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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第十一章 世界アルデ・ヴァラン
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百四十回目『救済』

「さあミカヅキ、ボクと遊ぼう。そして――死んでくれ」


「嫌だ!」


 セリスの提案に対して真っ向から拒否を示した。同時にミカヅキは憤慨していた。

 バルフィリアさんとマリアンの治療を駆け寄ってきてくれたミーシャに任せて立ち上がってセリスとの真正面から見合った。


「僕にはわからない。どうして君はこんな酷いことをするんだ。君は人間が好きなはずだ、守りたいと思うほど大切に思っているのに、どうして戦争なんてさせるんだよ!」


「……。あー、そうか。見たんだ(・・・・)ね。ならわかるでしょ、大切だからこそ殺すんだよ。守りたいからこそ戦わせるんだよ」


 拳を握りしめて抗議するミカヅキと違って、セリスの口調は怖いくらいに落ち着いていた。さもそれが当たり前だと言わんばかりに。


 セリスの言うとおりミカヅキは見た。――セリスの記憶(過去)を。


 だからこそ余計に理解できなかった。大切だと口では言いながら簡単に人の命を奪うセリスの行いを。


「言ってなかったっけ? 人間はどうしようもなく愚かだ。放っておいたら自滅しかねない。そんなのはあまりにも悲しいじゃないか。だからボクが“管理”するんだ。単純な作業だよ、増えてしまったら戦わせて減らせばいい。減ってしまったなら戦えなくすればいい」


 まるで本当に遊びのように、あくまで“ただそれだけ”だとセリスは言った。


「そうやって歴史は紡がれてきたんだ。ボクが人間を生かしているんだ。ミカヅキ、これはね愚かなキミたちに世界の意思であるボクが行う救済(・・)なんだ」


 価値観の相違。


 いや、もはやこれはその程度の問題じゃない。根本的に概念や倫理観そのものが別ものなのだ。


「キミの言葉を借りるなら、救済こそがボクの成すべきこと。世界の均衡は誰かが保たねばならない。その役目をボクが引き受けたてあげたんだから、感謝するべきだと思うんだけどなー」


 軽く言ってのけるセリス。しかしその言葉自体は決して軽くなんかない。非常に重く、ミカヅキを押し潰そうと上にのし掛かってきた。


 十数年と千年の時間の違いを突きつけられた気がした。当たり前だ。生きてきた時間が、立ちはだかってきた壁の数が、思い悩み考えた量があまりにも違いすぎる。


「――何が救済よ。それはあなたが勝手に思ってるだけでしょ」


「フ、フフフフ。キミみたいなお嬢さんにわかってもらおうなんて思ってないよ」


「お嬢さんじゃないわ、ミーシャよ。ミーシャ・ユーレ・ファーレント。あなたが操れなかった、アルフェンベルト・ユーレ・ファーレントの娘よ!」


 視線をゆっくりとミカヅキからミーシャへと移し、冷たい眼差しを向けた。かと思いきや突如腹を抱えて笑いだした。


「なるほど、キミはそこにたどり着けたんだ。いやー成長したねぇ、お姫様。きっかけはミカヅキだね。そうだよ、そうだよ、そうってなくっちゃ面白くないよ」


「なに笑ってるのよっ。何も面白いことなんてないわ!」


「キミにとってはそうでも、ボクにとっては楽しいとも言える」


 悪役にとても似合う笑顔を見せつけてミーシャへの言葉を返すセリス。今のところは攻撃などをするつもりはなく、まだ会話をするつもりなのだろう。


 怪我をしているバルフィリアとマリアンにとっては、何らかの意図があるにせよ時間を稼いでくれた方がありがたい。それだけ傷が癒せると言うもの。


「あなたの行いは許されないもの。人の命をなんだと思ってるの!?」


「なにと言われても困るよ。そういえば、レイディアがよく言っていたじゃないか――何かを得るためには、何かを失わなければならないって。この戦争で死ぬ人たちは、未来を得るために失わなければならない命だったってことさ。名誉なことだと思うけどなー」


「なにが名誉よ……っ。我慢しようと思ったけど、もう許せない」


 だが全員がバルフィリアらのようにそう悠長な考え方ではない。レイとヴァスティは攻撃の隙をうかがいつつ、魔法の準備をしようとした段階で“異変”に気付く。――魔法が使えない。


