百四十三回目『世界の記憶』
――残されたバルフィリアとマリアンはシルフィに治療魔法をかけてもらったおかげでほぼ傷は完治した。
故に勝手に爪弾きにしたレイディアに不満を抱いた。
「レイディア! なぜ俺たちも連れて行かなかったんだ?」
「それはわたしが説明します。残った皆様にはあれの進行をここで留めていただきたいのです」
シルフィが指を差した先にはセリスが足場にしていた真っ暗な球体。その一部がタイミングよくパリッと音を立てて割れ、中からドス黒い泥のような何かが漏れ出した。
「何だあれは?」
「闇です。世界を侵食するほど濃い闇。放っておけば一日も経たない内に世界を覆い尽くします」
命をも呑み込む闇は球体から溢れ続ける。止めるにはセリスを倒さなければならない。
だが戦っている間にも闇は勢力を拡大してしまう。つまりそれを阻止する者が必要だが、膨大な量の闇の進行を止めるのは並大抵のことではない上に、隙を突かれる要因となりかねない。
だからこそセリスを倒す役と、闇の進行を阻止する役の二手に分かれなければならなかった。
正直ミカヅキたちに闇の進行の阻止を求めるのは酷と言うもの。そのため、次元を操るバルフィリア、聖剣に選ばらしマリアン、魔神の力を目覚めさせたアイバルテイクが残された。
彼らの全員が広範囲に魔法、または力を行使できるためである。
そこまで聞いて、バルフィリアは一つの疑問を抱く。そして抱いたそれを彼は隠すことも抑え込むこともせずに外へと放った。
「手際が良すぎる。レイディア、貴様……まさかこうなることを知っていたのではあるまいな?」
「――ああ、知っていたとも。当然、ヴァスティ・ドレイユが死ぬこともな」
崩壊した玉座の間に、恐らく転移してきたのだろう突然姿を現したレイディアは平然とそう言ってのけた。
さすがのバルフィリアもその態度には納得がいかず胸ぐらを掴んで思い切り睨んだ。慌てて仲介して止めようとするシルフィをレイディアは手で制止した。
「お兄さま!」
「俺と貴様は確かに相争う運命にある敵であろうよ。だがな、このやり方は気に入らん。まして、マリアンが認めた者なら尚更だ!」
「私が――」
胸ぐらを掴む腕をレイディアがガシッと強く掴んで反論した。
「この私が、救える命をむざむざ見捨てたと言うのか? ふざけるなよ、バルフィリア・グランデルト――否。デイモングラン・イラ・ドラゴンロード。私は何があっても必ず勝利する。そう覚悟を決めてここにいる」
敗北は絶対に許さない。どんな手段を使おうと彼は勝利を掴み取る。たとえその道程で犠牲を払ったとしても、“勝利”なる結果のみを求めた。
強固な意志を秘めた真っ直ぐな眼差しを受け、バルフィリアは掴んでいた手を放してからある事実に気付く。
「貴様ッ――」
「(わざわざ言葉にするな)」
攻守交代の如くお次はレイディアがバルフィリアに鋭い視線を送り黙らせた。
「では、ここは任せる。外には大地の剛腕と、何故か動ける純粋なる水精がいるから安心してここでの死守に集中してくれ。シルフィ、万が一の時は頼む」
心配そうな表情で見上げるシルフィの頭を微笑みを浮かべながら撫でた。――私はこの場に長居はできないから、お主に頼むことを許してくれ。
抱く思いを口にはせずに、レイディアは彼らに背中を向けてこの場を後にした。
バルフィリアは目にした。マリアンは感じ取った。アイバルテイクは察した。そしてシルフィは見抜いた。皆はレイディアが隠そうとする現実を知りながら言いたい言葉を、伝えたい思いを飲み込んで去っていく背中を見送った。
ーーーーーーー
レイディアが用意した決着の舞台上で役者は揃っていた。事実を知らなければ平然と暮らしていけそうなほど精巧な作りな空間に、ミカヅキ、ミーシャ、レイ、そしてセリス。あとは開幕の合図を待つだけである。
「どうして君は……いや、あなたはわざわざ自分から捕まるようなことを?」
ミカヅキの疑問にセリスは首を傾げ、珍しく真剣に考え込んだ。まるで今まで考えもしなかったと言わんばかりに。
