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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第十一章 世界アルデ・ヴァラン
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百二十九回目『後悔は』

 足下から現れた闇に呑み込まれたミカヅキたち。状況を把握するべく周囲を見渡すが、一面真っ黒な景色が広がるだけだった。


 彼らは自分たちが何処にいるのか全く検討のつかない場所の移動させられていた。まるで電気を消された密室のように真っ黒な空間、ただそれだけが理解できた。


 困惑する少年に、歴戦の騎士王は落ち着くように語りかける。


「ここは!?」


「その声……ミカヅキ・ハヤミか。他にこの感じは……エインだな」


「外れないのはさすがだよ。連れて来られたのはボクたち三人だけみたいだ」


 エインの言葉を皮切りに周囲が明るくなっていき、彼らに居場所を伝えた。その光景を見るや、ミカヅキはゴクリと喉を鳴らしてしまう。


「玉座の間……みんなは!」


 少年の言葉通り、彼らは玉座の目の景色を見ることとなった。エインは首を傾げる。部屋にはミカヅキと自分の、そして皇帝らしき部屋を覆うような魔力しか感じない。レイはともかく、ヴァスティの派手な魔力は感じ取っても良いはずなのにそれが叶わないのだ。

 もう一つ妙な感覚があった。この部屋に対してだ。自分たちがいるこの玉座の間の外には何も感じない。まさに無の空間の中にここだけがポツンと存在しているかのようだ。


 そんな彼らの疑問に答えるように、声が彼らに届けられた。忘れることも、聞き間違えることもない声。


「――ここは闇で造り出した、言わば異空間のようなものだ」


 低い男性の声を聞いて、一番驚いたのはマリアンだろう。エインとミカヅキと同様のはずだ。なぜなら、つい先ほどアビスが死んだと宣言した――皇帝の声だった。


 凛々しくも勇ましいその姿はまさしくアインガルドス帝国皇帝――レイヴン・ジークフリート・アインガルドスで間違いない。

 騎士王は直感で本物だと見抜いた。だが疑問も同時に泡のように浮かんでくる。なぜ自らが“死んだ”と言ったのかだ。


「どうして僕たちを分断したんですか」


「戦力を減少させるためだ。それに奴らは我の相手ではない」


「では僕たちは相手であると……」


「肯定する。貴様らは言わば希望を抱く人々の要だ。要を失い嘆く者共を葬るなど容易いことであろう」


 玉座の前に立ち、文字通り少年たちを見下しながら言い放った。


 ミカヅキは拳を握りしめる。皇帝の言葉の意味するものが何なのか気付いてしまったから。彼は半ば叫ぶように言葉を、思いをぶつけた。


「どうしてっ、どうしてあなたは人を殺したがるんだ! 殺す以外の方法だってあるじゃないか。僕とエインは一緒に戦うようになった。ヴァスティとだって、戦って、戦って、殺されかけたけど……僕の思いは全部じゃないかもしれないけど伝わった、伝わったんだ!」


「ミカヅキ……」


 嬉しいことを言われてしまい、エインは思わずニヤけてしまう。


 そんなエインに対してマリアンは真剣な眼差しを少年に送る。真っ直ぐな若者がいてくれたことを喜んでいるのだ。その覚悟を聞き逃さないために、見守っていると言えよう。


「あなたなら、ヴァスティやマリアンさんに慕われるほどのあなたにならできたはずなんだ。戦ったり、殺したり殺されたりする以外の方法が、世界最大の国の皇帝であるあなたなら、選択できたはずなんだ!!! 誰もが笑っていられる、そんな未来が……」


「――くだらん」


「な……っ、今なんと!」


「くだらんと言ったのだ。貴様のような青二才風情が、世界の何を理解した気でいるのかね? 争いのない平和な世から来た来訪者が何を語るか。人は所詮他者を理解することなど不可能よ」


 玉座の前の階段を一歩、また一歩と降りながら語り続けた。正論にうちひしがれそうになる少年を見下ろしながら、同じ目線へと下っていく。


「共に戦っている、それは共通の敵がいるからこそであろう。我と言う一つの絶対的な驚異があるからであろう。我がいなくなれば貴様たちは再び争いを始める。今味方だから、これからも敵でない保証がどこにあるのか。実際、マリアンやヴァスティ、それにバルフィリアも我に気づくことはなかった」


