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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第三章 帝国の強襲
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二十九回目『騎士王』

「――剣界」


「――強化(ブースト)瞬速(ソニッカー)


 互いに技の名を口にし、一瞬だけ時が止まったかのように感じた時には、無数の衝撃が周囲を襲っていた。

 そこでは人を越えた争いが繰り広げられている。


「ふんっ、はぁあ!」


「おっつっ、くっ、ふぁあ!」


 二人の武器が交わる際に生じる音は、幾つか重なった状態で耳に届く。つまり音速すら追い付かない速度で斬り合っていることになる。

 目の前で繰り広げられる現実を、見ていることしかできないルビーは必死に見よう(・・・)としていた。二人の剣をだ。

 だが、ぶつかり合う衝撃で発生した風に長い赤髪を揺らしながら、どれだけ目を凝らしても彼女にはできなかった。

 見えるのは何本かに量産された二人の剣。あまりの速さに何本にも見えると言うわけだ。


「……ありえない」


 彼女が口にしたこの言葉には、マリアンに対抗し得る相手がいたことと、現状のことの両方を含めていた。

 こうして驚いて圧倒されかけているが、彼女とて騎士。だからこそ周囲の警戒は怠ってはいなかった。

 そう、何者かが近づいていることを、この場にいた三人の中で一番早く気づいたのである。


 それをマリアンに伝えようにも、彼は今戦闘中。しかも相手はかなりの手練れ。ここで声をかけようものなら邪魔になってしまう。ならば、やるべきことは近づいてきている敵を自分が排除するのみ。

 そうと決まればすぐさま実行に移した。


「発動――幻影人形イリュージョン・ドール


 ――幻影人形。

 これはレイディアが偽物だと見抜いた際に使われた実体の無いものと、実体のあるものの二つを選んで造り出す魔法。造り出せるのは自分が実際に触れたもののみで、強さは並の騎士団員程度である。

 この場合使われたのは実体のある(・・)方だ。今も発動し続けている実体の無い幻影たちの中に、近づいてきている敵の倍の数の人形を造り出し、目標の方と反対方向の二方向に向かわせた。


 端でそんなことが起きていようと尚も続けられる剣劇。


「力が落ちているぞ。もう、限界か?」


 ――剣劇からつばぜり合いになった時に言われた。

 確かに強化による反動が思ったより早く来ていた。なのに目の前の騎士王と来たら、まだまだ余裕と言わんばかりに笑っていやがるのだ。


 レイディアは普段は温厚で、彼の周りの人とて怒ったところを見たことが無いのがほとんどだった。だがここに来て彼は(いか)りかけていた。敵が余裕だからではない。そうさせる自分自身にだ。

 己の力の無さに嘆きかけている。

 そんなことを考えている時ですら、徐々にマリアンの速度に追い付かなくなっていき、全身のあちこちに傷が増えていく。


 ――まだっ、まだ私は追い付けないのか!


「私は、まだあぁぁぁぁ!」


「いや、終わりだ」


 レイディアの刀が弾かれて宙を舞う。

 意味するのは武器が手から離れたと言う現実。丸腰状態。


 やって来るのは、死。


 当然マリアンはこの隙を見逃さず、自身の大剣を迷わず真っ直ぐにレイディアの心臓めがけて突き出した。


 これは騎士王(マリアン)なりの敬意でもあった。

 本気で戦いを挑んだ者に情けを与えるなど、侮辱以外のなにものでも無いからだ。

 だから、マリアンは迷わなかった。たとえ好敵手とも言える相手になれると思ったとしても、もっと剣を交えたいと思ったとしても、胸の奥に仕舞い込んで剣を握る手に力を込めた――。


「この程度で殺られる程、甘くはねぇんさ」


 心臓を貫かれようとしているレイディアは笑みを浮かべる。

 マリアンはふと背中に何かを感じて剣を振り払った。するとキンッと硬いものが剣に当たる音がした。

 だが、当たったであろうものがどこにも見当たらない(・・・・・・)

