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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第三章 帝国の強襲
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二十五回目『動き出す歯車』

 僕たちがこうしている間も歯車は音を経てずに回り始めていた。


 そして丁度一週間経った今日、レイディアさんが急にみんなを集めて話をしたいと言い出した。用件は秘密として全く知らされていない。




 ーーーーーーー




 緊急招集に集まったメンバー。

 ファーレント王国の姫、ミーシャ・ユーレ・ファーレント。

 姫のお側遣い、ミルダ・カルネイド。

 ファーレント王国ガルシア騎士団団長、レイ・グランディール。

 騎士団稽古長、ダイアン・ヴァランティン。

 最後に僕、ミカヅキ・ハヤミ。

 僕以外はよく集めたと思う……。


 そして僕たちを呼んだ張本人であるレイディア・オーディンと、シルエット・オーディンの計七人が今この部屋にいる。形としては一つの大きな机を中心に、僕たちが座っている側とは反対側にレイディアさんたちが座っている状態だ。

 レイディアさんは話しをするからと立っていたけど。


「こんな朝早くに集まってもらってすまない。まずは急な呼び出しに応えてくれて感謝する」


 現在、午前8時。

 今から30分前にレイディアさんがみんなの部屋を直接訪ねたらしい。

 さすがにみんなも何事かと身構えているように見える。僕はこの緊迫した空気に少し気圧されかけていた。


「構わんさ。それより、何があった?」


 重苦しい空気の中、レイディアに続いたのはレイだった。

 ただ事ではないのは表情を見ても明らかだ。いつもの飄々とした雰囲気が今は感じられない。

 黙って何があったのかを聞くしかできない。


「そうだな。恐らくもうじき知るだろうが先に伝えておきたくてな。わかっていると思うが、心して聞いてくれ……」


 みんなの様子を伺いながら少し間を開けた。

 次にレイディアさんの口から放たれる言葉を待ち構える。


「ファーレンブルク神王国が――天帝騎士団によって半壊した」


 構えていたにも関わらず、見事とも言えるほどにこの部屋にいる、言葉を発した本人以外が息を呑むほど驚いていた。

 いや、正確にはレイディアさんと知っていたであろうシルエットさん以外だ。

 つい先週に僕たちがいた場所が、半壊した。

 意味がわからなかった訳ではない。全壊じゃなくてよかったと喜んで安心していた訳でもない。

 ただただ、信じられなかった。信じたくなったと言うべきか。


 何も――言えなかった。


「ソフィさんは無事なのか!?」


 レイが最もなことを少し強めに問いかける。


「ああ、なんとか無事らしい。……焦る気持ちもわかるが、落ち着いて聞いてくれ」


 一番そうなる可能性が高いであろう本人が、まるで自分に言い聞かせるように言った。証拠に、机に置かれた両手は音が聞こえそうなくらい強く握りしめられている。


「すまなかった。……いつだ?」


 次の瞬間には落ち着きを取り戻して、でも何かを抑えぎみに続きを促す。

 一度頷いてから話を続けた。


「今日の早朝。つい2時間前の話だ――」


 朝の6時。この時間辺りから起き始める人が多いだろう。

 そんな時に攻められたとしたら、判断が遅れるかもしれない。

 とは言っても油断していたはずはないだろうし、あの人たちなら対応できるだろうし……。なのに半壊まで追い込まれるなんて……。

 逆に対応できたからこそ半壊で抑えられたのか……?


 いったい何があったんだ……?


