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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第十一章 世界アルデ・ヴァラン
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百三十一回目『倒れいき、そして』

 ミカヅキがマリアンの治療をすることを選択し、傍らに膝をついてミルダの時のように傷を癒そうとする。


「お願いっ。マリアンさんを治すんだ――彼の者の一振り(リライト)


「そうはさせんぞ、小僧!!」


 ヴァスティに気を取られていたはずの皇帝が、ミカヅキたちに気付き阻止しようと床がひび割れる。


 少年はその耳でピキピキと何かが割れる音を聞きながらも、意識はマリアンに向けて集中させていく。エインの時のように床から棘を生やして自分とマリアンを殺すつもりなのはすぐにわかった。が、『彼の者の一振り』を止めるようなことはしない。


「それはこっちのセリフだぜ」


 何故ならレイが守ると約束してくれたから。ミカヅキとマリアンを光と影の複合属性の結界が包み込む。


 皇帝の表情に苛立ちの色が見えた。無事に不意打ちの阻止に成功した証拠だ。レイはニヤリと口角を上げた。


「ヴァスティ、ちゃんとやってくれないと困るぞー」


「言ってくれるじゃねえか。皇帝(こいつ)のあとで丸焦げにしてやるから覚えておけ!」


「我の後? そんな世迷い言を言うだけの余裕はあるようだ。ならば示さねばなるまい。我と貴様らの力の差と言うものを」


 ゴゴゴと音を立てて部屋が揺れ、空気が重くなっていく。

 ヴァスティは「おいおい……」と口ずさみ苦笑する。いや、正確には口は笑っているのに、目が笑っていない状態である。


 魔法を行使するための魔力が高いものが力を溜める際、空気中の酸素などと同じく存在する魔力(マナ)を震わせる。それによって空気が重くなったと感じるのだ。


 今がまさにその状況である。皇帝が自身の魔力を高めている。あのヴァスティですら、あまりの強大さに僅かに一歩後退りしてしまうほどに。

 レイの額から汗が頬を伝い、床へポタリと落ちた。


 彼らは呼吸すら忘れてしまうような、圧倒的な力をその身に感じていた。肌にピリピリと伝わる周囲の緊張感が恐怖心を煽る。


「腕を吹き飛ばされるような奴が意地を見せたんだ。俺も応えなきゃ、剣聖の名が廃るだろ」


 ヴァスティが構える。右手には剣聖の証である『我が身よ剣とならん(ソハヤノツルギ)』が握られていた。


 先に仕掛けたのはヴァスティで、その場で剣を振り払い、軌道上から雷撃が弧を描いて放たれた。


 皇帝も同じく一歩も動かずに、自分の周りに煙のような闇を展開。それに雷撃が衝突すると、目にも止まらぬ速さだったはずがピタリと動きを止め先端部分から侵食されていきやがて消滅した。


「この程度か?」


「ハッ。その余裕も今の内だぜ。せいぜい楽しんでおくんだな!」


 言うが先かヴァスティの姿が消える。部屋を高速で縦横無尽に移動しているようだ。そのまま四方八方から雷撃を飛ばすが、またも闇の煙のようなものに打ち消される。


「三天繋げば形を成し、四天繋げば力紡がれ、五天繋げば星を導き、六天繋げば扉を開く――六芒雷天衝!!」


 無造作と思われた雷撃が皇帝の足下に六芒星を描いて、そこが光を帯びたのを確認した直後に雷鳴が部屋に轟く。そして天井、つまり空間に六芒星の形の穴が空いた。


「やったか……?」


「……フフフッ、フハハハハハハハハッッッッ、効かん、効かんぞッ!!!」


 高笑いが黄色い雷の柱が黒に染まっていく。その光景を見た剣聖は悔しさと怒りに満ちた表情を浮かべた。


「ヴァスティよ、攻撃とはなこう行うのだ」


 黒に染まりきり消えていく雷だった柱の中から現れて、ヴァスティに向けて片手を翳し、スッと握った。何かを察知した身体が勝手にその場から距離を取ると、巨大な手のようなものがうっすらと見えた。


 ヴァスティは手と部屋を見渡して分析する。――この部屋、と言うよりこの空間が皇帝()の領域なら後手に回ってしまう。ならやることは一つしかないよな。


 今更だなと思いながら彼は右から迫ってきていた拳を剣で斬り裂き、そのまま床に突き刺した。


「させぬ」


 床から棘が今までの倍の速度で飛び出した。だがヴァスティが避けられないはずもなく、既に皇帝の背後に移動していた。剣を握り振り下ろしたが、虚しく空を斬る。


 皇帝の身体が床に溶けるように消えたのだ。


 下からの攻撃を警戒して上空へと飛ぶが、彼より速く皇帝は姿を現して首を鷲掴みにする。掴んだ手から闇がヴァスティの身体を飲み込んでいき、最終的に全身を漆黒が覆った。


 笑みを浮かべる皇帝は、違和感を感じて眉を潜めた。不思議なことに寄せたはずの眉が左右に遠退いていった。


「褒めてやろう、偽物を用意するだけの余裕はあるようだ」


 左右に真っ二つに斬り裂かれたと言うのに称賛をして見せる。が、光が視界を覆ったと思った時には皇帝の身体は前後左右上下から雷が放たれ、その身に存分に浴びることとなった。