 この一瞬とも言える隙にレイディアは叫んだ。自らの武器の名を。


「来いっ、月光!」


 宙を舞っていた刀が呼び声に応えるように、普通ならありえない軌道でレイディアの手に戻った。

 マリアンは少し喜んだが、驚きもしていた。まさかここまでとは、と。こんなにも楽しく、そして長く耐えた相手は初めての経験なのだ。


 ――やはり魔力が感じられない。まったく、なんて奴だよ……騎士王さんよ。

 レイディアは珍しく声に出さずに頭の中で一人言を呟いた。


 彼が気づいたようにマリアンに魔力は無い。魔力が無いと言うことは魔法が使えないことを意味する。故に今までの攻防は、レイディアが魔法で身体能力を強化したものであるのに対し、マリアンは完全に己の鍛えた体のみで戦っていたことになる。


 これは並の人が到達できる領域ではない。武を極めた者、剣を極めた者たちが更に鍛え、上を目指した先にある、本来ならば何十年もかけた、老人と呼ばれる程の年齢になった時にようやく見える境地と言えるもの。

 人の肉体が魔法と呼ばれる、神秘なる奇跡の力に追い付いた唯一の存在(人間)


 それを成した存在こそがマリアン・K・イグルス。

 世界でただ一人、“騎士王”を名乗ることが許された者である。


「魔法が使えないからこそ、純粋に己を鍛えた結果ってわけか。……いや、まだ過程に過ぎないんだろうよ」


 苦笑しながらやはり声に出してしまった。

 普通なら薬などを使ったり、他者に強化してもらったなどと考えるが、刃を交えたレイディアだからこそわかっていた。

 これはこの男の紛れもない実力なのだと。

 改めて自分が相手にしている者の凄さを思い知らされた。と言うより、この場合は自分で導き出したのだから“思い知った”と言うべきだろう。


「見えないカタナとやらがあるのか。それが空の鞘の正体と言うわけか」


 ――終わったと思ったのに、たった一撃で見破られるとは、はた面倒な……。


 目に見える『月光』に対して、目に見えない『闇夜月』の二本の刀がレイディアの今の武器である。


 ここぞと言う時まで取っておくはずだった闇夜月がこうも簡単に防がれるとは予想外。どうしたものかと次の作戦を考えながらレイディアは斬りかかった。


「やはり貴様は楽しめそうだ!」


「そりゃどうも!」


 二人の戦いはまだ終わらない。だが、二人は自分たちの元へと近づく何者かの気配を感じ取っていた。




 ーーーーーーー




 いつまでも続きそうな二人の戦いの最中、第一部隊、レイのほうもかなり厳しい状況に陥っていた。


「そうか。見事に俺の攻撃を跳ね返してくれるのか……」


 全方位を鏡によって構成された檻のようなものに閉じ込められたレイ。途中から入ってきたランガと戦いながらも、脱出方法を探っていた。


 ――これは面倒だな。この鏡は俺の特有魔法(ランク)だけではない。魔法自体を跳ね返すらしい。更に魔法以外にも物理攻撃も同様だ。

 現段階で思い付く脱出方法は一つしかない。かと言って、本当にここで使うべきか……。


 戦いながらも冷静に状況を判断しようと、鏡の隅々まで何一つたりとも見逃さないように注意深く観察していた。隙間などが無いものか、と。


 そんな鏡の檻の外では、ヴァスティの部隊と第一部隊が激しい交戦を続けていた。


「ファーレントの騎士ってのはこの程度かよぉ!」


「なめるなぁ!」


「団長を返せ!」


 至るところで剣は交わり、魔法は飛び交い、そこはまるで小さな戦場と言える。いや、戦場に小さいも大きいも無いのだろう。

 戦いながらもファーレント王国の騎士たちは考えざるを得なかった。


 ――こうも簡単に雷光の剣聖(ヴァスティ)を通してしまった。


 当初の予定とは、既に違う状況に陥っている。重々承知してはいるものの、打開策が思い付かないのが現状だ。


 時を同じくしてレイたちを見事に撒いたヴァスティは第二部隊と接敵した。

 第二部隊を率いるウォンには、かの雷光の剣聖に対抗できる手段を持っている。これはヴァスティが第一部隊をもし突破したとしても対抗するための手段として考えられていた。そのはずなのだが、現実は残酷と言わざるを得ない。