 午前6時に天帝騎士団による、ファーレンブルク神王国領土への進軍を開始。その際、駐留騎士団が応戦するも、雷光の剣聖ヴァスティにより全滅。よって領土内への侵入を許すこととなる。

 そこから天帝騎士団は戦力を3つに分散して、進軍を続行。

 エクシオル騎士団はこれに対して、本隊と思われる城に真っ直ぐ進軍してくる部隊に戦闘を仕掛けるも、騎士王マリアンにより撤退を余儀なくされる。

 他2つの部隊は比較的ゆっくりと進軍。だが、確実に立ちはだかるものを粉砕していった。


 午前6時16分にヴィストルティ介入。それにより戦況は拮抗し始める。


 午前6時22分には天帝騎士団は撤退を開始。30分には完全撤退を確認した。


 この襲撃による死者37万4293人。重軽傷者80万1213人。数多くの犠牲者を出した。


「――ふざけるな!」


 急に大きな声を出した僕を部屋にいた全員が一斉にこっちを向いた。


 いつの間にか発動していた。


 ……知りたくなかった。

 ……もう大丈夫だと思っていた。

 ……ちゃんとした対応ができると。


 でも拒まずにはいられなかった。


「知りたくもないものまで知ると言うのは、なかなか酷なものだな」


 レイディアさんが状況を察したのか、俯く僕にそう言った。

 だから僕の中で何かがプツンと音を立てて切れるのは自然なものだったのかもしれない。


「あなたに何がわかる! 同情のつもりですかっ! 力があるあなたのような人には、僕の辛さはわからないっ、わかるはずがないっ! 何もできずに目の前で失う気持ちがあなたにはぁっ――」


「――失礼します」


 故に、これも当然だった。

 パシンッ。

 乾いた音によって部屋は静寂に包まれた。

 何が起きたのかわからなかった。ただ実感できたのは、頬が次第に熱くなってきてそれが痛みに変わっていく感覚だけ。


「な、……ぁ……え……?」


「あなたの覚悟はその程度だったのですか?」


 手を握りしめて悔しくても、なにも、言い返せなかった。その通りだったから。

 認めてくれた人から突きつけられた言葉は、まるで豆腐を切るが如く、僕の心を軽く貫いた。


 ――僕は部屋を飛び出した。この場(みんな)から逃げるために。


「――失う、ねぇ……」


 僕を呼ぶ声が飛び交う中、レイディアさんのこの言葉が何故かはっきりと耳に届いた。




 ーーーーーーー




 ミカヅキが飛び出していった扉を静かに見つめて、無意識に一言だけ言葉を発した。


「失う、ねぇ……」


 唐突に叫んだ理由はだいたい想像がついていた。故に試すようなことを言ったのだ。

 案の定、見事とも言えるほどにいい反応をしてくれた。


 試した彼の、良くも悪くも好奇心と洞察力が高い結果だ。この性分に悩んだこともある。と言うより、無駄だと気づいているのに今も悩み続けている。

 悪くない方向に転がることももちろんあるからだ。

 誰に何を言われようと、何をされようと彼は他者を試すことをやめない。


 これが自身の成すべきことだと選択したからこそ、やめるわけにはいかないのだ。一つだけ例外はあるが……。


ミーシャ(ひめさま)、行ってやんな。あいつもお主同様、まだ子どもなんだよ。あいつのためにも行ってやれ」


 自身の言動の先を予測し、ヒントやチャンスを与える。こうしなければ不公平と思った為だ。


 やろうとして抑えたことを促され、一瞬戸惑いながらもミーシャはミカヅキを追いかけて部屋を出ていった。


「上に立つ者はやはり、面倒ですなぁ」


「レイディア様。姫様の背中を押してくれたことには感謝します。ですが――」


 皮肉のような発言にお側遣いであるミルダが物申したが、最後まで言い切ることはできなかった。レイディアが話を切ったからだ。

 彼とて、彼女が何を言いたがっているのかは察していた。にも(かかわ)らず遮った。


「言いたいことはわかっている。だが、誰に何を言われようと、何をされようと、最後に選択するのは己自身だ。故に、国の長であろう者が私の言葉程度で揺らぐのか? 悪いがなミルダ・カルネイド。私はあなたほど優しくはなれんのだよ」