「うーん、言われてみればなぜなんだろうか。恐らく、貴様と決着をつけたいと思ってしまったんだ」
口調の変化、何より見た目の急激な変化も相まって別人のようだ。ミカヅキは全然気にしていない。外見がどのように変化しようと、内面は何ら変わらないのだから。
そう、彼らにとってそんなものはさしたる問題ですらない。――どちらが倒れるか。どちらが勝利という名の栄光を手に入れるか。世界の、人類の命運はこの勝敗で決まる。
「意外と冷静だな。もう少し取り乱すと思っていたのだが?」
ヴァスティが死んだのだから、仲間を大切にするミカヅキが感情を露にすると予測していたらしい。残念そうに問いかけた。
真剣な面持ちのミカヅキの眉が僅かにピクリと動いた。もちろん冷静なはずが無かった。叶うのなら今すぐにでも薄気味悪い笑みを浮かべる腹立たしい顔面を、思いきりぶん殴ってやりたいと拳を握るほど怒っていた。
しかし彼はこの世界での戦いを多くの人から学んでいる。仮にここで感情的になれば込み上げる鬱憤を晴らすのは容易いだろう。至福にも感じる愉悦を味わえるかもしれない。……だとしても、一度実行に移してしまうのは、託されたものを自らの手でみすみすごみ箱に捨てるのと道理。
——この世界に来る前の僕なら確実に殴っていたな。
改めて自分に託されたものの重みを噛みしめて、ミカヅキは大人セリスに視線を返した。
「僕を見くびらないでよ。怒りをぶつけるのは——これからさ」
レイディアには到底及びのつかないが、少年なりの鋭い眼光をセリスに向けて
頭では理解しながらも衝動を抑えられない時もある。心の中で誰かに言うまでも無く言い訳を思い浮かべて構える。
ミカヅキ、ミーシャ、レイの位置は自然に三角形を形成していた。先頭がミカヅキ。右後ろにミーシャ。左後ろがレイ。
——きっかけは何だったのだろうか、などと考えるだけ時間の無駄だろう。強いて言うなら、お互いの準備が整うタイミングが偶然同じだっただけ。
ミカヅキは使い慣れた棍棒を、セリスは黒い刀身の剣を、相手の武器と思いきり正面衝突を果たした。その勢いは相当なもので、周囲の木々が揺らいで歯がこすれる音が森にこだまする。
「我は思うのだよ。なぜ人は善人もいれば悪人もいるのか、と」
武器を何度も交える中で、大人セリスは語り始めた。
「答えは至極単純なものだった……。善人も悪人もみな等しく幸福を求めているのだ」
ミカヅキの正面からの攻撃を剣で受け止め、他の三方向からのミーシャによる複数の属性を掛け合わせた同時攻撃には片足で軽く地面をトンと踏むのを合図に地面から棘の如く伸びた闇が突き刺さり爆散させた。
「長い時の中で感情が欠落した我がまず行ったのは“心”を知る、思い出すことだった。実に様々な方法を試したよ」
煙に乗じて背後から斬り掛かってきたレイは、ミカヅキの棍棒を受け流して剣の軌道上に誘い込むことで隙を生み出して腹に回し蹴りをくらわせた。
「自らの手で心を宿すための器、つまり命を造ったりもした。遺憾ながら失敗したがね……」
体勢を崩して無防備のミカヅキには空いた手を翳して地面を抉るほどの威力の闇を放った。――勝った、などと愉悦に浸れるわけは無く、フッと鼻で笑い手を頭上に振り上げて同じ攻撃を仕掛けた。
「王の剣よ、我が呼び声に応え、顕現せよ――剣王大剣!」
魔法の爆散によって生じた煙がブワッと一定の空間に道を開く。そこには突如として現れた巨大な剣が闇を斬り裂いて落下してきていた。セリスの闇が放たれる直前に『創造の力』で土台を造って上空へと逃れたのだ。
それをゆっくりと見上げるも、彼の表情に焦りの色は何処にもあらず。もはやその逆とも言える余裕ですら存在しない。あるのは胸の内から噴水のように溢れる高揚から来る口角の上昇だけ。
「我は感謝している。ミカヅキ、貴様のおかげで心を……感情を思い出すことができた。だが、だがな、もういい、もう充分なんだ」
