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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第十章 アインガルドス帝国皇帝
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百二十五回目『家族』

「未来が見えるなら、ヒントくらい教えてくれても良いだろうに……」


 悪態をついてしまったが頭では理由は想像ができる。下手に道を示すわけにはいかない。しかもそれが世界の命運を左右するのなら尚更だ。


 屋敷を後にし、振り返ることなく足を進めた。目的地など定めていないが、こうやって歩いていれば何処かへ辿り着くだろうと宛もなくさ迷っていた。すると、いつの間にか誘われるように着いた場所は、過去に戻って最初にいた路地裏。


「……?」


 ここから離れて軽く十分以上は経っているはずなのに、盗賊とおぼしき男二人は未だに倒れたままだった。そんなに強くした覚えは無いのだが、と首を傾げてみる。


「今だっ」


 小さく聞こえた声を、彼らには残念だが私の耳は聞き逃さなかった。次の瞬間、倒れていた二人はタイミングを合わせて同時にバッと勢いよく起き上がって殴りかかってきた。片方は腰からナイフを取り出して刺そうと突っ込んでくる。


 これは偶然ではないな。どうせヴェルカが仕掛けたのだろう。ここに来るように、いや、恐らくはこの二人に会うように中造り(イン・スペース)を使って誘導したと考えるのが妥当だ。


 つまりこの二人をどうにかすれば何らかの糸口が見えると言うことか。思わずため息をついてしまう。


「ったく、はた面倒な」


 こうして二人の攻撃を、相手の体力が尽きるまで軽くあしらい続けた。息を切らしてその場に座り込む男二人に対して私は提案した。


「――世界を救いたくはないか?」


 私たちの『ヴィストルティ』は、その一言から始まったんだ。

 ヴェルカは変に手出ししないと思っていた。予想が外れて喜んだのは久しぶりだった。




 ーーーーーーー




 正体も身元も不明の男一人と、盗賊のなり損ないの男二人。最初はなかなか大変だった。自分たちの衣食住を確保するのにかなりの時間を要した。だがあれはあれで今や楽しい思い出になっている。


『ヴィストルティ』はそんな変な奴らが集まってできたのが始まりだった。


 初めはすぐに解散するとか、長くは続かないとか思っていたのに。現在では戦闘を行わない者たちも含めれば百人を越える大所帯。こんなになるなんて予想もしていなかった。


 だけど決して不愉快ではない、むしろその逆で嬉しさや喜びと言った感情を抱いている。そして……感謝している。


 ヴィストルティの皆がいなければ、私の心は保たなかっただろう。後悔の念や己の無力さに押し潰されていたはずだ。

 私がここまでやってこれたのは、生きてこれたのは皆がいたからこそだ。


 魔法を放つべく陣を展開する仲間たちを見ながら微笑む。


「ったく、はた面倒な……」


 全員を行動不能にしたいのは山々だが、言葉にするほど簡単じゃない。仲間だからこそ彼らの実力は純分過ぎるほどに知っている。単純な肉弾戦なら負ける気はしないが、魔法も込みとなると話は全くの別物だ。


 銃を使う……のも駄目だ。私には全員に撃ち込めるほどの思念は残ったいない。もし撃てば、私が今の彼らのような状態になりかねなかった。


 次々と放たれる様々な魔法に対処しながら、一人ずつ確実に仕留めていった。が、ここでリリカが予想外な行動に出る。考えれば出るほどの単純な手札なのに、この時の私はそこまで思考が追い付いていなかった。


