三十二回目『勝利と犠牲』
レイディアが相手をしていたマリアンらが撤退を始めた頃、ミカヅキたちの戦いも終わりを迎えようとしていた。
「うおおおおおおおっ!」
「まさか、あれだけの攻撃を受けてまだ動けるのか……?」
優勢なはずのミカヅキの額から、一滴の汗が流れて地面に落ちる。
彼は焦りを感じていた。なぜなら魔力がそこを尽きかけている。予想以上に、雷槍による魔力の消費が激しい。
この状態で魔力を使い続ければ命の危機に直結していたからだ。
考えている間に電力のドームが急速に小さくなっていき、次第に人の形になっていく。
最終的に完全に人の形になり、それは言葉を発した。
「――ちっ、ここまでかよ。これからだって時に、はぁーあ」
ため息と同時に電気は空気中に飛び散って消えた。
残ったのは、電気を纏っていていたであろう主――ヴァスティだった。
姿を見て、ミカヅキは苦笑する。実際はどうかわからないが、見た目は全くの無傷なのだ。
「……逃げるのか?」
目の前に立つ無傷の男を睨み付ける。
そんな彼に返ってきたのは冷めた眼差し。
「調子に乗るな。たしかに特有魔法は強ぇが、この程度でフラフラな奴が――意気がるな」
消えたと思った直後に、背後から声がした。
咄嗟に振り向くが、既に十メートル以上は離れていた。
「逃がすかよぉっ。あんただけはっ、あんただけはぁ――かはっ」
口から飛び出たのは心からの叫びと、赤い液体。
ミカヅキは、撤退しようと下がったヴァスティを追いかけようとしたが、心臓が全身を震わせるほど強く鼓動を響かせて、血を吐きながら倒れた。
「まぁ、久しぶりに楽しませてもらったよ。また殺りあおうや」
ミカヅキに背を向けたまま手を振り、言い終わると同時に姿を消した。
それから数分も経たずして、レイの方も敵が撤退して、城に戻ってきた時には驚きの情景と化していた。
辺りには戦いの痕跡を残し、立っている者は一人もいない。誰が生きて、死んでいるのかわからない。
一番近くに倒れるミカヅキに駆け寄る途中、あるものに気づく。真ん中に穴が開いた黒く焦げていて、何だったのかかろうじて形で判断できるような物体。
だが、レイにはわかった。わかってしまった。もとの姿を想像させないほどまでに黒焦げになっていようと、レイ・グランディールの頭には一つの答えが出ていた。
「し、しょう……?」
どのような姿になろうと、長年お世話になった恩師のことは間違えることはできなかった。
彼は気づいてしまったのだ。気づかなかった方が楽だったのかもしれない。でも彼は今、騎士団長など関係無い。一人の男として、恩師の死に止めどなく涙した。
「ししょおおおおぉぉぉぉぉ!」
実質的には勝利を得たと言えるが、その代償が彼らには大きいものだった。
ーーーーーーー
――雷光の剣聖の襲撃から3日。
城下町の復興、犠牲者の埋葬、怪我人の治療や他にもやらなければいけないことは山ほどあった。一つが終わったら別のことをやる、を繰り返していた。
至るとこで音は聞こえても、人の話し声はほとんど聞こえない。
乾いた音だけが、人々の耳に届いていた。
「よいしょ、よいしょ」
だから私も手伝おうとした、すると――
「ああっ、ミーシャ様。危ないですからこんなことは我々に任せて休んでいてください」
気を使われてしまう。これじゃ返って邪魔してるのと同じだ。そんなことはわかっていたけど、民のためにただ座って見ているだけなんて耐えられない。
でも、こういう時どうすれば良いのかわからなかった。
いつもならミルダに聞いていたけど、今は復興の指示で忙しいから、一人で城下町に来ている。
どれだけ自分がミルダに頼りきっていたのかがようやくわかった。
皆が必死で頑張っていたこの3日間だって、意識を取り戻さないミカヅキの隣でずっと泣いているだけで何もしていない。
さっきより何となく周りが賑やかになったように感じるけど、そんなの気にならない程に集中していた。
ううん。集中したかった。
この国のお姫様なのに。何もできてない。
「う、うわぁぁあぁぁあ」
俯いて考え事をしていると、急に頭を撫で回された。
「姫さんってば、こんなところで何してんですか」
顔を上げて誰かを確認すると、レイが笑顔で話しかけてきた。
そう言えばミルダには邪魔しないように内緒で出てきたんだった。だから心配して、代わりにレイが来たのかな。
「……散歩」
「随分と落ち込んでましたが?」
いじわるの意味を込めて頬っぺたを膨らますと、ごめんごめんと何度か頭を下げてから、真剣な表情に変えてそのまま話し続けた。
「何となく察してはいたよ。何かしなくちゃって思ったんでしょ?」
真剣な表情でも、口調は優しいまま聞いてきた。
「……うん」
また俯きながらも頷く。
やっぱりレイは見抜いていた。騎士団長としてこう言うのは当たり前なのかな……。
なら私は……?