 今までのような冷静な面持ちとは違って、怒りが少し漏れ出たような表情をしていた。

 対抗するが如く、珍しくミルダの目付きがいつものキリ顔より鋭くなっていると気づいたレイは人知れず冷や汗を流す。

 火花が起きそうなほど睨み合う二人を止めたのは、意外にもシルエットだった。レイディアの強く握られた右手に、自分の手を(かざ)して悲しそうな表情で静かに口を開いた。


「お兄さま」


 名前を呼ばれたことにより、いつもの落ち着きを取り戻したのか、謝罪して頭を下げた。

 ふと頭を(よぎ)る。正論を口にしたとしても、納得するか否かも己自身が選ぶことに変わりない。


「……。すまない。……失礼だったな」


「いえ、お心遣いには感謝しています。では、気を取り直して話を続けていただけますか?」


 対峙したミルダさえ、彼の言わんとしていることはわかっていた。だからこそ自分では言えないことを言ってくれて感謝している。それでもミルダ・カルネイドは、ファーレント王国の今や長であるミーシャ・ユーレ・ファーレントのお側遣いであるが故、やらなければならないことがあるように、やってはならないことがあるのだ。


 そう。できることなら彼女は言いたかった。


あの方(ミカヅキさん)を追いかけてください」


 と。ミーシャの背中を押してあげかった。でも今は同盟国の話をしている場。自分がそんなことを発言してしまっては、失礼に値するとわかっていたからこそ、不可能だった。


 レイとダイアンは、二人の頭の中で繰り広げられていることが大体想像がついていた。ならばまだ止めるべきではないとして、なにも言わなかったのだ。

 逆に二人を止めたシルエットを責めることもしない。彼女は間違ったことはしていないと思ったからである。


「そう言ってもらえると助かる。私こそ感謝する」


 ミルダに返事をして話を再開する。

 そして、さりげなく止めてくれたシルエットの手を優しく握ったのは、握られた彼女以外も気づいていた。


 ――ヴィストルティは天帝騎士団の撤退を確認した後、何事も無かったように姿を消した。かなりの激戦を行ったらしいが、彼らの一員と思しき死体は未だに発見されていない。

 彼らは主に天帝騎士団を攻撃したが、エクシオル騎士団にも攻撃を加えたと言う。この事から今回も救援に来たわけではないのが想定できる。

 何が目的で、各地の戦闘に、戦争を介入して邪魔することだけがそうなのか、まだ情報が少なすぎる。

 目的が何にせよ、介入されていなければエクシオル騎士団は、ファーレンブルク神王国は壊滅していた可能性が高かったのが現実だ。


 などの被害報告。

 そしてレイディアは、更に驚くべき事実を述べた。


「――ソフィが奴らに連れ去られた……」


 込み上げる怒りを抑えるが如く、目を閉じて俯きながら吐き捨てるようにが聞いた者の印象だった。話の内容よりも、そちらに意識が行ってしまいそうな程、誰が見ても明らかなものとして表に漏れ出ていた。


「そんな……信じがたいが、安否はどうなんだ?」


 言うことも一理ある。

 ファーレンブルク神王国の姫であるソフィ・エルティア・ファーレンブルクは、ミーシャと同じように国の長、つまり(トップ)である。

 王には護衛がつくのは当たり前で、その国で1、2位を争うような者を当てるのが常識的だ。重ねて今回のような緊急の際は安全な場所に避難させるのも同様。

 真実はどうであろうと、結果として国の中で一番安全と言っても過言ではない場所に彼女(ソフィ)がいた、と考えるのが基本と言うわけだ。


「私たちもできれば信じたくないさ。安否は不明だが、ソフィはファーレンブルク神王国の姫だ。そう簡単には殺さないと思う、が、アインガルドス帝国(やつら)がどうするかなんてわからん」


