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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第三章 帝国の強襲
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二十六回目『再び』

 部屋から飛び出したミカヅキはどこに向かうわけでもなく、いつの間にか自室に戻っていた。


「はあぁ……」


 ベッドに腰を下ろして、何度目ともならないため息をつく。


 ――逃げてしまった……。

 レイディアさんに失礼なことを言ってしまったし、どうしたんだ……?

 自分自身でも、どうしてあんなに過剰に反応したのかわからない。


 笑顔で活気に溢れたファーレンブルク神王国の人たちが死んだことを想像して、何故か情景が頭に流れてきて、祖父母(ふたり)のことを思い出して、込み上げてくる何かを抑えきれなくなってそれから……。ほんと、なにやってるんだろ。


 ――駄目だ。

 思い出すとまた同じようになってしまう。

 とりあえず今は落ち着かないと。深呼吸だ、深呼吸。


「すぅー、はぁー、すぅー、はぁー」


 今回は大丈夫みたいだ。


 ふと手が頬へと動いた。無意識にと言うのが正解だろう。

 ミルダさんに叩かれた頬が今もヒリヒリとした痛みを僕の頭に伝えていた。これが僕の行ったことへの罰とでも言うように。


 痛かった。

 頬がじゃない。

 そんなものより、ミルダさんの言葉が何よりも僕の心に痛みを与えた。決してミルダさんは悪くない。悪いのは僕なんだ。


 ――あなたの覚悟はその程度だったのですか?


 そんなことはないと否定したかった。でも何も言い返すことはできなかった。

 僕自身が痛感していた。せっかく認めてもらったのに、頑張っていこうと決めたのに……。こんなことになって、挙げ句逃げ出して……どうしたいんだよ。

 僕はどうするべきなんだ?


 こんな弱い僕に――何ができるんだ?


 ああ……駄目だ。

 こんなこと考えるべきじゃない。わかっているはずなのに思考が止まらない。逃げることをやめられない。

 だってこんな訳のわからない世界に急に連れてこられて、戦争が起きようとしていて、たくさんの人が死んで、いつか僕の周りの人だって――


(それがどうした?)


(え?)


 目の前に広がる光景に、僕は自分の目を疑った。

 あの場所だ。

 この世界に連れてこられた原因とも言えるあの夢の場所。


(――この世界の人間が死んだところで、君が何かを思わなければならないのか?)


(それは……)


 そうかもしれない。たしかに僕はこの世界の住人じゃない。だからこの世界の人がどれだけ死んでしまっても、どれだけ悲しんでも僕には関係無い。

 簡単なことじゃないか。

 僕にはこんな世界のことなんて関係無いんだから。


(関係無い。だから逃げ出しても良いのではないか? だからこんな世界なんて見捨てて良いのではないか?)


(ああ、その通りだ。僕には関係無い。この世界がどうなろうと、この世界のみんながどうなろうと――)


 言っている途中に突然、ミーシャの笑顔を思い出した。

 ミーシャの困り顔を思い出した。

 ミーシャの怒り顔を思い出した。

 ミーシャの拗ねた顔を思い出した。

 ミーシャの――泣き顔を思い出した。


 次々と色々な表情を思い出した。

 この世界に来てからの日々が、出会いが目の前を通りすぎていく。まるで映像のように情景が流れていく。

 これが走馬灯と言うのだろうか。

 そんなこと関係なかった。


 ――僕は思い出す。


 ミーシャと初めて会った――あの時を。

 ロマンやシチュエーションなんて呼ばれるものは欠片も無かった気がする。

 だって眩しいくらいの豪華な部屋のベッドでだよ。


 今思い出しても少し笑ってしまう。


 でも僕にとってはとても大切な“思い出”だ。


 何をしているんだ?

