四十四回目『知ること、感じること』
レイの攻撃を受け止めながら、ヴァンと交戦するミカヅキに視線を送る。
このままでは負けるな。思った以上に防戦一方になっていた。対処法としてヒントを与えた。
すると、何かを掴んだらしく、良い動きをして見せる。が、次の瞬間にはヴァンによって気絶させられた。
及第点、ってところだろうな。やはりあいつはセンスがいい。
こんなにも早くやって見せてくれるとはな、正直驚きだ。
「ミカヅキはやられたみたいだぞ。最後のは良い動きだった。あんな動きができるなんて……。まるでどこから攻撃されるかわかっているかのような」
良くもまぁ、この私と交戦しながら、あちらを観察できる余裕があったもんだ。着実に力を付けていると言うことだ。それに、良い目をしている。
「実際、わかったんだろうよ。何しろ、応用だからな」
「応用?」
わからなそうなので、説明しようとした時。ヴァンがミカヅキのもとにいないことに気づいた。
まぁ、いつでもできるから今度にでも教えてやるとしよう。ツーマンセルにした理由が試される訳だ。
本来なら、余裕のある私はミカヅキを手助けするべきだ。だが私はそうしなかった。この状況を望んでいたから。レイとヴァン対私の構図を。
もし、ミカヅキが勝利したとしても、奴の自信に繋がると共に能力向上を意味することになった。初撃でやられなかった時点で、良くやったと褒めるべきだろう。ヴァン相手は、基本的に誰でも手こずる。何しろ“影”を操るのだから。
何者のそばにあり、何者も存在を常に認識している。認識していると言うことは、同時に攻撃に利用されれば対応が難しい。
なぜなら、人は慣れてしまいやすい生き物であるが故に、そこから攻撃が来るなどと考えていない上に、密接に存在するからこそ防御がしにくい。
属性として影は、地水火風と光闇の六属性のうち、『闇』に属する。
つまりは、レイの『光』属性の魔法とは相性が悪い。それで前回はレイは負けたしまった訳だが。相性が悪いと言うことは、コインの裏表のように、ちょっとしたことで相性が良くすることもできる。火と水は、一見相性が悪いように思えるが、火は水を温めたり、蒸発させて霧散させることもできる。
ようは使いようだ。
どうも私の周りは機転と言う点に置いて、残念ながら私に勝る者がいない。
馬鹿げたことでも、世界を変えることができるのが現実だ。
何が言いたいかって?
「ちと面倒だってことだ!」
「光よ!」
レイの声に反応して剣が眩い閃光を放つ。視界が光の白一色になる。攻撃の合図だとすぐに察した。
ヴァンはどこにいる?
辺りを見渡そうにも、光のせいで姿を捉えることができない。
「これはっ、宿れ拳神、魔神――」
「させねぇっ、影の鎖」
体が動かなくなる。私の影を使って動きを封じたと言うところか。あの閃光を浴びているはずなのに動けるってことは、影を使って防いだってことか。
おまけに目が見えないからどこから攻撃されるかわからない。まさに万事休す――と奴らの頭の中ではそうなっているだろうか?
特別に教えてやろう。
ミカヅキがヴァンの動きを予測したような動き、それを奴自信の才能や努力だけで成し得たと思っているのか?