「炎覇・滅衝陣!」


 声が耳に届く。地面に視線を落とすが、そこには魔方陣は無い。なら何処に、と疑問符を浮かべたのも束の間。

 気絶させたメンバーの下の地面に浮かび上がっているではないか。


「っ! 強化(ブースト)――瞬速(ソニッカー)!」


 身体能力を速度を高めることを優先した状態に強化し、お姫様抱っこで何とか助け出すことができた。しかしそれこそが彼女の……否、彼女らの狙いだったのだ。


 移動した先で微かに身体に重みを感じた。間違いない、アルマの重力魔法だ。すぐさま移動しようと試みるも、足はいつの間にか炎によって地面と拘束されていた。


 ……万事休す、か。


 肩を落として諦めかけた――まさにその時だった。


「あなたが諦めるとは……似合いませんよ」


 長い黒髪が視界を横切り、男性の、しかし綺麗だと思える声が耳を擽る。直後に身体の重みと、足の拘束が消え去った。


 良く見るとこの世界には似つかわしくない和服のような装いをしている。更には手に携えるそれは長く大きいが決して剣ではなく、形状から長刀と言えよう。

 しかもただの鉄の塊ではあり得ないような強大な力を感じた。


 目の前に立つこの人物が何者なのか、にわかに信じ難いがおおよその見当がつく。


 完全ではなく、噂程度の情報だったが今の動きで確信した。

 私がいた前の時間軸では存在すら知らなかったのが不思議なほどの手練れ。レイディアが師匠と慕う――ビャクヤ。


 明らかに日本語の名前だ。

 信用するにはまだ早い。しかし助かったのは事実として感謝を述べた。


「助かった。感謝する」


「お気になさらないでください。わたしの方が恩返しをしているのですから。……彼の者(・・・)への恩義ですが……あなたに返すとしましょう。それを見越していたのでしょうから」


 何を言っているのかわからないが、助けてくれるならありがたい。まったくもって自分に腹が立つ。ついさっき覚悟したのではないのか、と顔面を殴りたくなるほどだ。


 それはこの戦争が終わるまで取っておくことにしよう。今は少しでも時間が惜しいんだ。


 抱き抱えていたメンバーを地面に寝かせて立ち上がった。


 汚れてしまうが勘弁してくれ、帰ったらまた皆でお風呂に入ろうな。

 そう呟いて、微笑みかけてビャクヤさんの隣に移動する。


「助力感謝する、ビャクヤさん」


「ビャクヤで構いません。今度こそ、覚悟はできましたか?」


 驚いて若干目を見開いた。何でもお見通しと言うわけだ。レイディアが師匠と慕うのも納得できる。


 一度深呼吸をする。


 ――何を迷っているんだか。あいつらを好き勝手にされて黙って見ているだけで良いのかよ?

 違うよな。私はハクアだ。ヴィストルティのリーダーだ。

 皆を守り、助けるのが私の成すべきことだろうが。今やこの者たちは私の家族なんだ。

 初めは利用するだけのつもりだったのに、そういうのは私には向いてないな。


 だから――


「はい!」


 拳の力を、肩の力を抜いて、だけど元気に気合いを込めて返事をした。


 迷いはもう無い。今度こそ助けるんだ。取り戻すんだ。


 仲間を――家族を!


「良い心意気です。ではあなたは銃で援護を」


「しかし弾丸となる私の思念は……」


 もう残っていない。これ以上撃ち出そうものなら自我を失って暴れまわったり逆に何もしなかったりと生きた屍のような状態になってしまう。


 私の銃には薬莢しか入っておらず、弾丸となる部分は無い。なら、何を弾丸としているのか。それは私自身の思念である。より具体的に言えば思想や想像だろう。


 通称――思念弾。


 そのままだが今さら変える気はない。簡潔に説明するならば想像したことを具現化させ、それを弾丸として撃ち出すのだ。

 当たったら炎を撒き散らす弾丸。逆に氷結させる弾丸。話だけ聞けば万能に思えるが残念なことにそうではない。


 具現化させる事象を具体的に想像していなければ弾丸に反映されずに元の薬莢でしかなくなってしまう。

 もし仮に中途半端に弾丸に思念が反映されてしまったら、最悪の事態も引き起こしかねないのだ。


「大丈夫です。もうすぐ届きます、私の弟子が受け止めた“世界中の人々の思い”が」


 ビャクヤがそう口にした途端、頭の中に声が届いた。


「(聞こえているか? レイディアだ。どうせ師匠から内容は聞いているだろうから説明は省く。これで仲間を救うんだ、迷わず貴様の思いを撃ち込んでやれ!)」


 レイディアの声だった。言い終えるのと同時に身体の中に様々な感情(思念)が流れ込んでくる。次々と、大量に送り込まれて来るものだから、こっちの意識が持っていかれそうになる。だが歯を食い縛り、拳を握りしめて必死に自我を保った。


 その隙にもリリカたちは容赦無く攻撃してきてたが、ビャクヤが全て防いでくれた。片目を閉じて、開いたもう片方も半分しか開いていない状態だが、凄まじい動きで対処しているのが見えた。


 魔法を――斬っている?


