四十三回目『ツーマンセル』
レイディアは考え事をしていた。
「んー」
「はぁぁあ!」
ミカヅキの攻撃を受け流しながら……。あたかも攻撃なんて受けていないかのように、連撃を素手で簡単にいなしていく。
なにも手加減しているわけではない。彼は真剣に、一撃一撃を当てるつもりでいる。だが、未だに一撃も当てれていないのが現状だ。
「……さてと、さぁ、ここからは私が攻めるぞ。しっかりと己の身を守って見せろよ」
一旦距離を取ってから宣言されたのは攻守交代。
ミカヅキも改めて構える。それを確認し、笑顔を浮かべたと思った途端、十メートルはあろう距離を一瞬で詰めた。
こうなることは予想していた。今までも同じことは何度もあったからだ。でも、わかっていても対応できるようになるまでには時間を要した。
「ふっ、くぅっ……!」
先ほどまでのレイディアとは違い、守るのにも一苦労していた。攻撃に転じる隙を見計らうが、早さも重さも違う連撃に圧倒されている。
ただの拳ではここまでの重さは無い。つまり、魔力を込めているのだ。ミカヅキの棍棒は魔法を無力化するにも関わらず、後ろに押されるような感覚に襲われる。防戦一方とはまさにこの事だ。
「どうしたぁ、この程度かぁ?」
「くっ、このぉー!」
反撃に転じるための策として、後ろへと飛び退く。もちろんレイディアは追撃に来るが、瞬時にあることに気付いて後ろを振り向いた。
そこには二本の剣が浮いて、彼に真っ直ぐ向かってくる直前と言った状態だった。
「行け!」
ミカヅキが掛け声に応えて、剣はレイディアに向かって飛んでいく。同時に更なる攻撃を加えるためにミカヅキも追撃を与えようとした。
「ほぉ、なかなかだな。だが――」
「え?」
まず最初に二本の剣を自ら向かっていき、刃ではない部分を叩いて地面に落とし、次に追撃に来たミカヅキにすぐさま振り向き棍棒を蹴り飛ばす。だが棍棒の持ち主はこうなることを予想しており、飛ばされたのはわざとだった。
「創造の力!」
手を放し、次の瞬間に造り出した剣を振り下ろす。が、右手でいなされ、左手を首もとに突きつけられて勝負は決した。
「良い機転だったな。やっとまともな戦いができるようになってきたじゃないか」
「ありがとうございます。でも、今のままでは誰も守ることはできない」
悔しさに拳を握りしめる。たしかに少しずつだけど、動けるようになってきた気がする。それでもまだ足りない。
思い悩む少年と同じ髪色と瞳の色を持つ青年は、自分より少し背の低い少年の頭に手を乗せて髪をくしゃくしゃにしながら言葉を紡いだ。
「焦るなよ。焦ったって良いことは無いさぁ。休憩がてらに、ちとお出かけすっぞ」
気分転換も含めてな、と付け加えて。他の者たちが稽古している場所へと赴いた。
レイディアは他にも思惑があるように一人でニヤけながら。
ーーーーーーー
キンッと言う剣と剣が当たる度に生じる音を何度も出しながら、二人の男は互いに辺りを警戒していた。だからと言って、油断すれば剣は自らの体にぶつかることは重々承知しており、目の前の相手に対しても気を抜いたりはしていない。
故に、互いの体には傷一つない。
「まったく、あいつはいつになったら来るんだ……?」
「それはそちらの方が詳しいのでは?」
「いやいや、あいつのことは何年一緒にいようと全くわけわかんないさ!」
「同感だ!」
エクシオル騎士団副団長、ヴァンドレット・クルージオ。
そして相手をしているのは、ガルシア騎士団団長、レイ・グランディール。
剣を交えながら、とある人物を待っていた。
昨日「そっちに明日乱入するから、よろしく頼むなー」と通りすがりに言われ、いつ現れるかを言わなかった奴を待っているのだ。
だが、当の本人はお昼を過ぎても姿を現さない。故に二人揃って愚痴をこぼしている訳である。
「――っ」
「来たか」
と二人は各々の反応をしつつ、剣を前に構えた。攻撃するためではない。そう、防御するために構えたのだ。
構えたのとほぼ同時にあの甲高い音が耳にぶつかり、若干の不快感を周りの者に与えた。
「良く反応したな」
待ち望んだ男の登場に、二人は偶然にもほぼ同時に剣を振り払う。
黒髪の男は後ろに飛び退き、両手に持った剣を鞘に閉まった。
「で、今日の目的はなんなんだ?」
「簡単さ」
ヴァンの問いに笑顔で返す。ちなみにレイディア以外の三人はここに揃っている理由は知らない。
「ツーマンセルってやつさ」
とても楽しそうな笑顔だったのを三人は記憶している。
二対二のタッグを組んで戦おうと言うのだ。
組み合わせはあとあと変えていくらしいが、最初はレイディアとミカヅキ。ヴァンとレイになった。
