二十三回目『帰還』
「どうしたー? もう終わりかー?」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
肩で呼吸する僕に対して、余裕と言わんばかりにあくびをする。
あれから試合して、ホーリー・スペースで回復してを繰り返して、僕とレイはそれぞれの相手から戦い方を学んだ。
僕は30回以上レイディアさんと試合をしているが、一度も攻撃を当てれていない。その代わりにこちらは毎回ボロボロにされている。
全ての攻撃を躱わされるのだけではなく、持っている棍棒を使って受け流すこともされて、ホーリー・スペースで回復する必要などないほど相手は見事に無傷だった。
でもそのおかげで僕も、今までのように攻撃を受け止める以外にも見よう見まねで受け流すこと、それと一緒にレイディアさんが時々使っている基本魔法の戦いへの応用もできるようになってきた。
まだ時々失敗するけど……。
「もう一度、うっ……」
ホーリー・スペースで傷は回復していると言っても、僕自身の体力まで回復する訳じゃない。これは全ての回復魔法の弱点らしい。
今の僕はその弱点のおかげで、限界が近づいていた。
だからと言って諦められない。もう一度決意を固めて自分の武器を握りしめる。
「そろそろ限界か……」
レイディアさんが一人でに呟く。
悔しいけどその通りだ。こんなに長時間集中して体を動かし続けるなんて、今まではやってこなかったから。少し後悔。
たぶんあと、できて1回。
思えばこの数時間で、オヤジとの稽古で学んだこと以外の、多くのことを学んだ気がする。もしかしたらこれから教えてくれるつもりだったのかもと考えると、申し訳ない気持ちが込み上げてきたけど、僕としてはここまで早く学べたことは嬉しい。
武器の使い方から、それに対しての身の振り方。
基本魔法の応用に敵の動きの予測など、戦闘に必要なことを文字通りたくさん叩き込まれた。ありがたい限りだ。
にしても、基本魔法しか使わないのは何か理由があるのかな?
それか魔法士じゃないとか?
んー、魔法士じゃないと騎士団に入れないわけではないだろうし、可能性はあるか。
まぁ今はそれより、目の前の相手を倒すのみ!
「行きます!」
「よし来い!」
「発動――瞬速」
勢いが良すぎて相撲の掛け声のように聞こえたけど、気にせず攻撃を加えた。
どすこい、みたいな……。
ーーーーーーー
「ここまでだ」
「はい……ふーっ」
言われたのがきっかけとなり、体から力が抜けてそのまま後ろに倒れた。
――勝てなかった。結局一撃たりとも当てれなかった。
なのにこの感覚はなんだろう。負けて悔しいはずなのに、どこか清々しい感じもする。ずっと溜まっていたものが抜けたような……。
「お疲れさん」
倒れた僕の横にゆっくりと歩きながら声をかけてくれた。
だから起き上がろうとしたが……、
「あ、おつ、痛っ」
体中に筋肉痛と思われる痛みが走った。おかげで起き上がれず、もとの仰向けに戻る。
「すみません……」
「気にすることはないさ。よくもまぁ、あんなに動き回れたもんだよ」
笑われながら返された。
確かに我ながらそう思う。
体力はもとの世界にいた時からつけてきたけど、こんな形で役に立つなんて思っても見なかった。今は限界を超えているけど。
そう言えば、試合中は集中してたから気にならなかったけど、レイはどうなったんだろう?
と、レイディアさんの手を借りて今度こそ起き上がって、視線を隣のスペースの方を移すとまだ試合は続いていた。
「え? ひかっ……てる?」
文字通り光っていた。二人がじゃなくてレイだけだけど。
何があったのか……いや、そう言えばレイの特有魔法は輝光士。たしか光を操るものだ。
だったら、あれは光を体に纏ってるってことか。
あの光のおかげか、レイの動きがものすごく速い。瞬速を発動させたレイディアさんより速い。まだ速くなっていく。
ヴァンさんはあの速さに対応してる。僕にはもう、移動した後に姿を現したときしか見えない。
これが騎士団同士の戦い……。
僕は、手を伸ばせば届きそうな、そんな距離で繰り広げられる戦いに目が離せないでいた。
アニメや映画を観たときのように、目の前で描かれる世界に僕の意識は、見事に入り込んで閉じ込められたのだ。
「すげぇ……」
口から漏れた言葉はそれだけ。たった一言だけの、少し訛りが入った感情表現。
思う。
これだけで伝わると。
空想や妄想でしか描かれない世界を、自分の目に焼き付けた時に出る可能性が一番高い言葉が、この言葉だと思うから。
もし、言葉を発することができたならの話だけど……。
そして、一瞬のはずなのに、脳が興奮して永遠にも続きそうな呪縛から、少しずつ落ち着きを取り戻すことで解放されていく。
「これがこの世界での現実だ」
その時にふと、僕の頭に浮かんだ思考を代弁してくれたのは、依然として僕の横で立っているレイディアさんだった。
「もといた世界では、現実的に見ることのできない光景。到底理解できない考え方や生き方。……圧倒されたな?」
またも笑いながら、でも視線は隣の二人に向けたまま話を続ける。
この時、僕の興味は隣の戦いから、隣の一人の人間に移ったのは言うまでもない。
「あんな激しい戦いを、僕は見たことがないだけです」
何も知らないように返すのがやっとだった。
「はあ……、そりゃあ隠すわなぁ。他国に来て、別世界の人ですなんて言えないもんな」
できるだけ表情が変わらないように頑張ったけど、すぐに無意味だったと知らされる。