 次元の狭間にてバルフィリアが直面した謎の現象に陥っていた。原因は言うまでもなくセリスだろうが、特有魔法だけならまだしも基本魔法すら使えないとなると不利どころではない――もはや無力に等しい。


 怒りを露にするミーシャはミカヅキの名を呼んで協力を得ようとする。


「手伝ってミカヅキ。私だけじゃ力不足だから……って、ミカヅキ、どうしたの?」


「どうして知ってるんだ……? どうしてレイディアの口癖をセリスが知ってるんだ!」


 確かにそうだ。レイディアが言っていた、なら別に気にも留めなかった。しかしセリスはレイディアが“よく”言っていたと口にした。


 ミーシャもミカヅキの言葉で遅れてその事実に気づく。


「あちゃー、ボクとしたことがー、うっかり口が滑っちゃったー」


 白々しい棒読みで驚くセリス。ミカヅキがその程度で誤魔化されないとわかっていながら、敢えて感情を逆撫でする態度を取ったのだろう。今のミカヅキには無意味だったようだが……。


 真剣な表情をこれっぽっちも変えないミカヅキに、セリスはつまんなそうに項垂れてため息をついた。


「あーつまんないなー。じゃあとっておきの事実を教えちゃおー。どうして知っているかだっけ? そりゃあ知ってるに決まってるじゃないか。だってキミの知識はボクが与えたもの(・・・・・・・・)だもん」


「何を、言って……」


 みるみるうちに表情が変化していくミカヅキ。


「つまり知識を共有してるんだー。もちろんキミからボクへの知識は筒抜けだけど、ボクからキミへの知識はボクが選べる」


「それって……」


 セリスの言いたいことを早くも理解したミーシャ。


「知れないことがあったのはそれが原因。ここまで言えば、賢い賢いミカヅキならわかるよねー」


「そんな……嘘だ……っ」


「ざーんねーん、言ったでしょ――“事実”だって。でも転用して本当に魔法に昇華させた時はボクもさすがに驚いたなぁ」


 セリスは口角をこれでもかとつり上げ、今にも笑い出しそうなのを必死に堪えるように頬の辺りがピクついていた。


 そしてミカヅキが一番聞きたくない事実を止めとばかりに言葉にする。


「キミの特有魔法(ランク)知識を征す者(ノーブル・オーダー)はボクが無力なキミに与えた――偽物(救済)さ」


「ふざけるなぁあ!!!」


 そんな事実なんて認めないと言わんばかりに、叫び駆けながら手を翳し棍棒を造り出そうとしたミカヅキだったが、その手が掴むは虚空だけ。まさかと自分の手を見下ろしてゆっくりと左右に首を振る。


「キミは始めから、いーや。それよりも前からボクの思い通りに動くコマだったんだぁ」


創造の力(アーク)』は『知識を征す者』で構造を知識として得れていたからこそ武器を造り出すことができていた。が、今のミカヅキには知識は流れ込んでこない。セリスがミカヅキを絶望させるために共有を完全に絶ったのだ。




 ーーーーーーー




 僕はセリスの言ったことなんて信じたくなかった。認めてしまったら、今までの努力やたくさんの人に教わってきたことが全部無駄だと思ってしまいそうだったから。


「ぁぁ……」


 全身から力が抜けていくのがわかる。体力はまだ残っているはずなのに、足が立っているのを拒んでいるみたいに力が入らない。当然、そんな状態では人間特有の二足は叶わず、床に膝をつくのは時間の問題だった。


「ミカヅキ!」


「キミもお姫様に負けず劣らず賢いからねぇ、言わなくても良いと思うけどあ・え・て、言ってあげるよー。キミの――っとっと、危ないじゃないかー、レイ・グランディール」


 心底楽しそうに語るセリスの話を一本の剣が投げつけられることで中断される。投げたのはセリスが言ったようにレイであった。魔法が使えればすぐさま吹っ飛ばしているはずだけど、残念ながら今のレイにはそれが叶わない。


