三十七回目『反応』
ミーシャ、ミルダ、レイに王国貴族たちが集まり、ソフィの話を聞くことになった。
ミーシャの隣に、ミカヅキの姿は無い。同じように、ソフィの隣にレイディアはおらず、代わりにヴァンが立っている。
拐われたと聞いていたのも相まって、誰もが驚いていた。
「この度は亡くなった方々のご冥福をお祈りします。そして、ご心配、ご迷惑をお掛けしたことを、深くお詫び申し上げます」
加えて、謝罪もされたものだから面食らった、まさにその状態。
驚愕のあまり声も出ないと言う状態である。が、そんな中で第一声を発したのは意外にもミーシャだった。
「――何があったのかを、お聞かせ下さい。決め事はその後です」
冷静な判断をできるようになったことに表面上のキリ顔を崩さず、ミルダは心の中で微笑んだ。
「では、順を追って説明します。先日、ファーレンブルク神王国は天帝騎士団の襲撃を受けました。その際、多くの民を失いました。そして――」
ミーシャの言葉に、今回の出来事を順を追って説明していく。
内容はこのようなものだった。
天帝騎士団は何者であろうと容赦なく、多くの民と建物を蹂躙し、甚大な被害を出した。
その後、天帝騎士団の軍勢が城の目の前まで進行したと思いきや、唐突にその足を止めた。
そして、団長と名乗る仮面の青年、バルフィリア・グランデルトと騎士王マリアン・K・イグルスがソフィと三人での面会を望んだ。
アイバルテイクは止めたが、ソフィは面会を受け入れた。
その後、三人で会議室に入っていった。
まず、バルフィリアは顔を出せないことを謝罪し、次にマリアンが要求を申し出た。内容は、レイディアに虚偽の情報を送り、マリアンと一騎討ちで戦わせるように差し向け、ミカヅキとヴァスティを戦わせるようにすることだった。
ソフィには、神王国が否定できないのをわかってやっているのだと、国民を人質に取っているのだと言っているように感じた。
実際、ソフィは今回の被害の情報を聞いていた。騎士団や国民が必死に応戦しても、まるで道端の石ころを蹴るように簡単に進行された。
彼女に、選択肢は無かった。
一人の大切な人より、この地にて戦う者たちを。
同盟国とは言え、他国の民より、己が国の民を。
一人の少女としてではなく、一人の王としての選択をした。
「――ごめん、なさい」
天帝騎士団の二人が部屋を出ると同時に、心に閉まっておくべき言葉が外へとこぼれ落ちる。
それからは、レイディアに偽の情報を与え、要求通りに動いた。
ソフィには後で報告されたことで、対談している最中にヴィストルティの介入があったらしい。対談が終わり、天帝騎士団の撤退を確認すると姿を消した。
これが今回の襲撃の真相だった。
「これが真実です。私は裏切り者と罰せられても、仕方の無いことをしま――」
「そんなこと無いです!」
ミーシャは声を大にして、ソフィの言葉を遮った。
ソフィや周りも急な大きな声の方に顔を向ける。
「ソフィ様。いえ、ソフィ。あなたのしたことが、正しいのか正しくないのかはわからない。でも、私も同じ状況だったら、同じ選択をする。だから私たちはあなたを責めないわ」
ソフィは静かに微笑んだ。つい先日、自分の腕の中で泣いていた少女が、こんなにもはっきりと意見を言えるようになっていることに喜びを感じた。
本人は気づいていなかったが、母親のそれに似ていると言える。
「同盟をお願いしたのはこっち。そして、対等の立場として了承してくれたのはそっち。……えっと、これからもお願いしたい。――どう思いますか、貴族の方々」
唐突な振りに反応が遅れたが、意見は言う者はいたものの反論は一つも無かった。
貴族たちはミーシャの急な成長に驚きながらも感心していた。
同時にいつまで続くのかも懸念している。期待はするが、期待し過ぎないようにした。
つまりは様子見と言うことだ。
「ふふ、ありがとう、ミーシャ」
「なら、これからのことを話しましょ」
とソフィの件は音沙汰無しで終わりを告げた。
ソフィがそうであったように、我が子が成長したと感じたのはミルダも同じだった。
