三十四回目『それぞれの思惑』
ファーレンブルク神王国の城のとある一室。そこに私を呼びつけた奴がいる。
「バンカー。私だ、レイディアだ。頼んでいたものを受け取りに来た」
「……」
無音。
扉を開けて、伝えるべきと思ったことを伝えたのだが、返ってきたのは物音一つしない静寂。
耳に届けられるのは私の呼吸音と心臓の鼓動だけ。まさにこの世界にいるのは私だけなんじゃないかと思ってしまう程に静かだ。
誰もいないのか?
と思って、出直そうと踵を返した途端、奥からドンッと言う音がした。
なので私は――
「うるさいぞ。考えるのは頭の中でやってくれ……」
どうやら考えていたことの全てが、声と言う空気を震わせる音となり、言葉として外に放たれていたようだ。
と言う冗談はさておき。
たった今、私にツッコミを入れたこの白い顎髭と屈強な体、それにおでこが広い、いかにも鍛冶屋だと物語っているおっさんは、この国で特殊な武器を造っている男だ。
名は――バンカー・D・バンダルド。
一般的な武器や防具から日常雑貨まで、ほぼ何でも作ることが可能だが、本業は特有魔法を使用した武器の生成。
ただの武器ではなく、他者が考えた、又は想像した見た目や構造を読み取り、それを造り出すことができる。
材料はバンカー自身が用意したり、造り出してから作業に移る。
想像力次第ではあるが、ものによってはとんでもない武器すら造ることが可能である。だが欠点もある。
それは武器の構造をかなり綿密に想像していなければ、完成してもまともに使えないものに仕上がる。……まぁ、中途半端なものは造ろうとすらしないがな。
故に世界に一つだけの武器になるかは、想像主の想像力次第なのだ。
あともう一つ利点がある。バンカーが造った武器の能力は、“魔法として扱われない”ところだ。つまり、魔法無効化などを無視して力を存分に行使できるのだ!
ちなみに私の二本の刀も、バンカーに造ってもらった。
まぁ、構造に関しては私もかなり手こずった上に、バンカーにも手伝ってもらってやっと仕上がったのだから、ありがたい限りだ。
手伝ってくれた理由は、私の想像した武器に興味を持ったかららしい。
アイバルテイクから聞いたことだが、そんなことは初めて聞いたとのことだった。ちょっとした自慢だ。
「お前は相変わらず忙しそうだな」
「バンカーに比べればまだマシさ」
部屋の奥に戻りながら話しかけてきた。
恐らく私が頼んでいたものを取りに行ったのだろう。
私が言ったことは冗談ではなく本音だ。
ソフィから色々と頼まれている上に、私が想像した武器は簡単に造れるものではなかったらしい。
ゴンッ。
原因は二つとも私なんだが、何を言われるかわかったもんじゃないから当の本人には黙っている。けど、見た感じだと気づいてる気がするんだよな……。
ボンッ。バンッ。
まぁ、バンカー自身がもともと、ものを作ることが好きだったのが幸いしていると考えている。
ドカァーン!
