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ふたつの鼓動  作者: 入山 瑠衣
第十章 アインガルドス帝国皇帝
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百二十一回目『人類最強』

「貴様らでは私には勝てんさ。諦めて負けを認めてくれると、早めに面倒事が終わるんだが?」


「僕はもう迷わない。レイディアが何て言っても、僕はレイディアを信じる!」


 冷たい眼差しを向けるレイディアに、ミカヅキは真っ向から受けて立つ。


 だよな、と呟きながらため息を返した。

 知っているとも、馬鹿が付くほど真面目なやつだと。だから彼の中では万年阿呆の称号がミカヅキには授与されている。本人は知る由も無いが。


 煩わしいのはミカヅキが来たことにより、他の者たちの目に輝きがもたらされたことだ。力の差は歴然、そんなことはわかりきっているだろうに、諦めずに立ち向かおうとする少年たち。


「ほんと阿呆だな。私も貴様のように呑気な頭だったらどれだけましだったのか」


「僕は別に――」


「なに言ってるのよレイディア。ミカヅキは呑気じゃなくてのんびりなだけなんだから」


 ほとんど同じ意味なのをわかっているのか不安だが、ミーシャがミカヅキの言葉を遮って反論した。


 その光景を、類は友を呼ぶだな、と苦笑しながら眺める青年。

 戦場でも変わらない、まるで食卓での気軽な言い合いのような雰囲気を感じさせる。

 前衛と後衛がイチャイチャするなど、常識的に考えればあり得ない。だが彼らのそれは不思議と心を和ませる。各々の優しさが滲み出ているからか……。


 もとから少年たちが持ち併せる器量なのだろう。帝国の城まで辿り着いたのは偶然ではないのだ。


「ったく、気の抜ける者たちだ」


「同感だ! しかし、悪くはない。貴様の企みが何にせよ、この者たちは斬らせんよ」


 マリアンが剣を振り下ろし、それをレイディアは片手で持つ剣で難なく受け止めた。

 一騎討ちの時とは違う。魔法を自由に使う彼の強さはまさしく桁違いだと騎士王は肌身に感じていた。


 目の前に立っているのが本当に自分の知っているレイディアなのか疑ってしまうほどだ。


 マリアンが一歩後ろに下がる。合わせて彼らに影がかかった。太陽が雲に隠れたのかと思われたが、正体はすぐに理解させられる。


「剣王大剣!」


 レイディア目掛けて巨大な大剣が無数に降り注ぐ。


 マリアンはヴァスティが助け出し、青年だけが大剣の餌食になった。


 ミカヅキはこの結界内の広さが結界の壁までではないことに気付いていた。故に巨大な『剣王大剣』で他のみんなにも間接的に伝えたのだ。


 無論少年とてこの程度で決まったとは思っていないが、ダメージは与えられたのではないかと期待する。


「レイッ、俺に合わせろ!」


「なっ、仕方ないか、やってやるよ!」


「貫け雷鳴――雷宿りし矢(ボルテック・アロー)!」


「光よ、貫け――光纏いし矢(シャイニング・アロー)!」


 大剣の一本に違和感を抱いたヴァスティは、レイに協力させるべく呼び掛け、戸惑いながらもやってのけた。

 二人の合わせ魔法(わざ)は、大剣が立ち並ぶ一帯に爆発を巻き起こした。


「ふふふ、ふはははははははははっ!!」


 爆煙な中から笑い声が聞こえてレイディアが未だ健在だと証明された瞬間、大剣がミカヅキ目掛けて飛んでいく。咄嗟に反応できず腕を顔の前で覆うように構える。


 だが、いっこうに剣が当たる気配がない。若干の恐怖を感じながらも目を開けると、そこにはマリアンの背中があった。


「無事か、少年。動けるならしゃがむんだ」


「はいっ」


「オォオラッ!!!」


 掛け声と共にマリアンが大剣を彼れの脇へと受け流した。ミカヅキが変なタイミングで動かれては逆に傷を負わせる可能性があったが故に、騎士王は彼が気が付くまで待ったのだ。


 あの大剣を正面から受け止めるなど常人には叶うまい。

 ましてや他人に気を遣う余裕まで見せた。さすが騎士王と少年たちが心の中で称賛するが、現実はそんなに甘くはなかった。


「ぐっ……」


 左肩を押さえながら膝をつくマリアン。今ので左腕の骨を骨折していたのだ。逆にこの程度で済んだと言うべきだろう。


 容赦なく追撃すべく、もう一本大剣が飛んでくる。ミカヅキは今度こそやってやると意気込み、自分の造り出した大剣に消えろと念じたが全く受け付けようとしない。


「なんでっ、じゃない――創造の力(アーク)


 焦りつつも行動できるのはこの一年間の稽古のおかげだった。


「すみませんっ、僕のせいで」


「無事ならそれでいい。悔いも謝罪も後でできる。今は打開策を考えるんだ。貴様ならわかるはずだ、あやつの仕掛けを」


 盾を正面に五個造り出して大剣を止める。その間にマリアンに言われた通りミカヅキは必死に現状を理解しようと思考を巡らせた。――どうして消えなかったのか?


