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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第十章 アインガルドス帝国皇帝
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百二十三回目『待つことも』

「おにぃの言っていたのは、これのことだったんだ」


 神王国と王国の間に位置する森の中。そこに同盟側の作戦本部が設けられていた。最初はレイディアが味方全体に指示を出していたが、彼が出陣することになり代わりにアルフォンスが訪れた。


 参謀にも負けず劣らずの指揮能力の高さを作戦本部たちの面々に見せつけ驚かせた。



 ――しかし、今や称賛する騎士たちの見る影もなく作戦本部の役目は果たせずにいる。何故なら、アルフォンスを除く全員が狂人のように暴れまわり出したからである。


「僕は僕の役目を果たさなくちゃ。おにぃに笑われたくないからね」


 彼はレイディアから渡されたブレスレットのおかげで助かったと認知する。それは他者からの特有魔法の効果を無力化するもの。

 身に付けている本人の特有魔法には影響がないものだが、治療魔法などの利益がある魔法すら無力化してしまう危険性がある。


 本能で感じ取っていた。これを外せば周りの者たちと同じになってしまうと。

 だが別の観点から見れば、今起こっている現象は特有魔法による人体操作に近いと判断できる。


 何もできないことを先程まで共に戦っていた者たちに謝罪をし、アルフォンスは王国へと急いで向かった。レイディアからの指示を果たすために。




 ーーーーーーー




 結界に守られたレイディア村では外のような異変は起こらずとも、何かがおかしいと勘づく者は何人かいた。


「――アリア」


「言われなくてもわかってる」


 村の結界に綻びが無いか見回っていたアリアとダイキもその内の二人だ。


 アリアの造り出したこの空間の中は、外界とは隔離された場所となっているため、本来なら外の状況を感じ取ることは難しいが不可能ではない。かなりの感覚の持ち主ならば、彼女たちのように可能と言うわけだ。


「わたしたちはわたしたちのできることをするの。ダイキ、戦闘準備をしておいて」


「おうよっ……て、もう終わってるぜ」


「じゃあ、みんなのところへ早く行って。わたしは空間を強化するから」


「わかった。アリアも早く来いよな」


 少女からの返答は無かったが、少年はいつものことだと苦笑しながら指示に従って村の皆が集まるこの村で一番大きな家に向かった。


 良くも悪くもアリアは真面目な性格であった。故に答えられなかったと言う真実を、ダイキは知る由も無い。


「――っ!!」


 一番外のレイディアが張った結界が破壊された。一番強固なはずの結界がだ。


 いわば緊急事態こはずなのだが、アリアは不思議と焦ってはいなかった。逆にそよ風の如く落ち着きすぎているくらいだ。

 理由は簡単だ。彼女は既に覚悟していたからである。何を――もちろん死ぬことを。

 だから迷わなかった。自分の全ての魔力を込めて、みんながいる大切なこの村を、レイディアとの約束を守ることを……。


「わたしはわたしの世界を創造する、開眼――我が描く理想郷アヴェロニア・ガーデン


 アリアの右の瞳が髪の毛と同じ赤に、左の瞳は青に染まりオッドアイの状態となる。さらに両手を前に突き出して詠唱を行う。


「わたしの全てをかけて、絶対に守るんだから。主たるわたしが命ずる。絶対防御の空間を、外部から遮断された空間を、家族以外誰も入れない空間を、創造する――四天守護の理想郷ガーディアン・ジ・アヴェロニア


 白く輝きを見せて、彼女が望んだ強固な空間が形成された。その壁は許可無き者は何人たりとも踏み入ることの許されない領域……のはずだった。


 だがアリアの眼前で空間の壁に突如として穴が開いた。

 穴を開けた張本人であろう男はアリアの姿を確認すると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべて舌なめずりをした。

 レイディアが鎖で繋いで気絶させたはずのクルーエルが、手段は不明だがいつの間にか村まで移動していたのである。


 当然、冷や汗を一滴額から流しながら、アリアは気持ち悪いと率直な感想を抱く。


「クククッ、クハハハハハハハハッ! 全員死ぬまで弄――」


 一歩。クルーエルが村に踏み入れた途端、彼の身体は砂となって散り風に飛ばされて消え去った。


 絶対防御の空間の壁に穴を開けられただけではなく、いきなり起こった意味のわからない現象に混乱気味に首を傾げるアリア。困惑する彼女の疑問に答えたのは――


「(やはりそっちに行ったか。怪我は無いか、アリア)」


 まさかのレイディアであった。


脳内言語伝達魔法(テレパシー)』で話しかけてきたのだ。口から心臓が出そうな勢いで驚きつつ、嬉しさのあまり泣きそうになるのを歯を食い縛って堪え、それをバレないように装って返事をした。できるだけいつものように、感情を込め過ぎずに淡白にを意識してだ。


