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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第十一章 世界アルデ・ヴァラン
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百二十七回目『歴史と神様』

 悪魔の如し禍々しい姿を彼らの目に焼き付け、自らをアビスと名乗りし者は皇帝は既に死んでいると語った。


 予想だにしていなかった発言に、ミカヅキ一行は困惑と動揺を見せた。ただ一人を除いて……。


 金色の髪を揺らし、少年たちより一歩前へと出でる。

 その者からは驚愕も悲観も感じられない。彼の者が抱くは後悔のみ。真実を見抜けなかった、苦しみを和らげることすら叶わなかった無力な自分自身への怒り。


 だが感情に浸っている暇など今の彼には許されない。そう理解しているからこそ、成すべきことは最期の命令に従うことだけだ。


「アインガルドス帝国、天帝騎士団、天帝の使いが一人、騎士王――マリアン・クロノス・イグルス。陛下のご命令を……遂行いたします」


 剣を眼前に構え、敵を見据える騎士王の傍らに歩み寄る者がいた。彼と同じ輝かしい金色の短髪を見せる青年――ヴァスティ・ドレイユだった。


「まさか一人で相手する気じゃないだろうな?」


「そうですよ、マリアンさん。此度の事態は帝国だけの問題ではありません」


 次いでまだ年若き王国の王たる少女――ミーシャ・ユーレ・ファーレントは今回起こった事態の重要性を主張した。


 直後に彼らを爆発が襲う。悠長に会話をさせる気はアビスには無いらしい。


「我を前にして雑談とは……おや?」


 しかしアビスの攻撃はマリアンたちを守るように造り出された巨大な盾によって防がれた。


「大丈夫ですか!?」


 もちろんマリアンたちは自分たちだけでも防げたのだが、笑顔で感謝を述べる。残念ながらミカヅキはその事実には気付いていない。なぜなら称賛されて照れるだけで精一杯になってしまったからだ。


 こういうところは年相応だな、とレイに苦笑される。

 そういうとこも良いとこだ、とエインが反論する。


 どんな状況になろうといつもと変わらない彼らの姿に密かに励まされるマリアン。剣を持つ手の力を緩めてから、改めて力を込める。


「ありがとう、貴殿らに感謝を。そして、私に力を貸してほしい」


「もちろん」


「おう!」


「はいっ」


 それぞれの答え方で返答し、マリアンの申し出を受け入れた。


 和気藹々とする騎士王たちを嘲笑うかのような表情で見下ろすアビス。一瞬だけそれが曇ったのはマリアンではなく、まさかのシルフィだった。

 彼女には見覚えがある顔だったため、静かに驚く代わりに息を飲んだ。理由について考えようとしたがアビスが次の行動に移ったことにより妨げられた。


「深淵に沈め、ブラク・プラズム」


 アビスから黒い雷が放たれて部屋を迸りマリアンたちに襲いかかる。だが――


「雷撃で俺に勝てるとでも?」


 彼らに触れる直前に白い雷によって相殺されて事なきを得る。ヴァスティの呟きには十分な敵意が込められていた。

 それをものともせずにアビスは玉座を足場に凄まじい跳躍で一瞬にして距離を詰めた。


「ふん!」


「前の剣ならいざ知らず、こんな紛い物では我には通用しない、な!」


 マリアンが常人では考えられない驚異的な反応を見せて大剣で防ぐも、アビスの闇の力に弾き飛ばされる。が、さすがは騎士王とまで言われる男である。空中で難なく体勢を立て直して後退りしながら地面に着地して見せた。