 あとで知ったことだけど魔法が使えなくなってしまっていたらしい。


 “剣を投げつける”行為でしか話を止めれなかった。現状において精一杯の抵抗だったんだ。


「うちの団員を誑かすんじゃねぇよ」


「オー怖い。だけどぉ、今のキミになにができるんでしょうか? ムダな抵抗はしないでほしいな、面倒だからさー。……さてと続きだよミカヅキ」


 悔しいがセリスの言う通りだった。武器を投げて無防備の状態で仕掛けられたらひとたまりもない。レイは血が滲み床に落ちるほど強く拳を握りしめるしか、諦めずに反撃の機会を窺う他は無かった。


 僕はちらりと横目でその光景を見てたくさんの感情が込み上がってきた。なのに身体は動こうとはしない。


「ぜぇーんぶボクの筋書きさぁ。キミの両親を事故で死なせて、親代わりの祖父母(二人)もさっさと死に追いやった。キミを絶望のどん底に落とすために。そうしたらキミは本当に素晴らしいくらい人間に対して負の感情を抱いてくれた」


 嘘だ嘘だ嘘だ。信じたくなかった。なら両親は僕のために殺されたみたいじゃないか。まるで僕が――。


 腹立たしかった。腹立たしい笑顔を浮かべる顔を思い切り殴ってやりたかった。全身に力が入った。僕が過ごすはずだった穏やかな日常を奪ったのだから。


 僕の中で様々な感情が入り乱れる。絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたみたいに、自分でも何が何だか、何を考えているのかわからなくなりそうだ。


 だけど、僕にはセリスの言葉を否定ができなかった。全て真実だから。

 両手で耳を塞いで聞かないふりをするのが僕の精一杯の抵抗だった。それこそ無駄だと頭で理解していながら僕の手は気付いたら耳に添えられていた。


 祖父母の葬式でハサミを向けられたあの時、僕は確かに心のどこかで思ってしまった。冷静に状況を分析、次の行動を決定する過程で思ってしまったんだ。


 ――死ねばいいのに。


 もしあのままそんな歪な心に従っていたらどうなっていたんだろう。この世界に来て最初にミーシャの泣いた顔を見たとき、同じように守りたいと誓えただろうか。


「全てはこの世界の人間の救済のため。百を救うのに十の犠牲がいるならボクは迷わず切り捨てる。個より全、少数より多数、それがボクの優先事項なんだー」


 セリスの目的の根幹には人間の救済が確かにある。手段は非道かもしれないけど、揺らがない信念があってこその行動だ。


 耳に添えていた両手を胸の辺りまで下げて手のひらに視線を落とす。


 あぁ、そうか、そうなんだ。僕が誰も殺したくないんじゃない。その逆なんだ。でもそんな感情を認めたくなくて、許せなくて、怖くて必死に抑えこもうとした結果がこれなんだ。


 惨めで愚かしくて醜く自分勝手な思いを抱いてしまった。


 情けない。情けなさ過ぎて涙すら出てこない。代わりに喉から出そうになるのは乾いた笑いだけ。だけど、それをミーシャには見られたくなくて、吐き気のような感覚はつばと一緒に飲み込んだ。


「非道にも程があるわ! あなたにとっては人の命や人生は数ある内の一つかもしれないけどねっ、私たちにとってはその一つ一つがかけがえのない、変えがたい大切なものなのよ! 世界の意思だかなんだか知らないけど、あなたが自由に弄んでいいものじゃない!!」


 僕も一歩間違えたらセリス(あっち)側にいたのかもしれないな。僕はすっとセリスを見上げた。

 ミーシャに何を言われても微塵も心を揺がさない子どもの姿をしたセリスを。


「じゃーあ、お姫様に質問。キミの国で毎年何人が奴隷になってるか知ってる? 四大公の一人が子どもができるまで奴隷で楽しんでいたことを知ってる? いやーまあその子どもの親が遊んでた奴隷なんだけどねー。律儀に結婚して安定した生活を送らせる。うーん、さぞかしそれは立派だねぇ」


「!?」


 ミーシャが息を呑む音が聞こえた気がした。


 ごめん、ミーシャ。僕はその事実を知っていた。知っていながら黙っていたんだ。ミーシャの負担になってしまうと思ったから。ただでさえ忙しい身のミーシャを追い詰めることなんて、僕にはできなかった。


