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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第十章 アインガルドス帝国皇帝
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百二十六回目『皇帝』

 ヴァスティとマリアンを先頭に、ミカヅキたちは城の中を走っていた。いつ敵が現れても良いように構えていたが、何故かピクリとも動かない人を見かけるだけだった。一人ではなく何人もが剥製のように固まっていた。


 迷路のような構造の通路で時間を取られたが、思いの外あっさりと玉座の間の扉の前までたどり着いた一行。


 誰かに言われるまでもない。これほどまで露骨に誘われているのだから、完全に罠に違いないだろう。全員がそんな思考をする中、一人だけ違った考え方をする人物がいた。――マリアンである。


「行くぞ」


「「おう!」」


「「はい!」」


 マリアンの言葉に元気良く返事をする面々を見て、彼は思わず苦笑してしまった。ここは敵地だと言うことを忘れていないか、と心配と同時に、緊張を解いてくれるような感覚があったのだ。


 ミカヅキが縦に七、八人は並べそうな大きな扉を押し開けると、ファーレント王国の城の玉座とは違う雰囲気の部屋が彼らを迎え入れた。そもそも国が違うのだから当然だろう。

 しかしこう、玉座とは華やかなとまではいかないが、暗い印象は抱いていなかったミカヅキからしたら違和感を覚える構造だった。


 そして、部屋の最奥の玉座に悠然と腰掛ける皇帝の姿を捉えた。


「良くここまでたどり着いた。まずは諸君らの勇気ある行動を称賛しよう」


 夜の帳より深い黒い髪を整え、伝え聞く年齢には到底見えない若い男性がそこにいた。だが物静かな見た目でもこの間の中で圧倒的な存在感を放ち、後退りしたくなる気持ちが込み上げてくるおかげで本物だと確信する。


 一見して周りに護衛はおらず、皇帝一人であることを確認する。しかし油断はできない。魔法で姿を消している可能性があるからだ。故にミカヅキは既に『先を知る眼(ワン・オーダー)』を発動させていた。


「そう身構えずともよい。人は出払っているが故、もてなすことは叶わんが……話す程度ならできるとも」


「では陛下。一つお訊きしたいことがございます」


「うむ、マリアンか」


 マリアンが一歩前に出て問いを投げかけようとし、それを皇帝は承諾する。

 マリアンがミカヅキたち王国の面々と行動を共にしていることに対しては何も言及はせずにだ。


 突然の行動にミカヅキたちは面食らうが、気を引き締めて警戒を怠らないようにと周囲に意識を向ける。皇帝自身が一人だと宣言したところで、たとえ真実だとしても簡単に信じるわけにはいかなかった。


「陛下が民や騎士たちをあのように(・・・・・)なさったのですか?」


 操り人形の如く気絶させても身体は動く事態を、皇帝が引き起こしたのかと問うたのだ。


「貴様ならば素晴らしいと言ってくれるだろう、我の忠実なる騎士王よ。民は悲しみを忘れ、騎士は死を忘れる。ようやく我が民に幸福と喜びのみを与えることを成し遂げたのだ」


「それは……」


 騎士王は言い淀む。かつて憧れを抱き、忠誠を誓った主の姿はもう何処にも無かった。


 確かに“死”を無かったことにしてしまえば誰もが笑顔でいられるのだろう。悲しみを抱くことはもはや無くなるのだろう。


 ――だが。だが果たしてそこに本当に幸福が、笑顔があり得るのだろうか。夢や幻で彩ったとしても、いずれはそれを見破るのではないか。


 自分たちが望んだ国は、今のような張りぼてで塗り固められた偽物などではない。本当の意味で民が幸福に感じ、自然な笑みがこぼれる国だったはずだ。


 マリアンは胸の奥から込み上がってくる感情が何なのか、長らく感じていなかったせいで思い出すのに時間がかかった。


 皇帝は彼の心境を察したようで、悲しそうに眉を落とす。


「……構わん。構わんよ。悲しいがな」


「皇帝陛下、進言よろしいでしょうか?」


 マリアンの隣に躍り出たのはまさかのミカヅキだった。皇帝は視線を騎士王から少年に移した。

 正直皇帝が放つ圧は相当なものだ。


「貴様は……ああ、()の少年か。誠に面白い光景よの。余が抹殺を命じ、それを遂行しようとした者と標的が今や……。して、発言を許そう、聞いてやろうではないか」


「ありがとうございます。では申し上げます、陛下。陛下にとって“幸福”とはどのようなもなのでしょうか?」


 恐怖を感じさせない真剣な表情で尋ねた。

 まっすぐに自分を見つめて問いかけるミカヅキの姿は、皇帝の表情に影を落とす。

 なおも彼は話を続けた。


「僕は幸福と言うものは、変化だと思っています。日々を過ごす中で辛いことや悲しいこともあります。それと同じくらい喜びや楽しいことだって。負の感情があって初めて、人は幸福を感じることができるのではないでしょうか?」


