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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第十一章 世界アルデ・ヴァラン
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百二十八回目『目覚めの時』

 少年たちが奮闘する中、レイディアとの戦いの末に意識を失っていた天帝の十二士の一人、リンと呼ばれる少女は目を覚ました。

 彼女はぼんやりする視界と意識のまま、周囲を見渡して状況をすぐに理解した。同時に意識を失う直前の自分の行動を思い出して、乙女の如く両手を赤く染まる頬に添えた。


 気絶していた無防備な少女を守るように、ドーム状の結界が張られていた。念のためレイディアが施していたのだ。


「あたしは……助けてもらったんだ……」


 単純な能力で言えば、レイディアの他多数の特有魔法を有している彼女の方が上である。だがそんな有利など感じさせないほどの実力の差が彼の参謀との間にはあった。


 リンは敗北を認めた。経験の差なのか、頭脳戦における余裕の差なのか……否。覚悟の差であると彼女はしっかりと理解していた。強い意思のもと、何者をも揺るがすことの叶わない信念なるものが彼の中にはあったのだ。それを思い知らされたと言うべきだろうか。


 だが同時に、これで彼女はようやく自由になれたのだ。因果なのか皮肉なのか、自分の気持ちと真っ直ぐに向き合うことができるように。おかげであんな行動に出てしまったわけでもあるが後悔はしていなかった。


 しかし負の感情は湧いてこない。それよりどうして自分を殺さなかったのかについて考えることにした。

 レイディアに敗北して吹っ切れた彼女に心配の眼差しを向ける何か(・・)がいた。


「クー。……ごめんね、心配かけたね」


 驚くどころか親しげに声をかけて微笑む。それもそのはずだ。

 子どもが見れば悲鳴を上げそうな異形とも言える見た目であれど、生物のような存在の正体は――ア・バオア・クー。つまり彼女のの特有魔法『真実と偽りの眼』そのものである。親しみを込めてクーと呼んでいる。そう呼ばれることをかなり気に入っているらしい。


 世界でも稀な“意思を持つ”特有魔法で、原理は不明で当の本人もわからないのだがクーの姿は彼女にしか見えなかった。

 ただしレイディアは何故か存在を認知していた。ふとその事を思い出して理由を訊きそびれたと肩を落とす。


「やはりあなたでしたか」


 気配を感じた方に顔を向けると、恐る恐ると言った様子で質問を投げ掛けられる。質問主には見覚えがある、どころか同じ天帝の十二士の内の一人だった。


「たしか、カケル・アルティメットだったっけ?」


「覚えていてくれたんですね」


 互いが互いの腹の中を探ろうとしていた。が、カケルが両手を顔の高さまで上げる。彼なりの降伏宣言のつもりらしい。


 意図を汲み取りため息を返す。表情はまさに疲れているんだから変に気を張らせないでほしい、とでも言いたげだった。


「あなたと戦う気なんて全くありませんよ。正直僕は、そこにいる(・・・・・)生き物みたいな何かについて知りたいですよ」


 若干横に視線をずらしながら落ち着いた口調で尋ねるような言い回しをする。


「……クーが見えるの?」


「くー? ええ、まあ。はっきりではなくぼんやりとした輪郭だけですが、そこに“何かがいる”と言うのはわかります」


 カケルの発言に感心と驚きが混ざった表情を見せる。


「今までは見えていなかった点から考えると、やっぱり原因は……はあぁぁぁ……」


 今度はカケルがため息をついた、それも盛大に。疑問符を浮かべる彼女に対して、ぽつりぽつりと雨の降り始めの如く理由を語り出した。訊いてないんだけどと言いかけたが、話す気満々どころかもう始まってしまったので仕方なく聞くことにした。



 ――レイディアと戦ったこと。負けたこと。そして何故か『破壊神』の依り代だったこと。更には自身が異世界人でどのような経歴かまでも、まるで悩みを打ち明けるように語った。