一国の姫として、私はみんなを見ることはしていた?
してない。間違ったら怖い。傷つけてしまうのが怖い。たくさん理由をつけて逃げてきた。
「俺だってそうやって悩んだ時期が……いや、今も絶賛悩み中だったんだ」
レイが恥ずかしそうに少し苦笑する。
「レイが?」
レイでも私みたいに悩むことがあるの?
驚いた。いつも周りのみんなの空気を和ませられるレイには、そんな悩みなんて無いと思っていたから。
「そう、似合わないだろ」
今回の戦いは、それほどまでに大きかった、と思い返すように空を見上げながら続ける。
私は何も言えなかった。
戦いの音が聞こえる度に飛び出そうとして、ミルダやシルエットに止められた私には。
その時のシルエットの言葉が今も頭の中に残ってる。
――ミーシャ・ユーレ・ファーレント。しっかりしてください! あなたは一国の王です。王が取り乱せば、それは民にも伝染します。だからあなたは、誰よりも自分をしっかりと保っていなければダメなんです。
たとえ自分が望んだものじゃなくても、貫かなくちゃいけないんです!
この言葉と二人がいてくれたから待つことができた。
でも、こうして一人になるとやっぱり何もできないよ。
「まぁそんな状態で復興の指示出してたら、急にレイディアがやって来て――ここは私がやるから、王を頼んだ。って言われてあれよあれよと言う間にここに来てたって訳だ」
そうなんだ。
そこまで気を使わせるなんて、ほんとに恥ずかしい王様ね。
「あとこんなことも言ってたぜ。――くよくよするのも時にはありだが、お主はそれを民に見せて良いと思うか? それとも思わないか? 答えが出たなら、周りを巻き込んで盛大にやってみな。……ってな。俺もこれには同意見なんだよ。ほんとは最後の手段として使ってくれって言われてたんだけど、時には良いよな?」
笑顔で尋ねてくる。
私はどれだけ周りに恵まれているのかが身に染みた。
だから私の答えを言った。
「レイ、私の手伝いをしてほしいの」
「お姫様の仰せのままに。して、何をしましょうか?」
私の前にひれ伏して聞いてきた。
私も立ち上がってしっかりと返答する。
「民の手伝いをしたいの。でも私だけじゃ気を使わせてしまうから、それを取り除いてほしいの」
「わかりました。……それで良いんだよ、姫さん。人ってのは一人では生きられない。たとえそれが姫さんみたいなお偉いさんでもな。だから、頼って良いんだ」
「……うん。うぅ、ひっ、うん……」
言って欲しかった言葉をもらったせいか、それとも別の何かが原因か。目から涙が溢れて止まらなかった。
すると周りの人たちも気づいたらしく近づいてきた。
「おや、姫さんどうしたんだい?」
優しそうな穏やかな表情をしたおじいさんが心配そうに顔を覗く。
「こら、レイっ。何をうちらの姫様を泣かせてるんだい」
少し体が大きい女の人がレイに詰め寄ったりして、周りは次第に賑やかになっていった。
釘を打ち付けたり、木材を伐ったりする音じゃなくて、人の笑い声で賑やかになった。
それからはレイと一緒に復興の手伝いをした。
私には気軽に話しかけてくれるようになり、今では時折いじられたりすることもある。
「あんたじゃあ、それは持てないよー」
「も、持てますもん」
と意地を張って試してみるも、持ち上げることすらできない。
なので、
「こ、こっちなら持てますよ」
隣に置いてあった小さめのものを持つことにした。
やれやれ、とため息をついていたけど、不快から来るものじゃない。冗談をわかっているから笑顔で返せるようになった。
それとこんなに洋服を汚したのは初めてかもしれない。ちょっと怖いのはミルダに何て言われるかだけど、ちゃんと話したらわかってもらえると思う。……たぶん。
「……少しは近づけたかな」
「どうしたんだい?」
「ううん、何でも」
