四十五回目『森の中の』
アインガルドス皇帝による宣戦布告から、もう二ヶ月が経過していた。残り十ヶ月と言うときに、レイディアはお偉い方を集めて会議を開いた。
集められた面々は、ファーレンブルク神王国からは国王ソフィ・エルティア・ファーレンブルク。
エクシオル騎士団長アイバルテイク・マクトレイユ。
同副団長ヴァン。
ファーレント王国からは国王ミーシャ・ユーレ・ファーレント。
国王お側付きのミルダ・カルネイド。
ガルシア騎士団長レイ・グランディール。
とそれぞれの国の大公たち。
議題は、
「武道大会をやりたいんだ」
文字通り武道大会を開きたいと言うものであった。
「「……」」
「いきなりすぎない?」
彼の突然の提案にほぼ全員が困惑していた。ソフィは辛うじて質問する。
対して彼は空気なんて気にすることなく、問いに答えると共に楽しげに話を続けた。
「確かにそうかもしれんが、各々の現在の実力を知るには有効な手段だと思うんだ。それに、連日の稽古で心身共に疲労しているはずだ。だから丁度いい気分転換にもなると考えている」
初めは突然無茶なことを言うと思っていた面々も、レイディアのしっかりとした説明により、メリット、デメリットを理解した。
――おかげで話しは順調に進んでいき、武道大会を行うことを決定した。が、レイとヴァンの提案で景品を用意するべきだと言うものが出た。
「そうだな。勝者にはそれなりのものが必要になるか……。例えば何がいいとかあるか?」
「ソフィとミーシャ、二大姫君に撫でられる権ってのはどうだ?」
「あぁ?」
殺気をもろに出しながら、とてつもない案を言った奴らを睨み付けたのだが、すぐにソフィに収められてしまった。今は罰として部屋の壁に大の字で張り付いた状態だ。
くすくすと笑い声に「笑うな!」と威嚇したが、これもソフィによってまるで子犬のように静かになった。
ここにいる者たちは、あまり驚いていなかった。なぜなら良く見る光景だからだ。
「……コホン。まぁでも、正直冗談ではなく実際、お二方の民からの信頼は大きいものです。その方々からの褒美となれば、騎士たちは喜ぶでしょう。同時に褒美のためにしっかりと実力を見せるための抑止力になるかと」
壁に張り付く参謀を放って、アイバルテイクは騎士団長らしく意見をまとめる。
「そうなの?」
「男性は単純な方が多いですから、あながち間違っていないかもしれません」
ミーシャの問いにミルダは落ち着いた口調で答える。それを聞いた部屋の全員が壁に張り付く男性に視線を送ったのは言うまでもないだろう。
「確かに、レイとヴァンの提案はバカにはできん。問題は、お二人がよしとするかです」
アイバルテイクが二人の姫に視線を送る。
対して二人の表情はどう答えるのか、既に決まっているようだった。
「それで皆さんが楽しめるのでしたら」
「私もソフィ様と同じ気持ちです。少しでも力になれるなら、協力します」
さすがは国の長たる姫君である。何の迷いもなく提案を承諾した。
こうして、『二人の姫君による撫で撫でが景品』と言う、なんとも不思議なもの景品とした武道大会が行われることが決定した。
日は1ヶ月後。準備の期間を考慮しての時間だった。加えて、この期間内の稽古は自分で参加するか否かを選べるようになっていた。作戦を考えたり、休息したりと各々の判断に任せたのだ。
レイディアがその後一週間も部屋に閉じこもったのは当然の結果だろう。その間ミカヅキは彼の提案で、とある人物のもとに通っていた。
ーーーーーーー
森の中の開けた場所にある木造の一階建ての一軒家。見た目は正直、もとの世界の日本の家に似ていた。この世界の建物は洋風ものが多目の印象だったから、久しぶりに見たそれは新鮮さと懐かしさを感じた。
ここは神王国の端の端。数十メートルも進めば神王国領の外に出られる。
なぜ俺がここにいるかと言うと。
レイディアが色々あって引きこもったので、代わりの稽古をしてくれる人を紹介するから、そっちに行ってくれと言われたからである。本人からではなく、ヴァンさんからだけど……。
いったい何があったのかは、武道大会の景品を聞いてなんとなく想像がついた。
考えただけで、自分のことのように頬が緩んだ。
本当に仲がいいんだな。
じゃなくて、今日は初対面なんだからしっかりしないと。
頬を両手で軽く叩いて、気持ちを鼓舞させた。
「ここ、か。……すみませーん、レイディアさんの紹介で来ました、ミカヅキ・ハヤミです。ビャクヤさんはいらっしゃいますか?」
扉をトントンと叩いて、名乗ってから聞いてみる。すると中から音がして、キィと木造独特の音を耳に届けながら扉が開いた。
「お待たせしました。話しは伺っています。さぁ、まずは中にどうぞ」
中から出てきたのは、着物のようなものを来た綺麗な顔立ちをした男の人だった。それに黒に近い紫を濃くしたような色合いをしたサラサラの髪を後ろで束ね、ポニーテールと言われる髪型をしていた。
男の俺でも目を奪われるほど美しい人だった。
……でも、なんだろう。初めて会ったはずなのに、そんな気がしない。どこかですれ違ったりしたのかな……?