 溜め込んでいたものを全て吐き出すように言葉にでき、誰かに聞いてもらったことでカケルの表情は先ほどまでより明るくなったようだ。


 本人に自覚は無いが、彼女は恐らく聞き上手なのだろう。でなければ、カケルがここまで打ち明けることはなかったはずだ。


「長くなりましたけど、僕にそのくーと言うのが見える理由は破壊神の依り代になったからだと思うんです」


「馴れ馴れしく呼ばないで。それとあたしはもうリンじゃない。イリーナ・ユラ・ウェンテルトよ」


「すみません。あなたにとって、友人や家族のような存在なんですね。それにイリーナ・ユラ・ウェンテルトさんですか、良い名前です」


 ふんっ、とそっぽを向くリン――もといイリーナに対してカケルは苦笑した。なんだかこのやり取りが楽しく思えてきていたのだ。

 理由はわかってる。しばらく彼はまともに誰かと会話ができなかったからだ。


 異世界人であるが故の宿命なのか、彼の性格なのか、今まで人とあまり関われずにいた。なのにここに来てこんなにお話ができたことが心底嬉しいと感じたわけだ。


「ウェンテルトさんはこれからどうなさるおつもりですか?」


「イリーナで良いわ。それと敬語も堅苦しいから、気楽に話したら良いわ」


「わかりま……わかった。お言葉に甘えさせてもらうよ」


「どうするかは、今の戦況や状況を確認してからじゃないと決められないから、まずは情報収集ね」


 何だかんだ言いつつも案外二人は相性が良いのかもしれない。それぞれの敬意があれど、お互いにレイディアと言う一人の人物に敗北し、その人物から大切なことを教わった者同士。


「それなら僕がある程度やっておいたから、それを共有するよ」


「ありがと」


「……。うん、じゃあまずは戦況から――」


 イリーナからの素直な感謝に面食らうカケル。おっといけない、と首を振り我に返って情報共有を始めた。



 ――戦況、及び状況は膠着状態の一言。原因は言うまでもなく、レイディアの特有魔法によるものであり、一部の人物を除いて世界中の人間の時間が止まっていた。


 この動ける人物たちが誰なのかまでは把握できていない。が、カケルは自分の特有魔法『永遠に愚問のまま(クリプトス)』を用いてだいたい予想がついていた。


「――バルフィリア団長と天帝の使いの四人とあと二人。レイディアと神王国の騎士団長、それとあと一人。王国の姫と騎士団長にあと一人。それに加えてあたしたち二人ね」


 予想の段階でしかなかった彼への助け船のなのか、イリーナははっきりと何処の誰なのかを断言してみせる。

 再び表情が固まってしまうカケル。天帝の十二士最強は伊達じゃないんだと思って納得した。


 魔力を感じ取って判断したのだろうが、感知できる範囲が広いどころではなく広すぎる。鍛えても目で見える範囲かそれより少し広い程度なのだ。加えて“誰か”を判断するには、更に熟練していなければならない。


 世界中などまずあり得ないの一言なのだ。それをこうもいとも簡単にやってのけられてしまったのだから、カケルが半ば困惑するのも当然だった。



 そして、落ち着きを取り戻したカケルは“時間が止まっている”と言う言葉でイリーナの表情がさして変化しなかったことから、既にレイディアの特有魔法については知っているのだと判断する。


 それどころかレイディアの名が出た瞬間のイリーナのふとした微笑みに、カケルは胸の奥が握られるような感覚に陥った。もちろん彼女にはバレないように平然を装って話を続けたが……。


「みんな別々に帝国のお城を目指してる」


「じゃあ僕たちも城に向かおうか」


 カケルは提案したが、その前にやることがあると却下された。合流したい人物がいるらしい。天帝の十二士の一人、天帝の守り手――ロベル・リーツィエ。


 彼女はレイディアが無駄なことは嫌いだと知っているからこその選択だった。時間停止が彼の仕業なら、何らかの意味や役割があるはずだと考えたのだ。


「あなたは城に行って良いよ」


「それもありだけど僕は男なんでね、女の子を一人にするなんてできない」


「足手まといにはならないでよ」


「十二士一の強さの人に言われるとかなりのプレッシャーだけど、頑張るよ」


 この光景をもしレイディアが見たらどんな反応をするのだろうか。二人は奇しくも同じ事を考えていた。


「――」


 真顔とニヤけ顔の狭間でさ迷っていると、突然イリーナが手を差し出してきた。謎の行動に当然首を傾げるカケルだが、犬のように彼女の手の上に自分の手を乗せた。

 それを確認すると魔法名を口ずさみ、彼女たちはその場から姿を消した。どうやらイリーナが転移魔法を使用したらしい。


 実際はイリーナはカケルを呼ぶも、彼は自分の世界に入っていたため耳にしていなかった。それで行動に出たと言うわけだ。

 差し出された手の上に、疑問に思いつつも素直に自分の手を乗せるカケルに若干呆れながら転移したのだった。




 ーーーーーーー




 レイディアが張った結界を背に、何者かに操られた仲間や天帝騎士団の者たちと戦っていたアイバルテイクは己の目を疑った。


「な、なんだこれは……」


 気絶させても倒れなかった者たちが突然ピタリと、それこそ糸の切れた人形のように動かなくなったのだ。

 その時背後に気配を感じて、アイバルテイクは衝撃波を放つ。が、無力化されたのか手応えはなかった。代わりに黄金色の髪をたなびかせ、龍の紋章が描かれた天帝騎士団の羽織を身につけた男性を視界に捉える。


