四十二回目『晩ご飯』
「ふわぁぁあ……ちょーねみー」
盛大なあくび。
これで何回目だろうか?
今日はレイディアさんがものすごく眠そうだ。理由は聞いても「ちょっとな」と言って詳しくは教えてくれなかった。
かくいう俺も、毎日続く稽古のおかげで疲れが出てきていた。
もとの世界でこんなに体を動かし続けたことなんて無いからなぁ。
体力をもっとつけておくべきだったと痛感している。
「やっぱり、眠そうですね」
「そんなに眠そうに見えるか……。ちと休まんとだな……」
俺の言葉に、頭を軽く掻きながら答えた。
ちゃんと寝てるんだろうかと心配になる。
俺は……ちゃんと寝てるよ。ミーシャとだけど。かなり疲れてるみたいで、ベッドに横になった途端に寝ている。
ミーシャの方の稽古も大変だと聞いている。晩ごはんは、同じ時間にみんなで一緒に食べるため、コミュニケーションの場として利用されている。
「んなことより、ミカヅキよ。お主は、もとの世界に帰りたいとか思わないのか?」
「それは……」
どうなんだろう?
帰ったところで、もう居場所なんて無い。親戚の人たちとはあんな別れ方してしまったからなぁ。
あのアパートの部屋はどうなったんだろう?
今もまだ、俺の部屋なんだろうか?
「まぁ、万が一のことを考えておけよ。いつまでもこの世界にいられるとは限らないんだ。私たちは、この世界にいるべきではない存在だと言うことを、決して忘れるな」
「はい……」
あまり考えないようにしていたことだ。
でも、それ繋がりで疑問に思ったことがある。
「そう言えば、レイディアさんはどうなんですか?」
「お、私か……。戻りたいさ。ただ、まだこの世界でやらなきゃならないことが残ってるんでな。それが終わるまでは帰れないさ」
そう、なのか……。心に決めてることがあるんだ。
俺もまだ、約束を守らないといけない。
「気難しいことはあとで考えろ。今は目の前のことに集中するんだ」
だから、俺はこんなことを考えながらも、剣を落とさないように気を張っている。
「うぅ……きつい」
「よし、ここまでだ。次に、その剣を私に飛ばしてくれ。タイミングは任せる」
急な提案に驚く俺を差し置いて、話を進めるレイディアさん。
何か意味があるんだろうと思い、迷いを振り払った。
「では、いきます。はぁ!」
俺が造り出した無数の剣が、レイディアさんに飛んでいく。
腰の刀は抜かずに、格闘家のような構え方をした。
――まさか素手で防ぐ気か!?
まさかの予想は的中した。
「――神道・凛」
拳と足を駆使して、次々と向かってくる剣を叩き落としていった。
この稽古は、俺が造り出した剣を、簡単にだけど俺が操って動かすことがわかったからやっているものだ。剣のコントロールと、敵の動きをしっかりと見て対応する能力を鍛えている。
前までやっていた、何本かの剣を同時に浮かしていたのは、集中力を途切れさせないためにやっていたわけだ。
よくこんなことを思い付くよ。
これはレイディアさんの提案だった。
今では剣以外にも多彩なものを造り出せることがわかっている。
でも今は、剣での戦いを主に行っていた。戦場で相対する武器で最も多いかららしい。その特性を、自分自身が使うことで、より多く知れる。
こうやって戦い方を教えてくれるレイディアさん。こんなにすごい人なのに、俺みたいな別世界から転移してきた人、なんだよな……。
時々信じられなくなる。
どれくらいこの世界で戦い続けているんだろうか……?
「次っ、来い!」
「創造せよ、千の剣!」
さっきとは比べ物にならないくらいの数。千本にも及ぶ剣を俺は造り出した。
レイディアさんは俺の周りに造り出された剣を、無表情のまま見つめていた。
この稽古は模擬戦だと思うようにと言われているから、同じ方法で攻めるわけにはいかない。
「展開!」
言葉に従って、剣がレイディアさんを囲むように移動し始めたが、
「遅いぞ」
そううまく行くわけもなく、後ろに飛び退いた。
でも、俺の作戦はここからだ。
こうすれば、後ろに下がることは詠んでいた。だからこそ、数を増やしたんだ。
「行け!」
剣が再び、レイディアさんに向かって飛んでいく。だが、千本全部ではなく、10本程度だ。ここで一斉に放ってしまえば、数が逆に仇となって、互いにぶつかり合ってしまう。
そんなことをした日には、今度は千本を浮かせたまま保てとか言われかねない。
さすがに嫌だから、焦って決着をつけようとしないようにしないと。
予想通り、10本の剣は軽くあしらわれてしまった。
レイディアさんの特有魔法。直接聞いた訳じゃないから、間違っているかもしれないけど、恐らくは動きの予測をするもの。
そうじゃなければ、あの速さの剣を素手で叩き落とすなんてできないはずだ。
予測って言うより、予知って感じなのかな。未来が見えるみたいなものだと思う。先に対応策を練られてしまうけど、逆に対応できないほどの手数ならどうだろう。
「次は――あっ、はぁ!」
レイディアさんに飛ばして叩き落とされた剣を、俺に向かって投げつけてきたのだ。咄嗟に展開している剣で弾き返した。
「油断したなぁ」
言う通りだ。考えることに集中しすぎた。
――戦場では何でも武器になり得る。