「――腕時計。それはこの世界に無いものだ。どうやら他の奴らには見えてないらしいが、残念ながら私は見えるらしい」
視線を僕に移して、意地悪な笑みを浮かべながら言った。
僕の知識を征す者が通用しない時点で、まさかとは思ったがこの人も。
「そうです。と言うことはレイディアさんも、別世界の人なんですか?」
「私か? どうだろうねぇ。ご想像にお任せするよ」
相変わらず飄々と返される。
僕は小さくため息をついてから腕を組んだ。
さすがに簡単には教えてもらえないか。“腕時計”を知っているから少なくとも何らかの関係があるはず。
「と、世間話はここまでのようだ。あっちも終わったみたいだぞ」
そう言って隣のスペースを見るように促した。
勝敗は――両者が倒れている。つまり引き分けみたいだ。
こうしてファーレント王国とファーレンブルク神王国の稽古試合は幕を閉じた。
ーーーーーーー
「お疲れさん、ミカヅキ。やっぱ強かったぜ。そっちはどうよ」
「お疲れさまだよ。一回も勝てなかった……」
「ミカヅキ。まぁ、その、なんだ……。そう言うこともあるさ!」
笑顔で親指立てて言わないでー。なんか悲しくなってくるからー。
試合が終わり、スペースが解除されてレイと話しているとミーシャが急に飛び付いてきた。しかも、
「心配したんだからぁ!」
と泣きながら。
後でアミルさんから聞くと、試合中に何度も、ミカヅキのところに行く! と言って駆けつけてくれようとしたらしい。もちろん、アミルさんが止め続けたけど。
溜まっていたものが抑え切れなくなったのでしょう、と解説してくれた。ありがたい限りだ。
ごめんね、ミーシャ。心配かけた。
そんなことを思いながら僕にしがみついて泣きじゃくるミーシャの頭を撫で続けた。
この後、服が色々なもので洗わなくてはならなかったのは、言うまでもない。
それとレイとレイディアさんは楽しそうな笑顔で僕たちを見ていたことも、だ。
ーーーーーーー
試合が終わって、月明かりが一番輝いて見える夜中。レイディアは空で輝く月の光が届かない城の地下にいた。
「――とまぁ、こんなことがあったわけだ」
「お兄さまがどんな風に戦ったのか見たかったです」
「いずれ見ることもあるだろうよ。すまんな――」
魔法で消えないようになっている数多くの蝋燭の控え目な灯りの中でレイディアは誰かと話していた。
声からまだ幼い女の子、つまり少女なのだろうと判断できる。
彼は落ち込む少女に優しく微笑む。少女もそれに気づいて負けじと微笑み返す。どこにでもいるような仲がいい兄妹のように。
場所がこの地下ではなく、地上の家の一室なら、さぞ見ている側も微笑ましいことだろう。だがここは、そんな理想の場所ではない。
にもかかわらず、つい口角が上がってしまうのはそれ程までに二人が作り出す雰囲気が、場所など忘れてしまうほどに温かく、ほんわかしてしまうからだろう。
「それではな。また来る」
「うん。ありがとうございます、お兄さま。次のお話を楽しみにしています」
「ああ」
レイディアは名残惜しさを感じながらも、少女の部屋を後にする。対して少女は笑顔で彼を送り出した。
「時はまだ来ず、か。ったく、もどかしい限りだな」
階段を上がりながら相変わらずの一人言を呟いた。何かに不満を持っているのは明らかだ。
ーーーーーーー
試合翌日。
僕たちは当初の予定通り、ファーレント王国へ帰ることになった。
「ありがとうございました」
「諸々の予定はまた後程お伝えします」
と言った、今後のことを話してから僕たちは同盟国ファーレンブルク神王国の城を後にしたのだが……。
「何があったんですか?」
僕は気になっていたことを口に出した。
「同行者兼連絡係兼護衛役ってところだな。さすがに同盟国の方々を護衛も無しに返せないって言うソフィの気遣いさ」
レイディアさんは当たり前だと言わんばかりに言ってのけた。
どうやら僕以外は全員知っていたらしく、僕だけが蚊帳の外だったのだ。
「まぁ、いいじゃないの。前ファーレント王国国王に気を付けろと言わせるほどの実力者だぜ。味方なら心強いさ」
手綱で馬を操りながら僕に言った。
「おやおや、お察しだろうが見張り役でもある訳なんだが、そう言ってもらえるとありがたいね」
やっぱりか。でも、ここまで堂々とされると敵意も起きない。
いや、僕はこの人を信頼しているんだ。
剣を交えたからわかる……とはまだ言えないけど、感覚で大丈夫だと思った。レイやアミルさんのお墨付きだし。
ミーシャは苦手みたいで、僕の腕をずっと掴んで離さない。
それともう一つ、気になることがある。
「もう一つ。その荷物はなんですか?」
僕はレイディアさんの横にある人が一人簡単に入るであろう程の大きさの箱のようなバッグを指差しながら尋ねる。
ファーレントに滞在するから、最初は日用品とか服とかだと思ってたけど、ここまでずっと考えてやっぱりおかしいと言う結論に至った。遅いかもしれないけど……。
「ああ、これか。これは私の服とか武器とか――」
バタンッ、と音を立ててバッグは倒れて、その拍子で謎のベールがついに明かされた。
中には――
「すぅー、すぅー、すぅー」
規則正しく寝息を耳に届かせる見たことがない、ミーシャと同い年くらいに見える女の子がいた。
「武器とか……おい、なんでだ?」
笑顔から真顔になって、僕たちに尋ねるレイディアさん。
呆気に取られながらも出てきた言葉は、
「僕たちの方が聞きたいですよ……」