三十回目『目覚める』
「オヤジ!」
騎士同士の戦いに横やりを入れるのは本来はご法度だが、ミカヅキはそもそもこの世界の住人ではない。だから体が勝手に動いてしまったのだ。
「これで終わ――っとっと」
二本目の剣を生成し、ダイアンに止めを刺そうとした瞬間にヴァスティは後ろに飛び退いた。ミカヅキの棍棒が真っ直ぐ自分に向けて突き出されたからである。
右手で突き出した棍棒の真ん中部分を、左手で思い切り叩くように押すことで振り払いの軌道を描く。
「っだあぁぁぁぁ!」
「なにっ、ぐぉっ!」
二撃目を『電雷の剣』で防ごうとしたが、棍棒はなぜかそれをすり抜けてヴァスティの腹に身を叩きつけ、そのまま後ろに投げ飛ばした。
周りのほとんどの騎士団員は原理がわからなかったが、ダイアンは違った。
今、ミカヅキが使っている棍棒は元々ダイアンが現役時代に使用していたものだったからだ。
その名は――龍改棍イングリス。
――魔法を一切受け付けない武器。正しくは受け付けないのではなく、触れた魔法の完全無力化である。効果が魔法の完全無力化であるため、対象が物であろうが人であろうが関係ない。
強力な能力だが、イングリスが認めた者しかこの能力は発動しない。
なぜこのような能力を持つのかと言うと、元々この武器が特有魔法を使う“人”だったためである。経緯までは不明とされる。
ちなみにミカヅキは自分の特有魔法で知っているが、誰にも話そうとは思っていないらしい。
そんな能力のおかげでミカヅキは、雷光の剣聖に一撃を食らわすことができたのだ。
この勇気ある、と言うより感情任せの行動により周りに控えていた騎士たちがダイアンとミカヅキの二人と、投げ飛ばされたヴァスティの間に立ち塞がった。もちろん二人を守るべくしてだ。
「すみませんが、邪魔させていただきます!」
「ミカヅキっ、早く師匠を!」
騎士道に置いて、この行動はご法度だと、ダイアンの顔に泥を塗る行いであると重々理解していた。理解した上で彼らは動いた。
今までお世話になった、自分たちの父親のような存在であるダイアンを、ただ助けるために。
恩を返すために。
「バカかっ、何をしている!?」
痛みに顔を歪ませながらも叫んだ。
ダイアンとてバカではない。彼らの行動の意味をそれこそ理解していた。
だが、理解できても納得できないものがあった。なのに言いたいことは言えない。
――お前たちこそ生きるべきだ、と。
これがダイアンの本当の思いなのだ。
お互いがお互いの心情を理解しあっているのに、相容れない事があるのはこの世界でも起きうること。いや、人同士である以上と言うべきかもしれない。
盾となっている騎士の一人が振り返ってこう言った。
「師匠。俺はあなたに教えていただいて、とても感謝しています!」
この言葉が合図となり、ヴァスティに剣や魔法、各々の方法で攻撃し始めた。
「俺たちは、ダイアン・ヴァランティンの弟子だ!!」
「お前なんかに師匠は殺らせねぇ!!」
「これが俺たちの――」
ミカヅキはダイアンに寄り添ったままでしっかりと見ていた。心の中で頑張れと応援しながら、恩返しを全力で行うべく、命を懸けて戦う騎士たちの背中を。
そして、意図も簡単に散っていくその様を……。
一撃だった。
「邪魔だよ……ボルテック・ロー」
前に翳したヴァスティの両手から放たれた雷撃が大地を削る勢いで、向かってくる騎士たち全員を焼き殺した。
先程までとは打って変わって表情から笑みが消えて、怒りを露にしていた。
「そ、そんな……」
「よくも我がバカ弟子たちを……!」
惨劇を目の当たりにした二人は、それぞれ別々の感情に支配されていた。
一人は恐怖、もう一人は敵と同じ怒りで。
違いが出た原因は明らかだ。潜ってきた戦場の数が違うのだ。
「ミカヅキ。お前はここで待ってろ。あの小僧はわしが倒すからな」
「あ、ぁぅの……っ」
頭をくしゃくしゃに撫でたその表情はここが戦場だと言うのを忘れてしまう程の優しい笑顔だった。
撫でられた当人は動くことも、まともに言葉を発することすらできなかった。
人の死。
まだ彼はこれの対応ができる程の心は持ち合わせていない。彼はまだ子どもなのだ。
そしてそれを、本人も痛感していた。
――動けっ、動いてよっ。ここでオヤジと一緒に戦わなくちゃいけないんだよっ。なんで、なんで動いてくれないんだよぉ!