オヤジに一回だけ言われたことがあるけど、こう言うことなんだ。敵が使ってたものすら、自分のものとして利用できる。その逆もあり得るってこと。
「これで終わりかー?」
「いーえ、まだまだこれからです!」
レイディアさんの問いに元気に返事をして、稽古に意識を移した。
ーーーーーーー
稽古が終わってから汗を流して、今は晩ごはんを食べている。
結局、一回も勝てなかった。
「まだ、全然勝ち筋が見えないな」
落ち込んでいると、隣に綺麗な銀色の長い髪が視界の隅に見えた。
「なーに、難しい顔してんだよ」
「レイ」
何度見ても、綺麗な銀色だよなぁ。もとの世界には、金髪はいたけど銀髪は知らないから、この世界特有のものだと思う。
こんなに綺麗な髪の持ち主が、男の人って言うのもまた驚きだよ。
「おお、レイ団長にミカヅキじゃあないか」
「お、またいつもの組み合わせだな」
レイと二人で話していると、ガルシア騎士団の人たちが集まってくる。これはレイと話していてもいなくてもいつものことだ。
「そう言えば、ミカヅキはあのオーディンに稽古をつけてもらってるんだろ? どうだ、厳しいか?」
「あはは……、厳しいこともありますが、とても優しい方で良くしてもらってます」
こう答えたのだが、何かお気に召さなかったのか表情が曇った。
まずいことを言ってつもりはないんだけど……。
「何かあったんですか?」
「いやー、それがなぁ」
言い淀んだ騎士団の人たちはレイに確かめるように目配せをした。対してレイは大きなため息をつき、見つめ返した。
「お前らの言いたいことはわかるが、レイディアは俺たちの国を救ってくれた恩人だぞ。疑うようなことはするんじゃない」
「でもよぉ、心配じゃねぇか?」
「それだって俺たちを信用させようとした、あいつの作戦じゃないかって不安なんだよ」
レイディアさんが何かしたんだろうか?
疑問に思った表情になってしまっていたらしく、レイが俺の顔を見て、仕方なさそうに説明してくれた。
「つい先日、周辺国の情報が入ってきてな。襲撃を受けた隙に、この国と神王国に攻め入ろうと、小国が集まって進軍してきたらしいんだ。だが、レイディアがたった一人でほぼ壊滅状態にしたらしい。万に値する敵をだ」
今までも小国が攻めてくることはあったけど、その中でも一番多い数での進軍。小国と言っても、騎士団は素人じゃない。中にはそれなりの手練れだっていたはずだ。にも関わらず、たった一人によって撤退を余儀なくされた。
レイディア・オーディンによって。
偵察隊が見た戦場は地獄のようにも見えたらしい。大地は敵の騎士たちの血で赤く染まり、遺体が草原の草花の如く、辺り一面に広がっていた。そして不思議なことに、遺体は全て綺麗に並べられていたと言う。
念のため遺体を確認したら、見事なまでに一撃で仕留められていた。全ての遺体がだ。確実に殺す意思があり、それを可能にする技量の持ち主であることを証明するには充分だ。
そんな人に稽古をつけてもらって、本当に大丈夫なのかと言うことらしい。
でも俺は思う。
他に方法があったのか、と。色々な手段を使って、最終的に出した答えがこの結果なのではないかと。
レイディアさんを庇うわけではないけど、そう思えて仕方がなかった。騙されているのだとしたら、まんまとはまってるわけだ。
稽古をつけてもらっているからか、憧れているからか、何なのかはわからない。
だけど、何とも言えない自信が俺の中にはあった。
「お前たちだって、あいつと剣を交えればわかるさ。まぁ、俺もまだだけどな」
いや、そんなドヤ顔で言われても……。ほら、団員さんたちも苦笑いしてるじゃないか。
「あいつは、レイディアは、大切なものを失うのを知ってるやつだ。それでも愚かな道を選ぶ者もいるが、あいつはそんなやつじゃない。お前らがあいつを信じれなくても、俺はあいつを信じるからな」
再びのドヤ顔。でも返されたのは、苦笑ではなく、笑い声だった。
「わかりましたよ。団長がそこまで言うのであれば、我々は従うまで」
「我らが団長が仰るならば、てな」
「ありがとよ、我が団員たちよ」
内容はあれだけど、まるで高校生たちの会話みたいな雰囲気だった。この平和が続けばいいのに、帝国はなんで戦おうとするんだ……?
戦わなければ、人が死ななくて済むのに……どうして……!
「気難しい顔をすんなって」
そう言いながら俺の頭を撫で回した。もうくしゃくしゃになるくらいに。
「な、なにっ、どうしたの……!?」
もちろん困惑するわけで、聞き返すしかできない。
すると、微笑みながら、
「ミカヅキ。お前は考えすぎなんだよ。時には考える前に動くってのも必要だぜ」
心を見透かされたように言われた。言い返せなかった。間違っていないから。
「そ、そうだね……俺の悪い癖だ」
「いや、時と場合によるな。だから、使いどころを見謝るなよ」
「そうだぜ。お前はもう、俺らの仲間なんだからな」
笑いながら肩を組んでくれる。
心から思った――ありがとう。
俺は、戦いを終わらせるために――戦う!
――話題は変わって行くもので、いつの間にか騎士団員たちをまとめて稽古しているアイバルテイクのことへと変わっていた。