 その間にもアビスは左右にいる、ヴァスティとミーシャに向けて手を翳す。対抗すべく魔法を放つ暇は与えられずに、二人は壁に叩きつけられることとなった。


「ミーシャ!!」


 何が起きたのか、どんな攻撃だったのか受けた当人たちは訳がわからなった。ただ身体の正面側だけ衝撃を受けたようにまんべんなく痛みが広がっていく。

 幸い、二人とも魔力で身体能力を強化していたおかげでダメージとしては少ない方だ。


 少し離れた場所に位置することになったミカヅキとエイン、そしてシルフィには見えた。

 手を翳した時には既に巨大な黒い拳が二人を殴り付けていたのだ。


 つまり、あの翳された手はそちらに意識を向けるための囮に過ぎなかったとミカヅキは考えた。


「ハッ」


 首を振って目の前の出来事に集中する。今はアビスを倒すことが最優先だと。


 思い至ったら即行動。棍棒を造り出して、壁にめり込む二人に追撃しようとするアビス目掛けて思い切り投げつけた。

 それを軽く掴んで見せる。無駄なことをするな、と訝しげな表情を浮かべるアビス。彼を雷撃の一閃が横切って真意を思い知らされることとなる。


「なるほど、狙いはこっちか」


 ヴァスティの雷を纏った剣の一撃を受けたことで本来なら上半身と下半身が離れて落ちて良いはずなのに、一向にその気配がない。まるで効いていないと宣言するかのように。

 だが確かに焼けている。お腹にはヴァスティが斬った痕があるのだ。


 棍棒を持ったアビスは魔法が使えないはず。なのに死んでいないのはおかしいとヴァスティは首を傾げる。


「疑問に思うことかね? いや、思うことか。この棍棒(これ)は魔法を使えなくする性質があるのに、どうして我が生きているか、かね。考えたら聡明な方々ならばわかるはずだ。我は闇の特有魔法が進化した存在。少年の造り出した紛い物ごときが通用するわけがないのだよ」


 ミカヅキは苦笑した。いずれこうなるとレイディアから言われていたからだ。


 ――お主のそれは確かに強力だが、情報が知られてしまえばいくらでも対策されよう。故に先を考えなくてはな。


 あの言葉が無かったらここで戸惑っていたんだろうな、と思ったのだ。


創造せよ(アーク)――鉄檻(プリズン)


 ヴァスティとの一騎討ちの際に使用した龍聖棍によって作られた檻でアビスを閉じ込める。

 少しは時間が稼げると思ったのだが、棍棒は黒く侵食されていき腐食して脆く崩れ去った。


 その光景を見てレイは眉を潜める。彼の特有魔法の属性は光。つまり闇とは対照的で弱点とも言える相性。故に闇属性の魔法の知識は人並み以上に調べていた。そんな彼でも、アビスがやって見せた方法の原理に対して理解が追い付かなかったのだ。


「剣よ」


 光の剣を生成して感触を確かめるように握りしめた。


 レイはヴァスティとアイコンタクトで攻撃のタイミングを計り、頷きと同時に光の速さで互いにアビスに斬りかかった。そして、二人は驚愕することになる。


 反応できるはずがない光の速さの剣技を、アビスは余裕綽々と言わんばかりに素手で掴んだ。ただし先ほどまでとは違う点が一つ。剣を掴む両手が黒い炎のような煙のような漂う何かに包まれていたことだ。恐らくそれが二人の剣の勢いを打ち消したのだろう。


「雷鳴轟け――」


「光よ――」


「「雷光斬!!」」


 まるで見越していたかの如く、二人は掴まれた剣を手放して体勢を直して次の攻撃に移る。

 剣の勢いは消されたとしても、跳躍による二人の身体の勢いまでは消えていなかったようで、それを利用して二本目の剣を生成して斬りかかる。


 両手は塞がれてアビスに防ぐ術は既に無い――はずだった。

 二本の雷を迸らせる剣は、信じられない現象を観測させる。剣は確かにアビスの身体を斬った。斬ったのだが……感覚としては煙を斬るような手応えが無かった。


 それもそのはず。彼らが斬ったアビスの身体の部分はもわもわとした、まさに黒い煙のような見た目の形状に変化していたのだ。


 そこに一瞬の隙が生じたことに気付いた時には既に遅し。それぞれの腹に黒い拳が迫る。


「――させん」


 しかしマリアンが一気に距離を詰めて思い切り大剣を振り下ろした。アビスはここで初めて動揺を見せ、咄嗟に二人から奪い取った剣を前に大剣を受け止めた。


 キィンッ!!!


 甲高い金属と金属の衝突音が玉座の間に響き渡った。


「マリアン!」


「貴様に呼ばれる筋合いはない!」


「うっぐ! このバカ力めが」


 アビスは大剣を何とか振り払って後ろへ飛び退くが、彼の背後にはいつの間にかそこにあった鏡の中からミカヅキが現れる。


 まだアビスはその事実には気付いておらず、少年の棍棒の一撃を一身に受けることでようやく気付かされた。


 大剣を構えて待ち受けるマリアンの方へと、逆向きのくの字で見事に吹き飛ばされるアビス。だが身体を闇へと変換してマリアンの側面を通りすぎて元に戻った。


「予想よりやるようだ。いやはや実に我は嬉しいぞ、人間たちよ。余興としては十分だったとも。ではそろそろ退屈してきた頃であろう?」


 言うが早いか、アビスから漏れでた闇が新たなアビスへの形を成す。


「我が深淵を見せてやろう。堕ちるが良い――常闇の底へ(アビス・グランデ)


