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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第三章 帝国の強襲
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二十七回目『接敵』

 各部隊が配置について十分が経過した。


「来たか」


 レイの索敵範囲内に敵部隊が入った。数は二十一人。レイディアの情報通りだ。

 迷いなく真っ直ぐこちらに進行している。目的はわからないが、数からして先行部隊と判断したのは正しい。

 たとえ違ったとしても、ここで潰してしまえば何の問題もない。

 ファーレント王国が持ち得る最強戦力が第一部隊に振り分けられている。

 意味するのは至って簡単。ここで敵を全滅させるためだ。

 レイは第二、第三部隊は万が一に備えての配置だと思うことにしていた。そうすることで自分の立場がどれ程重要なのかを意識できるから。


「始めるぞ。第一部隊、構えろぉ!」


 ――今度こそ俺が勝つ。


 ――この国は絶対に守って見せる。


 レイの声に従い、第一部隊の全員が各々の気持ちを胸に武器を構えた。

 準備万端だった。


 だが一つの疑問がレイの頭に浮かんでいた。


 ――情報が正確すぎないか?


 もちろんレイディアを疑うわけではないが、あまりにも情報が正確すぎると思ったのだ。まるでその場にいるかのような敵の進行状況。

 並の騎士団なら跡をつけることは可能だろうとレイも考えたが、相手はあの天帝騎士団。これだけで話は全く別物になる。


 ――バレない筈がない。つまり敵の罠だと考えるのが常識だろう。

 と言うことはレイディアが罠とわかってわざと引っ掛かっているのか、罠だと気づいていないか、はたまた俺たちを罠にかけているのか……それとも罠ではないのか。

 どれにせよ、今は目の前の敵を倒すのみ。


 頭を使って可能性を考えたからか、改めて心を引き締めたレイだった。




 ーーーーーーー




 レイが号令をかけたのと同時刻。

 雷光の剣聖、ヴァスティが率いる部隊はレイの索敵範囲内に入ったことに気づいていた。


「この感覚は……前のあいつか」


 感じたことのある感覚。すぐに索敵しているのが誰なのかを理解した。

 ため息をついて、あの弱い奴か、と。

 戦況は圧倒的に有利だった。邪魔さえ入らなければ確実に仕留められるほどに。


「光る奴はお前に任せるぞ、ランガ」


「了解」


 後ろについてくる者たちの先頭を、つまりヴァスティの隣にいた大きめの体のスキンヘッドの男に命令した。あんな弱い奴は自分が戦うべきではないと判断したからだ。

 彼の中では部下に任せてもいいほどの相手と認知していた。

 それに今回の優先事項は別にあったのが大きな理由の一つである。前回もそうだったが、今回は特に失敗するわけにはいかなかった。


「よし――始めろ」


「放て、フレイム・バスター」


 王国領土の外。

 そこに位置しているのにも関わらずヴァスティの命で一人が魔法を放った。ドーンと言う盛大な爆音と共に爆煙が生じた。

 だがすぐに知る。


「おおー」


 王国の領土壁に魔法が触れた途端、大きな爆発が起きたまではよかった。意味するのは直撃したと言うこと。なのに領土壁は、何も起きていないと宣言するが如く、全くの無傷で(そび)え立っていた。

