四十八回目『噂』
騎士団員たちは、稽古の合間に二か国の復興を手伝っている。しっかりと手伝わなければアイバルテイク団長からのお叱りがあるため、日替わりではあるも真面目に作業を行っている。
そんな中、不自然なことが毎日続いていると民たちの中で噂になっていた。
昼間の内に終わらなかった建物の復興作業などが、翌日には完了している場合があると言うのだ。しかも二か国のどちらでも同様の出来事が起きているらしい。
別段、被害ではなくむしろ助かっている方なので問題視はされていないが、いったい誰がやってくれたのかと気になる者は少なくはなかった。
それは遂に王の耳にも入ることとなる。
「そう言えば、最近城下町で気になる噂が囁かれています」
朝食を食べている時に、ミルダの口から例の話題が出てきた。
メンバーはミカヅキ、ミーシャ、ミルダ。そしてソフィ、アイバルテイク五人だ。
稽古でミカヅキとほとんど一緒にいられないため、少しでも長くと言うことで朝食を一緒に食べることをミーシャが提案した。
ミルダは士気に影響が出る可能性があるため、断ろうとしたのだが、ミーシャの精神面の安定を考慮して仕方なく承諾した。
つい先日まではもう二人いたのだが、片方は頭を冷やしに出ている。もう片方は引きこもっているわけだ。
「どんな噂?」
早速食いついたのはミーシャだった。ミカヅキも訊こうとしたが先手を取られてしまったわけだ。
バレないように開けた口にそのまま朝食を入れた。
もちろん、ミルダが見逃すはずも無く、一瞬微笑んでいつものキリ顔に戻したのは言うまでもない。
「騎士団の方々が日替わりで二か国の復興の手伝いをされていることはご存じかと思います。それ自体に問題は無いのですが、作業が終わらず、翌日まで持ち越したはずのものが、翌朝には終わっている。と言うことが何度もあるとのことです」
「誰かが残ってやったりしてるんじゃないですか?」
ミカヅキは妥当だとを思われることを言ってみる。
「どうも、本人たちの話ですと、作業をしていた方々には心当たりが無いそうなのですよ」
「確かに、町で作業をしていたときに訊かれたな。団長さんがやってくれたのかい? と。だが違うと言ったら、困ったような表情をしたのを覚えている」
さすがに予想していたのか、すぐに問いに対して返答する。アイバルテイクも反応して、先日の出来事を話した。
ミカヅキとミーシャは首を傾げる。
じゃあ、誰がやっているのか、と。
「被害が出ているわけでもなく、見事にミスも無いので助かっているようですが、皆様はせめて感謝の言葉を言いたいと仰っています」
ミカヅキはここであることに気づいた。話からして、噂を国民に直接確認しに言ったのだろうなと。
相変わらず抜け目が無いなぁ、などと感心していた。
彼は今日もビャクヤのところに通うことになっている。レイディアが引き込もっているのが主な理由だ。
と言っても、ビャクヤの所に行くように指示したのはレイディアである。そのため、あながちサボっているとは言えないのだ。
「ミルダさん。あなたは誰の仕業か気づいているんでしょ?」
他が、と言うより主にまだ子どもの二人が盛り上がる中、それまで静かに食べることに集中していたソフィが核心をついた。
え? と二つの疑問の眼差しがミルダに向けられた。
「断言はできませんが、心当たりはあります」
「まだわからないのか、ミカヅキ。お前はわかると思ったんだがな……」
やれやれと苦笑しながらアイバルテイクはため息をつく。
ここまで言われてやっと、はっとなった。
「レイディアか!」
「あー!」
ようやく答えがわかってはしゃぐ少年とお姫様の二人。
そんな二人を大人三人は微笑みながら温かい眼差しを送る。
こうして見ると、お互いを想い合う仲と言うより、長年一緒に過ごしてきた兄妹にも思えるのだから不思議なものだ。
「でも、レイディアは今引きこもっているんじゃ……」
と最もなことを言いかけたが、途中で気づいたのだろう。言葉は最後まで紡がれなかった。
そう、あのレイディアが大人しくしているはずがないのだ。
ちなみに、今回の襲撃で家を壊された国民には、ホテルや城を開放して一時的に居住区としている。
「あと、手がかりが一つだけあります。作業が終わっていた場所の近所に住む国民が高らかな笑い声を聞いたらしいのです」
「レイディア……」
食事の手を止め、ボソッとソフィが呟いた。その表情は分かりやすく、疲れきっているようにも感じた。
この場にいた全員が似たような心境だろう。なぜなら意図も簡単に想像できてしまうからだ。
レイディアが作業を終え、満足そうに高らかに笑う姿が……。
