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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第四章 新たな力
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三十三回目『残った傷』

 転移結晶を使ってファーレント王国からファーレンブルク神王国に戻ってきた。


 襲撃の被害の確認と、“気がかり”を確かめるためだ。


 今、私とシルエットは城の転移用の部屋にいる。そんな私たちを迎えたのは――(さら)われたはずのソフィ。


「おかえりなさい、レイディア。そして……今は“シルエット”ね」


 いつもの笑顔で優しく言ってくれる。だが、素直に答える訳にはいかない。


「――どう言うことか教えてもらおうか。いや……お主のことだ、それなりの理由があるんだろ」


 私の言葉を聞いてソフィは申し訳なさそうに苦笑した。

 ここではなんだからと、話の続きをするために部屋を移す。

 城の廊下は多くの人が行き交っていた。この状況から襲撃があったのは事実だと察する。


 そう。私が確かめたいこととは――


「天帝騎士団の襲撃の真相について話すわ」


 誰もいない応接室に案内し、全員が入ったのを確認すると本題に入った。


 今回の襲撃の真相、それと何故私にまで偽りの情報を知らせたのかと言うことについてだ。

 正直に言えば、疑うことなんてしたくなかった。でも明らかに不可解な(おかしい)点が幾つもあった。かのガルシア騎士団長すら気づいてしまう程に。

 だからこそすぐにでも真意を聞きたかったが、シルエットが今は復興(こちら)に集中しましょうと言ってきたからできなかった。


 我ながら自分自身の甘さに腹が立つ。

 こんな風に理由が重なった結果、今になってしまったのだ。


 ――そして、今回の真相を聞いて私は驚いた。


「ふっ、ははははっ。……こりゃあ、考えを改める必要があるみたいだなぁ」


 驚きのあまり笑ってしまった。さすがに急に笑ったもんだから二人も驚いていた。


 どうやら本当に詰めが甘かったみたいだ。

 それを私は思い知らされた。やはりまだまだなのだと。

 込み上げてきたのは単純な怒り。同時にこんなに感情豊かだったかと自問自答する。

 でも少しホッとしていた。ソフィはソフィだったことに心から安心した。


「次は私からだな。私からは――」


 深呼吸をしてから落ち着き、今回起きたことを今度は私の方からもソフィに報告した。

 襲撃による被害のこと。犠牲者のこと。ミカヅキの新たな特有魔法(ランク)のこと。天帝騎士団のこと。バルフィリアが言い残したこと。

 順を追って説明していく内に、こんなにたくさん起きたんだなーと改めて思う。


「ミカヅキの特有魔法について詳しいことはわからんが、あの感じは発現したと見て間違いないだろう。さてどんなものなのやら……」


「それもそうだけど、本格的に動き出す訳ね」


 もちろんアインガルドス帝国のことだ。

 今更な感じがしないでもないが、願わくばこのままずっと静かにしておいて欲しかったんだけどな。

 現実はそんなに甘くないってな。はた面倒な話だ。


「そう言えばソフィ、聞いてくれよ」


「何かしら?」


 改まって言ったもんだから、ソフィが首を傾げた。

 私は笑いながら、隣にいるシルエットの頭を撫でてから続ける。


「今回かなり頑張ったらしいぜ。シルエ――いや、“シルフィ”はミカヅキのもとへ走ろうとしたミーシャ姫を、しっかりと止めたんだってよ」


 よくよく考えればここには三人しかいないのに、シルエットのままでは申し訳ない。誰かに聞かれることはないだろう。

 もし聞かれたとしら、その時はその時だ。


「そ、そんなっ。お兄さまに言われた通りやっただけですよっ」


「よくやったわね、シルフィ。優しい妹を持って私は幸せよ」


 ソフィは謙遜をものともせずに笑顔で褒める。

 嬉しさと恥ずかしさで耳まで真っ赤にして、私とソフィの二人にしばらく撫でられるシルフィだった……。


「忘れていたわレイディア」


 唐突に手をポンと叩いて思い出したように私を呼ぶ。

 今回の内容か?


「なんだ?」


「バンカーが、注文の品が完成したから早めに来てほしい、と言っていたわ」


 私は目を細めた。

 バンカーがこんなに丁寧な口調な筈がない。

 恐らく本当は、お前さんのもんができたからさっさと取りに来い、辺りだろうなぁ。


「シルフィ、ずっと気を張っていたろ。今の内に少し休んでおきな。私はちょっと品を受け取りに行ってくる」


 歩き始める前にソフィに他にやることは無いかと尋ねたが、無いと返ってきたのでまっすぐバンカーのもとへと向かった。




 ーーーーーーー




 一方その頃、ファーレント王国にて。


「まだ起きないのかい。まったく、さっさと起きないと姫さんが心配するだろう……」


 未だに目を覚まさないベッドのミカヅキを横目に、おばちゃんことマグリアが呟く。

 こう言いながらも、まだもう少しはかかると思っていた。

 ミカヅキの治療を行ったのは今回も彼女だ。だからこんなに意識を取り戻さない理由は知っている。


 原因は魔力の枯渇。

 簡単に言えば、魔法の使いすぎだ。

 簡単に言えてしまうことだが、それを治すとなれば難しくなる。


 魔力とは体に流れる波動のようなもの。生きる上で必要な要素の一つである。その魔力の枯渇とは魔力が無いだけではなく、生成すらできない状態を示しているため、生命の危機をも意味している。