「て言うか、さっきからなんなんだ騒がしいな!」
私のナレーション中に野次を入れやがって。
この部屋の音は外には聞こえないように結界が張られたいて、どれだけ騒がしく音を立てようと、扉を開けない限り大丈夫なのだ。
魔法ってのはどれだけ便利なんだとつくづく思うよ。
「仕方ないだろ、狭いんだよ! お前がお嬢さんに頼んで広くしてもらってくれ!」
「あ、ああ。善処しよう……」
言われてから改めて部屋を見渡す。
結界のおかげで音は出ないし、ついでに『中造り』も使われているため、通常の部屋より遥かに広い。
具体的に言うと、前後左右とついでに高さは軽く10mを越えている。
更に言うと、この部屋はソフィの部屋より広い。この国の王よりも広いのだ。
基本魔法実験に『中造り』を選んだ理由はこのおっさんのためでもある。
だがこれ以上は限界を越えてしまうのは実証済みだ。
「……隣の部屋をぶち抜こうか」
「いや、そこまでは言わん。……お前は時折とんでもないことを言いやがる」
私の冗談に生真面目にも答えながら、白い髭を黒くして登場した。
手にあの品を持って。
「それが完成品か?」
待ちきれなくなってつい尋ねた。顔は頑張って、別に気にならないけど風を装っている。できてるさ……たぶん。
いや、だってやっぱり気になるんだもの。
野郎ってのはやっぱりこう言うものにはテンションが上がってしまう生き物なんだよ。
「楽しみにしすぎだ」
バレてるし。
そんなことを言いながらも、バンカーも笑っていた。
「細かい調整はしてやるから、想像と違ったら言ってくれ」
「ああ、わかった」
と差し出されたそれを受けとるために掴もうとした途端、私の手は感触の無い空気を握る。
「なぜー?」
「忠告しておく。これは、針の穴に糸を通す集中力を常に必要とする。正直言って実戦向きじゃねえ。でももし、使いこなすことができたら――」
「強力な武器になる、か」
私の言葉を聞いたバンカーは意地悪なニヤけ顔にも似た笑みを浮かべて、今度こそそれを受け取った。
すると光を放って持っていた手から消え去る。
でも、お互いに焦りはしない。
これも私が想像した、と言うよりはとある物語の中にあった設定から頂いたもの。
「量子化。うまくいったみたいだな。さすがはバンカー」
「それを説明も無しにやってのけるお前の方がさすがだよ」
これからするつもりだったのか、やれやれと言った感じに苦笑いだった。
ついに完成した。
月光、闇夜月の二本の刀に続く、新しい私の武器。
早速後で試してみよう。
「ありがとう、バンカー。あんたには感謝しっぱなしだよ」
「よせやい。お前は面白いもんを思い付く、それをワシが造る。だから次を楽しみにしてるぜ」
突然の感謝に顔を背けたが、直後には親指を立てて”次“の約束をした。
そうして私は新しい武器を手にして、この後に起こる出来事なんて考えもしないで、るんるん気分でバンカーの部屋を後にした。
ーーーーーーー
それは私がソフィとシルフィのいるはずの部屋に戻った時に起こった。と言うより、言われた。
コンコン。
「私だ、レイディアだ。開けていいか?」
「ええ、どうぞ……」
失礼する、と言いながら部屋の中からの返事に、どことなくぎこちなさを感じながらも扉を開けるとそこには、ソフィとシルフィ、そしてもう一人いた。
私は部屋に入る前に扉を一度閉めた。
あれ?
なんか今、ソフィとシルフィ以外に、なんかもう一人いたような?
ま、気のせいか。
確認のためと部屋に入るために再び扉を開ける。
「失礼しま――」
再び先程と同じ三人と言う面子。
なので私も同じように同じように、
「――した」
部屋に入る前に扉を閉めた。
やっぱりなんかいるよな?
と一人で楽しんでいると、さすがにソフィが痺れを切らして私を呼んだ。
――と言う訳で今に至る。
「いや、どういうわけだよ……」
「だからさっき説明したじゃない」
ソフィは苦笑していた。
いや、聞いたけど、再度確認したい時もあるじゃない?
「私が出来上がった品を取りに行った数分後に、二人のもとにこの男が乗り込んで来た、と。私と決闘がしたいがために」
「おいレイディア。それだとオレがただバカをやらかしたみたいじゃないか」
違うのか?