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
お茶を出していただいて、少しだけ今回の経緯の話をした。
「そう言うことでしたか。彼の稽古は大変でしょう?」
「いえ……時々そう思うこともありますが、本当に無駄になることが何も無いんです。未だに幾つかわからないことはありますが……」
返答に対して微笑みを返した。
それにしても貴族の礼儀作法とかは全く知らないけど、一つ一つの所作が綺麗だった。そう動くのが一番だと知っているかのように、何かに導かれるような動き。
「どうかなさいましたか?」
「あ、いえ、なんでもありません」
どうしたんだ……。俺は何を考えているんだ。ここには稽古をしに来たんだし、ビャクヤさんはそもそも男性だし。
男の娘って言うのを好む人の気持ちが少しはわかった気がした……わかりたくなかった気もするが……。
「では、早速あなたの実力を見せてもらえませんか?」
「は、はい。わかりました!」
と言うわけで家の外に出て、お互いに距離を取る。ルール確認はさっきしてもらった。
ビャクヤさんは一歩も動かず、遠距離の基本魔法のみで攻撃してくる。それをこちらは特有魔法を使ってもいいが、勝利の条件はこの棍棒で一撃を当てることだった。
回数は三回。制限時間は五分。距離は、目視で恐らく十メートルほど。
これなら行ける!
「この石が落ちたら開始としましょう」
「はい!」
足元に落ちていたコインくらいの大きさの石を指で空中へと飛ばした。
正直に言えばこの距離を詰めて、一撃を当てることなんて簡単だと思っていた。遠距離魔法は創造の力で剣や盾を造って防げばいいと。
――だが、結果は予想とは全く違ったものになる。
「はぁ、はぁ、はぁ……そんな……」
「良い動きをしています。彼に教わっているだけのことはあります。ですが、まだまだ無駄が多いですよ」
三回。十メートルと言う、十歩程度の距離が、遥か彼方にあるように感じた。
始まりの合図と同時に放たれる無数の魔法。一回目は防ぐのに時間をかけてしまった。二回目はまさか地面から攻撃が来るとは思ってなかった。三回目は近づくどころか離れてしまった。
ビャクヤさんは一歩も動いていない。
動いたのは俺だけだ。なのに、ほとんど何もできなかった。
「勘も良いし、動きも良い。恐らく才能があるのでしょう。ですが、圧倒的に経験が少ない。故に全てにおいて詰めが甘い。彼はあまいですからね……それが影響しているのでしょう」
困ったような表情で見解を教えてくれた。
そう言えば、レイディアとはどういう関係なんだろう?
一回も名前を呼ばないし、不思議な距離感って言うのなのかな?
「そう言うのを見越してここに連れてきたのでしょうね。仕方ありません。珍しい頼み事ですから」
俺は結局、武道大会までの一ヶ月間をビャクヤさんとの稽古に費やした。レイディアから教わることとは、また違った視点で様々なことを教った。
そして、その間に驚愕の事実を知る。
ビャクヤさんは――レイディアの師匠だった。
どうりで強いわけだ。
ちなみにどっちの方が強いか気になって訊いてみたところ、純粋な剣術ならビャクヤさんが余裕で勝つらしい。でも、特有魔法が絡むとわからないと言われた。
余裕と言えるのがまずわからない。加えて、特有魔法ありきでも負けるとは言ってない。
どんだけ強いんだよ……。次元が違うとはこういうことを言うのだろう。ほんと、すごい人たちに教わってると実感した。
余談だが、この人もレイディア同様“知れない人”の一人である。やっぱり、レイディアに近しい人は知れない可能性が高い。俺の特有魔法の特性を知るためにも、レイディアに報告しておいた方が良さそうだ。