「……貴様は余にこう言いたいのだろう。変化のない我が民は幸福などではなく、怠慢に過ぎないと」


 深く息を吸って、ゆっくりと吐き出して影を落とした顔つきのままで言葉を紡いだ。


「それは貴様が個であるが故の結論だ。少なくとも、貴様にとっての世界は、貴様を中心とするたかだか数人、あるいは十数人程度のもの。そうでなければ、そんな結論には至るまい」


 マリアンが何かを発言しようとしたが、皇帝は手をスッと上げてそれを止めた。発言は許可しないと言う意図だとすぐに理解する。


「ミカヅキ・ハヤミ。次は余が貴様に問おう。貴様は人を殺めたことはあるか?」


「……いいえ、ありません。僕は誰も殺したくなんてない。敵も味方も同じ人だから、殺し合う必要なんて無いはずです」


「そうだな、そうであったら世界は平和なのかもしれん。だがな……現実は非情である。人が生きる限り食料が必要になる。食料を確保するには土地が必要となる。土地を必要とすれば、同じような考えを持つ者と相対することもあり得る」


 まるで情景を見ているかのように、一言一言を噛み締めるように皇帝は話をする。

 ミカヅキはその姿に、その言葉に介入することはできなかった。思うことはたくさんあった。それなら、と考えたりした。なのに口から出るのは空気だけ。音として、言葉は紡がれなかった。


「行く末は察するであろう。互いに助け合う手段も考えれよう。しかしな、全ての人が平等ではおれんのだ。……先ほどの貴様への問いだが、余はある。数え切れないほどの命を犠牲にした。この手ではない、この口でだ。言葉一つで大勢の命を、未来を奪った。それが我が民のためになると信じて」


「……」


 ミカヅキは思わず視線を落とす。痛感した。思い知らされたと言うべきか。


 わかっていた。路地裏の貧しい人々を認知していた。そのような人たちがいることを知っていた。なのに、何もしなかった。


 手を差し伸べれば、その人の人生を背負うかもしれない。自分の身を犠牲にしなければいけないかもしれない。見ず知らずの赤の他人のために。――それは命を預かるのと同じだから。


 もし助けられなかったら、死なせてしまったら、殺したのと同じじゃないのか。知らなければ、認知していなければ、関係していなければと目を背けて無かったことにしていた。


 だけど一国の長として、皇帝は選択したのだ。他の選択肢もあると重々承知の上で、こうして反感を買うかもしれないと理解した上で選んだのだ。


 “民を守るために”。


 まだ少年で、ただの騎士止まりのミカヅキには、皇帝の言葉への意見は思い付かなかった。だが、だが――


「……それでも、真実から、現実から目を背けてはいけないんです。それでは単に歴史を繰り返すだけで、いつまでも戦争は終わらず、いつまでも誰かが誰かを殺し続けなくちゃいけない。そんなの悲しすぎる……辛すぎるよ……」


「ミカヅキ……」


 皇帝の思いを受け止めて胸にしっかりと刻んだ上で、少年は感情を言葉として心の外に出した。

 震える背中を見ながら、ミーシャはそっと名を口ずさむ。幼いながらも王である彼女は、皇帝の言葉はミカヅキ以上に身に染みていた。



 ――ただ、皇帝と彼らには決定的な差があった。本人たちはまだ気付いていないが、それは大きな差である。


 至極単純で、結論に至った(諦めた)か、結論に至ってない(諦めていない)かと言うものだ。


 だから少年は深く息を吸って、勇気を振り絞って発言した。


「皇帝陛下。無礼を承知でもう一つだけお聞かせください。――陛下ご自身は、後悔されていないのですか」


「…………」


 ここに来て初めて皇帝がすぐに言葉を返さず、瞼を下ろして考える素振りを見せた。


「僕は思うのです。誰かの幸せのために、誰かが犠牲になるなんて間違ってるって。民のことを第一に考える王様だって一人の人間なんだから、幸せになって良いはずなんです。……え、えっと、だから、僕はみんな(・・・)が笑って暮らせる世界になればいいなって思うんです」