 レイの問いに自嘲気味に答える。

 この時同時に別のことを考えていた。護衛がいたにも関わらず連れ去られた原因を。何となく察しはついていたが、この場では口にしなかった。


 だが誰も責めはしない。アインガルドス帝国が何を考えているかわからないのは全員が思っていたからだ。


「だがな、天帝騎士団の現在の居場所はわかっている。私は今からそこに向かう」


 さも当たり前と言わんばかりに口にしたことに反応が遅れたのは言うまでもない。これもレイディアの器量と言えよう。


「お待ちください。今の申し方ですと、レイディア様が一人で向かわれると仰っているように聞こえましたが、そのおつもりですか?」


「俺にもそう聞こえたぜ。本当にそのつもりなら何のために同盟を組んでもらったかわからなくなるじゃねぇか……!」


 レイディアの信じられない発言にミルダとレイは思わず聞き返していた。

 たしかにこう言う緊急時にお互いに協力し合うために同盟と言うのは組まれるのが常識だ。

 今の彼の発言は、相手を信じていないと言っているようにも捉えられかねない。現にレイはそう感じていた。


「ああ。お主らの言うことは最もだ。行くのだとしたら、ガルシア騎士団の戦力を借りるのが最適なのかもしれん。だがな、お主らが一番に守るべきはこのファーレント王国だ」


「まさかレイディアとやら……ここに敵が攻め込もうとしているのか?」


 今まで固く口を閉ざしていたダイアンが皆を一瞬黙らせるような核心をついたことを尋ねる。

 問いに深く息を吸ってから、ああ、と頷いて観念したように理由の説明を始めた。


「撤退した天帝騎士団はまっすぐファーレント王国(ここ)に向かっている。加えて、ヴァスティ率いる20人の先行部隊が迫っている。これの到着まであと一時間しかない」


 本来なら私はこれに対応しなければならないんだろうが、残念ながら本隊を攻撃させてもらう。言い訳としては時間稼ぎができるから、こっちの方が効率がいいだろうよ。


 とのことだった。

 彼の話力なのか内容なのかはわからないが、聞く前と聞いた後では皆の考えは少し違っていた。


「仰ることは理解できますが、失礼ながらレイディア様お一人で天帝騎士団の本隊と戦って、本当に時間稼ぎが可能でしょうか?」


 反対意見では無くなり始めていたのだ。


 さすがに痛いとこついてくるなー、とレイディアは思った。彼以外であろうとこう思ったことだろう。

 何故なら返答次第ではこの後の考えが大きく変わるものだからだ。

 二度目の核心をつく質問に、彼は困ったと言わんばかりにため息まじりに答えた。


「失礼を承知で言わせてもらうと、私を誰だと思っている? 少なくともこの部屋にいる全員を同時に相手しても勝つ自信がある。私はこれでも、ファーレンブルク神王国の中では二番目に強い」


 “勝つ自信がある”と言った途端、彼を中心に部屋の空気が変わった。

 人はこれを“気迫”と呼ぶ。他に強く影響を与えるほどの精神力のことだ。

 誰かの発言や言葉、態度に気迫を感じることはあるだろう。にも拘らず彼はこの三つとも特に変化はない。


 そしてこの場合の()とは、空気(・・)に当たる。

 もちろん空気と呼ばれる、誰しもの側にあるものに影響を与えるには基本的には先程の三つが挙げられる。故に彼の気迫は、並の者が行える所業(もの)ではない。


 これに対し、ミルダは一瞬だけ目を見開き、レイは小さく口を開き、ダイアンは怪しくもニヤけ、シルエットは息を呑んでレイディアの手を今までよりも強く握ると言った、各々の形で驚きを表に出さずにはいられなかった。


 いや、ただ一人だけ違うものがいた。

 ダイアンのそれ(・・)は驚きではない。

 戦いの一線から身を引いた彼が久々に感じたそれを言葉にして言い表すのであれば、“興奮していた”と言うのだろう。


 レイディア・オーディンの実力は、彼らの想像以上だった。

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