 それが奴隷(その人)たちを見捨てることになると理解しながら僕は選択した。


「それに比べて神王国は恐ろしいくらいに徹底して悪事を許さなかった。特に忌々しいレイディアが来てからは、もうほんと凄いもんだよ。もともと少なかった奴隷に関する案件がなくなったんだから」


 僕だってミーシャの言葉には同感だ。セリスのやっていることは外道と言え、正しい行いとは言い難いものだ。


 歯を食いしばって同時に思う。


 なら、僕の行いは正しいのか、と。


 ミーシャのために他の罪のない人たちの存在をしながら何もしなかった僕も、同じ“外道”なんじゃないか。


「だ・け・ど、強盗、殺人、強姦、暴行などなど犯罪はなくならなかった。いやー悲しいかな悲しいかな。その分、見つけたときはこのボクですらちょっと引いてしまうほどの強烈な苦しみを与えていたよ、辛さのあまり死を懇願するほどにねー」


 少しは“あの背中”に追いつけたかもしれない。


 それは単なる思い上がりに過ぎなかった。そうやって自分の周りだけに視野を狭めて、見るべきものから目を背けてしまったんだ。だから僕を呑み込んだ闇の中で見た出来事を経験したセリスを、真っ向から否定や非難する資格はない。


 唯一変わったなと実感できるのは、ここで怒りに任せてセリスに突進しないことくらいだ。変わらないのは今も無力なことだ。


 そしてまた、後悔するんだ。どうしてこうしなかった、手段が、何らかの打開策があったじゃないかって。下を向いて、何もしなかった自分を嫌いになっていくんだ。


「――セリス。君は僕だ。僕は君だ」


 深呼吸をする。深く、本当に深く肺がもう無理だってパンパンにめいっぱい息を吸い込んで、今度は肺が空になるくらいめいっぱい吐き出した。


「僕は君の言いたいことがわかるよ。君が僕をそっち側に誘う気持ちは痛いくらい理解できる。あるのはたぶんほんの少し、ボタンのかけ違い程の些細な違い。もしかしたら僕は君になっていたかもしれない、立っている場所が逆だったかもしれない……けど、だからこそ僕は言わなくちゃいけない。君に伝えなきゃいけない」


「――めろ。――めろ。やめ――な」


 揺らぐ瞳を真っ直ぐ見て僕は宣言する。


「僕は――」


「やめろっ、言うなぁあ!!」


「僕は君と一緒には行けない。僕は君を――否定する!」


 僕とセリスの始まりは一緒だった。でも選んだ道がほんの少し違っただけ。


 怒りも悲しみも、僕は受け止めて生きると決めた。その上で守ると誓ったんだよ。

 辛い思いをさせたくなくて、もうあんな顔をしてほしくなくて、ずっと笑顔でいてほしいと思った。


 これは一期一会。


 やっぱり昔の人ってすごいな。僕と君を別の道を歩むきっかけを言葉にしたらたぶんこれが一番相応しい。


「セリス、遊びは終わりだよ。ここからは真剣勝負。勝った方が誓いを果たせる」


「ククックフフハハハハハッ!! いいよ、いいさ、もういい。ボクのものにならないのなら、いらないや。ボクも迷うのはやめだ。ここで確実にキミを、ボクの手で――殺す」


 狂気に満ちた表情でセリスは僕に宣言した。だから僕も全身全霊で応えなくちゃいけない。


「僕は殺されなんてしない。僕が君を――倒す」


 レイディアにまた甘いって言われるかな。なんて、考えると不思議と緊張がほぐれて口角が緩む。


 僕は本当に幸せ者だ。僕にはみんながいてくれるんだから。


 セリス。僕と君の違いはただそれだけなんだよ。でもそれが僕らにとってはとても大切なことで、必要なことだった。


 同情、憐れみ、情け。もしかしたらまだあるかもしれないけど、そんなのは重要じゃない。どう言葉にするかより、今の君に必要なのはどう行動するかだよね。


 ――僕は君だ。君は僕だ。君のために、君を倒す。


 これが僕の、君に対する成すべきことだから。


 ううん。セリスの言葉を借りるならこれが僕が君に施す――救済になるのかもしれない。

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