声にならない悲痛な叫びに、少年の体は応えてはくれなかった。
「待たせたな、小僧。使いたくなかったんじゃがな……」
「何をぶつぶつ言ってんだよ。もういい、サンダー・ボル――」
ヴァスティの言葉は途中で遮られた。技の名を言う前に彼の首が飛んだからだ。
正確にはなぜか一瞬で、ダイアンの目の前に移動したヴァスティの首を斬ったのだ。そのはずなのだが……、
「――そう言えば言ってなかったな」
普通は首を斬られれば人は死ぬ。だが、ダイアンが相対しているのは普通の人ではなく、雷光の剣聖である。
事実、首は地面に落ちることなく空中に浮いたまま停止している。
「そんな、バカな……」
「ボルテック・ドライブ。体を電気化して物理攻撃を無力化してたんだよ、残念だったな」
常人の予想を越える存在が騎士となった者が、ダイアンの相手だった。
一瞬、驚きのあまり油断したがすぐに後ろへと飛び退き、ヴァスティと距離を取る。が、
「遅いんだよ」
電気化している彼の速さはもはや人の速さではない。文句を言うと共に姿を消したと思いきや、次の瞬間には飛び退いたダイアンの背後にいた。
さすがのダイアンも反応が一瞬遅れる。待っているのは確実な“死”。ならばと咄嗟に魔法名を言い放つ。
「バーサーク・フレイム!」
ダイアンはまず雷撃に身を焼かれ、次に剣と両腕が炎に包まれる。そのままヴァスティに斬りかかると、ずっと使っていなかった腰の剣を抜いて身を守った。
「やはりか」
なんとなく予想した事があっているのかもしれない。と、予想通りの対応に嬉しさのあまり、つい笑みをこぼしてしまう程の自信があった。
ダイアンはヴァスティの“物理攻撃を無力化”を聞き、あの自分が死ぬかもしれない一瞬に一つの賭けをした。物理攻撃がダメなら、魔法攻撃ではどうかと。すると予想通りの反応を行ってくれたのだ。
しかし、ここで油断はできないことも理解していた。次に自分がどうするべきかも。
「フレイム・アロー」
炎に包まれた腕からヴァスティに向けて、無数の炎の矢のようなものが放たれる。彼は避けるためか、苦い顔でダイアンの剣を受け流して体を電気化させて距離を取った。
「それでよい」
そう、ダイアンの予想通りの行動を取ったのだ。ならばダイアンも想定していた動きをする。
「配置変更」
今度はダイアンがヴァスティの目の前に一瞬で移動し、攻撃魔法を放った。
「フレイム・インパクト!」
炎に包まれている右手を握りしめ拳を作り、ヴァスティへと殴りかかる。
彼は向かってくる拳を躱わす素振りを見せず、自らも拳を作り、それをダイアンの拳に殴り返す。
ボォン!
二つの拳が交わった瞬間、ダイアンの拳から前方へ向けて、つまりヴァスティに向けて爆発が起きた。
「なるほどね。これが切り札ってところか」
目の前で爆発したところからではなく、声がしたのは上空だった。急いで見上げるとそこにはヴァスティが、今度は首だけではなく、全身が中に浮いていた。
姿は先程までとは少し違っていたが。
「確かに手応えはあったはずじゃ。なのになぜ……?」
とダイアンも言いながら理由は察していた。同時に負けを確信した。
「サンダー・ドライヴ。全身を雷で覆い、身を守るものだ」
全身が眩しくはないが、鎧のように独特の形をした光に包まれながらダイアンたちを見下ろしていた。
拳が交わるその前に発動させ、攻撃を受けた後に上空へ移動した。
ダイアンは、ここまでは予想できたが、わざわざ上空まで移動した理由まではわからなかった。
「なんで俺がここにいるんだって顔だな。教えてやるよ」
笑いながら右腕を横に開いてこう言った。
「殺すためさ」
ダイアンは何度目ともわからない言葉を聞き、彼を睨み付ける。
反撃したいのは山々だが、魔力もほとんど残っておらず、その上両腕の炎も消えてしまっていた。
物理攻撃が効かないからこそ、あの一撃に魔力を目一杯込めたのが仇となったようだ。
「……ここで終わりか。まったく、奴らに何て言われるのやら」
笑みすらこぼしてしまった。
諦めから来たものではない。ただ、本当にふと思ったのだ。
今まで共に戦ってきた戦友たちと、再び出会うことがあったのならば、自分は怒られてしまうのだろうか……と。
「貫け――雷槍・ライトニング・レイ! ふはははっ、これからは逃げられねぇぜ!」
手の先へ電気がバチバチを音を立てながら移動していき、やがて槍の形のものを作り出していく。
「それは困るな」
彼の発した言葉の意味を考え、あの槍が追尾性能があるのだろうと予測した。
ダイアンは再びヴァスティを見上げる。何か方法は無いかと、塵一つ見逃さないような眼差しで見つめ、あることに気づいた。
そして、再び笑みをこぼし、かつての仲間たちに感謝する。
「死ねぇぇぇぇ!」
肩まで腕を上げて構えて、名前を言いながら思い切りそれを放つ。
対象はダイアン――ではなく、戦闘に圧倒されて動けないでいるミカヅキだった。
「こ、こっちにっ、来るっ……!」
ミカヅキは槍が放たれた途端に自分に向かっていることに気づく。すぐに逃げるか防ぐかしなければくらってしまう。と頭ではわかっているのに、やはり体は動いてくれない。
少年を支配していたのは、ただ一つ“死の恐怖“。
そんな少年を助ける者が一人だけいた――。
「最後の仕事じゃ――配置変更」
ドゴォォォン!