「——っ!」
セリスは剣を音も無くスッと振り上げる。すると、斬るではなく押し潰す勢いで彼に迫っていた大剣が綺麗に真っ二つに左右に分かれて地面に衝突した。気づけば森までもが切り開かれているではないか。——否。
間一髪のタイミングで女性が一度は夢見るお姫様抱っこでミカヅキを救出し、その有様を目撃して口をついて出た言葉は腕の中の少年に衝撃を与えた。
「あいつ……次元を、斬りやがった」
ミーシャと合流を果たすも、ミカヅキはレイの言ったことが気になり問いかけた。
「まさか本当なの?」
「間違いない。俺としては、次元を斬られてもビクともしないこの空間の方に恐怖を覚えるけどな」
張り詰める空気を和まそうと冗談交じりに言ってのけたはいいが、あながち冗談で済むような内容ではなかった。恐らく決着がつかないと、レイディアのことだから本当に出られないようにしているのだと半ば強引に納得した一行である。
「——除け者とは酷いな」
声が先かミカヅキらの足下から、彼らの身体より大きな棘が無数に生えた。魔法で身体能力を向上させている少年たちにとって避けるのは然程難しくはないにも関わらずその場から動かなかった。何故なら無数の棘はミカヅキたちを避けるように生えたのだ。この状況で動くのは反って逆効果になってしまう。
その様子を不思議そうな表情で眺めながら少年たちに歩み寄るセリス。
「わりと本気で仕掛けたんだが、再生神の力も伊達ではないようだ。では、これならどうか――クッ! 人の話は最後まで聞くべきではないかな?」
「ハッ。お前の話なんか最初から聞くべきじゃないね!」
セリスが次を仕掛ける前に、レイが光の速さで距離を詰めて斬りかかった。これで決まれば良かったが残念ながらそううまくはいかず、剣が額に当たる直撃で防がれてしまった。
「集え――七聖棍」
ミカヅキの周りに七本の棍棒が造り出されて展開される。
感じる魔力から子どもセリスより大人セリスは確実に強くなっている。能力面もそうだが、どうやら知能も一緒に向上しているようで、戦術を見ればそれは火を見るより明らかだった。
素人だったはずの子どもが、この短時間で苦労と並みの力を見せつけてくる。学んだと表せば聞こえは良いだろう。しかし相手が人間と言う種を蹂躙せしめん存在なら笑えない冗談だ。
一先ずここはレイに前衛を任せて、ミカヅキは策を考えることに集中した。かといって、少年の特有魔法『創造の力』は知識あってこそ。供給源たる『知識を征す者』が絶たれた以上、造れるものは限られてくる……。実際は手に持っている分と、周りに漂う棍棒程度しか残されていなかった。
中距離から棍棒を操ってレイの剣の援護をして歯痒くなってしまう。レイディアの“あれ”を見たあとでは尚更だ。漂うそれらを己が手指のように細かい操作をしていた。一つや二つなら今の少年にも可能だろうが、百や千となると話は変わる。
だがここで悔しがっている暇はない。できることを全力でやるだけだと再び気合いを入れ直した。
「……あぁ」
自分には参謀はできないだろうなと少年は実感する。作戦はあるに越したことはない。そんなのは師匠に耳がたこができるくらい教わった。
同時にそれでも、と付け加えられたことを思い出す。――逆に策が無いのも面白いものではある。
そのまま聞くわけにはいかない。少年には策がない状況を補えるような実力は残念ながら悔しいことに持ち合わせていない。ならば策はある。しかし――。
「レイ! ミーシャ!」
二人の名前を呼んでセリスと距離を取る。集まる三人を優雅な表情で頭上に数秒足らずで用意した黒い闇の球体を投げつけてきた。
――数秒。ほんの僅な時間ではあったが今の彼らにはそれで十分。
目前まで迫る球体をレイが斬ると、それを待っていたかのようにセリスが剣を振り上げ、今まさに下ろす瞬間だった。
「――させねぇよ」
「グゥッ」
光へとその身を昇華させて剣が下ろされる前に止める。ならばと空いた片手を翳そうとするもセリスは体勢を崩した。