「……っ」


 マリアンがその言葉に反応を見せる。しかしそれは微々たるもので、眉が少しだけ動いたのと拳を強く握りしめた程度の変化だった。だと言うのに皇帝は見逃してなどいなかった。


「悔しいか、マリアン。当然か。騎士王ともあろう者が、未来ある若者の言葉を自らが否定していたのだからな」


 口元が動いて言葉を発するべく空気が吸い込まれる。だがマリアンは何も言わずに口を閉じる。悔しさを全面的に表情に出しながら。とりわけ彼の中では皇帝陛下への申し訳なさを募らせた。


 そんな中、黙っていたエインが代わりにと言わんばかりに一歩前に出た。


「――何もわかっていないな」


「ほぉ、敵に真っ先に与した者が何を言うか」


「ボクはただ選択をしたまでさ。外道に成り下がる皇帝の下で生きるか、未来を信じる少年の手助けをするかを。ボクは騎士王のように真っ直ぐではないんでね」


 固まる少年と騎士王の横を通りすぎた。そして口角を上げてひん曲がってしまった性格に成り下がった皇帝に正面から言ってやる。


「あんたはもう皇帝じゃない。理想への選択を間違った者は、自分の行いの償いでもするんだな。そうでなければ、皇帝を信じてきた騎士を、民を本当に裏切ることになる。あなたならそれがわかるはずだ。騎士王とまで呼ばれた男が信じる皇帝(あなた)なら――でき、る……っ……!」


「――もう遅い」


「エイン!!」


 皇帝が階段を降りきったと同時に、棘のようなものが床から無数に伸び、それはエインの身体を用意に貫いた。

 吐血するエイン。慌てて駆け寄ろうとするミカヅキに彼は、


「来るなっ! 来ては、ダメだ!!」


「直前で躱わそうとしたが遅かったな。選択の時はとうの昔に過ぎている。あとは進むだけなんだよ」


 言いながら指を鳴らす所作を見せる。ミカヅキはそれが何を意味するのか察して叫んだ。


「やっ、やめ……!」


 パチンッ。

 棘は音に呼応し、床ではなく棘本体から新たな棘を生やしてエインに止めを刺した。


 少年の伸ばした手は悲しくも虚空を掴み、顔に赤い液体が飛び散った。言葉を発することすらできない彼に、最期の言葉が届けられた。


 ――ごめんよ、ハヤミくん。叶うなら、君の世界の話を聞きたかった。


 視界が揺らぐ。溢れそうになるのを堪えるために拳を強く握りしめて天井を仰いだ。


「どうして……どうしてエインを……っ」


「裏切り者に用はない。戦いから逃げようとする軟弱者など、我が騎士にあらず。故に処分したまでよ。我自らが直々に手を下したのだ、今頃感涙に咽んでいることだろう」


 ミカヅキはハッとなり、まだエインを助けられるのではと駆け寄ろうとしたが、マリアンに肩を掴まれて止められる。その直後にエインの身体は棘から滲み出た液状の闇に取り込まれた。


「どうして止めたんですか!?」


「貴様まで死なせるわけにはいかない」


 苛立ちを込めて振り向いた少年は、肩を掴む騎士王の顔を見て口をつぐんだ。


 悔しさに満ちた表情だった。己が迷っていたばっかりに、また仲間を死なせてしまった。騎士王と呼ばれるようになっても、実際は仲間の一人も守れないような弱者だ。


 こんな思いをするために、騎士になりたかったわけじゃない。全ての人々を、笑顔を守りたいと思ったからここにいるのではないか。


 一呼吸の後、ミカヅキの肩から手を離して告げる。


「わたしはまだ迷っている。だが……仲間の仇は取らせてもらう」


 ミカヅキとは違って、彼の瞳はまだ揺らいでいる。

 しかし、だからと言って仲間を殺されて黙っていては騎士どころか、人として終わってしまう気がした。


 本物でも偽物でも関係ない。倒すべき相手と定めるのは己自身だ。ならば選択せねばなるまい。黙って見過ごすか、武器を手にするか。――答えは既に出ている。


「――らしくない。あの者がいれば必ずそう言うだろう。今度はわたしの番だ。騎士王――マリアン・クロノス・イグルスは己の意思に従う。皇帝陛下、無礼を承知で戦いを挑ませていただこう!」


