろうからな」
その言葉の意味することを理解したヴァンは苦笑を返した。
レイが森の小屋で稽古中、ヴァンは影から見守っていたのだ。以前のレイなら気づかなかっただろう。つまり、今までとは違うと物語っているに等しい。
だが最初からではなく、気づいたのは稽古を始めてから一週間後のことだった。
「両者準備は良いですかー!」
実況のマトリの元気な声が会場に響く。
いよいよ開始である。
「では、始め!」
高らかに始まりの合図が鳴った。
「はぁあ!」
先に動いたのはレイ。
正面のヴァンに向かって駆け寄る。ヴァンも同じくレイとの距離を詰める。
そして、お互いの剣が甲高い音を立てながら交わる。
どうやらまだ魔法は使っていないようだ。
「お互いに純粋な剣の勝負を仕掛けたぁ! まだ魔法は使わないようだ!」
マトリも気づいたらしく、観客にもわかるように説明した。
――先ほど二人の話題に上がったレイディアは、客席で剣劇を無表情で眺めていた。
周りの観客は彼がそこにいることには気づいていないらしい。周りと同じく一般の観客だと思われているようだ。
髪型と服装を変えただけでこうも違うとは残念だな、と密かに思う彼である。まだ民との親密度が低いのかもと捉えたようだ。
「魔法を使っていない、か」
彼の目には何か見えているのか。意味深にぼそりと呟く。
「あなたには違って見えるの?」
隣に座っている青色の長い髪を下ろしている少女が呟きに反応した。
声で誰かは判断できたが、レイディアは視線だけ横にずらし、一応その目で声の主を確認する。
「それとも――見えていないのかしら?」
「さてな。私はちゃんと、こうして見ているさ」
謎かけのような問いをした少女に目を合わせた。
突然の行動に少女は顔を赤らめ、それを隠すために俯いた。が、残念なことに耳まで真っ赤になっていることを少女は知らない。
もちろんこれは彼のいたずらである。
少女の反応に満足したのか、レイディアはふっと小さく笑ってから試合をしている二人に視線を戻した。
「まぁ、真面目に答えると、“魔法”は確かに使っていない。だが、“魔力”はしっかりと使っている。目には見えんがな。それがさっきの問いへの解答だ」
「自分たちの魔力を魔法に変換してないだけってこと?」
「そういうこと。魔法とは、自分の魔力を別の物質、または物体に変換したものの呼称だ。変換できる許容範囲と言ったものは、当人の素質によるが」
少女は彼が楽しそうにしているのがわかった。
彼は試合を見るより、こんな説明をする方が楽しいことなのを知っているからなのか、少女は優しく微笑みながら聞いていた。
簡単に説明すると、試合中の二人は仲良く魔力をぶつけ合っているのである。
「まぁそれも……、おやおや、どうやらようやく始まるようだ」
話を続けようとしたが、試合が動いたらしく途中でやめて、二人を見るように促した。
――レイディアの言う通り剣劇は既に終わっており、互いに距離を取って身構えている。
「光よ、宿れ」
レイの声に呼応して、剣が光を帯びた。ヴァンは黙って見ているだけかと思いきや、
「影よ、ここに在りて――ソニック・シャドウ」
手を前に翳しながら詠唱して攻撃を放った。
ヴァンの影から三本の影が空中に伸びてレイに迫る。対して彼は落ち着いた表情で佇む。
当たる、と思われた瞬間、会場が静寂に包まれた。その一瞬で彼は迫り来る影を全て斬り裂いた。
見事な剣さばきに会場は空気を震わすほど盛り上がる。
「あらら、全部斬るとはねぇ……」
ヴァンの顔を一滴の冷や汗が流れた。
言葉の通り、レイは全ての影を斬っていた。三本の空中を駆ける影の下を通っていた影すらも。観客のほとんどは気づいていないが、つまり影は六本伸びていたのである。
驚くのはそれだけではない。
影は文字通り“一瞬”で斬られたのだ。剣の動きが――見えなかったのだ。
剣で斬ったのかはわかる。だが、どの角度、どの順番で斬ったかは予想するしかなかった。
速い。速すぎるのだ。目で追えないほどの速度。これが冷や汗の原因だった。
「これが光か。良いじゃないか、そう来なくちゃな!」