「エインっ、僕をレイディアのところに連れてって!」


「お安いご用だ、気をつけて!」


 ミーシャが回復魔法をかけるべくエインの鏡魔法で移動してきたのを見て、ミカヅキは策を思い付いて即実行に移した。


 しっかりとミーシャに微笑みかけて「イグルスさんをよろしく」と一言かけてから鏡の中へと飛び込んだ。真面目な少年らしいと姫は苦笑する。その後すぐに気持ちを切り替えて騎士王の治療に専念した。


「レイディア!」


「不意打ちは静かに行うものだと――教えたはずだが?」


 青年が持つ銃から放たれた弾丸が、鏡から姿を現したミカヅキに命中した瞬間、街のゾンビもどきのように氷漬けにされる。が、それは偽物で背後から本物は仕掛けていた。しかし見抜かれており、少年の身体は氷に包まれた。


炎を纏う者(フレイム・アーマー)


 声が聞こえた途端、少年の身体の氷を解かすべく炎が纏われて自由を取り戻す。ミーシャによる補助なのは言うまでもない。そのまま炎の力を借りて棍棒を思い切り振り下ろした。


「言ったはずだ、貴様は――甘いんだよ」


 少年の全力の一撃は右手で軽くいなされ、当然体勢を崩してしまう。残った左手が彼の腹の前に翳される。――まずい、と思うのも束の間。


「衝破」


 ミカヅキの身体は爆発にも似た凄まじい空気が腹にぶつけられ、紙吹雪のように宙を舞う。


「――がはっ!」


 肺に蓄積された空気は全て外へと押し出され、内臓が損傷したのか赤い液体も同時に口から飛び出した。



 ――攻撃に転ずる際に隙が生じるのは常識。故にヴァスティが持ち前の速さでレイディアとの距離を詰め、剣の一振りを食らわすべく振り払う。その速度はまさしく目にも止まらぬ速さ。

 斬られた者は斬られたことすら気付くのに時間を要するほどの領域。


 更にレイも光と影の二つの属性を一つに混合させた次元をも斬り裂く剣を、剣聖とは逆の反対側から負けず劣らずの速度で斬りかかった。


 光の速度並みの二人の剣は結果として――レイディアには届かなかった。


 ヴァスティの剣は指二本に掴まれ、レイの剣に至っては人差し指一本で止められた。


「宿れ拳神――」


 驚きのあまり二人は無意識の内に呼吸がほんの数秒停止する。そこには当然絶対的な隙が生じてしまうと知りながら、彼らの身体は意思とは違う行動を示した。


 故に自分たちに迫り来る無慈悲の巨拳を防ぐことなど叶わない。


「貴様らの魔法は、圧倒的な物理(魔力)には弱いんだよ」


『魔神拳』は魔法で具現化されたものである。つまりヴァスティお得意の、身体を雷に変換して距離を取る、が通用しない。何故なら魔力の塊である魔法攻撃に対しては実体が無くとも、攻撃として通用してしまうからだ。


 レイディアはその特性を充分に踏まえた上で魔神の拳をぶつけた。


 拳は青年の手から離れ、二人の騎士の身体を地面へと誘い、窪みを作り出す勢いで衝突させた。


「ふっ、自身の魔法()を過信しすぎだ。頭を使え、届かないのなら何故届かないのか。言っているだろうに、今の(・・)貴様らなんぞに私は決して負けはせん。己をもっと見つめたまえ」


 辛うじて気を失ってはいないが、いつこと切れてもおかしくない瀕死の状態である。



 圧倒的な力の差が、そこにはあった。

 いくら手を伸ばしても届かない場所があった。

 どれだけ努力しても無意味だと思い知らされた。


 レイディア・D・オーディン――少年たちの前に立ちはだかる彼こそが人類最強(・・・・)なのだ。


「いい加減にしなさいよ……レイディア!!」


 力の差は歴然だと見せつけられ、立ち上がることすらままならない少年たちを差し置いて、一人の少女が啖呵を切った。


 マリアンの治療のために回復魔法に専念していたミーシャだった。さすがと言うべきだろう、傷はとうに癒えている。

 小さな体躯でありながらも、心意気は横の騎士王にも負けず劣らず。拳を握りしめて込み上げてくる震えを圧し殺し、青年を真正面から睨み付けた。


「ミカヅキの戦いだから邪魔はしまいと思っていたけど、もう我慢できない……!」


 その瞳に恐怖はなく、ただただ純粋な怒りが支配していた。彼女もミカヅキ同様、レイディアのことを信じている。

 だが信じるのとミカヅキを傷つけるのは話が別だ。自分の大切な人が、ついでにその周りの金髪の人たちが目の前でボロボロになっていく様を黙って見ているだけの時間はもうおしまい。