「マリアンさん……お手伝いします!」


「良かろう。先ほどの奴と同じように、我自らが葬ってやろう」


 余裕だと宣言すらかの如く高らかに笑って見せる皇帝。


 その隙にマリアンはミカヅキにお願いした。――陛下はわたしが相手をする。だから君にはサポートを頼みたい。と。


 ミカヅキは胸の内から込み上げてくる怒りや憎しみを抱いていることに気付き、首を振って邪念を散らして頷いた。少年は「わかりました、全力でサポートします!」と勢いよく返事をしてマリアンにガッツポーズを見せた。


 すると、拳が突き出された。ミカヅキは一瞬首を傾げようとしたが、意図をすぐに理解して自分の拳をコツンとぶつけた。


「頼りないわたしに委ねてくれて感謝する。――では、行くぞ!」


 マリアンが笑い声を上げる皇帝との距離を一気に詰めて剣を振り下ろす。ミカヅキも『先を知る眼(ワン・オーダー)』を発動させてやっと見える挙動の速さである。


 皇帝は笑っていても決して油断はしていなかった。騎士王の剣を止めるべく闇を纏った腕を盾代わりにしようとするが、剣の軌道が急に変化した。

 頭上から振り下ろされたいたはずの剣は、いつの間にか皇帝の横腹へと迫っていた。


「ちぃっ」


 咄嗟に後ろへ飛び退いて躱わし、剣は空気を斬り裂くほどの勢いの横凪ぎ一閃を見せる。が、それで終わりではない。束を握る手に、床を踏みしめる足に力が入る。剣を振り払った勢いを活かしてその場で一回転し、軌道修正と共に離れた分の距離を詰めた。


 皇帝は避けることを諦め、対抗することを選び闇で剣を造り出してマリアンの剣にぶつけた。と思いきや、相手側の力が抜ける――否、次の攻撃に移っていたのだ。


「これがっ、騎士王だと言うのか!」


 皇帝は相対して初めて知ることになる。騎士王と呼ばれる一人の人間の実力を。魔力無き者の底知れぬ力を。


 魔法に意識を逸らす暇を与えない、間髪いれずの連撃を対応せざるを得ない。たとえ背後から魔法を放てたとしても、サポートに回ったミカヅキが不意打ちを阻止する。


 見事なまでの連携に皇帝は否応なしに苦汁をなめることとなった。



 そんな中、ミカヅキは補助に徹しながらも一人驚き、感嘆の息を漏らす。


「す、すごい……」


 彼は今、未来を知ることができる『先を知る眼』を発動している。それなのに自分が本当に“未来”を知れているのか不安を抱く。何故ならマリアンの剣が――増えているから。


 恐らくこれは“未来”と“今”の両方の情報を認識しているからこそ起きる事象なのだろうが、もとのマリアンの剣技にも要因はあるだろう。


 つまりは少年の認識できる領域を、騎士王は魔力を持たない身でありながら越えていると言うことだ。


 文字通り人間離れした剣技に対応しているの皇帝も皇帝だった。


 だが確実にマリアンが優勢だ。それは火を見るより明らかである。



 ――しかし、一つのきっかけが展開を大きく覆した。


 ピキッ。


 小さな音が鳴った。


 一瞬。ほんの一瞬の隙が生じた。


 皇帝がニヤりと口角を上げた。


 マリアンは驚異の反応速度を見せたが、それでも――遅かった。


 床からは棘が。皇帝からは漆黒の剣が彼に迫る。


 ――ここで終わりか。


 騎士王が死を受け入れようとした、その時、希望は紡がれる。


「なにぃ!」


 剣はマリアンと皇帝の間に突如現れた鏡に吸い込まれた。皇帝は手を離して剣だけが吸い込まれて難を逃れる。


 僅かな時間ではあったが、ミカヅキがマリアンを引っ張るには十分な時間稼ぎとなった。


 少年は見るも無惨に串刺しになったエインに目を向けるが、とても生きているようには見えない。そもそもあの鏡がエインによるものなのかも不明だ。だが少年は死してなお、彼が自分たちのことを心配しているのだと判断した。