「(うん、大丈夫……大丈夫だよ)」


「(おお、それは良かった。その様子だと皆も無事のようだな。お主には大変な思いをさせることが多くてすまない)」


「(良いんだよ。レイディアは不器用だから、わたしが手伝ってあげるくらいは許してよね)」


「(ありがとう。……アリア、空間を維持するのは頼んだよ)」


 少女は名を呼ばれドキリと胸を高鳴らせるが不安も感じた。嫌な予感が、胸騒ぎがしたのだ。それを聞きたくてしょうがなくて、でも、聞けなくて。ここでもしそれを聞いてしまったら、現実になってしまいそうな気がして結局……、


「(……任せて。今度こそちゃんと守ってみせるから)」


 だから噛み締める。言いたい言葉を、確かめたい真意を、少女は飲み込んで心の奥へとしまいこむ。


「(そうこなくてはな。天から授かりし聖なる領域よ、今ここに顕現せよ――聖天守護領域(ホーリー・ガーデン))」


 空間の壁がみるみる修復され、より強固なものへと進化した。


 アリアは視線を若干下に下げて苦笑する。――敵わないな、と。

 彼女が無茶したことをレイディアは見抜いていたのだ。それでも信じて村を託し、ちょっとした手助けだけをしたと言うわけだ。


「(ありがとう)」


 少女の感謝の言葉を聞いたか否か、レイディアとの会話は終わりを告げた。

 待つことを選択した者である以上、アリアは追いかけることは叶わないのだ。帰ってくるのを信じて――。




 ーーーーーーー




 ミカヅキとミーシャを見送ってから、ミルダはファーレント王国の城の治療室のベッドに横たわって天井を眺めていた。


「無茶をするなんて、ミルダちゃんらしくないね」


「所詮は人の身ですから、怪我くらいしますよ。……あと、ちゃんはやめてくださいってば」


「良いじゃないの、減るもんじゃないし。まったく、本当に無茶したんだから」


 通称おばちゃんことマグリア・ワーティクスがため息混じりに苦笑する。他の怪我人の治療を一通り終えたので、ミルダの様子を見に来たらしい。


「姫様を守るためです。この程度、怪我の内には入りません」


「もしミカヅキちゃんがいなかったら、今頃あなた死んでるわよ。相変わらず不器用なんだから。でもよくミーシャちゃんが行くことを許したわね。あたしは正直、そこに一番驚いてるわ」


 ミルダ自身、今でも何故行かせたのかはっきりとした理由はわかっていなかった。強いて言えば感覚として、行くべきだと思ったからが理由になり得よう。


 だが迷いは無ければ後悔も無い。

 あんな真っ直ぐに自分の意思を伝えることができる人物にまで成長していた。自分のあとをついてきていたのが、つい先日のように思える。


「辛気くさい顔してんじゃないわよ。あなたがそんな顔してちゃ、周りが不安がるでしょ」


 言われて初めて自分が表情に気持ちを出していることに気付いた。


「そうですね、いけませんね」


「あなたは胸を張りなさい。それが送った者の、背中を押した者の役目。あなたはそれくらいのことをやってのけたんだから。立派に――姫様を育てたんだから」


 ミルダはハッとなった。

 そして瞼を下ろして記憶を呼び起こす。初めてミーシャと出会った日々から今までの時間を、まるで走馬灯の如く頭を過る。


 ――あぁ、私はやっと、アルフェンベルト様との約束を……果たせたんですね。


 自然に微笑みを浮かべる彼女を、温かく優しい抱擁が包んだ。


「よくやったよ、あなたは……ミルダ・カルネイド」


「ぅっ……はい……はいっ……」


 泣き顔はおばちゃんの胸の中で、誰にも見られることはなかった。それは抱きしめるマグリアとて例外ではない。

 今まで一人で必死に頑張ってきた者の弱いところを、見て良い者など一人としていないのだから――。



 周りのベッドで横になる騎士たちは誰も、その声を、嗚咽を聞いていない。全員が聞こえていないと口を揃えて答える。

 これは勇気ある者へと当然の敬意であり礼儀であるからだ。


 辛く悲しい(しがらみ)とも言える約束から、たった今、ミルダ・カルネイドは解放されたのであった。

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