ソフィ・エルティア・ファーレンブルク。あの人を越えて、世界一の王になる。それが私の夢になった瞬間だった。
ーーーーーーー
同刻、会議室にて。
「失礼。復興具合はどこまで進んで……おやおや」
「ではその物資は東側に。そちらは――」
現在の状況を確認すべく、レイディアとシルエットはここに来たのだが見るからに忙しそうだ。
次々この部屋に入ってくる人たちに迅速に、かつ的確に指示を出している。さすがにこの状況では邪魔になるなと判断して部屋を出ようしたその時、二人は呼び止められた。
「レイディアさん、シルエットさん。お待たせして申し訳ありませんでした」
とそばに駆け寄るなり頭を下げるミルダ。
そんな律儀なミルダに苦笑を返しつつ、本題に入ることにした。
「いえ、そこはお気になさらず。こっちの用事が終わったんでな、現在の状況を教えていただきたい」
「ありがとうございます。ではこちらへ」
机へと案内され、その上には大きな地図が広げられていた。この王国の地図。ミルダはそれを使って分かりやすく説明した。
被害を受けたのは城の正面から領土壁までの一直線。
建物の損壊はもちろんのこと、地面も攻撃によって盛り上がったり抉れたりと大変な状況だった。つまりは建物の構造を考えると共に、地面のことも考えなくてはならないのだ。
こちらの状況は全体的に同時に進めているが、特に領土壁の方面を集中的に修復させていた。
割合としては全体の20%は、国民やレイディアの助力もあったお陰で済んでいる。
あの規模を3日間で20%なら大したものである。レイディアも最初はどうなることかと思っていたが、気苦労に終わりそうで安心した。
「復興の方は今のままでも問題は無いな。あとは……こう言うのは時間が解決することか」
「ええ、恐らくは。あまり私たちが口を出してしまっては、逆効果になりかねませんから……」
レイディアが気にしたのは今回の犠牲者の家族や周りの人たちのことだ。だが、時間が解決してくれることもあると判断して、もう少し様子を見ることにした。
騎士団長のレイに関してはさすがに言ってやったが。
――率いる者は、常に前を向いていなければならない。
レイディアが参謀になる際に、戦い方を教えてくれた師匠に言われたことだった。忘れっぽい彼でも、この言葉を忘れたことは一度も無い。
ちなみにこの師匠には今のレイディアですら敵わない。と言うより、それこそ一度も勝ったことが無い。
これを知っている者は多くない。レイディアと近しいほんの数人だけである。そもそも彼に師匠がいることすらあまり知られていない事実。
「では、復興が60%に至り次第、伝えたいことがあるから、国の上層をここに集めてもらいたい。よろしいか?」
「わかりました。それまでは復興を手伝われるのですか?」
頷いてから首を傾げて何かを思い出す。
「あー、一回ファーレンブルクに戻ってから、現況を聞いてからこちらで作業させてもらう」
復興がある程度安定したからこそ、このタイミングで戻ることにした。これ以上早ければ復興を頑張る者の反感を買い、遅ければ神王国の者から反感を買うことになることを充分理解していたのだ。
彼とシルエットとしては、襲撃の報告を受けた際にすぐさま戻りたかったが、状況としてそれができなかった。
故にこの微妙とも取れる、絶妙なタイミングで戻ることにした。
「お気をつけて、いってらっしゃいませ」
「ああ、できるだけ早めに戻るとするよ」
と言い残してからレイディアとシルエットの二人は会議室を後にした。
「……シルエット。私は恐らく、これからお主に嫌われるやもしれん」
「お兄さまを嫌うなんて、どんなことがあってもそんなことはありません!」
ありがとう、と照れながらお礼を言って頭を撫でる。
そして二人はファーレンブルク神王国へと転移結晶を使って移動した。