レイが剣を無理やりねじ伏せたのだ。その隙を狙ってレイは剣を思い切り振り上げる。
そして斬撃はセリスを片腕を斬り飛ばした。
体勢を立て直すべく後ろへと身を退こうとするのと同時に、時間稼ぎのための手のひら程度の大きさの球体を周囲に無数に出現させた。
しかし光は球体の間を抜けて標的へと到達する。
「来るなッ!!」
剣を手離して何やら文字を書くように動かすと、球体が一斉にレイへと一直線に突進し始めた。かと思いきやそれらは別方向からやって来た火属性の球体と衝突して大きさには似合わない爆発を起こして消滅していく。もちろんミーシャによる援護である。
「貴様を――斬る!」
「そう簡単にやられるものか」
斬られたはずの腕が闇によって再生を果たす。
レイは気にせず剣による突きを止めなかった。
ゴパッ。
セリスの胸元から黒い泥のようなものが飛び出してレイを包み込もうとするが、彼は突然の反撃に対して驚くどころか笑みを浮かべた。
理由はすぐにわかった。レイを包み込もうとした黒い泥が中から現れた光の剣によって粉微塵に散っていったからだ。
「これでも団長なんでね」
レイは一旦後ろへと身を引き、代わりに光の剣がセリスへと突進した。
セリスが正面で腕をぐるりと回すと、二人の間に円形の盾が形成され光の剣はそれに全て呑み込まれて無力化された。
しかしレイの剣はこれで終わりではなかった。
セリスを中心に千を越える剣が既に臨戦態勢になっていたのだ。
レイが手を握りしめる動作を合図に、光の剣は一斉に標的を穿つ。
「この程度か?」
光の剣が先端部分から黒に染まっていき、腐った鉄屑のようにボロボロと崩れていった。
「眠ってろっての……」
悪態ついたのは彼の偽り無き本心。息巻いてここに来たは良いが正直な話、魔力がもうほとんど残っていなかった。だが役割はしっかりとこなしたはずだと苦笑する。
そこでレイはあることに気付く。ハッとなり頭上を見上げると想像通りの光景が広がっていた。
ミカヅキの『剣王大剣』を模倣したのだろう。巨大な漆黒の剣たちが地面に刺さる時を今か今かと待ち受けていた。
ミカヅキの作戦では時間稼ぎだけだったが、もう一つ役割が増えたようだ。
「あとは任せたぜミカヅキ」
呟くように言って雲の上のそれらに向かって飛んでいく。そこには期待に応えんべく闇の分身たちが待ち構えていた。十や二十は軽く越えているなとため息をつくレイ。
けれども諦めた様子は全く感じさせない。ただ少し、ほんの少し面倒だなと思っただけだとフーッと息を吐いて剣を正面に構えた。
「ほんと、団長なんだけどなぁ……。大仕事を任せられる団員を持ったことに誇るべきか。さて、お前たちの相手は俺だ。存分に楽しんでいってくれや!」
上空での戦いが始まりを告げる頃、地上の方でもセリスが光の剣から抜け出していた。
「ようやくお出ましか、随分と待たせてくれる。……なるほど、再生神の力を自身の武器に宿らせたのか」
「これ以上、ミーシャを危険な目には合わせられないからね」
足に炎を纏わせて空中での移動を可能にしたミカヅキ。
「貴様に力を与えたと言うことは、お姫様は相当疲れているんだろう。ならばそちらから倒すのが早い気がするのだが?」
「やれるものならやってみろ」
七つの属性を存分に宿らせた七本の棍棒のお供をするは、魔法を無力化する竜聖棍と操り主。
空気が破裂する音ともに衝撃波が周囲へと二人が衝突した事実を伝える。
「なぜそこまで全てを守ろうとする? 貴様は見てきたはずだ、人間の醜さや愚かさを」
ミカヅキはここで一段と棍棒の動きの速度を上げ、死角からの攻撃もそつなくこなした。視界の端では周囲に展開している七聖棍が闇の剣や球体と衝突したり叩き壊す様が見える。
「それ以上に良いところや綺麗なところも見てきた。セリスこそ知っているはずだ、人間は確かに罪を犯すこともある。だけどそこから前を向いて歩き出そうとする人もいる」