「いきなり攻撃とは穏やかではないな、エクシオル騎士団長」


「団長殿、いらっしゃるなら教えていただければよろしいのに、お人が悪い」


「団長? そうか、貴殿が」


 アイバルテイクは頷いて一つ疑問を解消した。先ほどの衝撃波はかなりの力を込めていたと言うのに、手応えがなかった上に傷一つない理由は、相手が話に聞く天帝騎士団の団長ならば説明がつく。――レイディアが警戒する数少ない人物の一人だからと。


「既にご存じでしょうが……エクシオル騎士団団長――アイバルテイク・マクトレイユと申します。彼の騎士団長殿と邂逅を果たすなど、光栄ですな」


「世辞は良い。礼儀として俺も名乗ろう。天帝騎士団団長――バルフィリア・グランデルトだ。それに畏まる必要はない。立場として俺と今の(・・)貴様は対等ぞ」


 妙な言い回しに眉をひそめる。“今の”なら、少し前では違ったと言うことならないか。思い当たる点はいくつかあったが、最有力候補は一つに絞れた。


「お言葉に甘えよう。貴殿の正体に興味はあれど、今は現状を把握することが最優先故に」


「恐らくその必要はありません。そうですよね、バルフィリア団長殿」


「ああ、ドルグの言う通りだ。現状は俺が説明しよう」


 ドルグの言葉に同意し、バルフィリア自らが事の説明を行った。

 世界中の人々の時間をレイディアが止めていること。だが自分たちを含めた、時間を止められていない者も複数人いること。

 その他にも誰が動けるか、戦況などの情報を共有した。


「では、わたしはレイディアのもとに向かいますが、お二方はどうなさいますか?」


「我々も同行する。今となっては君たちと敵対する理由はないからね」


「団長のご意志に従いますとも」


 こうして三人はレイディアのもとへと向かった。

 アイバルテイクは最後に時間が止まった仲間たちに「必ず助けるからな」と言い残してその場を後にした。それは彼らへ告げた言葉であり、自分自身への宣言でもあった。




 ーーーーーーー




 操られたヴィストルティのメンバーの相手をするハクアとビャクヤだったが、彼らの動きに違和感を感じて攻撃の手を緩める。


「……どうやら、我が弟子が間に合ったようですね」


「我が弟子……レイディアか!」


「そのようです。次元固定……いや、これは時間停止です」


 固まって動かなくなったメンバーに近付いて分析する。落ち着いた口調ではあったが、実際はかなり驚いていた。なぜならビャクヤはレイディアのもともとの特有魔法の性質を知っていたからだ。短期間で以前のものより確実に能力が向上していた。


 ここに来て師は弟子の考えを理解した。彼がこの歴史上最大の戦争を止めなかった理由を。


 ――何かを得るためには、何かを失わなければならない。


 レイディアは常にこう言っていた。それは何者であろうと皆等しい代償であると。

 ビャクヤは苦笑した。我が弟子ながら、“観測者”たる自身の予想を容易く越えてくれる。やはり敵わないな、と頭の中で呟くと無意識の内に笑みとして外へとこぼれてしまったのだ。


 不愉快? まさか、むしろその逆である。ビャクヤは非常に愉快な気持ちになっていた。観測者に選ばれたことは受け入れなければならないとして引き受けた役割だったが、選択する自由を失った価値はあった。


 だが、彼の笑みにはもう一つの意味も含まれていた。


「申し訳ありませんが、私が介入できるのはここまでです。あとはあなた方、未来ある者たちが紡ぐべき道ですから」


「……残念です。もう少し学びたかったのですが、ここでお別れですか」


 ハクアはビャクヤの意図を汲み取り、説明を求めずに素直に彼の言葉を受け入れた。


「助太刀、感謝します。とても助かりました。再びお会いできたのなら、手合わせを願います」


「ええ、いつでもお受けいたします。それでは、またお会いしましょう――」


 その言葉を最後にビャクヤは地面から浮かび上がる陽炎のように揺らぎ、気付いた時には既に何処にもいなくなっていた。


 ハクアは彼が消えた方に軽く会釈をし、仲間たちに微笑みかけてから城へと足を進めるのであった。

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