「で、でも、元気そうで何よりですよ……!」
ミカヅキがソフィに気を使ってそう言うと、「ありがとう」と微笑みを返される。
ドキッとしてしまったことは彼だけの秘密だ。ミーシャにバレたら怒られてしまうことに他ならない。だが彼はまだ、年頃の男子なのだ。
魅力的な女性に惹かれるのは正常の反応だ。それでも……と言うのが男女の難しい所と言えよう。
――そして食べ終わり、全員が各々の稽古場や持ち場に向かっていった。
ーーーーーーー
廊下でミカヅキはヴァンとすれ違う。
「おはようございます」と真面目に挨拶した彼に返ってきたのは、予想もしていなかったことだった。
「おはよ。なんだミカヅキ。良いことでもあったのか?」
「え、そ、そんなことは……」
突然の問いに驚きを隠せない。
思い当たる節は幾つかあるが、乗り切った直後に危機に再び逆戻りなど考えていなかった。
「そうか。今日も姫さん方と朝一緒だったんだよな。まったく、羨ましいなぁ、このこのー」
「そ、そうですかねー?」
頭を腕の中で押さえられ、そのままグリグリされた。少し痛いくらいでじゃれあいなのがわかる。
本人はあまり真剣に考えたことが無かったが、他者からすればやはり凄く珍しいことなのは火を見るより明らかだった。
「そう言えば、ヴァンさんは、最近両国の城下で有名な噂は知っていますか?」
「ん? ああ、作業が一晩のうちに終わってるってやつだろ。知ってるぜ。ついでに言うと、誰がやってるのかも検討はついてる」
ドヤ顔をしながら誇らしげに言うヴァンに、さすがに“俺も検討がついてる”なんて言えなかった。あまりにも嬉しそうに言っていたからである。
彼なりの配慮だ。
ここでは姫様を一人前の騎士になろうとしているが、もとの世界で本来なら高校生と呼ばれる大人への階段を登り始める、いわゆる年頃なのである。つまり今の環境は、厳しいものではあるものの、少年が成長するには丁度良いのかもしれない。
「おっと、オレもお前さんに聞きたいことがあったんだ。すっかり忘れてたぜ。噂と言えば、ミカヅキ。お前は今、なんか凄ぇ人に稽古してもらってるらしいな。あのレイディアの師匠だっけか?」
先ほどまでとは一転して真剣な表情になり、ミカヅキに忘れていた疑問をぶつける。
「どこでそれを……。はい、その通りですよ」
躊躇いはしたが、ここで隠し事をしても意味は無いと思い、問いに素直に答えることにした。本当は一番初めに会った時のことを思い出していた。心の中を“予測”されたあれだ。
すると、それを聞いたヴァンは天井を仰ぎ見て、返答に何か思うことがあったのかと思えてくるような深いため息をついた。
「な、なんですか……?」
こんなに盛大にため息をつかれたら、聞きたくないと思いつつも、やはり好奇心の方が勝ってしまうわけで……。彼も人の性には逆らえずに問い返してしまった。
「……」
今度は突然黙りこくるヴァン。
天井を意味深な表情で仰ぎ見る茶髪の男性と、その男性を不安に満ちた表情で見つめる黒髪の少年。はたから見たら異様な光景であろう。その証拠に、一人のメイドが角を曲がり、二人を視界に入れた途端、数秒の静止の後にもと来た方へと翻した。
この謎の構図は数分間続いた。
そんな二人のなんとも言えない空気を壊したのは……、
「何してるの……?」
偶然通り掛かったちょっと引き気味のミーシャだった。当然だ。声をかけただけでも称賛に値しよう。
さすがにミカヅキも我を取り戻し、苦笑しながらミーシャの方を向いて彼は絶望を感じた。
ミーシャだけならなんとか言い訳できただろう。だが現実とは残酷なもので、彼女の隣には、剣でも突き付けるかの如く、冷たい眼差しを二人の男に向けるミルダがいた。
「え、あ、いや、なんていうか……スキンシップ?」
「そうですか。では、どうぞ続きを。私たちはもう行きますから」
少年は察した。ここで何を言っても空回りしてしまうと。
心が締め付けられるような感覚に襲えわれながらも、去っていくふたつの背中を追いかけることはできなかった。
「はああああぁぁぁぁぁぁあああ」
「でかいため息だなぁ。若いねぇ」
落ち込む少年と、気にせず笑顔の男。
仲が良いのか悪いのか。
「ヴァンさん!」
「わかってるよ。二人にはあとでオレから説明しとくから。じゃ、またな」
手を振りながら、ミカヅキとは反対に歩いていくヴァン。途中で「あっ」と言いながら振り返った。
「その師匠って人。ヤバいほど強いから。だって——」
「え……」
言葉がでなかった。
——神王国でその人が負けたのは、レイディアだけだから。まぁ、それもわざとだけどな。
上には上がいるとは、まさにこのことだろう。