六天咆雷衝(ボルテクス・スフィア)』――離れた場所から見ると、綺麗なひし形の光る形状をしており、まるで博物館にでも飾られているものかと思ってしまうほどだ。

 芸術的な見た目とは裏腹に威力は絶大で、中心にいる標的に焼き消える雷撃を食らわす魔法である。


 だがヴァスティは安心などせずに剣を構えた。ここでとある事実に気付く。この部屋で魔法を、魔力を使用すると本来より消耗してしまうらしい。

 加えて魔力がこの部屋自体に吸われている感覚もある。


 最初はほんの少しずつで、部屋にいる時間が長くなればなるほど影響が強くなっているようだ。


 フッ、とヴァスティが鼻で笑った。


 その時、ヴァスティに一番近い箇所の角が黒く染まり、同じ色の閃光が彼に向けて放たれた。


 彼が何故笑ったのか、理由が明らかとなる。


「忘れたのかよ。俺は――剣聖だぞ」


 流れるような動作で剣を物凄い速度で振り下ろした。その速さは、まるで時間の概念を無視したのかと思えるほどだ。


 張り上げたのを認識した時には既に剣は振り下ろされていた。


 弧を描く剣の軌道から前方へと真っ直ぐに衝撃波が放たれる。それは一発、と言うより一閃と例えた方が正解のようだ。レイの方向から見れば縦の一本の線だが、横からなら壁に見えた。


 ヴァスティの剣は部屋を二つに斬ったのである。


 自らの魔法すら真っ二つに斬り裂き、中心にいた皇帝も見事に左右にわかれ始めていた。


「ヤバイな……」


 レイが思わず呟いてしまうほど、剣聖の一閃は凄まじい威力と衝撃を与えた。


「……こっ、これほどとは……っ」


「――やはりか」


 ヴァスティは目を細める。推測が確信になったからだ。『ソハヤノツルギ』なら半ば不死身とも言える皇帝を斬ることができる。


 魔法によるダメージが見込めない以上、他の策をと考えたが正解だったわけだ。だが同時に問題が発生する。今の一閃は不意をついたからこそ与えられた一撃。つまり、この後も倒すまで剣を振り続けられるかと問われれば即答はできなかった。


 皇帝はまだ何か隠していることがあると胸騒ぎがしていたからだ。


「闇は我と共にあり――」


「なッ!?」


「ヴァステ……痛ッ!」


 二つに分かれた皇帝の口元が僅かに動き、常識では考えられないが言葉を発した。直後にヴァスティは驚愕し、レイは彼の名を叫んで駆けようとするも失った左足に激痛が走りその場に膝をつく。


 ヴァスティは気付かぬ間に、先ほどまで皇帝を囲んでいたひし形の中にいた。ただしそれは彼が用意したものではない。なら誰がなどと問う必要はもはや何処にもありはしまい。


「少しは楽しかったぞ、ヴァスティ」


 左右に斬り裂かれたはずの皇帝は元通りに再生していく。


 ヴァスティはすぐさま抜け出そうとするが身体が思うように動かず、脱出は叶わないようだと理解した。


「くそったれ」


 最期を覚悟した彼が行った抵抗はただ一言罵倒するだけだった。


 皇帝はヴァスティのことだから暴れると考えていたため、少し残念がりながらも手を翳すと闇が六方向から彼目掛けて放たれた。


 レイは歯を食い縛り必死に痛みを気合いで押し殺して立ち上がる。そこに隙が生じたのに気づかないまま……。


 皇帝の手が自分に向いているのが見えたのはやっとのことで立ち上がれたまさにその時だった。


 レイの胸の前に黒い球体が現れ、それから尖るように黒い閃光が正面に伸びる。光の速さに至った彼ですら対応することが叶わなかった。万全な状態ならば、と希望的観測は最早意味が無いのだろう。


 何故なら彼は――


「ハッ、ハハハ……すまねぇ……ミカヅ、キ……。だけど……お前だけは……!」


 視界が揺らぐ中、レイは力を振り絞りミカヅキとマリアンを覆う結界をより強固なものに仕上げた。

 それで安心したのか、レイの意識は蝋燭の灯火の最後のように静かに暗闇に誘われた。よって彼の身体は重力に従って床に倒れ込んだ。


 そして同じタイミングでヴァスティを囲っていたひし形が消え去り、中から黒い人の形をした何かが落下し床にバタンと音を立てて衝突した。


 しかしてそれは人の形ながら普通の人ではなく、獣のような形にも見えた。つまりその事実が意味するのは、闇によって黒く染まったそれ(・・)が……ヴァスティだと物語っていた。