ミカヅキに向けて放たれた雷槍が直撃し、すぐに轟音と共に対象を中心に雷のドームのようなものを形成してすぐに消えた。
ヴァスティは違和感に気づいた。ダイアンがいた場所に、雷槍を受けたはずのミカヅキがいるのだ。
この事からすぐさま理解した。雷槍が貫いたのはミカヅキではなく――ダイアンだ。
雷槍が直撃する一秒にも満たないような一瞬を狙って、あの移動魔法を使ったのだ、と。
事実はヴァスティの考えた通りだった。
彼の発言から早めに移動させたらミカヅキを追いかける可能性があった。だからそれが間に合わない時に移動させればいい。
結果、ダイアンは自らを犠牲にして、最後の最後に大切な弟子であるミカヅキを助けることを成功させた。
「はっ、ふふふ、あははははは!」
ヴァスティは込み上げて来た笑いを、人が死んだにも関わらず、躊躇わずに外へと出した。
自分とミカヅキの位置を変えるのなら、早めに使い、ミカヅキの持っていた棍棒を使えばよかったのに、と考えたからである。
最初の一撃で、棍棒の能力はだいたい予想がついていたからこそ、笑ってしまったのだ。
確かに彼の考えた通りだ。ダイアンもそれに気づいていたが、体を動かすことがあの時には既に出来ない程、体の状態は限界に達しており、ミカヅキと場所を移動させることしかできなかったのだ。
――ミカヅキは状況が理解できていなかった。雷槍が目の前まで迫ってきていたはずなのに、なぜか消えたのだ。
するとヴァスティが突然笑いだした。自分の後ろの方を指差して。
何があるのかと確かめるために後ろを振り向く。
そうしたいと思ったわけではなく、体が勝手に動いたと言うのが正しいだろう。
「な、ま、さか……」
振り向いて焼け焦げたような匂いと共に目に飛び込んで来たのは、たった今火から解放された残骸として煙を空へと漂わす黒い人の形をしたものだった。
直接見たことなんて無い。
殺し合いを目の当たりにし、いつ混乱してもおかしくない状態。
そのはずなのにはっきりとわかった。
黒く焦げるそれが――オヤジだと。
「あぁ、おや、じ……? そんな、オヤ……オヤジィ……うああああああああ!」
理解したのがきっかけで、その場で泣き崩れて感情が崩壊したかのように見えた。
ヴァスティは笑いを止めてそんなミカヅキを眺めながら、
「弱ぇからだ……」
と、小言を呟いてから再び雷槍を作り出し、狙いを定めて放とうとしたが止めた。
ミカヅキが立ち上がったのだ。
「……許さない」
途端、ヴァスティの背筋に悪寒が走る。
戦いの恐怖に負けて何もできずに、ダイアンを失って泣き崩れた弱い奴がただ立ち上がっただけ。
それだけのはずなのに、本能が言ったのか、思ってしまった。
――殺られるっ。
「んなことっ、あってたまるか!!!」
込み上げてくるものなんて無いと言い聞かせるかの如く、叫びながら雷槍を放った。
これで終わる――はずだった。
雷槍は一撃目と同じように再び轟音を立て、辺りに電気と衝撃を撒き散らす――ような事にはならず、ミカヅキの目の前で先端から弾けて消え去った。
「な、なんだと……!?」
ミカヅキは、上空で怒り驚くヴァスティを睨み付けてこう言った。
「――俺はあんたを……許さない」
――そこに立つのは、今までの怯えていた少年ではなく、とてつもない殺気を放つ者だった。