ルールは簡単。
武器、魔法は自由に使ってよし。どちらかが気絶などの戦闘不能、または降参したら終了。
レイディア以外の三人は、この稽古が今の自分たちの実力を図るものだと理解した。だから本気で戦うと。
だが念のためにヴァンはあることを確認した。
「レイディア。お前は本気でやるのか?」
んー、と唸ってから考える。数秒考え込んだ後に出した結論は、三人にとって喜ばしくもあり、本気で覚悟を決めなければならなくなった。
「久しぶりに、そうしよう」
味方となる少年は安堵し、敵となる青年たちは汗を流した。
もちろん、冷や汗である。
ーーーーーーー
レイディアさんが前衛、俺が後衛で援護することになった。
レイとヴァンはどちらも前衛らしい。
勝敗の条件は戦闘不能、または降参した方が負けと言うシンプルなものだ。
試合前にレイディアさんがこっそりと、「自分でやるべきと思ったことをやれば勝てる。やらなきゃ負ける。それだけだ」と言われた。
まだ意味はよくわからないが、その時が来るまで援護に集中しよう。
「んじゃ、これが落ちたら開始ってことで」
レイディアさんが地面に落ちていた石を拾って言った。二人も頷いて了承する。
俺にも目配せして、同じく頷きで答えた。
「さぁ、始めようか」
石が華麗に宙を舞う。それぞれが武器を構える。
落ちるまでの数秒が、数時間に感じるのはどうしてなんだろうと、思い浮かんだ疑問に答えが出る前に――始まった。
「――おやおや」
「止めるか」
途端にキンッと甲高い音が聞こえ、レイが剣を振り下ろしていたが、レイディアさんはそれを難なく受け止めていた。
なら次は俺だ。目線をヴァンさんに移すと、なんと三人に増えていた。
「え……いや、後ろだ!」
感覚、ではなく、魔力を一定の範囲に放出して、結界のようなものを作る。お互いにダメージは無い。
本当に感知に特化したものだ。でも、おかげで気づくことができた。
前に教わっといてよかった。
レイが同盟に行く道中でやっていたことをできないかと密かに練習していたのだ。
棍棒を振り返りながら振り払う。
「創造の力、展開――行け!」
同時に剣を頭上に造り出す。数は三本。そのまま増えたように見えた三人のヴァンさんに飛ばした。
「凄いなぁ、でも、まだ甘い」
攻撃を当てた手応えがほとんど感じなかった。まるで水の中を掻き分けたみたいに、何かに“当たった”感じが無い。
後ろに振り払った棍棒は、ヴァンさんを横一線に通過していた。
「そんな!?」
俺の魔力では、感知できる範囲はせいぜい2mぐらいしかないが、感知しているのは一人。
――そうか、わかった。
できるだけ早く、正確にを意識して、思考を高速回転させて思い出したことがあった。
ヴァンさんの特有魔法は“影”を操るもの。なら影で自分の分身を作り出すこともできるはずだ。増えたのもこれなら合点がいく。
疑問を解決すると、次の疑問に当たるのは自然な流れなのだろう。
――本物はどこだ?
「ミカヅキ! お主ならできる、“自分を信じろ”!」
心臓が大きく鼓動したのがわかった。
そうだ、始まる前に言われたじゃないか。“やるべきことをやらなきゃ負ける”って。自分でも単純だなと思う。
でも俺は、俺のやるべきことをやってやるんだ!
棍棒を体の前で地面と平行に持ち、自分の中の魔力の流れを感じ取る。教わった訳じゃない。ただ、なんとなくこうしようと思ったのだ。
そして――
「さすがはレイディアに教わってるだけのことはあるな」
気づくとヴァンの剣を止めていた。
自分でも驚いた。自分の意思でと言うより、体が勝手に動いたイメージだ。
ここに攻撃されると事前にわかっていたかのような……。
――いや、わかる。次にどこをどう攻撃されるか、わかる!
「影の剣!」
「創造の力!」
背中の方で影の剣が生成されたが、こちらも剣を上空に造り出し、上から落として影を打ち消した。
すると、ヴァンさんは一歩後ろに下がって、目を細めて俺を見た。
次に微笑みながら、
「正直、お前のことは甘く見ていた。すぐに終わるってな。でも、それはもうしない方が良さそうだ」
ヴァンさんは剣を体の正面に構えて宣言した。
「さぁ、ここからが本番だぁ!」
来る!
目の前の騎士の覇気によって勝手に全身が身構える。いや、固まったと言うべきか。
――しまった!
と思った時には視界が黒一色に覆われた。例えではなく、いきなり景色が見えなくなったんだ。
「どこだ!?」
さすがに目が見えなくなる状況には、冷静さを失わずにはいられなかった。
相手からすれば良い的だろう。
理解がそう結論付けた途端に、俺の意識も暗闇へと誘われた。