 ――魔障壁。

 外敵からの攻撃を防ぐための魔法による障壁だった。


 しかし、ここにいるのは天帝騎士団、天帝の使いエンペラーサスフォースが一人。雷光の剣聖――ヴァスティ・ドレイユ。


「邪魔なんだよぉ」


 拳に雷を纏い、薄っぺらいガラスのように魔障壁を叩き割った。

 驚くべきなのは魔障壁を打ち破ったのは彼だけではない。全員ではなかったが、彼以外の五人も軽々と魔障壁に穴を開けていた。

 紛れもない天帝騎士団の精鋭がここにいた。


 そして、彼らは再びお互いの存在を自らの目で確認する。


「また会ったな、団長さんよぉ」


「ヴァスティ・ドレイユ……!」


 ここに、ファーレント王国の攻防戦が幕を開けた。




 ーーーーーーー




 前線の情報はすぐにミカヅキたち第三部隊にも届いた。


「ついに敵が来たか……」


 ダイアンが確かめるように呟く。

 できることならもう二度と経験したくはないと思っていた。人が死ぬのが当たり前の世界など、彼の望むところではない。

 故にレイディアの気迫を前にして興奮したのが頭から離れない。更に、ヴァスティの名前を聞いたときには飛び上がりそうになってしまった。

 あの時に実感した。自分の居場所は、嫌い続けた戦場なのだと。


 悔しいが認めざるを得なかった。

 62歳にもなってもなお、体が戦いを望んでいる。だが役割を放り投げるほど愚かではない。

 ダイアンの人生(とき)は幸か不幸か、戦場がそのほとんどを支配していた。もちろん望んでこのような状態になったわけではない。それこそ世界が違えば少々頑固な老人として余生を過ごすような人物になっていたかもしれない。


 だからふと目を閉じれば、今でも簡単に思い出せる。

 もう二度と見ることのできない懐かしい笑顔を。




 ーーーーーーー




 ――今から18年前。


 繰り返されてきた戦争、その真っ只中だった。

 ダイアン、44歳。

 当時はダイアンもまだ現役のガルシア騎士団の騎士として戦場を走っていた。


「怪我は大丈夫なのか?」


「ええ。痛みなんて無いですよ。息子が発現したんですから、嬉しさが圧倒的に勝ってますよ」


 ダイアンの隣で問いに答えた茶髪の人懐っこい笑顔を見せる青年はガルシア騎士団前団長、ガルシア・グランディール。現団長レイ・グランディールの今は亡き父親だ。敵からは“閃光の剣神”と呼ばれ、この男に会ったら死を覚悟をしろと恐れられていた。

 当時のファーレント王国が敗北しなかったのはこの男がいたからとも言われている。


 ダイアンと彼は周りが親子だと思う程に仲が良かった。事実、彼はダイアンを親のように慕っていたし、ダイアン自身も我が子のように接していた。だからこそ、ダイアンは彼の怪我のことを知っていたのだ。


 ――この作戦決行の3日前に、彼が語ったように息子(レイ)特有魔法(ランク)が発現した。そこまでは喜ばしきことだったのだが、問題は発現した際に特有魔法が暴走したことだ。

 それを止めようと力ずくで押さえ込んだときに傷を負った。ここまではダイアンも知っていた。作戦を立案並びに指揮している前国王バルディス・ユーレ・ファーレントも同様だ。

 戦力の要であり、騎士団長である彼は、前国王(バルディス)のお気に入りでもあった。


 だが、彼はダイアンどころか前国王にも真実を語らずに作戦に参加していた。

 ガルシアが負った傷は黙視できるほどの軽傷などではないことをだ。

 今の彼には作戦を指示する前国王の険しい表情も、心配してくれる親のように慕うダイアンのことも――もう何も見えて(・・・)いない(・・・)。ガルシアは失明していた。その真実を前国王とダイアンが知ったのは、作戦が終了した後に帰国し、ガルシアの妻のリア・グランディールから聞かされてからだった。真実を伝えたかったが、彼に言うなと口止めされていたらしい。


「――申し訳ないが、みんなには俺が死んでから話してほしいんだ。一生のお願いだ」


 リアが彼と出会ってから今まで、プロポーズの時に一度しか見たことが無かった真剣な表情だった。断ることなど、リンには不可能と言わざるを得ない。実際、そうだったのだから。


 ならなぜ、誰もこの事実に辿り着くことができなかったのか?