答えは簡単だ。
「――私を誰だと思っている?」
――この時レイとヴァンの二人は、目も見えず、動くことすらできないレイディアに攻撃しようとしていた。刀を振り回されたりしま時のためにも距離を取ってだ。
優勢なのは明らかに二人の方だ。そうだ。そのはずなのだ。なのに、攻撃を躊躇ってしまう。額から一滴の汗が頬を伝って地面に落ちた。
彼らはなんとなく、本当になんとなく、“攻撃したら負ける”と感じていた。
だが、勝敗を決めるには攻撃しなければならない。
覚悟を決めて仕掛けようとした時に、耳に届いた言葉がそれであった。
攻撃速度が速いレイが剣を構える。そして攻撃に移ろうとした……のだが、剣がその場から動かない。まるでそこに固定されているように、動かすことができなかった。
「剣がっ、なら、光よ――」
レイの周りに無数の光の剣が形成されていく。それを見て、ヴァンも我に戻り、攻撃を繰り出そうとした。
するとレイディアはニヤけたのが見えてしまった。
「舞え――ファイアーボール」
声に呼応して、レイディアの周りに炎の玉が生成され、二人に飛んでいくかと思いきや……。予想外にも地面に叩きつけられて、複数の爆発が起きて砂煙を起こり、彼を包み込んで姿を消した。
「シャイニング・ブレード!」
だが、その程度で動揺する二人ではなく、レイは構わず形成した光の剣を砂煙の中に放つ。剣が砂煙に入った時に、ヴァンは違和感を覚えた。影でレイディアの動きを封じているはずなのだが、手応えがあるには変わらないのに、直感的に“違う”と感じたのだ。
まるで、別の何かに代えられたかのように。
「……?」
ヴァンが違和感を覚えたから、レイも別の不思議なことに気づく。飛ばした剣が当たった感触が無いのだ。音も無ければ、爆風も無い。
そこで先ほどの空中で固定された剣のことが頭を過る。まさかと思い振り向いたのと、剣が彼に飛んでいくのはほぼ同時だった。
「この程度!」
刺さる直前に、光を集束させ、盾のように使うことでそれを防いだ。ヴァンは嫌な予感を信じ、今度こそ攻撃に転じた。
「貫け――影の針山!」
レイディアがいるはずの地面を中心に円形状の影を水溜まりのように展開し、そこから空へと聳える針が無数に突き立てられた。
キンっと言う耳を突く音が何度か聞こえた。針は鉄とほぼ同じ強度にまで硬くなっているため、生身で防ぐのは不可能に近い。そして、ヴァンには手応えが伝えられるのだが、硬いもの以外に当たった感覚は無かった。
だが、地面に作り出した円形状の影の上にいることは認識できた。なのに当たっていないのだ。どこから針が出るかわかっているか、予測しなければ躱わすことなんてできない。加えて、針より速く動かなければならない。
そんなこと、できるのか? と疑問に思うが、すぐに打ち消された。なぜなら相手は――レイディアだから。
「次は私の番だ」
二人の耳に静かに、だが確かに声は届けられた。
突然突風でも起きたように砂煙は辺りへと飛ばされ霧散し、中で起きていた真実を彼らに伝えた。
そこには、予想通り光の剣は空中に固定され、レイディアは影の針の間にさも当然の如く無傷で立っていた。
そして、針に貫かれている人形の岩のようなものも見てとれた。すぐにわかった。身代わりだと。
「さて、ネタバラシといこうか。まぁ、身代わりについては予想できるだろう。まずはこれからだ」
空中に固定された剣を指差して、笑顔で説明を始めた。
「空気中に酸素と言った大気と同じように、どこにでもマナが存在するのは知ってるよな。魔法ってのは、マナを別の物質、物体に変換または構築し、使役することを言う。これはそんな気難しいことはしていない。仕組みさえわかれば誰だってできる」
そうだ。やろうと思えば、この世界の住人なら誰しもがやってのけるだろう。……あー、まぁ、根本的に魔力を持つ者に限られるが。持たない者はごく少数なので、この場合は省かせてもらう。
本題に戻ると、だ。
私がやったことは変換や構築なんて難しいことはせず、そこにあるマナを“使役”したに過ぎない。手を触れずにものを浮かしたり、動かしたりと言った類いのものだ。
そんな子どものお遊びのようなことは、残念ながら基本的過ぎて騎士団や魔法学院では教えることなんて無い。
だから自然と使わなくなっていく。故に、基本魔法ですらない、ただの魔力操作をさも特有魔法だと勘違いしてしまう。
「魔法は確かに便利なものだ。でもな、魔法は超常的な力かもしれないが、万能ではない。それを万能だと勘違いして、過信し、それは油断へと繋がる。お前たち騎士ってのは、剣や盾はうまくやれるのに、なぜか魔法だと使うことに意識が持っていかれて、“使いこなす”ことができない。なぜか、とは言ったが、原因はさっき言ったことだろう」
産まれた時から身近にあるが故に、細かいところを見過ごしてしまう。あるのが当然だと、こうするのが当然なのだと勝手に決めつけてしまう。
だから深く考えようとしない。世界が変わろうと、人間って生き物はなかなか変われないんだろうな。
考えが甘いんだよ。
「お前たちも騎士王と戦うことがあればわかるかもな。あやつは魔力を持たない珍しい奴だから」
「そんな、騎士王が!?」
予想以上に驚きを見せる。食いつくようにこっちを見た。睨んでいるようにも感じなくはない。
言ってなかったっけ?