笑いながら剣を振り下ろす。すると剣から黒い影が放たれた。今度は先ほどの攻撃よりも速いものだ。
「はあ!」
レイも同じように振り下ろし、影に対して光をぶつけて相殺した。
しかしヴァンはその隙に影で分身を作っていた。レイもさすがの光景に笑みをこぼす。
確かに同じ人物が数人に増えていたら笑ってしまうだろう。加えて、増えた人物は楽しそうな笑顔を浮かべているのだから、つられるのは無理もない。
騎士団に入団したての頃は、影の分身は真っ黒な人の形を模どったものでしかなかった。が、今は違う。完全に分身もヴァンの容姿とまったく同じものになっている。
その頃を知っている者たちからすれば、今の光景は微笑ましいものであった。
彼の成長を己が目で見ることができたのだから。
――ヴァンは今でこそ副団長と呼ばれる立場になっているが、魔法や剣の才能が秀でていたわけではない。
どちらかと言うと劣っていた方だ。
特有魔法が発現してからだって、使えるようになるまで時間を要した。誰にも聞かずに、一人でやり抜こうとした。
だが彼だけでは限界がやって来るのは時間の問題だ。そんなありきたりな壁に当たった時に、偶然ある人物と出会った。
それこそが彼の人生を変えたのだろう。
本人には決して言うことはないが、自分の道を真っ直ぐ見据える姿に憧れを抱いたのだ。
だからこそ、自分もそうなりたいと思った。まず第一歩として同じように騎士団に入団した。
結局、まだその背中には追い付いていない。だがいつか必ず追い越す。
――そうだろ、我が好敵手よ……。お前はそう思ってないかもだけどな。先に進むのが速いからなぁ。
「――例え、どんなに難しくても、諦めないのが貴様の良さだろう?」
気のせいかもしれない。いや、十中八九そうだ。なのに不思議と力が湧いてきた。悔しいが、まだ手助けしてもらわなくちゃいけないらしい。
だったらやることは一つ。
――勝利あるのみ!
気を取り直して目の前の相手に集中し直した。
すると、レイの中心に光の槍が無数に生成されていた。
「……ヤバ」
「試合中に考え事とは、余裕だな、ヴァン! 悪いがその隙に終わらせるぞ!」
大きな声で宣言するレイ。確かに光の槍は有言実行できるほどの魔力が込められている。それはヴァンも理解していた。
だとしても、みすみす勝ちを譲るほど彼は優しくは無い。
「行けっ、輝かしき光の槍!」
――光。
それ即ち最速の存在と言っても過言ではない。
今までは理論上で強い力だとしても、使いこなすことができなかった。ずっと迷いがあった。
そう――今までは。
光で生成された槍は、光の如く圧倒的な速度でヴァンたちを貫いた――と思われた。
違和感に気づいたのは紛れもないレイである。
貫いたはずのヴァンたちは何事もなくその場に平然と立っていた。本体を外した? いや全てのヴァンを貫いた。
であれば……可能性を確かめるべく、レイは再び槍を放った。
「行けぇっ!」
今度はその目でしかと見た。
槍がヴァンと当たった部分から消えていったのだ。
「まさか、反応できるはずが……。そうか」
ここでレイは察した。
防いでいるのは確かだが、攻撃が行われてから防いでいるのではない。それ以前に体制を整えているのだ。
――影。
それ即ち、光と共に在るもの。光在れば影在り。
両者共に相容れぬものなれど、表裏一体であるもの。
一番近く、一番遠い。
「まさしく、呑み込まれたわけだ……。さすがは副団長だ」
「二回で気付くなんてスゴいな。あー、まぁ、“二発”じゃあないし、お前の今の実力なら当然か」
お互いに自分の相手を見据える。
緊迫した空気に相反して、二人の表情は至極楽しんでいる様子だった。
笑っているのだ。
「出し惜しみしてる場合じゃないな」
「残念だが、オレも同意見だ」
この先の試合のことも考慮して、手の内を隠しておいたのは同じ。
そして、それを今、二人同時に投げ捨てた。
目の前の相手に本気でぶつかると宣言した。そう判断せざるを得ない状況にお互いにいるとしたからである。
勝つのは全てを照らす光か。
闇と共に存在する影か。
今、雌雄を決する。