「さて、一番邪魔な奴(・・・・・・)を消すとしよう」


 倒れた者たちを一瞥し、結界に守られるミカヅキのもとへと歩みを進めた。



 ――少年は現実を知ることなく、騎士王の治療に専念していた。少年は信じていた。レイを、ヴァスティを。負けるはずがない、やられるはずがない、死ぬはずがない。


 夢や理想を打ち砕くのが現実ならば、希望を絶望に変えるのははたして……。




 ーーーーーーー




 わたしは負けたのか……?

 結局、最後の最後で躊躇してしまった。あともう少しで、このあまりにも大きくなってしまった戦争を終わらせることと相成ったのに……。


 わたしのせいで、また多くの人々が命を落とすのか。未来ある若者たちが見るべき世界を踏みにじったのか。


『騎士王』とはいったい何者なのだろうか?


 わたしが相応しいとは――


「(その先は言うべきでも、考えるべきでもない)」


 この声はッ、まさかレイディアなのか!


 わたしが今一番聞きたくなくて、聞きたかった声が届けられた。しかし肝心の声の主の姿は見えない。当然だ、予想ではここは精神の中だろうに、まったく図々しい奴だ。


「(他の誰だと言うのか。我が好敵手が似合わないのに弱音を吐いているからな、叱咤激励でもしてやろうと思ったわけだ)」


 レイディアよ、わたしは死んだのか?


 もしかしたらわたしが無意識の内に作り出した幻と話しているのではないかと考えた。だとしても、聞かずにはいられなかった。


 すると、返答はいつもの飄々とした態度でされた。


「(さぁな、それを決めるのはお主自身だ。現実の方ではミカヅキが必死に治療している。だが目覚めるも目覚めないも、どちらを選ぶのは他の誰でもない、マリアン・クロノス・イグルスだけに与えられた権利だ)」


 わたしにだけ与えられた権利……。つまりわたしにはまだ可能性があるのだな。


 不思議だ。好敵手だとしても敵であることには変わりない相手が、一番話しやすい相手などと笑えない冗談だ。初めて貴様と邂逅を果たした時は、このような間柄になるとは予想していなかったぞ。


 ああ、そうか。これが“対等な関係”なのだな。


「(お主は何故騎士になったんだ?)」


 おかしなことを訊く。もちろん、民を守るためだ。


 それは今も昔も、そしてこれから先も決してない変わることのない誓い。あの時に味わった負の感情を増やさないために、わたしは騎士になった。


「(なら、貴様が騎士王と呼ばれるようになった理由はわかるか?)」


 ……民を守ろうとしてきたから、だろうか。改めて問われるとはっきりとは答えられない。自分から名乗ったのならまだしも、周りからいつの間にか呼ばれるようになったものだからな。


 貴様はわかると言うのか?


「(もちろんだとも。至極単純さ。正直、お主が言った“民を守ろうとしてきた”でも正解となろう。ただ言い直させてもらうと、お主は心の底から“人々の幸福を望んでいる”からだ。敵も味方も関係なく、な。実現できているかも大切だが、本心からそう思える者は滅多にいない)」


 わたしが民だけではなく、敵も味方も関係なしに人々の幸福を……?


 自分でも知らなかった。だがそう言われて否定する気なんて微塵も浮かばない。レイディアの言葉は、コーヒーに混ざる砂糖の如く自然に馴染んだ。


「(怒り、哀しみ、苦しみ、憎悪などの負の感情をその身を持って充分すぎるほど知っているお主だからこそ、敵である者たちすら敬意を表する『騎士王』になり得た。それはマリアンだからこそなんだよ)」


 わたしだからこそ、か。嬉しいことを言ってくれるではないか。


 自分でも表情が緩んでいるのがわかった。不安や辛さが引いていく。わたしが貴様に勝てない理由がようやく理解できた。


「(騎士王とて結局“一人の人間”よ、迷うことは罪じゃない。迷い続けることが罪なんだ。どうだ、心は決まったか、我が好敵手(マリアン)よ)」


 ああ、大丈夫だ。わたしはもう、大丈夫だ。感謝する、レイディア。


 貴様がいなければわたしは負の感情に呑み込まれて、本当に死んでいただろう。

 約束してくれ。この戦争が終わったら、酒を酌み交わそう。


「(……良かろう。ただし一杯だけだ。私はお酒に強くないんでな)」


 確かに返答に若干の間があった。わたしは気付きながらも、知らないふりをすることを選んだ。

 好敵手と酒を酌み交わすことを夢見て、わたしの意識はその場から遠退いた。

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