互いの武器と共に互いの思いを相手にぶつけた。意味はあるのかどうかも定かではない問答を彼らは繰り返した。心に従い、彼らは動いたのだ。
「違う。愚か者は何度でも罪を繰り返す。そういう者は世界から淘汰されるべきなのだ。歪んでしまった人間を、我は正さなくちゃいけないんだ」
強い衝突を経て二人は距離を取る。ミカヅキは七本の棍棒を巧みに操って手にする竜聖棍と見事な連携でセリスに着実にダメージを与えていた。
セリスの言葉通り蛮行は連鎖する。終わることの方が珍しいほどに。だから人間全てを操ることが幸福などとはミカヅキにはどうしても認められなかった。
人間の負の部分、汚い部分を見たミカヅキならセリスが言わんとしていることは痛いほど理解できる。
セリスがどれほど人間を大切にしているかも。だが“それでも”と少年は声を大にして言うのだ。ここに来るまでに、今まで生きてきて、たくさんの人から託された思いや願いを受け取ったから、諦めたりして止まることは決してない。
いや、そうじゃないと少年はかぶりを振る。彼の頭を過ったのはセリスが彼女から託された役割だった。結局自分のことで手一杯じゃないかと反省する。次いで行動に移す。――この場合は言葉にするが正しかろう。
「――もういい。もういいんだよセリス。あなたは自由になっていいんだ」
その言葉を聞いたセリスは面食らったような顔をする。
――ずっと待っていたのかもしれない。
ミカヅキは奥底に存在する隠された本心を見抜いて手を差しのべる。セリスの心に確かな迷いが生じる。
「本当に……もっと早く出会いたかった」
セリスの瞳が黒く光り、両の手足に炎のような闇が纏われた。
次の瞬間、ミカヅキの腹に拳ほどの穴が開くこととなった。
「かっ、がふっ――」
少年は反応すら叶わず、何が起こったのか理解するには時間を要した。急激に動きの速度を上げたセリスについていけずに、気付いた時には拳から放たれた闇が腹を貫いていたのだ。
「さよならだ、ミカヅキ・ハヤミ」
血を止めるためか、それとも痛みのせいか、無意識の内に腹を両手で押さえながら地面へと降下を開始した。
少年は薄れいく意識の中で思う。
――これで終わりなのか? 僕は死ぬのか? たくさんやり残したことがあるのにな。でも死ぬときはそんなものかもしれない。
記憶が早送りの映画のように目の前を通過していく。これが走馬灯なのかと初体験に仄かな笑みを浮かべる少年。自分の生きてきた時間を客観的に見るのも悪くないなどと思いつつ重い瞼を閉じる寸前、それはゆっくりと再生された。
――少女の泣き顔。ただ泣いてほしくなくて人知れず守ることを誓った。
――少女の微笑み。気付いたんだ。守りたいと思った理由に。
――負けそうな時に言ってくれた言葉。どれだけ力になったことか。どれだけ嬉しかったことか。
少年は何もかもを思い出す。そして再び、少年に背中を押す言葉が送られた。
「――勝ちなさい!」
『再生神』の力を行使した影響で立っているのもやっとだろうに、少女は今できることを成したのである。
あの時に確信したのだ。あの時に全ては決まったのだ。
「負けるなんて、絶対に許さないんだから!!」
少年は思い出した。故に何をやっているんだと自分を叱咤し、次に応えなくちゃ駄目じゃないかと鼓舞する。
セリスが止めと言わんばかりに上空に待機させていた漆黒の大剣を落とし始めた。
――ねぇ、ミーシャ。約束したよね、この戦争が終わったら伝えたいことがあるって。絶対に伝える……伝えるからもう少しだけ待っていて。すぐに終わらせるから!
頭に文章が流れ込んでくる。あとは口を動かして言葉にするだけ。身体はやるべきことをすぐさま理解し実行に写す。
「我は知識を追い求めし者、故に今ここから我が世界を記そう、世界の全てを記録し記憶しよう、世界が選びたもうは我である。時は来た……。さぁ、始めよう、我こそ――『世界の全てを記せし者』なり」
故に少年は選ばれた。
始まりから紡がれてきた世界の記憶を継ぐ者に――。