言ってなかったかも。だって聞かれなかったし。
「剣の道。純粋にそれのみを極めた者。私も剣だけなら勝ち目が無い。その境地に至れたのは境遇故に、一つのことに集中できたからと言うのもあるだろうが、それ以前にあの男は騎士だったんだ。初めから弱者の烙印を押されたとしても、戦う覚悟を持っていたんだよ。“何と”なんてことは訊くなよ?」
「……」
――彼の言葉を真剣に聴いていた。重要なことだと、聞き逃してはならないと感じたからだ。
同時に彼らは思う。目の前の青年との格の違いを。見ているものが違うのだと。
彼らとて、自分だけのためではなく、守るべきものを守るために強くなってきた。戦ってきた。それでも青年には追い付けない。
常に自分たちの遥か先を歩いている気がした。だが、決してその立ち位置で満足しているわけではなく、更に先に進もうとしている。
力や能力ではない。純粋に、心で二人は負けを認めた。
「まったく、おめえに勝てる気がしないぜ」
「同感だ」
「他の騎士団員みたいにうちの団長に一回教えてもらいな。ヴァン、お主もな。私が言ったことも教えてくれるさ」
二人は苦笑しながら剣を鞘に戻した。
それを見て、レイディアも同じように剣を収めた。
「心配するな。お主らはちゃんと強くなってるさ。ただ、もっと視野を広くすることだ。特有魔法じゃなくて、基本魔法も使いようによっては、それを凌駕する可能性すらある。まぁ、考えてわからなかったらいつでも質問に来れば良いさ。答えを教えるとは限らんがな」
ニヤっと笑ってからミカヅキを肩に抱え、二人のもとから去っていった。さながら嵐が過ぎたかのように感じたのは言うまでもない。
でも、得るものはあった。
勝つために、できることはやり尽くすと決めている。二人は向かい合い、再び剣を抜いた。
「「行くぞ!」」
魔法だけではなく、性格面でも相性が良いのだろうな、とレイディアは背中越しに剣の音を聞きながら微笑んだ。
「あ、そう言えば……」
ミカヅキの動きの説明し忘れちった。……まいっか。それくらい自分で気づいて見せろ、団長と副団長なんだからな。
あれはミカヅキが無意識に周りの、自然のもの状況を“知る”ことで相手の動きを“知って”いたんだろうな。
「地面の石や空気中の水分とかだろう。ま、全部推測だけど、恐らくそれを利用して相手の動きを知る。次に意識をそれに集中させ、反射に近い感覚で“反応”した、ってとこか」
まぁ、正確には一定の範囲内のマナの動きを感じ取ったんだろうけど。まさか私と同じことができようになるとは、なかなかすごいんじゃないか。ヒントだけでちゃんとたどり着いたみたいだな。
こりゃ私もうかうかしてられんなぁ……。て言うか、眠いな。
「私はあえて、たくさんのヒントを出してやった。その中から自分に合った答えを導き出せるかはこやつ次第。今回はうまくいったパターンだな」
頭を掻きながら、晴天の青空を見上げる。
「情報が大事なのは理解できる。だが、知らなくても良いことまで知ってしまうならどうか……。だったら逆に利用してしまおうと考えたわけよ」
いつもの一人言を呟きながら、城へとゆっくり歩いていく。
「正直なところ、出来るかどうかは半信半疑だったけどな。まぁ、予測なんてこうして覆された。それこそ、知識による“行動予測”によってって訳だ」
んー、どっちなんだろうな。
「調べたが、こいつに言語魔法はかけられてないと来た。ならどうして別世界であるこの世界の言葉が理解できるのか。答えはいくつか出たが、特有魔法を聞いて納得した。恐らくだが、“無意識”のうちに知りたいなどと考えた結果だろうってな」
そんなことより眠いな。さすがにあいつら相手は疲れたわ。
「意識的にではなく、無意識で知識を得る。対象はわからない、でも知りたいものは知れる。賭けみたいなものだが、うまくいけば……見ての通りさ」
どっちかはまた起きたら聞かせてもらおうじゃないか。
もし私と同じ方なら、補っている私の方が遥か上を行くだろうがな。
「さてと……。そろそろ始めるかな」
疲れたと言わんばかりの表情で呟いた。ただ単純に眠いだけなんだが……いや、疲れたのもあるか。
見せてもらおうじゃないか。