 まったく驚かされてばかりだ。笑いすら込み上げてくるほどに。おかげで心が少し楽になり、丁度投げつけられた世界中の思念を受け止めた。


 レイディア・D・オーディンと私の違いはいったい何なのか……。


 そんな疑問が頭を過る。が、今では余計な雑念だ。


「準備は終わりましたか?」


「ビャクヤ、時間を稼いでくれて感謝する。もう十分だ」


「気にしないでください。これくらいは慣れていますから。それより……綺麗な瞳ですね」


 突然の称賛に首を傾げる。

 言われるまで気づかなかったが、ビャクヤの話だと紫色の瞳になっているらしい。穏やかな青と、荒々しい赤を混ぜたような色だと。自分で見れないのが残念だ。


 皮肉を思い浮かべながら深呼吸をして、右手の剣、左手の銃を握りしめる。


 準備は終わった。

 あとは皆を助けるだけだ。私はハクアだ。ヴィストルティのリーダーだ。

 ……違うな。私はお前たちを助けたいんだ。仲間として……いや、家族として、だな。思うだけなのにこんなにも照れくさいんなんて知らなかったよ。


 だからレイディア(あいつ)に負けている場合じゃないよな。


 それからビャクヤに協力もあり、メンバーの全員を行動不能にすることができた。




 ーーーーーーー




 少年たちに敵を託して、その他の面倒事を一気に引き受けた青年は城の前で鎖に繋がれながらも微笑みを浮かべる。


「どうやら無事に成功したようだ」


 世界中の人々の思いをハクアに届き、思惑が無事に成し遂げられたことに安堵しているようだ。


 彼の周りの地面は飛び散った血で色を変えていた。一秒の間に百や二百、千や二千の傷が身体に刻まれていく。意識を失っては痛みで起こされを繰り返す。

 その光景は誰しも目を背けたくなるものであろう。あまりにも残酷で、あまりにも悲惨な姿だからだ。


 そんな状態であるにも関わらず彼が微笑んでいられるのは、きっとレイディア・D・オーディンと言う人物が持つ強い意思の賜物なのだ。


 ピキッ。

 青年の耳に届いた硬いものが割れるような微かな音。彼にとっては正体を見破るのは造作も無かった。


「ったく、はた面倒な。もう割り始めやがったか」


 氷結弾で凍らせたゾンビもどきと化した民たちが再び動き始めたのである。


 次々と鳴り響く音を聞き流しつつ瞼をゆっくりと下ろし、全身の空気を外へと吐き出す。今度は全身の力を抜いて吐いた分の空気を迎え入れる。


 世界中の人々の思いを、願いを、喜びを、苦しみを、悲しみを、怒りを、憎しみ、全てを受け入れて力として昇華する。そして、彼は言葉を紡ぐ。


「我は貴様らの思いを、願いを、全てを受け入れよう。我の成すべきことが故に。知るが良い、これが私の……レイディア・ドルフェギア・オーディンの力である」


 森羅万象にすら干渉しえる彼の特有魔法は破壊神によって文字通り破壊されたが、受け入れた人々の思念を自身の全てを懸け、新たな特有魔法として昇華させた。


 その名は、


「開眼――真導」


 以前の神の道(神道)ではなく、真なる意味で自らが導き出した答えとして、本当の意味で彼の特有魔法として進化したのだ。


 同時に鎖を引きちぎり自由の身となる。世界の誰かが致命傷を負えばそれが返ってくると言うのに、死なない状態を解除した。

 だが待てども待てども傷が増える気配は無い。


 それもそのはず。何故なら彼は世界中の人々の――時間を止めた(・・・・・・)のである。

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