 頭の中の僕が問いかける。


 ちょっと準備をしていただけだよ。

 もう大丈夫。

 僕はこれからだって何度も繰り返してしまうと思う。

 だとしても僕は、同じ選択をするよ。


(そうか。君はそうするのか……。良かろう。では、進んでいくがいい。己が選択した道を――)


(言われなくとも、僕はそうするよ。この世界に来た(・・)理由をまだ知らないからね)


 ――目を開けると、いつもの自室の光景があった。

 夢なのか何なのかわからないけど、少なくとも正気を取り戻すきっかけにはなってくれた。

 夢の人には感謝しなくちゃな。

 何者なのかはまだわからないけど、いつかは知ることができる気がした。根拠はないけど、そんな気がしたんだ。


「ふぅー。戻ろう」


 早く戻って謝ってこれからどうするかを聞かないと。

 うぅ……ちょっと怖いけど、後回しにしたらもっと怖い。

 ――行こう。


 と、立ち上がった瞬間。

 扉が勢いよく開かれ、何かが僕に飛び付いてきた。


「うわぁ!」


「見つけた!」


 ミーシャだった。

 さすがに立ち上がろうとした姿勢で受け止めることもできず、押し倒される形で体勢を崩した。


「ミーシャ……。ごめん、心配かけた」


 僕の上に乗っかるミーシャを抱きしめながら頭を撫でた。


「ミカヅキ、もう大丈夫なの……?」


 すると猫のように目を細くして、様子を伺うように僕の顔を上目遣いで見つめてきた。

 まるで本当に猫を撫でているみたいで、ちょっと笑ってしまう。

 この世界には猫や犬はいないみたいだからこの気持ちを共有できないのは残念だけど。


「うん、もう大丈夫。でもねミーシャ」


 本当と言わんばかりの目で見つめられながらも僕は言葉を続けた。


「僕がまた迷うようなことがあったら、今度はミーシャが僕を叱ってくれる?」


 一瞬だけキョトンとしてから、僕の胸に自分の顔を(うず)める。


 これはどっちなんだろう……?