ミーシャが自ら進行役を行い、ミルダに手助けされつつもしっかりと役目を果たしていた。
ちなみにミルダがここにいられるのは、指示出しを既に終わらせて、緊急事態以外は現場の判断でなんとかできるところまで進んでいたからだ。
そのおかげもあって、これからの決め事は順調に進んでいった。
――その時までは。
ーーーーーーー
同刻。レイディアはミカヅキと話した後に王国を離れ、襲撃を受けた両国の隙を狙い、進軍してきていた小国の騎士たちの相手をしていた。そんな彼は黒を基調とした服に身を包んでいた。
「悪いが、貴様らには実験台になってもらう。まぁ、大変だろうが頑張ってくれや」
聞こえないであろうことを呟きながら、冷めた目で進軍する騎士たちを見つめる。
どうやらあちらも神王国と王国のように、幾つかの国が同盟を組んだらしく、人数はかなりのものになっていた。
レイディアの見立てでは一万くらいで、実際は倍の二万だ。
なのに彼からは恐怖など全く感じない。笑ってすらいた。
「さてと。こう言う汚れ仕事は、私の役目だ。シルフィ、あまり良くないものを見せるから、見たくなかったら見なくて良いからな。と言うか、あまり見てほしくないのが本音だ」
レイディアは横に立つ小柄な少女を、先程の騎士たちに向けるものとはまるで違う、優しい微笑みで忠告した。
すると、彼の意に反して少女は首を横に振る。
「いえ、気にしないでください。これはシルフィがお願いしたことです。シルフィ・エルティア・ファーレンブルクとして、お兄さまが行っていることを知っておかないといけないのです」
両手でガッツポーズをしながら、心配してくれるレイディアにはっきりと言った。心の中で、お兄さまのことをもっと知りたいからとも思っているのは内緒である。
「そこまで断言するか……。こりゃあ私の負けだな。わかった。でも危険を感じたら私があげたお守りを使え、約束だ」
「はい、お兄さま!」
元気に返事をしてくれたシルフィを笑顔で撫でてから、敵の騎士たちの方に向き直る。
「じゃ、行ってくる」
「お兄さま、お気をつけて」
「ああ!」
これから戦場に赴く者と、見送る者には見えない二人。見ている人がいたのであれば、とても仲がいいカップルに見える程に微笑ましかった。
別段、仲良くしようなどとは考えていない。自然とそうなるのが二人だった。
そして、レイディアは強化を使って、真正面から騎士たちに突っ込んだ。
シルフィはずっと見たいと思ってはいたが、実際に彼の戦う姿を見るのは初めてだった。
「貴殿が彼のレイディア・オーディンか?」
騎士たちの先頭で馬に乗る男が、距離があったため大きな声でレイディアに話しかけた。
急な問いに気にせず突っ込もうとした瞬間、ふとシルフィのことが頭を過り、仕方なく足を止めて返事をする。
「私は、お主の言う通り、ファーレンブルク神王国エクシオル騎士団参謀、レイディア・オーディンだ!」
「貴殿に問おう。何故、ファーレンブルクの王なんぞに付き従うのだ! あの小娘が無能が故に、貴殿はこうして一人で大軍を相手にせねばならんのではないのか!」
男はこの時、あることに気づいていなかった。
自分が発した言葉が、自分の死刑宣告になっていたことに。
レイディアの表情は至って無表情。男を含めた騎士たちに、彼の内面の様子は全く見えない。と言うより、見たくないが本音である。目の前にいる存在に恐れを抱いているからだ。
「だからそんな場所ではなく、我々と共にあの小娘を――」
「――悪いな、おっさん。貴様らごときと肩を並べる気はさらさら無い。まぁ、貴様の言うことはわからんでもない。だけどな、おっさん。一つだけ良いことを教えてやんよ」
弱っている好機を逃すべきではないし、強い者を仲間にしたがるのは充分に理解していた。
「私は、私の“意思”で仕えている。他者にどうこう言われたから、おいそれと裏切ることはできないんだよ」
当たり前のことを、ただ語った。正直に言って、彼がその気であったのであれば、話なんてせずに早々と終わらせているだろう。
だが、この時そうしなかったのは、そうできなかったのは理由があった。
本人も無駄な時間かもしれないと思っているのに、できないのは誰もが抱くであろう単純なもの。