 故に少年はマリアンと正面から向き合う。


「……死のうとしましたね」


「それで他者が救われるのなら、わたしは迷わずこの身を差し出す」


「違うっ、それで救われるのは他の人じゃない。あなた自身で、あなただけだ。託された者として、生き続けるべきじゃないんですか! 僕には騎士王が背負っている重みの全てはわかりません。でもっ、あなたはまだ死んじゃいけないことくらいは僕にもわかります。だからあなたは――」


 必死に伝えようとするミカヅキに面食らうマリアン。やがて騎士王は微笑みを浮かべ、少年は言葉を止めた。――伝わった、そんな気がしたからだ。言葉としての返答は無かったが、気持ちは伝わったのである。


 微笑みを見せながら彼は目を閉じる。

 レイヴン・ジークフリート・アインガルドス皇帝との日々を、騎士王は思い出していた。理由はわからない。心の赴くままに従っただけに過ぎないのだ。


 今、こうして相対したことでようやく理解する。己の中で、皇帝と言う存在がどれだけ大きかったのかを、ようやく知ることができたのだ。


 それが嬉しかった。知れたことが喜びだった。何より、大切なことを気付かせてくれたミカヅキに感謝した。


 心の何処かで騎士王は自分の役目はもう終わったのだと決めつけていた。レイディアと剣を交え、お互いの剣が折れたあの時に満足してしまった。

 だが迷いに迷い、迷い続けていたのは紛れもない事実だ。騎士王ともあろう者が“決断”できなかった。


「これではどこぞの参謀と同じだな」


 しかしそれもここまで。答えは得た――否、己で導き出したのだ。後悔はある。だとしてももう……迷わない。


 ――そうでしょう、皇帝陛下。わたしは……。


「わたしは――」


 剣を握りしめて振り向き様に横凪ぎ一閃をお見舞いさせた。


 マリアンの背後に忍び寄っていた皇帝は見事に腹を真っ二つに斬られる。


「ぐっ!」


「民を守る騎士である。おかげで思い出せた、皇帝陛下との約束を……」


 真っ二つに斬られたのはやはり闇によって形作られた幻影だったようで、本体は玉座の前の階段にいた。


 マリアンは息をすぅーと吸い込み、剣を握る手に、床を踏みしめる足に力を込める。



 ミカヅキが未来を知る。床からエインを殺した棘が飛び出す光景を。マリアンに言おうとしたが、無事に躱わす姿も同時に見えたので集中を切らさないように振る舞った。


 床の大理石がほんの僅かにひび割れる。それが開始の合図となった。


 ドンッ。少年の耳には確かに捉えた。力が込められた足が床を蹴る音を。


 騎士王と皇帝の間の床からは無数の黒い棘が、空を仰ぐ向日葵のように次々と聳え立つ。それら全てを斬る、蹴る、または躱わして徐々にだが着実に距離を詰める。


 さすがに距離があるので、皇帝もここぞとばかりに魔法を発動させる。


 闇の剣がマリアンの周りに生成される。ミカヅキは盾で防ごうと考えたが、視界の邪魔になると判断して光の剣で対処した。


 どんな魔法が飛んでこようと迷わず突き進むマリアンに、一歩後ろに下がる皇帝。


「終わりだ」


 眼前にまで迫ったマリアンが一言告げる。剣で貫くべく正面に突き出す。が、彼の剣が皇帝に当たる寸でのところで止まった。


「甘い、甘いんだよ。言ったはずだマリアン。戦場では迷った者から死ぬと……残念だ」


 闇が騎士王の身体に蛇のように巻き付いて、彼の動きを封じていたのだ。


 哀れな者を見るような目をマリアンに向けながら、皇帝は彼の胸の辺りに手を翳す。そこから闇の剣が伸び、マリアンの心臓を――貫いた。


 迷った。そうだ。迷ってしまった。騎士王は迷った。恩人を手にかけることを――迷ってしまった。事実はただただ、その隙を付かれたに過ぎない。



 ――ミカヅキは迫り来る闇の剣と黒い球体に意識を取られてしまっていたため、マリアンの方に視線を向けたのは貫かれたタイミングだった。


「マリアンさん!!」


 少年は思わず呼び掛ける。が、直後に彼の騎士王の身体は壁に叩きつけられ、周囲に真っ赤な血を散らした。皇帝が『魔神拳』のようなものを手に纏って殴り付けたのだ。

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