 理由は彼の特有魔法にある。

 その名を“煌光士(ライトニング)”と呼ぶ。

 レイの輝光士(シャイニング)と珍しくもほぼ同じ性質の特有魔法である。特有魔法が受け継がれたとされるのは、この親子だけとされている。


 今のレイより遥かに自身の特有魔法を使いこなしていたガルシア故に、周りの様子を特有魔法で知ることができるのも当然。傍にいるダイアンにも悟らせることすらさせないほどに、皮肉にも彼の能力は高かったと言うわけだ。


「俺は簡単にはやられませんよ。これでも騎士団長ですし……父親なんですから。それに、鍛えてもらったからね――オヤジ」


 この時のガルシアの嬉しいような、それでいて悲しさも感じさせる笑顔を、ダイアンは忘れたことは一度もない。

 これが、生前に彼がダイアンに向けた最後の表情となった。


 会話を終えてすぐに戦闘が始まり、二人は作戦通りそれぞれの持ち場に移動した。


 ダイアンは自身の持ち場の敵を一掃し、ガルシアの元へと援護に

 向かうために視線を移した瞬間に目撃した。

 空へと放たれた一筋の凄まじいほど巨大な光りを。ダイアンは彼の魔法(もの)かと考えたが、見慣れている光とは明らかに違っていた。それは、単純な光ではなく、空から落ちてくる雷のように見えたのだ。

 すぐさまガルシアの元に向かったが、到着した場所で目にした惨状が決着を物語っていた。


 光の真下であったろう場所に大きなクレーターが出来上がり、辺りには何十もの人の形をした光輝く物体。

 そして中心には、二人の人間が立っていた。ダイアンはそんな二人の丁度真横に位置していた。

 一人は体のあちこちが焼けたような傷を負い、立ったまま動く気配が無い男性。

 もう一人は、目の前の立ったまま動かない男性を無表情で見つめるまだ幼い少年。彼だけ、この参上の中で不思議なまでに無傷だ。


 ダイアンは一瞬にして、ここで今しがた何が起こったかを察した。

 あの少年は敵で、この光輝く物体はガルシアが攻撃から味方を守るために使ったものだ。ならば自然と答えは導き出される。たとえ望まないものであったとしても。

 あの男性は――ガルシアだと。

 自分のことより、味方を守ることを優先したのだと。


 途端、ダイアンの心臓が、認識できる程の大きな鼓動を全身に伝えた。


「よくも……よくもガルシアを!」


 無意識とも言えるダイアンの怒りの一撃は、閃光に包まれて結果はわからなかったが、届いたものがあった。


「――オヤジ、また稽古してくださいね」


 ――紛うことなきガルシアの声だ。

 とダイアンが思い、目を開けるとそこには空が広がっていた。作戦は終了し、前国王の命により死傷者を連れ帰るために編成された部隊に治療されていた。

 辺りを見渡すと、クレーターの中心部に横たわっていると判断できた。

 次に頭に浮かんだのは、


「っ、く、がる、ガルシアはどうなった!?」


 治療魔法をかけてくれている男性に問いかけると、一瞬衝撃を受けた表情をしてから辛い表情に変わり、ゆっくりと首を横に振りながら答えた。


「誠に残念ですが、ガルシア団長は……亡くなりました」


「……ああ、わかった」


 静かに目を閉じて思い出す。彼の笑顔を、最後の言葉を。

 だから心の中で今は亡き彼の言葉に返答する。


 ――当たり前だ。


 普段は厳格と言われていながらも、今は誰が見ても悲しんでいるのがわかった。

 “鬼人(きじん)”とまで呼ばれようと、大切な人一人すら守れないことをダイアンは知った。失って初めて痛感したのだ。自分がまだまだだったと言うことを。


 この後、戦争は協定と言う形で終わりを迎えることとなる。

 各国では数え切れないほどの多くの命が失われた。幾度も歴史の中で繰り返されてきた事実。これが当たり前だとでも言うかの如く、人間は争いをやめることはできない。


 こんな愚かとも思える歴史を変えることはできないか?

 そのために、無力な自分に何かできることはないか?