 答えを急かすわけにもいかず、ミーシャの返事を僕は静かに待つことにした。

 深く息を吸う音がしたのは、それから2、3分くらい経った後だった。


「……わかった。でも条件があります」


「な、なに?」


 すごくとてつもないことを要求されるのかと身構えたけど、


「もし私が間違ったことをしたら、ミカヅキもちゃんと叱ってよね」


 必要は無かったみたいだ。

 迷う必要なんて無い。

 胸を張って答えた。


「もちろんだよ。これからもよろしく」


「うん!」


 約束とも言えるものをして、僕たちはみんなのもとに戻るべく部屋を後にした。




 ーーーーーーー




 同時刻。

 レイディアが今回の作戦の説明を行っていた。


「不満はあるだろうが、時間が無いので先に進めるぞ」


「ああ、今回は大人しく従おう」


 レイディアの一方的とも言える提案を、ガルシア騎士団長のレイは承諾したそんな時。タイミングを見計らったように団長を呼ぶ声が城に響いた。


「団長ー、レイ団長ぉー!」


 レイディアたちは声が聞こえて状況を察した。


 レイが部屋を出て、廊下を走る騎士を呼び止めて状況を尋ねた。数分経ってから聞き終わったのか、騎士に指示を出して皆の方に向き直り、宣言した。


「敵が来た」


 部屋の空気が変わったのは言うまでもない。

 レイディアは予想通りだと思ったが、同時に感じていた。速い、と。

 ならばやることは一つ。

 すぐさま切り替えて作戦の説明を再開した。




 ーーーーーーー




 作戦の説明が終わる頃、丁度部屋の扉がノックされた。

 咄嗟に身構えだが、声で誰かは判断できたため力を抜いた。


「失礼します」


「どうぞ、早く入りたまえ」


 恐る恐る確かめるように扉から顔を覗かせるが、後ろから何かに押されて無様にも顔から床へとダイビングを果たした。


「あっ、ミカヅキっ、だだだ大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ……」


 言いながら鼻に手を携えて血が出てないかを確かめる。ここで鼻血を出そうものなら恥ずかしいにも程がある。何とか鼻血は出てなかったらしく、痛みだけみたいだと安心した。


 ――レイが一番だった。


「ふっ、はははははっ、鼻が真っ赤じゃないか!」


 二番目はオヤジ。


「まだまだ鍛え足りんな」


 続いてレイディアさん。


「おいおい、ドジだなぁ。大丈夫か?」


 最後にミルダさん。


「何をしているのですか? 早く席についてください」


 さっきあんなことを言ったのに、何も無かったかのようにみんな笑顔で迎えてくれた。

 甘えるのは良くないと思う。けど、時にはこう言うのもいいよね……。

 温かかった。

 だからこそ、姿勢を正してしっかりと言う。


「ご迷惑をおかけして、すみませんでした!」


「構わんさ。さて切り替えて、今回の作戦を手短に説明する。後ろのお姫さまも席にお座りを」


 綺麗とも言える所作でミーシャを席につくように促す。少しだけ見惚れてから急ぎ目に席についた。


 嫌そうな様子は微塵も感じさせず、むしろ楽しそうに説明を僕にも分かりやすく砕いて聞かせてくれた。

 敵はもうすぐやって来ると聞いて、ちょっと驚いて声をミーシャと一緒に出してしまったけど、ふっ、と笑われただけだった。

 ……面目ない。


 ――作戦は敵の数が少数の一部隊に対し、こちらは約2倍の人数で三部隊に分けて迎え撃つことになった。


 第一部隊。

 ガルシア騎士団団長レイ・グランディール。

 以下ガルシア騎士団員11人。


 第二部隊。

 ガルシア騎士団第一部隊隊長ウォン・ディッツ。

 以下ガルシア騎士団員15人。


 第三部隊。

 僕、ミカヅキ・ハヤミ。

 騎士団稽古長ダイアン・ヴァランティン。

 以下ガルシア騎士団員20人。


 第一部隊は正面から雷光の剣聖と衝突。

 第二部隊は回避して進軍してくる敵の対応。

 そして僕たち第三部隊は最後の砦だ。

 僕単体の役割は敵が来た時に応戦する以外に、戦況を『知識を征す者(ノーブル・オーダー)』で知って、基本魔法(ノーマル)の『脳内言語伝達魔法(テレパシー)』で報告することも含まれている。

 どうやら刻一刻と変わる“戦況”の知識は一つ一つが別のものと判断されるらしく、幾つかの条件を満たせば何度も知ることができた。ぜひ活かそうと言うことになったのだ。

 ちなみに今回の部隊に分けられていないガルシア騎士団員は城と城下町のそれぞれに配置されている。


 僕が気になったのは、レイディアさんが単独で天帝騎士団の足止めと共にソフィさんを救い出して撤退するとなったこと。正直無茶だと思う。

 天帝騎士団員の今回動いている人数は20万人。対して立ち向かうは一人。

 なのに冗談みたく、


「私を誰だと思ってるんだ? かのレイディア・オーディンだぞ。さっさとソフィを助けて、戦線を死守するくらいやってやんよ」


 と言ってのけた。

 作戦と逆になってる気がしたけど……。

 たとえ冗談のように聞こえても、この人は本気でそれを成そうとしているんだと、僕は感じざるを得なかった。

 レイやミルダさんも無茶だと言って止めても聞かなかったらしい。さすがと言える。少なくとも僕にはできそうにない。


 ちなみにミーシャとシルエットさんは城でミルダさんやガルシア騎士団員が護衛についている。


 一番望ましいのは、レイ率いる第一部隊が雷光の剣聖と当たれば勝率は五分五分。

 でももし、抜けられた場合は勝率はぐんと下がる。

 最悪抜けられたとしても、相性はいいとされるウォンさんが対応するため、レイが駆けつけるまでの時間稼ぎも可能。

 僕たちのところまで来たらほんとにまずい。

 かなりきつい状況下の作戦には変わり無いが、これが一番効率がいいのも事実だった。


 ――僕とミーシャへの作戦の説明が終わってから、ものの20分で作戦の通達から各部隊の配置は完了している。

 あとは敵を待つのみである。

 なのでレイディアさんも既に天帝騎士団本隊に向かっていた。


 最後に言っていた言葉が頭に流れる。


「――知識をどう使うかはお主次第だ。だから敵を見て、瞬時にその情報を知り、“自分のもの”としてみろ。そうすれば面白いことができるかもよ?」


 あまり言っていることは理解できなかったけど、不思議と頭から離れなかった。

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