――恐れ。
敵に対するものではない。むしろ逆の味方に対してである。強いて言えば、一人の少女への感情。
――嫌われてしまうかもしれない。
彼とて、そんなことはないとわかっている。わかっているのに動けなかった。
故に覚悟を決めるための時間稼ぎをせざるを得なかったのだ。
弱さと理解していながらも、行動できない彼もまた、一人の人間なのであろう。
「叶うならば退いてくれないか? 正直言って、私は戦いたくない」
「貴殿とて、いや、貴殿だからこそ叶わないものだと理解しているだろう。我々とて、ここで退くわけにはいかんのだ」
彼は思う。
――私は無力だ。と。
でも彼と話した者はこう思った。
――強き者だ。と。
互いに譲れないものがある。たったそれだけのことなのに、彼の者たちにとっては抗いようのないものに思えた。
たとえ命を失おうとも、譲れないものがあるのだ。
故に、これ以上の言葉は必要は無かった。
「さらばだ」
「ああ、これで始まりだな。顕現せよ――氷結弾」
レイディアの手元に突如出現したそれから、バンッと言う辺りに響く少し大きな音と共に放たれた小さな物体は、曲がることなく真っ直ぐに進んでいった。
そして、対象に衝突すると同時に弾けながら凍りつき、対象を彼が口にしたその名の通り氷結させた。
「団長ぉ!」
「なんだあれは!?」
「構うな! かかれぇ!」
「瞬速の参謀と言えど、相手はたった一人だ、数で押し潰せぇ!」
目の前で起きた現象に理解が追い付かず、戸惑う者が多かったが、数人の雄叫びのおかげで何とか進軍を開始した。
レイディアは誰にも聞こえないくらいの小さい声で、よし、と言ってから再び手に持つそれを迫る騎士たちに向ける。
「凍りつけ――氷結弾」
今度は一度ではなく何度も放った。
幾つか外したが、当たった者は最初の男と同じように瞬時に全身が凍りついた。
が、次々とレイディアに迫る騎士たちにため息をつきながら、右手で左の腰に携えられている刀を抜いて応戦を始める。
華麗な動きで翻弄しながら斬って、氷結させてを繰り返した。
「ふっ、はっ、せいっ」
さすがのレイディアも圧倒的な数を前に押され始めると、強化を使って距離を取ろうとしたが、敵も同じ手法で距離を詰めた。はずなのだが、
「全く……神道・凛」
周りで剣を振りかざした騎士たちが、なぜか次々と倒れていき、倒れた者からは地面に染み込みきれなかった血が広がっていった。
そして、後方の騎士たちの上空から無数の小さな物体が落下して、弾き返そうとするも無駄に等しく終わり、騎士たちは数を減らしていった。
「おりゃああああ!」
騎士の一人が剣を振り上げたまま無防備にも突進して来たので、レイディアは刀を前に突き出して心臓を貫いた。だが、心臓を貫かれたはずの騎士が真っ赤な液体を吐き出しながらも、刀を必死に掴んで離そうとしなかった。
この隙を狙って周りの騎士たちが迫るが、左手のそれを使って凍らせていく。
「良い作戦だ。――私相手じゃなければな。なぜなら……」
言いながら、まるで豆腐でも斬るかの如く、瀕死になりながらも必死に刀を掴んでいた騎士を真っ二つに斬った。
「月光は、形あるもの全て斬り裂く刀なんだよ」
――時間にして10分足らずで半数以上を減らした辺りで、騎士たちは逃げるように撤退していった。
レイディアの服は、斬った者たちから飛び散った血で黒色が増していた。
「……貴様たちの冥福を祈ろう」
立ったまま目を閉じて微動だにしない。
これがレイディアのせめてもの弔いとして毎回行っていること。
1分間の黙祷である。もちろん、隙は無いがしっかりと60秒数える。
この戦いで命を失った者の数は、14,314人。
「――覚えたぞ……っと」
大量の情報を受け入れたせいで、少しだけふらついた。その後に全ての遺体を魔法で浮かせて移動し、戻ってきた敵が運びやすいように綺麗に並べておく。ここまでがいつも戦いの後に必ず行っていることである。
良くも悪くも周りは、こんな彼を真面目だと言っている。当の本人は認めていないらしいが。
空を見上げた。