 そんなことを考えて、結果が今の騎士団稽古長なのである。


 ダイアンをオヤジと呼べるのは今は一人(ミカヅキ)だけ。

 ダイアンをオヤジと呼ぶことを許されたのは、二人だけである。

 なぜと騎士団員が尋ねた際に返ってきた答えが、


「似ているから」


 の一言だったらしい。尋ねた騎士団員はガルシア団長もオヤジと呼べたことは知らなかったので、誰と似ているかはわからなかったが、小耳に挟んだレイは微笑んで呟いた。


「……俺は似てないのかねぇ」


 不思議と負の感情は湧いてこなかった。一番の理由は相手がミカヅキだったから。次に思い浮かんだのは、あの人らしいから。

 在り来たりな、又はそんなものと言われる理由。周りがそうだとしても、レイ・グランディールにとってはそれだけの理由で充分だった。

 この度量と呼ばれるものが、それこそ彼の団長足り得る理由の一つなのかもしれない。




 ーーーーーーー




 盛大な音と共に王国内へ侵入してきた雷光の剣聖ヴァスティ率いる部隊とレイたち第一部隊が衝突した。


「お前は俺が――なっ」


 すぐさま作戦通りレイがヴァスティに向かったが、唐突に視界と体が暗闇に包まれた。


「光る奴はこのランガがお相手致す」


 レイには見えないが、彼の前にランガと名乗る巨漢のスキンヘッドが立ちはだかった。すかさず彼も反撃をする。


「邪魔だ! 輝け――輝光士(シャイニング)!」


「無駄だ。我の特有魔法は貴様のてんて――」


 次の攻撃に移るためか手を合わせたランガは言葉を最後まで言い切れなかった。今度はランガがレイの反撃を受け、視界と体が眩しい程の光に包まれる。


光の鉄槌(シャイニング・ロウ)。本気で潰してやるよぉ!」


 ランガは成す術無いまま続けて頭上に現れた光の塊によって地面に叩き潰された。術者を倒したことにより、レイを包んでいた暗闇が消える。

 そして、レイはある違和感に気づいた。

 ヴァスティの姿が見当たらない。


「どこだ!」


 ――ものの数秒の間に、城へと足早に向かったのか?

 いや違う。


 別の敵と戦いながらも策敵魔法を使い、必死に探す。


「見つけた!」


鏡の牢獄(ミラーズ・プリズン)


 と声を上げると同時に振り向くと、そこには自分がいた。

 正確には自分が映って(・・・)いた(・・)

 レイの体以上の大きさの鏡がそこにあったのだ。

 ヤバイと距離を取ろうとした瞬間、レイは鏡に囲まれる形で閉じ込められた。


「こんなものぉ!」


 内側から破壊しようと単純な魔力攻撃を加えると、見事に攻撃は反射して自分の元へと帰ってきた。レイは自身の魔力によるダメージは受けないのだが、


「まずいっ」


 躱わしたが腕に切り傷が浮かび上がる。

 攻撃の反射なのは間違いないが、魔力構造が違う状態で帰ってきている。加えて後ろに反射された攻撃は再び反射されレイの元にやって来た。

 何とか反応して躱わしたが、二度あることは三度ある。と言う具合に魔力攻撃は反射され続けた。


「魔力がダメなら直接斬るまでだ!」


 と叫びながら剣を抜き、鏡を斬りつける。途端、斬りつけられた鏡が暗闇に包まれていく。


「無駄ですよ。この鏡は全ての攻撃を跳ね返す」


 鏡越しに背後に映し出されるは、先程叩き潰したはずのランガ。目を閉じて何が楽しいか口角が上がっている。


「よくあの攻撃を耐えられたな」


 素直に感心していた。今できる全力で叩き潰したからだ。なのに当人はそれを知ってか否か、なに食わぬ顔で浮いていた。


「あの程度。少し驚きはしたが、我には対したものではない」


「対したものではない、ねぇ……」


「では、第二戦目と行こうか」


 手を合わせ次の攻撃を仕掛けようとする敵。魔力攻撃が効かない鏡に囲まれた。

 レイはこの状況を打破するために、今までで一番頭を働かせた。

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