 増えたアビスに気を取られたミカヅキたちは、足下から広がり包み込んでくる闇を回避することは叶わなかった。


 レイとヴァスティは持ち前の速さで闇から抜けることができ、ミーシャとシルフィに至っては闇が包むことすらなかった。自分たちの分断が目的なのかとレイたちは考える。同時にまずい分けられ方になったとも。

 残った面子を見れば、連れていかれたのが誰かなど火を見るより明らかだ。


 ミカヅキ、マリアン、エインの三人だ。正直に言って力不足になり得る。手練れであり騎士王と呼ばれてはいるが、マリアンは魔法が使えない。ミカヅキも戦えるようになってきたと言えど、未熟者には変わり無い。エインは……鏡魔法が使えるからうまく行くならこちらに戻ってこれるかもしれないと希望を抱く。


 視線を僅かにずらして確認する。ミカヅキたちを包んだ球場の闇は床に吸い込まれるようにして消えた。階下へと移動させられたのだろうと推測し、まずは目の前のこいつらを何とかしようと頭を切り替える。


 一人でも中々手強かったと言うのに、それが二人も追加されて三人になるなど笑えない冗談だ。加えて彼らの人数は減った。同時に手数も減ったことになる。


「どうした、貴様たちにはまだ戦える余力は残っている。だと言うのに、つまらん顔をしないでくれたまえ」


「分断しといてよく言うぜ」


「関係ねぇ。こいつを叩きのめせば全て終わりだろうが」


 薄気味悪い笑みをレイたちに見せつけながら語るアビス。対してレイとヴァスティは敵意を露にした。が、アビスの三人の内の一人が床に吸い込まれるように消えた。先ほどの球場の闇とまったく同じだった。


 これで奇しくも二対二の構図が出来上がった。

 レイは思わず口角を上げた。一人一人なら勝てる思われていることに少しばかり腹を立てたのだ。だが怒りに呑まれはしない。

 ここが正念場だと判断して全力で迎え撃つことを決めた。

 もしこの後にまだ敵がいたとしたら、他の連中に任せるしかないなとため息をつきながらの決断だった。


「剣聖っ、そっちのは任せた。こっちは俺がやる。我が光が示す道には共に影あり、解放――光は影と共に(アンシャドー・レイ)


 右の瞳は彼の光魔法を模してか薄い黄色に、左の瞳はヴァンに託された影魔法の如く黒くなっていた。

 更に変化したのは瞳だけではない。髪の色も瞳同様のものへと、右半分が黄金に近い黄色に、左半分が夜空の如く漆黒へと染められた。


 バルフィリアとの戦いで見せた、彼自身の光魔法とヴァンの影魔法をかけあわせた姿に変化した。


 呼び掛けられたヴァスティは鼻で笑って返した。


「言われなくてもそのつもりだっての。雷鳴よ、我が呼び掛けに応えよ――雷光の剣聖(ライトレイア)


 雷を身に纏い、まるで白い狼のような姿を見せた。


 準備は終わった。ならやることはただ一つ。目の前のこいつらを叩きのめすのみ。特有魔法が進化しただか何だか知らないが、存在する以上は消滅せしめることが可能になる。ならば問題ないとヴァスティは頷く。


 今までとは違う。こいつは人じゃない。人の形を真似ただけの偽者だ。剣聖として選ばれた彼が倒すに相応しい相手だと、初めてそう思うことができたことに関してだけはアビスに感謝した。



 この戦争がこんなやつの差し金だと考えると虫酸が走る。とレイは憤りを覚えた。許せないとしても、せめてどんな目的があったのかだけでも聞き出してやると拳を握りしめた。



 ――戦いに意識を集中させる男性陣を尻目に、シルフィは壁にもたれ掛かるミーシャのもとへと歩み寄っていた。怪我の具合を窺い、命には別状がない程度だと確認して安堵の息を漏らす。

 狙いがあるのかは不明だが、アビスは彼女たちにはあまり危害を加えようとはしない。


 レイとヴァスティの対処に集中してまるで眼中にないようだ。


 今の内にとシルフィはミーシャに魔法による治療を施し、おかげで彼女は動けるようにまで回復した。


「ありがとう」


「気にしないで。どう、立てそう?」


「うん、なんとか……」


 ミーシャはシルフィの肩を借りて若干のふらつきを見せながらも立ち上がる。おかげで周りに意識を向けることができる余裕ができたのか、すぐさまシルフィと同じ違和感にたどり着く。