――そこには青空が広がっていた。たとえ地面の上で悲惨なことが起きようとも、この空は何も変わらずそこにあり続けて青色を見せつけるのだろう。事実、今そうなっているのだから。
時々思ってしまう。こんなことをしても、意味が無いのではないか、ただの自己満足なんじゃないかって。
この綺麗な空を見ていると思ってしまうんだ。私はいずれ、報いを、罰を受けるべきだと。
シルフィのもとに戻った。
「――お兄さま。お怪我はありませんか?」
「ああ、大丈夫だ。それより、血だらけですまない……」
シルフィに返事をしてから、自身の服を見ながらふと思ったので謝罪したが、返ってきたのは優しい微笑みだった。
「いいえ、気にしないでください。お兄さまが優しい証拠です」
シルフィは彼が出来うる限り、相手を苦しめないように一撃で済むようにしていたことに気づいていた。同時に彼自身が苦しんでいることにも、気づいているが口には出さない。
気づかれたくないとしているのを知っているからこそ、心の奥にしまうことにしている。彼を想うが故である。
「優しくは無いさ。所詮はやっていることは人殺しだ。私は思うんだよ、もっと上手くできるんじゃないかって。他に何か方法があったんじゃないかって、いつも思うんだよ……」
言う必要の無いことなのだろう。それでも彼は、彼の口は意識とは別に言葉を紡いだ。
――でも、他の方法なんて思い付いても実行に移せない。言い訳をし続けて、答えを先伸ばしにしているだけだってわかっているさ。
一歩も前に進めていない。他者に偉そうに言ったって、何もできていないのは自分自身なのに。
「私はな……シルフィ。私は――」
「お兄さま、めっ、ですよ」
急に額にデコピンをされる。
痛くは無いがつい、いたっ、と言ってしまうレイディア。
次に両肩を下に押された。
「しゃがんでください!」
「え、あ、ああ。――なっ、シルフィ、汚れ――」
「黙ってください」
「はい……」
しゃがまされたと思ったら、抱き締められたレイディアは、シルフィの服が汚れると言う主張は一言で掻き消される。
彼は黙って成されるがままにした。
「そうやって自分を悪く言わないでください。確かに良いこととは言えません。でも、誰かがやらなくちゃいけないことを、お兄さまは自ら選んでやっています。こんな苦しいことを、やり続けているんです」
「なぜ、そう思うんだ……。もしかしたら私が楽しんでいるかもしれないじゃないか」
一番言って欲しかった言葉を言われても、素直に受け入れることができないからこそ、口から出たのは意地悪な返答だ。
にも関わらず、青年より幼く体の小さな少女は優しく微笑みかける。彼の心を見透かしているように。
「シルフィの目は誤魔化せませんよ。お兄さまがどんなことを言ったとしても、お兄さまは死を軽んじるような人じゃないんです」
シルフィに体を委ね、子どものように頭を撫でられていた。
彼はこれが、「怒ってる?」「怒ってない」と言う男女間でよく繰り広げられる、問答が発生しそうな状態だと察していたからだ。もちろん、心地よいとも感じていたのもある。
ちなみに問答が発生したら、男が食い下がるのが一般的と彼は認識していた。
――また、断言されてしまった。まったく、優しいのはどっちなんだか……。
万に値する騎士たちを相手にできる程に強い瞬速の参謀でも、ソフィとシルフィの二人には敵わないようだ。
しばらく撫でられながら他愛ない会話をした。少なくとも服の赤い液体が乾くまでは。
――そして、時は満ちる。
ーーーーーーー
「(全世界の生きる民たちよ、刮目せよ。我はアインガルドス帝国皇帝、レイヴン・ジークフリート・アインガルドスである)」
世界の隅々まで、皇帝の声は届けられた。
空から聞こえた大きな声に、ほぼ全ての人々が手を止めて耳を傾けた。
「(我が名を以て、全ての国に対して、宣戦布告を行う!)」
突如世界中の人々に発せられた言葉は手段も相まって、誰もが呼吸をも忘れ、世界は数秒の静寂を生んだ。
言葉の意味は知っている。知っているはずなのに、理解するのに時間を要した。
それほどまでに――皇帝は圧倒的であった。




