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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第五章 同盟稽古開始
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四十七回目『守られている』

 ミルダさんと一緒に医務室に入ると、中にいたおばちゃんがニヤりと口角が上がったと思ったら、すぐさま近寄ってきて背中をバシンと叩かれた。


「ぶふぉっ」


 いつものことながら威力が強い……。これは何度やられても慣れないな。本人には微塵も悪気が無いから何とも言えないのがまた……。


「ついにやったのね、レイくん」


 満面の笑みでそう言ってくるが、残念ながらおばちゃんが期待してることは無いよ。……ま、まだ?

 でも俺って、ミルダさんのこと何も知らないんだよな。俺だけじゃなくて、王国民なら全員そうだろうけど。前王を除いて。


「違うから、たぶんおばちゃんが考えていることとは違うから!」


 ――早々に誤解を解いて、治療をしてもらった。さほど時間はかからず、思ったより早く済んだ。さすがはおばちゃんだ。


 それからミルダさんに着いていくと応接間にたどり着いた。

 ここで話をするらしい。道すがらすれ違うメイドたちに何やら指示を出していた。


「では、最後にもう一度だけ確認します。本当に、よろしいですか?」


 再びまっすぐに俺を見ながら問う。


「ああ、迷いはない。さっきも言った通り、俺は知らなくてはならないんだ。だから、よろしく頼む」


 わかりました、と静かに言って、話を始めた。


 ――覚悟はしていた……はずだ。なのに何も考えられなくなっていた。どうやって自室に戻ったのか覚えていない。

 気がついたらベッドに腰掛け、無心に窓の外を眺めていた。

 既に空には星が瞬いている。


「……ダメダメじゃないか」


 呟いてしまっていた。そんなつもりは毛頭無い。それでも口は勝手に動いていた。

 なぜならまさにその通りだからだ。

 ダメダメだ。全然ダメだった。


 頭の中は語られたことの中でも、ある一つのことがずっと駆け巡っている。


 あぁ……父さん。


 ごめんよ――。




 ーーーーーーー





「おいレイディア、どうするよ。このままじゃレイの奴、行っちまうぜ」


 心配そうな表情をするヴァンをよそに、レイディアは退屈そうに欠伸(あくび)をしていた。


「こういうのは私の領分ではない。統括のアイバルテイク殿にお訊ねするべきだよ」


「んな、薄情な」


「――そもそもだ。今のあやつは、私やお前より弱いかもしれないが、秘めたるものはそれなりの可能性がある。案外戻って来る頃には面白いことになってるかもよ。……まぁ、気になるなら追いかけてみな。それを選択するのはヴァン自身さ」


 ドヤ顔で自分に言ってくる奴に苦い顔で返してやったが、意味がないことなどわかっている。切り替えは早く、一度ため息をついてから翻した。


「はぁ……。まったく、とやかく言われるのは私なんだからな……」


 参謀には副団長の考えなどお見通しだ。と言っても、この状況なら誰でもわかるだろうが……。

 そして参謀同様に副団長も、文句を良いながらも彼がしっかりと対応してくれることを知っているのだ。


「悪いな」


 いたずらをした時の子どものような表情で片手を上げながら謝罪し、ヴァンはレイを追うべく部屋を後にした。


 一人残されたレイディアは誰に言うわけでもなく呟く。


「さて……、どの未来が見られるのやら。戻ってくるか、戻ってこないか」


 否。誰かに言っていたとしても、言われた側は理解することはできないだろう。

 はっきりと言えるのは、彼の特有魔法(ランク)の詳細は不明な事実だけだ。

 未だに腹の奥が見えない謎の人物――レイディア・オーディン。


「それよりも、気になるのはあの後(・・・)だ。私は……いや、何度考えても同じだ。ならもっと楽しいことを考えよう。そうだな、気分転換にクッキーでも作っておくか」


 ミルダ・カルネイドも警戒している要注意人物である。


 その正体はまだ、誰も知らない……。

 もしかしたら、彼自身さえも……。




 ーーーーーーー




 木々や草が生い茂る森の中をさ迷うように歩いていた。別段目的地があるわけじゃない。

 子どもがやりそうな、文字通り宛もない家出のようなものだ。

 こんなことをしてどんな意味があるかなどわからない。ただ、思ったのだ。動かなくては、と。

 周りに守られているままではダメだと。


「だからと言って、出てくることは無かったか……」


 顔を手で覆って、自分の行いが正しいのかと自問自答をする。


 ガルシアの命令通り封印を施され、来るべく時が来るまでこれを知らせないこと。

 最年少の団長ともてはやされ、団員から慕われていた男が、蓋を開けてみれば周りが支えてくれていたのだと気づいた。


 ――自分はこのまま団長でいるべきなのか?

 ――もっと良い奴がいるんじゃないか?


