十七回目『同盟』
「さて、お楽しみのところ悪いが、そろそろ話を進めないか?」
笑顔のアイバルテイクさんが僕たちを見ながら優しく提案してくれた。
あ、そうだった。
僕たちの目的はまだ果たせていないんだ。
「申し訳ありませんでした。ミーシャ様、皆様。本題に入りましょう」
即座にアミルさんが僕たちを呼び、仕切り直してくれた。
さすがはミルダさん……あ、アミルさんだ。
何度目だよ……。
「いえ、楽しそうで何よりです。私は笑顔を見るのは嫌いではないですよ」
微笑みながら言っていただいた。
やっぱり綺麗な人だなぁ。ミルダさんも大人の綺麗さがあるけど、なんだろう。
大人の綺麗さの中にも幼さが両立することで可愛さもあるって言うか、難しいな。百聞は一見にしかずとはよく言ったものだ。
「そのようなお言葉、ありがとうございます」
アミルさんが前の会議の時のように、話を進めるみたいだ。
僕の横のミーシャも真剣な顔になった。
ここからが本題だ。
「さすがはファーレント王国の姫様と言ったところでしょうか……。切り替えが早いですね」
いきなり表情が変わった。何かを企んでるときの表情に。
あちらも準備万端と言うことだな。
まぁ、騒がしくしてたのは僕たちだけなんだけど……。
「そう言えば先ほど、アインガルドスと一戦交えたと言っていたが、どうなったか聞かせてくれないか?」
緊迫しかけた空気の中、一番最初に言葉を発したのは意外にもアイバルテイクさんだった。
その事について僕たちも聞きたいことがあるんだ。
こういう時はまず、提示してきた話を進めるべきなんだよね。
「かしこまりました。私たちからもお聞きしたいことがあるのでお話しします」
アイバルテイクさんの問いに答えたアミルさんが何が起こったかを簡潔に説明した。
話を聞きながら僕はいつの間にか手を握りしめていた。
気づいたのはミーシャが手を優しく握ってくれた時だ。悔しさを思い出していたのだろう……。
ありがとう、ミーシャ。
心の中で感謝して、僕もミーシャの小さな手を握り返した。
「――なるほど。雷光の剣聖か。お主らよく逃げ切れたな?」
「そうですね、それは私も思いました」
アイバルテイクさんの言葉に姫様も同意した。
僕はアミルさんが一つ隠し事をしていることに気づいた。
雷光の剣聖が“僕を狙って”襲撃してきたことをだ。
言ってないってことは言うべきではないとアミルさんが判断したからだと思う。そもそも僕の存在自体が微妙なところだもん。
それ以上のこともあるんだろうけど僕にはここまでしかわからない。
「私たちが逃げられたのは、先ほど彼が言ったレイさんが身代わりになってくれたからです」
雷光の剣聖は何かを狙ってきていたが、対象をレイさんに変えたためだと伝えた。
アイバルテイクさんが視線をアミルさんから姫様へと変えて、何かを話し始めた。もちろん、僕たちには聞こえないように。
こんなに堂々と内緒話をするとは、さすがと言うべき……?
姫様も顔をこっちに向けていたけどそれに応えて何度か頷いていた。
そして僕たちの方を向いて口を開いた。
「わかりました。どうやら、我々が得ている情報と違いないようですね。――ただ一つを除いては」
今まで優しい微笑みを浮かべていた姫様の表情が一変した。
冷たい。目を合わせると凍りついてしまいそうだ。
まさか、バレた?