 正直自分でも何を言っているのかわからなくなってきていた。ただ、最後の言葉は嘘偽りの無いミカヅキの本心だった。

 争いのない、平和で、誰もが笑っていられる世界になれば良い。


 綺麗事や絵空事だと言われても構わなかった。諦めずに信じ続けることが大事だと、彼はこの世界に来て多くの人から教わったからだ。



 ――支離滅裂で表情をコロコロ変える少年の様子を見て、皇帝は口角をあげた。優しい微笑みにも似たその表情は、マリアンとヴァスティに衝撃を与えた。


 皇帝のこんなにも柔らかい表情を見るのはいつ振りだろうか、と。


「不思議な少年だ。言っていることは無茶苦茶なのに、そう思いたくなってくる。希望を抱いてしまうような、そんな感覚にさせる。余も貴様のように、道を閉ざすことなく歩み続けたのならば、真の道が見えたやも知れぬな。……だが、ちと遅かった。非常に遺憾ではあるが、貴様との語りもここまでだ」


「どういうことですか。僕は勝手ではありますが、今申し上げた未来のために、皇帝陛下のお力をお借りしたいのです。僕はまだ未熟者ですから、みんなに助けられてばかりで、力不足ですから――」


「余が先導せよと申すか……。貴様の申し出は魅力的だが、余は断る。それは貴様が成さねばならぬことであろう。平和な世を強く願い、希望を決して捨て去ることのない未来ある者が、な」


 そこまで言って皇帝は視線をマリアンとヴァスティに向けた。

 突然顔を向けられて若干驚き疑問を抱きつつも言葉を待った。


「貴様らには迷惑をかけたことを、そして、これから煩わせるのを詫びる……すまない」


「陛下、いったい、なぜ……?」


 悲しそうな表情で予想もしていなかった謝罪を受けて、珍しくマリアンは戸惑いを見せた。


「貴様らに最期の命令を下す。余を――殺せ」


 その言葉を最後に皇帝は糸が切れた人形のように玉座に凭れかかり首も項垂れた。


 そして次の瞬間、皇帝の身体から黒い煙のようなものが出てきたと思いきやそのまま全身を包み込んだ。

 数秒の後に煙を口から吸い込み、ミカヅキたちに見せつけた姿は先ほどまで会話をしていた皇帝のもの別物。全くかけ離れた悪魔のような形相に変化していた。


「陛下!!」


「待て、マリアン! あれはもう、俺たちの知ってる皇帝じゃない。別の何かだ」


「――ゴ名答。サスガは剣聖を継ぐ者だ。本能的に感ジ取ったみたいダネ」


 悪魔は不愉快な気持ちにさせる薄気味悪い笑みを浮かべ、妙なノイズが混じったような声でヴァスティを称賛した。


「じゃあ褒美に、皇帝の居場所と貴様が何者なのか教えてもらおうか?」


「ンー、一理ある。特別に答えてアゲルヨ。皇帝は死んだよ、正しくは死んでいたよ。そこの少年のせいで一瞬ダケ息を吹き返シタケどね。そして余の……いいや、我が何者か。それは皇帝の特有魔法サ」


「では、今までの陛下は貴様が演じていただけだと言うのか!」


「その通り。ようやくタドリ着いたね騎士王」


 怒りを抑えつけるように拳を震わせるマリアンに軽快な口調で返事をした。


「オット、まだ名前を名乗ッテいなかった。我が名は――アビス。『黒き支配者(ブラック・ロード)』より進化した存在である。さぁ、皇帝の忠実なる騎士たちよ、我を殺すが良い」


 両手を広げて何処からでもかかってこいと言わんばかりに挑発するアビスと名乗った謎の悪魔。


 次々と振りかかる現実に混乱しかけるも、少年たちの考えは一つに纏まっていた。


「皆の者……。悪いが、あの者を倒すために力を貸してくれ」


 マリアンが剣を抜き去りながらミカヅキたちに言った。もちろん彼らも同じ事を考えていたため、拒む者は一人もいなかった。

 それぞれが武器を手に取り構える姿を見て、アビスはニヤリと満足気な笑みを見せつけた。

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