 そう思えてならない。この二か国同盟の稽古で、確かに強くはなっている。だがそれでも追い付けず、越えられない者はたくさんいる。

 どれだけ努力しても追い付けない人が、いるんだ。

 ヴァンドレット・クルーガー。通称ヴァン。

 あいつは俺よりずっと団長に向いている。なのに実際は副団長だ。それでも自分はこのままでいいと言った。「俺はこのポジションが一番合ってるんだ」と断言された。

 今のままでは、帝国には勝てない。いや、誰にも勝てはしない。

 俺は……弱い……。


 だから、みんなには悪いが、少しだけ頭を冷やしてこようと思う。


「武道大会までには戻る」と書き置きを残して、王国を後にした。

 なにか目的があるわけでもなく、宛もなくさ迷う。ただそれだけで良いと思った。そうするだけでも、色んなことを忘れ、心を落ち着かせると思ったから。


 そして、一週間が経ったある日。どこかもわからない森で、木で作られた小屋を見つけた。


「ん?」


 周りに人が通るような道は無い。森の中のその小屋は、少しだけ異端に感じた。

 まるでここだけ別の世界のように。


 すると、小屋の扉が開かれる。

 咄嗟に身構えるが、出てきた人物の正体に構えを解いた。


「誰?」


 子どもだった。まだ十歳くらいの男の子だ。


「どうした、ディルク。……おや、客人とは珍しい」


 小屋の中から声が少年を追いかけてきた。が、肌で感じるこの感覚。声の主は相当の実力者だ。

 すぐに身構えようとしたが、全身が石化したのかと思うほど固まってしまって動かない。


 言ってしまえば出てきたのは黒髪の一人の青年。長い前髪は顔を隠して、隙間から覗く目は閉じられている。


 初めて見たはずのその姿に、どこかデジャヴのようなものを感じた。


「どこかで……会ったことがあるか?」


 言った直後に、何を聞いているんだ、と思い返す。どこかですれ違ったことがあるだけかもしれないじゃないか。

 そんな一人で自問自答する俺に対して、青年は微笑みながら答えてくれた。


「いいや、初めましてだよ。ファーレント王国のガルシア騎士団長、レイ・グランディール」


 名前を呼ばれ今度こそ身構える。

 なぜ名前を?


「俺のことを知っているようだな。なら、そっちのことを教えてくれても良いんじゃないか?」


「良いだろう。ただし条件がある――」


 提示されたのは至極簡単なもので、魔法無しの単純な剣の勝負をしろと言うものだった。


 どうしてこんなところでなんて考えが頭を過ったが、これはいいチャンスだと切り替えることにした。


「良いだろう、受けて立つ。それで、そっちが勝った時の条件はなんだ?」


「んー、そうだな。子どもたちの子守りを頼むことにしよう。どうだ?」


「わかった、その条件引き受ける」


 “たち”と言うことは、先程の少年みたいなのが何人かいるのだろう。どんな条件だろうと、負けるわけにはいかないよな。

 こんなところまで、迷惑かけるのをわかってて来てしまったんだから。

 悪いが、気分転換に付き合ってもらうぞ!




 ーーーーーーー




 小屋の横の開けた場所に移動し、互いに剣を構える。

 審判は先程のディルクと言う少年だ。


「準備は良いか、団長さん」


「ああ、いつでも行ける」


 剣に手を携え、目の前の男に視線を移す。全体的な雰囲気はゆったりとしているのに、隙が全く無いのがわかる。

 この感覚は……。


「よし。じゃあディルク、頼んだ」


 ディルク少年は子どもらしく頷きで返し、手を上げながら天高く声を上げた。


「では……始め!」


 少年の手が振り下ろされると同時に、剣を抜きながら距離を詰める。

 対して青年は微動だにしない。それでも容赦なく斬りかかった。

 振り下ろされた刃が体に当たる直前に、青年は体を横にずらす。剣は無益にも地面へと向かっていく。


 これぐらい、どうってことはない。


 心の中で自分を鼓舞して、左足を一歩前に出して地面を踏みしめる。剣の軌道を変えるため右手はそのまま、左手だけ親指を手前側に向くように持ち替え、押すことで力の加わる方向を下から横に変えた。


「ほぉお……」


 と感心したかのような声を漏らしたが、今度は後ろに下がることで躱わして見せる。

 更に追撃を加えるべく、剣を握る手に、地面を踏みしめる足に力を入れる。倒すべき相手を見据える。


 ――その後も何度も攻撃するも、全て躱わされた。防がれるわけでも無く、往なされるわけでもない。ただ躱わされるのだ。


「なぜ、なぜ剣を抜かない!?」


「そんなこともわからないのか……。王国の騎士団長とは、その程度のやつがなれるのか?」


「なんだと!」


 声を荒立てたが、心の中では同じ事を思っていた。肯定、していたんだ。

 純粋な魔法無しの剣の勝負で、嘲笑うかのように剣を抜いていない相手に掠りもしない。だから聞かなくても察しはつく。


 ――剣を抜く必要が無いからだ。


 実力差があるのははっきりしている。わかりきっている。なのに、なぜだか剣を下ろすことはできなかった。

 ……いや、下ろしたらもう、今度こそ“終わり”だと感じたんだ。

 理由なんてわからない。

 なんとなく、そうなんとなくそう思ったんだ。


「……」


 剣を鞘に戻し、落ち着くために目を閉じ、静かに深呼吸をした。


 そうだ。焦ったって意味がない。あの参謀も言っていたじゃないか。


 ――冷静さを欠いた時点で、その者は負けている。


 アイバルテイク団長にも気づかされたじゃないか。


 ――俺は俺でいいんだって。


 ゆっくりと目を開けて目の前の青年を見据える。

 恐れる必要はない。今も攻撃してこなかったことで、何を望んでいるのかわかった。

 俺はいろんなの人に支えてもらってばかりだ。だから、もう良いじゃないか。


 今度は俺が――支える番だ。


「俺は、ファーレント王国ガルシア騎士団長、レイ・グランディール。……待たせたな」


「ようやくか。貴様は遅すぎる。が、よかろう」


 青年は言いながら剣を抜いた。

 体の前に構えて俺を見据え、言葉を続けた。


「私の名は――」


 森に剣がぶつかり合う音が無数に響いた。

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