そんな考えが頭を過る。
「何を除いてですか?」
アミルさんは姫様の冷たい表情にも負けずに、逆に自分から尋ねた。
僕の手を握るミーシャの手は小刻みに震えていた。いや、僕の手も同じく震えているはずだ。
このバチバチと言いそうなこの雰囲気に……。
「何か、ではなく。そちらにいる、彼なのでしょう? なぜ隠したのかを聞きたいのですが……」
静かに、だけど、一言一言がまるで頭に突き刺さるように直接響いているような感じだった。
――動けない。
扉の前でのヴァンさんの殺気とはまた違う。
油断したら思考が停止しそうな、気を失いそうな状態。
でもなぜか同時に感じていた、冷たいと言う感覚を。
「失礼ながら試させていただきました。あなた方なら神王国近辺で起きたことを把握しているはずだと。そして、私の言い回しにも気づくはずだと」
そうでなければこちらから同盟は取り下げます、とアミルさんは姫様のあの冷たい目を見ながら言い切った。
返ってきたのは、
「――ふっ、ふふふふ、面白いわね。さすがはミルダ・カルネイド……いえ、“王の影”と呼んだ方がいいかしら」
ふぁんとむ?
なんだそれは? 僕はそれを知らない。
いや、あまり知りすぎるのもミルダさんに悪いし……。
使いすぎは前に言われた“知識の価値”を軽んじることになる気がするもんね。
「……まさか、ご存じとは恐れ多いですね?」
僕はこの時感じた。
前からだけではない恐怖を。
このゾワァーと、背筋に来るのは間違いなくミルダさんが怒ってる。
見ちゃってるけど、たとえ見てなくてもわかる。
――ヤバい。
もうバチバチ言いそうじゃなくて言っちゃってるもん。
二人ともいつの間にか笑顔だけど、目が笑ってない。
生きて王国に帰れるか心配になってきた……。
と、僕が命の危機を感じたまさにその瞬間だった。
「失礼しまーす!」
そう言いながらドーンと音をたてながら、人を担いだ男の人が礼儀なんて知らないと言わんばかりに堂々と入ってきた。
「「……」」
もちろん、部屋にいた全員が突然の乱入者に言葉を失う。
思った。
この世界は個性的な人が多いんだなー。
「ふっ、ふふふ、ふはははははっ。……おっとすまんな。さっさとこいつを連れてくるべきだと思ってな」
「申し訳ありませんっ、ソフィ様!」
堂々と入ってきた男の人の後ろから、ヴァンさんが申し訳なさそうに謝りながらひょこりと顔を出した。
この人、ヴァンさんを掻い潜ったの?
悪いけど、男の人より明らかにヴァンさんの方が強そうなのに。
一体誰なんだ?
……あれ?
わからない。いつもならここで知識が流れるはずなのに。
と言うことは……まさか!
「――レイディア。あなたはどうして……はぁ」
「いつまでも相変わらずだな」
姫様とアイバルテイクさんは入ってきた男の人に対して、困ったように苦笑していた。
他国との会議中にこんなに盛大に入ってこられれば誰だってこうなるはず。
この人があのエクシオル騎士団の中で唯一知れなかった人。
僕はあからさまに男の人、もといレイディアさんをミーシャの手を握ったまま見つめた。
黒い髪に黒い目。眠そうにも見えるのは、三白眼が原因だと思う。そして今の僕の服装と相対するような黒い服装。
その顔つきはまるで、日本人のようなものだったが、腰の二本の剣でやはりこの世界の人だと理解した。
この世界では偶然かもしれないけど、少なくとも金髪や銀髪、茶髪やもちろん黒髪の人もいるにはいた。それでも二つの組み合わせの人を僕は見ていない。
なら、考える可能性の一つとして……。
レイディアさんはふいに気づいたように僕を見つめ返してきた。
「それは……」
正確には僕ではなかった。僕の手首に付いている時計を見ているように感じたが、一瞬悩むような素振りをした後には視線は姫様の方へと変わっていた。
まさか、な。
原因はわからないけど、僕以外にはこれが存在しないものとして扱われている。
なのに、この人は明らかに他の人には見えていないはずの時計を見ていた。
予想は間違っていなかったのかもしれない。
「ソフィ。とりあえず、仲間の再会をさせてやっていいか?」
肩に担いでいる人を揺らして尋ねる。
……ソフィ?
姫様を呼び捨てで呼ぶこの人は本当に何者なんだ?
「わかったわ。気分を害して悪いわね。それが担いでいる人が、あなたたちの会いたがっていた人よ」
え?