 つまりは魔力を供給すればいいのだが、体に流れる波動であるが故に、各々の波長が存在する。本来は自然と体から湧き出るものであるため、波長が合わなければ魔力供給はできない。

 そのため、少し時間がかかってしまったのだ。


 しかし、既に供給は終わっており、今は自ら魔力生成が可能になっているため、目を覚ますのを待つだけと言う訳だ。


「……そう、ですね。あまり……心配させ、る、訳には……いきませんね」


 だからこそ、呟きに返答する声を聞いた時はさすがに驚いた。

 でもすぐに安堵する。


「どう、痛いところとか、体に違和感はあるかい? 寝たままで答えなさい」


「は、はい……。おかげさまで、体が少しダルい感じはしますが、それ以外は特に違和感はありません」


 起き上がろうとしたミカヅキを一言で押さえると、ベッドの横まで歩いて髪がクシャクシャになるくらい撫で回した。


 本人の言うように大丈夫そうだと笑うと、ベッド横の椅子に座ってから現状の話をし始めた。

 これはマグリアなりの気遣いでもある。ミカヅキがミーシャの前では自分を律しようとしていることに気がついていた。

 悪く言うわけではないが、自分の気持ちに正直になれないと判断したからこそ、ミーシャが外出している今のタイミングを選んだ。


 ――時間にして20分程で話は終わった。

 マグリアはあることに気づく。

 ミカヅキの表情が、何かを耐えようとしていると見て取れた。


 するとマグリアは静かに立ち上がり、そのままミカヅキを優しく抱きしめてゆっくりと頭を撫でた。

 急に抱きしめられて驚きはしたが、何となく身を任せて暖かさに包まれていると、心の奥に追いやろうとしていた感情が込み上げてきた。

 だから“それ”が外に出ないように彼は必死に抑える。


 それを知ってか、マグリアはそっと(ささや)いた。


「あんたは男だ。でもな、時には自分の気持ちを(さら)け出すのも必要なんだよ」


 マグリアのその言葉は、必死に抑えていたようとしていたものを溢れ出させるには充分だった。


 彼は声を出して、恥なんて関係無いかの如く、目から、心から溢れ出るものを止めることなく外へと追いやった。


 戦いへの恐怖、死への恐怖、そして何より、大切な人の死。


 理由はたくさんある。

 もとの世界では知ることの無かったもの。得ることのできなかったのもの。そして、失ったもの。


 ――ミカヅキ・ハヤミは、この戦いで恐怖(・・)を知った。


 部屋には少年の声が響き渡っていた。




 ーーーーーーー




 ミルダは作業の合間に、ミーシャの代わりにミカヅキの様子を見に来ていた。

 だが、部屋の中から聞こえた声で状況を察して、中に入ることはせずに少し様子を見た。


 ――この戦いで、彼が失ったものはたくさんあるでしょう。ですがその分、得るものもあったはずです。しっかりと見るべきものを見れば、自ずと知れるはず……。


 ミルダは、ミカヅキにはまだ休んでもらおうと考え、部屋を立ち去る際にそんなことを思った。


 それは確かに、未だに未熟な少年に送ったものだが、彼女の表情は自嘲しているようにも見えた。

 もしこの時の顔を見た者がいれば、そう感じてしまう程に。


 すると突然、一つの疑問が頭を(よぎ)った。


 ――なぜあのような少年を、姫様の近くにいさせているのか?


 ――決闘で覚悟を見せたから。


 すぐに答えは出た。だが、次の疑問が浮かび上がる。


 ――いや、そんなことで王国での滞在ならいざ知らず、姫様のお傍に……どうして?


 レイディアがミカヅキと初めて会った時に感じた違和感を、彼女はここに来てようやく感じた。


「……っ」


 頭痛がして、片手を額に当てて様子を見る。

 落ち着いたのか、ゆっくりと痛みは(やわ)らいでいった。


 そして彼女は、頭から消えたのは痛みだけではないと言うことに気づかない。


 ――これから何が起きようと、私は必ず、あなたをお守りいたしますよ、ミーシャ。


 この戦いは彼女らにとって、決して小さな出来事には済まされないものとなっていた。


 ある者は予想外の事実と直面し、ある者は自分の弱さと向き合い、ある者は周りの存在を知り、ある者は恐怖を知り、またある者は誓いを胸に秘める。


 この日の空は、雲が一つも無い満点の青空だった。

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