「弱ぇえんだよ」


 ヴァスティがこう呟いた時には、第二部隊の生存者は0だった。

 まさに一瞬の惨劇。

 第二部隊が上空のヴァスティに気づき、奇襲しようとしたタイミングを見計らって地面から雷撃が空へと上り、誰一人として耐えたものはいなかった。


 ――エレクトロ・ドラゴン。

 地面を伝い、人を探知し次第、自動で攻撃する魔法。偶然にもヴァスティが放ったエレクトロ・ドラゴンと第二部隊の数は同じであったが故に、全滅に至ってしまったのだ。

 幸運をも味方につけるからこそ、彼は剣聖と呼ばれる。


 そんな幸運にも恵まれ、難なくヴァスティは第三部隊、つまりミカヅキたちの場所までたどり着いた。




 ーーーーーーー




 第一部隊からヴァスティが現れたと報告を受けてからまだ5分程しか経っていない。なのに目の前には当の本人がいる。一番目にする可能性が低かったはずの自分の目の前に、余裕の表情で雷光の剣聖は立っていた。


「さぁ、殺してやるよ」


「甘く見るなよ、小僧」


 目の前の恐怖に立ちすくむミカヅキをよそに、ダイアンは言い返した。

 自分も負けじと足に力を入れて震えを止める。

 ミカヅキは手に持った棍棒を握り締めて、強く思う。


 ――いかなる状況であろうと冷静であれ。


 ――確認できる全てのものを一瞬で判断、処理しろ。


 ――そして、最善と思う方法で早急に終わらせろ。


「よし!」


 ダイアンは背中越しに聞こえたミカヅキの声を聞いて微笑み、すぐに敵に向ける真剣な表情へと戻した。


 ――まだまだ小僧なのはわしもだな。


「わしはファーレント王国ガルシア騎士団元副団長、ダイアン・ヴァランティン。小僧の名を聞こうか」


「ふっ、堅物じじいが。アインガルドス帝国天帝騎士団天帝の使い、ヴァスティ・ドレイユ。あの時のおっさんのみてぇにじじいも俺の雷で殺してやるよ」


 この言葉でダイアンは間違い無いと確信した。目の前に立つ青年が、亡き友を殺した張本人だと。たしかに調べた情報だけで確実とも言えたが、本人の口から聞いた今は、他の全ては何もいらなかった。


 ただ、仇をうつ。それだけ。


「強化・視界、反射、反応、身体。行くぞ」


「おおー、ちょっとは楽しめそうじゃん――雷神(サンダー)


 目にも止まらぬ速さのヴァスティにダイアンは反応し反撃を繰り出すが、やはり雷の如く姿を捉えることはできずにいた。

 勝負は時間の問題に見えた。


 そんな中、ミカヅキは自分で叱咤したにも関わらず、ただ傍観していた。

 命をかけた全力の戦い。この世界に来て、決闘や稽古試合を何度も行ったが、目の前で繰り広げられる圧倒的な力の差の“殺し合い”に気圧されていた。

 と、本人は思っていたが、体はそうは思っていない。だからこそ、呼び覚ますことさえすればミカヅキは――


「戦え! 己の意思で戦え! 守ると決めたのなら、足掻いて見せろぉ!」


「何を言ってるんだか――エレクトリック・ソード」


 ヴァスティが名を口にすると、彼の手元に電気が収束して一本の剣と化した。


「ぐっ」


 電気で作られた剣でもろに斬られるダイアン。それを目の当たりにしたミカヅキの心臓が、一際大きく鼓動した。

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