 王としてではなく、一人の女性としてでもない。一人の“人間”として許せなかった。


 故に少女は怒る。


 ――理不尽な現実に。

 ――不愉快な選択に。

 ――辛いのを隠す仲間(レイディア)に。


 少年が少女を守ると誓ったように、少女もまた、少年を失いたくないと思った。


 しかし少女は幼くとも一国のたった一人の王。

 少年に固執することなど許される立場ではない。――ならば全てを守ろう。

 誰にも何者にも文句は言わせない。なぜなら少女は王だから。


 傲慢だと言われても、彼女は王として民を、一人の女性として大切な人を――守ると決めた。


 そして、共に戦う仲間も、己が国の民と同義。


 まさに最愛の癒しと冷酷な残忍さを併せ持つ『再生(・・)神』の依り代に相応しいと言うもの。


 終わり得た者に再び機会を――それは果たして幸福か不幸か、その行いは果たして善か悪か、得てして慈悲か憎悪かなど誰が決めよう。


 そんな難しく頭を使う論理などより、少女は純粋に思う――否。


「私は王であり、一人の人間、ミーシャ・ユーレ・ファーレントとして……あなたを助ける(・・・)。ミカヅキと一緒に!」


 タイミングを見計らったように、ミーシャの隣に突如として現れたエインの鏡から、疲弊した様子のミカヅキが姿を見せた。


 今の彼女なら、ミーシャたちなら届かせる事ができるかもしれない。


「さっきのは、効いたよ……レイディア。でも、稽古の時に比べればまだまだ耐えれるよ!」


「私たちはまだ――負けてないもん!」


 レイディアはミーシャの一言に若干目を細めるも、次の瞬間には嘲笑うかのような笑みを浮かべていた。


 ――ミカヅキを吹っ飛ばした際も、瞬時に回復魔法を施して治療しつつ衝突の衝撃を地面を操ることで軽減させた。レイとヴァスティの時も同様だ。


 戦況をしっかりと理解し、冷静に判断して対処した結果、ミカヅキは致命傷だったにも関わらずこうして立ち上がっている。


 青年は少女に鋭い眼差しを向け、こう思った。――ついに開花したか、と。



 良き統率者とは、素晴らしいお導きでも、敬服するような言動でもない。ただ従う者が“諦めない”ようにすることができる者のことだ。

 絶望的な状況の中でも心を折られることなく、前を見て突き進めるようにする、それさえ可能ならば後はどうとでもなる。


 数多の先人が頭を抱えたであろう所業を、あんな小さな少女が敵味方関係無く披露せしめた。


「……称賛する、小さな国王よ」


 本人たちには聞こえない風で掻き消えるような小さな声で青年は素直な感情を呟いた。


 その間にも統率者(ミーシャ)のもとに仲間たちは集う。


 この時、少年はふと一つの疑問が頭を過る。そしてそのまま抵抗なく口にするのは彼の性分だろうか。


「レイディアはどうして、特有魔法を使わないのさ」


 あっけらかんとした疑問を迷わず口にした少年に視線は集結する。他の者たちも同様の疑問を抱いてはいたが、使わない、または使えない何らかの理由があるのだと自己完結させていたからだ。


 つまりは今更そこを言う? などの意味合いが彼らの眼差しには込められていた。

 ことの張本人はどうしてそんなに見るのかとキョトンとした顔を浮かべた。



――故に彼らは気付いていなかった。数敵の液体によって、地面が赤く染まっていることに……。




 ーーーーーーー




 ゾンビもどきとなってしまった団員たちの拘束を終えたバルフィリアは、少年たちが走っていった城の方へと視線を向けた。


「うぅむ……。どうやら相当面倒なことになっているようだ。世界規模の魔法、か。それを阻む奴もどうかしてると思うが……。しかし、破壊神との戦いで破壊された(・・・・・)はずだ。なのになぜ使えている(・・・・・)のかがわからんな」


 とある疑問に対して呟くように自問自答する。

 彼ほどの人物であっても、ミカヅキたちが閉じ込められたレイディアの結界内の状況は把握できない。


 だが普通に考えればあり得ないことを参謀が現実にしているのは理解できた。


「あの“じゅう()”とやらに仕掛けがあるようだ。次に(まみ)えた際に問うとしよう。まあ、生きていたらの話だがな」


 不敵な笑みを浮かべ、城とは反対方向にバルフィリアは体の正面を向けた。それはドルグとアイバルテイクが戦っている方向である。


「散らばった団員たちを拘束しつつ、手助けに行こうか」


 次元魔法を行使すればものの一瞬でドルグたちのもとへと辿り着くのだが、団長として無造作に徘徊する団員を放ってはおけないのだ。


 仕方ないと苦笑して手間がかかる方を選んだ。密かにどれほどの時間で終わらせられるかと自分の実力を試せると喜びながら、団長たるバルフィリアは足を進めた。

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