 気付いているかとその事を尋ねると微笑みを返され、少し照れてしまう小さき王女様。


「私たちは蚊帳の外ってことね。今すぐにでもあの戦いに参加したい、けど……私の中のアルミリア様が力を温存すべきだって言ってる」


「再生神様が……?」


 シルフィはミーシャの発言を聞いて視線を落とす。

 以前、レイディアが神様について話していたことを思い出したのだ。




 ーーーーーーー




 ――それは猶予期間中、稽古の休憩の最中、レイディアがおもむろに話した内容だった。


「三大神、かぁ。この世界は、実はバランスが取れた世界なのか?」


「お兄さま?」


「ああ、すまない。私がもといた世界では考えられないことなんだよ。神様と言う存在がたったの三人、三体……まぁ単位はこの際どうでも良いが、数がこんなにも少ないなんて」


 首を傾げて彼の顔を覗く少女に柔らかな表情と共に返事をするレイディア。時折彼は、唐突に深い話をし始める、または思いに耽ることがあった。一度疑問に思ってしまうと、解き明かすまでとはいかなくとも深く考え込んでしまうらしい。恣意的な悪い癖だと自身で苦笑しながら何度も言われた記憶が彼女にはあった。


 だが彼を兄と慕う少女にとっては、唐突な疑問は好奇心がそそられる内容ばかりだったので、口にしたことはないが楽しみにしていた。謝るレイディアに対して、「そんなことはありません」と答えるのはなまじお世辞や嘘ではないのだ。


 そして、今回もそれが発動してしまったわけだ。

 議題は“この世界の神様の数が少なすぎる”だった。別世界から来たレイディアだからこそ抱く疑問と言えよう。


「私がいた世界では、特に私の国は世界でも有数の神様が多い国でな。八百万の神、なんて言葉があったくらいだ」


「ヤオヨロズとはなんですか、お兄さま」


「簡単に言えば、“全てのものに神様は宿っている”と言う考えだ」


 無数の雲がゆっくりと漂う空を見上げて彼は続けた。その瞳は空などより遥か遠く、そう。まるでもといた世界を見ているようでシルフィは一瞬だけ表情を曇らせた。


「例えば風や空気、木々や大地。身近なものならフォークやナイフかな? まぁそんな思想が当たり前だった私からすれば、三大神のみで人々が納得していることが不思議だなと思ったんだ」


 八百万の神。

 万物万象、それら全ての理に神は存在せり。または神の御業(みわざ)だと考えられていた。


 レイディアは言い得て妙だなと皮肉めいた感情を抱いた。人間とは良くも悪くも思想が一致する者などいはしない。同調したとしても、それは妥協したに過ぎないのだ。頭や腹の中には全く逆の思想を抱いている場合とてあり得る。

 故に彼のいた世界には、各々の国が掲げる神と言う上位存在を多く祀り上げた。数にすると国のそれを容易く上回るほどに。


 産まれた時点で“多く存在する”が常識だったからなのか、ならば一個体のみが存在すると歴史上で統一されていた場合、人々は“増やさなかった”のだろうか、と言う疑問にレイディアは当たってしまったのだ。それを体現しているのがこの『アルデ・ヴァラン』だ。


 そんな彼の例えば(・・・)を近い形で構築されている世界に訪れた。ならかつて抱いた疑問を呼び覚ますのは必然なのかもしれない。


「それにな、私の世界での国々の言語はほぼ全てが独自のもので発展させていた。だがこの世界には“他国”と言う概念はあれど、“他言語”と言う概念は無い。少なくとも私独自の調べではね。つまりこれが意味するのは、歴史上に“文化”そのものが一つしかないに等しい」


 ふと妹に視線を向けると、しかめっ面にも似た難しい表情で話を聞いてくれていた。一生懸命理解しようとしてくれているのだろう。ありがたい限りだ、と心の中で感謝を述べて「もう少しだから」と苦笑した。


「正直言って、そんなことはあり得ない。断言できるほどにな」


 ここで少女は表情を変える。なぜならレイディアが断言することなど滅多に無いからだ。だいたい曖昧な答えかはぐらかすかだった。


「考え、思想、野望、夢などと呼ばれるものはそれこそ人の数だけ存在する。たとえ信頼し合っている相手だとしても、同じではないんだ。さて、何が言いたいかわかるかな?」


 これもよくあることだ。話をちゃんと聞いているのか確かめるように話の途中で質問を織り混ぜてくる。他の者ならいざ知らず、シルフィに限っては真面目に聞かないことなど無い。……ただ、理解に至らないだけで。それほど彼の語る内容は奥が深いのだろう。