と言いたいところだが、こいつがそんなことを言い出すのにはそれなりの理由があるんだろうと察しがつく。
「相変わらず二人とも仲良しね」
ソフィが言い合う私たちを見て笑った。
確かにこいつとは半ば腐れ縁といえるかもしれない。出会い方は最悪だったけど。
今となっては良い思い出だ……。
「ありがとう、ソフィ。理由はわかってる。どうせ私とあやつが話したのを見てたか聞いてたんだろ?」
この焦げ頭が。
焦げるまでにはいかないが、茶色の髪を見ながら思ってやった。時折口にも出しているのは言うまでもない。
対して、お前はオレよりも焦げてるだろ、と言うのがお決まりになりつつある。日常の一コマとでも言うのかね。
「よ、よくわかったな、その通りだ。レイディアがどうしてあの団長と話していたか知るためだ」
言い当てられたせいか、なんとなくだが語尾が弱くなった気がした。
副団長のくせにお主は単純だからな。よく副団長に選ばれたなと今でも思うわ。
まぁ選ばれたな要因みたいなものは何となく予想はついているが、これは今は良いだろう。
「でも何で決闘なんだ? 話し合いじゃ駄目なのか?」
至極まともなことを質問してみる。
さすがに正論を突き付けられて少したじろぐも、しっかりと返答した。
「オレがお前と戦いたいからだ」
人は、これをキメてる顔。略してキメ顔と言うのだろう。
だろうな。そうだと思ったけど、迷い無く言う姿勢は尊敬するよ。
「…………もっかい頼む。 最近耳が悪くてな」
「聞こえてただろ……。オレがお前と戦いたいからだ」
気づきながらも真面目に言うんだな。キメ顔をし直して。
私は苦笑したが、ソフィとシルフィの二人は、温かい眼差しを送っていた。
あれ? 私にも向けられてない?
「良いだろう。でも、団長には報告したのか?」
「もちろんだ。そこは抜かり無い。数秒の沈黙の後に、ちゃんと了承を頂いた」
オレはキメ顔で――とでも言わんばかりに主張する。
無意識なのかとも思えてきた。
私は笑顔で、しっかりと温かい眼差しを送っている。
「なら大丈夫だな。場所と時間は?」
「場所は闘技場。時間は今から……30分後だ」
「ああ、わかった」
と返事をすると、ソフィとシルフィに一度礼をしてから、失礼しましたと言って部屋を出ていった。
あやつの特有魔法は影を操る魔法だ。自身の体を影と化し、対象の影に入ることができる。
誰の影に入っていたかはわからないが、あの場にいたと考えるのが妥当だ。
もしかしたら他の潜入系や映像系の特有魔法を持つ者から情報を得た可能性はあるが、考え出すとキリが無いのでやめよう。
私は構わないが、よく団長が許可したな。
もっと用心深いはずなんだが、お祭りごとにでもするつもりなのか……まぁ良かろう。
「悪いなソフィ、シルフィ。迷惑をかけたな」
「気にしないで。もう慣れたわ」
何食わぬ顔で言うのは良いんだけど、それはそれで気にするんだが……?
「お兄さまと一緒にいたら、何もかもが新鮮で楽しいですよ。なので迷惑なんて思いません」
眩い程の笑顔で私の言葉に返してくれた。
「それで、どうするの? 勝つ気?」
「そりゃもちろん。でも、観客によって変えるつもりだ。客がいたら長引かせる。いなければすぐに終わらせる」
拳を握りしめながら勝利を前提に返答する。
「すごい自信ね。だからって油断大敵よ」
「そうですよ。負けないでくださいね、お兄さま」
何だかんだ言って、私はこの笑顔のために戦っているのかもしれない。
二人の笑顔に私も笑顔で返しながらそんなことを思っていた。
「二人とも、ありがとうな」
笑顔と一緒に自然と出た感謝。
まったく、ありがたい限りだ。
私にとって二人は、無くてはならない存在なんだよ……。本人たちには気恥ずかしくて言えないがな。
ーーーーーーー
レイディアが二人の笑顔に癒される3時間前。
天帝騎士団襲撃被害の復興の指示を出していたアイバルテイクは唐突に名前を呼ばれた。
「だんちょー」
声から誰かは判断できた。
副団長のヴァンドレット・クルージオだ。通称、ヴァンと呼ばれている。