僕は一番に反応して担がれている人を見た。
目の奥がじーんとするのを感じた。
だって、そこにいたのは――、
「レイ!」
無我夢中に抱きつくために飛び付こうとした時に、二つの試練が僕を試した。
一つはミーシャの手。
離せない。もうこの時点で無理なんだけど、もう一つある。
それは飛び付こうとした僕をレイディアさんはヒョイっと躱わしたのだ。
「あ……」
ミーシャの声が聞こえた気がしたけど、もう手遅れ。
後ろに引っ張られ、バランスを崩した僕を待ち受けていたのは床だった。
「いたっ」
「何をしてるんだ? 少年」
レイを椅子に下ろしながら、床に寝転ぶ僕を見下ろしてくるレイディアさん。
うぅ、痛い。視線も痛い……。
ミーシャが心配そうに大丈夫? と声をかけてくれるのだが余計いたたまれない気持ちになった。
そりゃあ、本人にはそんな素振りは見せなかったけど……。
ーーーーーーー
賑やかな騒動から10分が経っていた。
今ではなぜか気絶していたレイも意識を取り戻して、レイディアさんも不自然に空いていた姫様の横の席に座って、一応落ち着いたと言っていい状態だ。
再会を喜んで、僕は少し目の端に涙を浮かべていたらレイが優しく指で拭ってくれた。
ちょっとドキッとしたのは隠しておくことにする。
なによりレイの腕が治っていたことにはやはり驚いたが、何よりレイ自身が驚いていた。と言うか、二度と腕は斬られたくないと言ってたから、何があったのやら……。
それと、レイを助けてくれた謎の少年の話をして今に至る。
謎の少年……。
それを説明している時にレイが僕に視線を合わせたから何者かは把握した。
でも、なぜかまた、全部は知れなかった。
大方の正体までは知れたんだけど、根本的なところまではどうしてもわからなかった。
この神王国に来てからこれが多い気がする。
まぁ、考えても出てこないからまた後でミルダさん……じゃなくてアミルさんやレイに聞いてみよう。
「謎の少年……ねぇ」
アイバルテイクさんが難しい顔をして呟く。
こうして見るとすごい渋く見える。
「あ、それよりソフィ。同盟はどうするか先に言ってやんなよ」
「そうだったわね」
レイディアさんが思い出したように提案して、ソフィさんは同意した。
ちなみにソフィさんと呼んでいいと本人に許可をいただきました。主にレイディアさんが堅くね? と言ったのが発端だけど。
その時にソフィさんにお礼を言うとミーシャから何かすごい視線を感じたけど、どうしてだろう?
後で聞いてみないとな。
……色んな人に色んなこと聞かないといけない。忘れないようにしないと。
「我々ファーレンブルク神王国は――」
僕が息を飲んだのと同時に、周りから同じような雰囲気を感じたのは気のせいじゃないと思う。
「貴殿ら、ファーレント王国と同盟を結ぶことをここに宣言します」
「あ、ありがとうございます!」
聞いた瞬間に僕は口から思っていた言葉が出てしまっていた。
僕に続けてウォンさんにレイ、アミルさんと最後にミーシャが感謝した。
「ではでは、後で誓約書か契約書を書いてもらうとして、ここからは私が話を進める。いいか、ソフィ」
「任せるわ」
レイディアさんが立ち上がってソフィさんに申し出た。もちろん聞いての通り返答はOKだ。
――レイディア・オーディン
ファーレンブルク神王国騎士団、エクシオル騎士団参謀。
騎士団長であるアイバルテイクさんや神王国の姫様であるソフィさんとも気さくに接する男の人。
年齢不明。
特有魔法を使うのかなどの詳しい情報は皆無。
でも、明らかにもといた世界に関係している、または知っていると思われる。
あと気になったのは、二本の刀みたいな剣を両腰に装備しているんだけど、右側には剣が入っていない空の鞘だと言うこと。これが何を意味するのかも不明。
うぅっ、知識を征す者が使えないとここまで不便とは。
僕って、こんなにまとめるの苦手だったっけ……。
そろそろ体力の限界がやって来そうな気がする。
はぁ……。もう少し頑張らないとな……。僕の手を今も握っているミーシャのためにも、ね。