 レイディア自身も承知の上で、ちょっとした悪戯心のようなものだった。訊かれた当の本人からすれば心臓に悪いのだが……。


 恐らく彼の話についていけるのは、ソフィ、アイバルテイク、ミルダくらいだと自負していた。


「えっと……」


「焦らなくて大丈夫だよ」


 話を整理するシルフィに全然考えてくれて構わないと旨を伝え、深呼吸をするべく息を吐き出す。


「あっ。千年もの間、文化や言語が統一されているのは変だと言うことですね!」


 嬉々とした勢いでシルフィは笑顔でレイディアに迫った。タイミングが少々悪く、彼はゆっくりと深く息を吸っている最中だったのでペースが乱れて咳き込んでしまう。


「す、すみません、お兄さま!」


「けほっ、けほっ、気にすることはない。私も油断していた」


 若干涙目になりながらも呼吸を整え、シルフィの頭を撫でながら答え合わせを始めた。


「ふぅー。その通りだ、シルフィ。人間ってのは百年、いや、十年でも新しい神様を産み出せる。なのにこの世界は千年もの長き月日を『三大神』のみで貫いている。まるで新たな神を産み出さないように、何者かがそう差し向けているように」


「ですがそれでは、世界中の人々の考える方向性を変えていることになります。特有魔法なら不可能ではないかもしれませんが……」


「そうだ、あり得ない話ではない。しかしもう一つ条件が存在する。そいつは“千年間”も、しかも世界中の人々の思考や思想とやらの方向性を変える、または操っていると言える」


「もし、お兄さまの言葉通りの存在が実在するとすれば、もはや人の域を越えています」


 レイディアは妹の成長速度に驚きつつため息をついた。決してシルフィの発言が間違っているからではない。彼も同じ結論に至っていたからである。


「それこそ『神様』だと言わなければな。まぁ話は長くなったが、何が言いたいか結論を述べるとしよう。だから私は『三大神』は実在すると考えている。少なくとも、過去には確実に実在したはずだ」


 もしくは『三大神』と讃えられるに等しい存在が……。


 レイディアは話終わったからか後頭部を掻きながら満足気な表情を見せた。が、唐突にその手が止まった。


「三大神に連ねる、三大国の王族たちが継いでいるのは伝承で間違いない。となると……はぁー。シルフィ」


「はい、お兄さま?」


 名前を呼ばれた少女は不思議そうな表情して彼に見せる。照れ隠しなのかレイディアは目線をずらしながら続きを話した。

 そんな素振りを可愛いと思ったのは乙女のみぞ知る真実だ。


「三大神と会うことができたら、再生神の言葉なら信じても良いだろう。創造神と破壊神は微妙だがな」


「お二方は信用ならないと言うことですか……?」


「んー、改めて具体的な理由を求められると困る。確かにどうしてなんだろうなぁ……。悪いが、なんとなくそう思ったとしか答えられん」


 考えるのに夢中でコロコロと表情が変わる兄を優しい微笑みで眺める妹だった。まさに仲睦まじい兄弟の日常を絵に描いたような光景である。




 ーーーーーーー




 遠くないはずの記憶を思い出してシルフィは頬は少しだけ緩んだ。


「わかりま……わかった。じゃあアルミリア様のお言葉を信じよう」


「そうね。私たちが割って入っても、あの速さだと、かえって邪魔になるかもしれないものね……」


 確かに目で追うことすら叶わない幼き王女が介入したところで戦力にはなるまい。しかしもう一人の少女は違った。

 肩を貸す親友にバレないようにゆっくりと視線を動かすだけだったが、彼女ははっきりと戦う者たちの姿を捉えていた。残像でも見えてしまいそうな光の速さで動く男たちをだ。


 飛び火でまた怪我をしてはならないからとシルフィは提案し、一旦入り口の方に避難することにする。飛んでくる建物の破片などはレイとヴァスティが対処してくれたが、できそうにない時はしっかりと自分たちで破壊した。


「ミカヅキたち……大丈夫かな」


「もうっ、前に信じるって言ったでしょ」


 シルフィはしょうがないなと言いたげな面持ちで、あの話の最後にレイディアが付け足したことを過らせる。




「――言い忘れていた。恐らくその言葉が、真実(・・)にたどり着くための最大の鍵になる。よく聞いておくんだぞ」


 まるで、そうなることを既に知っているかのような言葉選びだったと、シルフィは今になって思うのだった。

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