「そんなに急いでどうしたんだ?」
相当急いだのか、ヴァンは息を切らしながら駆け寄ってきた。
なので理由を聞くと呆れるものだった。
「は、はぁ、はい。はぁ、はぁ、レイディアとほぉ、決闘をしたいのです」
「…………理由を聞かせてほしい」
あまりにも突然の申し出には驚いたが、何かあるかもしれないともう一度聞いた。
呼吸を落ち着かせてから。
落ち着いたヴァンが語ったのは、レイディアと天帝騎士団長が話していたから、その真意を確かめるために決闘がしたいと言うものだった。
アイバルテイクは当然の如く、話し合いで解決させれば良いだろうと考えたが、襲撃で覇気を失っている民や騎士団員には良い薬になると結論付ける。
レイディアなら、舞台を用意すれば察するだろうと考えたためでもある。
「良いだろう。ヴァンドレット・クルージオとレイディア・オーディンの決闘を認めよう。開始は今から3時間後、闘技場にて行う。お前はレイディアと話をつけてこい」
「了解。オレの申し出を受け入れていただき、ありがとうございます。では、レイディアに言って参ります!」
そう言って騎士団長の了承を得て、指示を出されたヴァンは、お礼を言ってからレイディアのもとへとかけていった。
そしてアイバルテイクは周りの騎士団員と民に大声で言った。
「皆の者、聞けぇ!」
急なアイバルテイクの声に周りで指示を受けたり、作業をしていた者たち全員が手を止める。
注目が集まったことを確認してから続きを言った。
「これより3時間後に闘技場にて、エクシオル騎士団副団長――ヴァンドレット・クルージオ対エクシオル騎士団参謀――レイディア・オーディンの決闘を行う。二人の決闘をしかと見届けよ! 勝者を言い当てた者は、ソフィ様からお言葉をもらえるものとする!」
言い終わってから数秒の静寂の後、言葉の意味を理解した者から一人、また一人と歓喜の声を上げていった。
復興の方を優先すべきだと普通なら考えるかもしれない。
でもこのファーレンブルク神王国は、エクシオル騎士団やソフィを始めとした王族に命を救われた者がほとんどであるが故に、そんな騎士団の決闘を目にすることができること。
そしてソフィにお言葉をもらえるかもしれないとなると、これ以上の喜びは無いとする者たちがこの国の民なのだ。
たしかにこの国でも、全ての者が歓喜した訳ではない。
だがそれでも、決闘を見て気持ちを切り替えようとする者、面倒に思いながらも行こうとする者など、これを何かしらの”きっかけ“にしようとしていた。
この国は良くも悪くも、ソフィら王族を中心に回っている専制政治なのだ。
ーーーーーーー
ファーレンブルク神王国の民たちが歓喜している頃、同盟国のファーレント王国は不穏な空気を漂わせていた。
今は亡き前国王の時は、国王の力を信じてこの国を任せてきた。
前国王が亡くなってからは、ミルダが抑制してきた。
――今はまだ幼いかもしれないが、いずれは我々を導く最高の王となるでしょう。その可能性に賭けてみてはいかがでしょうか?
だが今回の一件への対応の仕方。
レイに励まされるまで何もしなかったことが災いして、全てをミルダに丸投げの出来損ないなのではないか、と判断され始めていた。
ミルダの能力が高いと言っても、本人ではない以上は限度がある。
王族ではあるが、結局はまだ幼い小娘。
前国王の手腕が凄かったからこそ、招いたことなのかもしれない。そのせいで期待が大きかったのも要因の一つと考えられる。
だからと言って、前国王が悪いわけでもないだろう。
こうして不安に思う者たちもまた、国を大切にしているのは間違いないのだ。
故に、ミーシャが未だ王たる手腕を発揮していないことに不満が募っている。
やはり自分たちがこの国を治めた方がよいのではないか、と。
幼き王であるが故の、貴族たちの心からの嘆き。
――今のままで、この国はやっていけるのか?
そう思ってならなかった。
少しずつ積み上げられたものが、倒れるのは時間の問題なのかもしれない。




